上 下
9 / 10
第二話 神様二人と同居生活開始

4.

しおりを挟む
誰かが待ってくれている家に帰るのは、いつ振りなんだろう。
マンションのエレベーターの中で、ふとそう思った。

うちは、ママと私の2人だけ。
ママは夜の仕事をしているから、学校から帰るといつも1人。
小学生のころからずっと、ひとりで家の鍵を開けて、ひとりでごはんを食べて、ひとりでお風呂に入って寝る。
たまにママが家にいてくれる日はとても嬉しかった。
でも、それも数えられるほど。
少し大きくなってからは、経営の方をするようになったとかで、ますますすれ違って。
今なんて、色んな事業に手を出しちゃって忙しいらしく、家にはほとんど帰ってこない。

そもそも、誰かと一緒に、誰かが待ってくれている家に帰るっていうことが、私にとっては初めて。

子どもの頃からの事を思い出していると、彗に声をかけられる。
「…何考えてる?」
「その…、家に帰って、誰かがいるの久しぶりだなって」
「そうか」
彗は優しい表情で頷くと、少しだけ間を置いて、言葉を続けた。
「これからは寂しくなくなるな」
ぽんと軽く私の頭に触れた手が、よしよしと、子どもにするみたいに撫でてくれた。

わぁ…っ。
不意打ちのそれに、心臓がドキッとする。
頭、ナデナデされた!!
憧れのシチュエーションに驚いて、固まって動けない。
寂しいって気持ちを理解してくれたことが嬉しいのは勿論なんだけど、ナデナデされた時ってどうするんだっけ?って方に意識が向いてしまって、また頭の中が大パニック。

「千夜、降りるぞ」
その声でハッとすると、いつの間にか目の前のエレベーターのドアが開いていて、彗がそれを押さえてくれていた。
「お腹空きすぎて動けなくなったのか?」
「やっ、そうじゃなくて、その…」
何て答えたらいいのかスグに言葉を思いつかず、もごもごと誤魔化す。
赤くなった顔、早く冷めてほしい。
彗の行動が、"彼氏ができたら?"の妄想の世界とリンクしちゃってて、いちいち反応してしまう。
昨日までは妄想だったことが、どんどん現実に起きて、あまりの展開の早さに頭がついていってない状態なの。
彗の顔をまともに見れないまま玄関のドアの前まで来る。
鍵を開けたところで、いつもと違うことに気づいて、手を止めた。
「おいしそーなにおいがする!」
思わず声に出してしまっていて、後ろにいた彗に笑われる。
部屋の中から漏れ出てくる、美味しそうな料理のにおい。
「どうした?入らないのか?」
ドアノブを握ったまま、立ち尽くしていた私の肩に、彗が優しく触れる。
「あっ、ごめん。自分の家からごはんの匂いなんてした事なかったから…」
それは、ずっとずっと、憧れていたこと。

子どもの頃、夕暮れ時に近所のおうちの前を通るたびに、その家から漂ってくる美味しそうなごはんのにおい。
どこのおうちも明かりがついついて、中から楽しそうな声が聞こえてくる。
家に帰っても、ママはいないって分かっているけど、もしかしたら?って考えて走って家に帰ったっけ。
『おかえり!』って出迎えてもらえて、温かい作りたてのご飯をだしてもらえて、家族で食卓を囲む。
そんな当たり前のことが、私にとっては憧れで、まわりが羨ましくてたまらなかった。

子どもの頃欲しかったものが、今、このドアを開けたらあるの?

そう思うと、嬉しい気持ちと、これまで何度も味わった悲しい気持ちがごちゃ混ぜになって、なんとも言えない感情に支配されて動けない。
「…千夜」
名前を呼ばれた瞬間、ふわっと暖かく優しい風が私を包む。
彗の顔を見ると、『大丈夫』って、そう言われた気がして、玄関のドアを開けた。

家の中に入ると、さっきよりも幸せなにおいに包まれる。
それに、帰ってきた時の家の中の温度が違うってことに気がついた。
人が居るって、温かいんだ…。
「ただいまー!」
私の後ろで、彗が大きな声を出したのに驚いて、思わず振り返って彗を見上げてしまう。
いつも家に帰っても1人だから、『ただいま』なんてもう言わなくなっちゃって、それが当たり前になってた。
そうだよね、家に帰ったら、ただいまって言うんだ。
そう思っただけで、心も温かくなる。
「おー、おかえり」
ちょっとした感動を味わっていると、リビングのドアが開く音とともに、蓮の声が返ってくる。
「ただいま…」
ものすごく久しぶりに、それを口にすると、蓮がにこやかに笑って出迎えてくれた。
その蓮の服装も、イマドキなものになっている。
下ろしている時のサラサラの髪もよかったけど、ひとつにまとめて結んでるのもカッコイイ。
「ちょうどゴハンできたところ。着替えておいで」
「うっ、うん…!」
なんとか返事をして、洗面所に駆け込んだ。

ずっと憧れてた、『ただいま』『おかえり』のやりとりと、『出来立ての温かいご飯』。
それを叶えてくれたのが、イケメン2人って、想像以上すぎてヤバイ。
しかも2人とも、私が言った通りに服装も言葉遣いも直してくれていて、神サマってこと忘れちゃいそう!!

「顔、真っ赤だけど。大丈夫?」
「ぎゃあ!」
手を洗っていると、後ろから彗に声を掛けられて、鏡越しに目が合った。
まさかいるとは思わず、びっくりして飛び上がりそうになる。
「ごめん、驚かせて。俺も手を洗いたくて待ってたんだけど、気づいてなかったのか」
「あああ、考え事してて、ごめ…っ」
「落ち着け」
慌ててタオルを掴むと、彗に肩をぽんと軽く叩かれる。
それはすごく柔らかくて、温かい。

…風、だ。
私の心を察して、いつも気遣ってくれてるんだ。
———昔から。

優しい……。

そう思うと結局、居ても立っても居られなくて、バタバタと逃げるように、リビングへ駆け込んだ。
ドアを閉めて、うるさく鳴る心臓を落ち着かせるように深呼吸する。

菜月は、楽しめばって言ってたけど!
やっぱり心臓が持ちそうにないよっ。
ひとりに慣れすぎてるし、男の人に免疫ないし。
こんな感じでこの先ほんとに大丈夫なのかな。

「千夜?どうかした?」
今度は蓮に話しかけられて、ビクッとしてしまう。
…そうだ、もう1人いるんだった。
「あ、ううん。なんでもな…」
返事をしながら、蓮の声がしたダイニングの方に顔を出すと、途中で言葉を失った。
テーブルに所狭しと並べられた、豪華な料理の数々。
「わあっ!!すごい!おいしそうっ」
目の前のゴハンに心奪われて、もう、さっきまでの事なんかすっかり頭から飛んでしまう。
私の好きなものばっかり。
最近まともなゴハン食べてなかったし、見てるだけでヨダレ出てきそうだよ。
「千夜の誕生日のお祝い。昨日できなかったからね」
お皿とグラスを運んできた蓮に、にっこりと笑われた。
わわわ…。
その笑顔とこの料理がセットになって、蓮に後光が差してる気がして、くらくらする。

2人して、私の誕生日をこんな風に祝ってくれるなんて、そんなこと微塵も思ってもなかった。
すごくキレイなプレゼントに、こんな豪華なゴハン。
この、私が。
男運ナシの、この私が、まさかのイケメン男子にこんなことしてもらえるなんて!!
てか、イケメンの神サマにこんなことしてもらえるなんて、もしかしてこれ以上ない幸せなんじゃ…?
人間の男子の方がよかった、なんて言ったらバチ当たるよね……。

「千夜は家に帰ってきたら、部屋着に着替えないの?」
蓮に聞かれて、ハッとする。
そういえば家に帰ってきた時に、着替えておいでって言われたんだっけ。
「うん。いつも、お風呂に入るまでこのままかな…」
「そう。じゃ、ご飯にしよう」
「さー、食べるぞ。さっきも元気に千夜の腹の虫は鳴いていたしな」
いつの間にか、私の隣に立っていた彗が、ダイニングのイスを引く。
そこに彗が座るなら私はどこに座ろうかな?と考えていると、彗にじっと見つめられていることに気づいた。
「座って」
「え!?」
驚いて声が裏返る。
私のために、イスを引いてくれたんだ。
そんなドラマでしか見たことないようなことをしてもらえるなんて…。
「あ、ありがとう」 
「千夜、飲み物は何がいいかな。お水?お茶?ジュース?」
座ると同時に、今度は蓮に話しかけられる。
「お茶で…」
返事をすると、スッと当たり前のようにデカンタからグラスにお茶を注いでくれた。
…こんなのウチにあったっけ…?
いや、ママがこういうの好きだからあるのかな。
洗い物も面倒で、食器も最低限しか使わない。
飲み物だって、いつも2リットルのペットボトルから直接ガブ飲みしちゃう。
私ってホント、女子力なくて恥ずかしい。
「さあ。千夜の腹の虫が騒ぎ出す前に、いただくとしよう」
目の前に座った蓮が、私を見て微笑む。
そうね、とりあえず女子力うんぬんは置いといて!
まずはこの目の前のゴハンを楽しまなくちゃね!!
「いただきます」
しっかりと手を合わせて、お箸を持つ。

こんな豪華な食事は、本当に久しぶり。
中学生くらいまでは、お誕生日はママが祝ってくれたり、ママの仕事場でパーティとかしてくれたりしたけどね。
最近は、ママは忙しすぎて、私の誕生日どころじゃないし。
まあ私ももう、お誕生会してもらうような歳でもないし。
…だけどやっぱり、当日じゃなくても、こうやってお祝いしてくれる人がいるのは嬉しいな。
「千夜、食べられないものはない?」
「うん!どれも好き。すっごくおいしそう!」
「それはよかった。さあ、どうぞ」
どれから食べようかな~と迷っていると、蓮がいろんな料理をお皿に取り分けてくれる。
「わ…、ありがとうっ」
ゴハンを取り分けてくれるなんて、イケメンすぎる…!!
その感動まま、料理を一口食べた。
「…おいしい!」
ビックリして蓮の顔を見つめてしまう。
何これなにこれ!?
想像以上に美味しいんですけどっ。
「千夜にそう言ってもらえて、嬉しいよ」
「これ、蓮が作ってくれたの?2人でつくったの??」
「ご飯は私が。ケーキは彗がつくったよ」
「へっ?えっ!?ケーキもあるの?てか、彗はその顔でスイーツ系男子なの!??」
「オイ、その顔でってなんだ」
むすっとした顔で頬を赤くする彗と、その隣で可笑しそうに笑っている蓮。
顔のイメージで甘いもの苦手そうだと思ってたんだけど、言葉のチョイス間違えた。
「甘いもの食べなさそうだから…」
「昔と同じことを言ってるな、千夜は」
「そうだな。唐菓子を食べさせた時に言われたな」
慌てて言い直すと、昔を懐かしむように蓮が笑って、彗もそれに頷く。
昔も今も、発言が失礼なところは、やっぱり私だなあ…。
「千年前にもお菓子とかあったんだ?」
歴史に疎いし、千年前の食べ物なんて、全く想像つかない。
「あったぞ。でも砂糖は貴重品で、基本的には他の甘味料を使っていたな」
「まだ貴族しかそういったものを食べられない時代だったから、千夜に持って行くと喜んでいたよ。私はお供物でたまに頂けたからね」
「さすが神サマ」
そういえば、昨日一瞬見た昔の記憶の映像みたいなものでも、お供物の枇杷を剥いてくれてた。
きっと千年も昔だと、果物だって貴重なんだよね?
昔も今も、こうやって餌付けされてる私は、幸せ者なんだなあ~。
「蓮はどうしてお料理しようと思ったの?神サマなんだから、自分で作らなくても色々もらえるんだよね?」
昨日から疑問に思っていたことを聞いてみる。
「まあ、千夜の言う通りなんだけどね。日供…毎日のお供物のことだけど、それは水、塩、米と決まっているんだよ。もちろん有難いことだけど、飽食の時代に入って、私もみんなが食べているようなものを食べたくなって。初めて洋食を食べた時は感動したよねえ」
「だな。世界にはこんなに美味いものがあるのかと驚いた」
2人は楽しそうに、あの料理はどうだとか思い出話をし始める。
そんな2人を見てるだけで、私も楽しくなっちゃって、自然に笑っていた。

やっぱりいいな、みんなでごはん食べるのって。
私ずっと、こういうのが欲しかった。
『物』じゃないもの。

「…で結局、美味いを追求するために、自分で作ってみようかなというところに行き着いたんだ」
「それでこんな手の込んだお料理つくれるようになったんだ。すごいねっ」
私は作るくらいなら毎日同じメニューでいいやって思っちゃうタイプだから、そういうところ羨ましいな。
「千夜はとても美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるね」
「だってどれもすっごくおいしいもん」
蓮が、私のお皿が空になったのと同時に、新しく料理を取り分けてくれたお皿を渡してくれる。

彗がエレベーターで、『これからは寂しくなくなるな』って言ってくれたけど。

これからは、毎日、家に帰ってきたら2人が居てくれるのかな。
これからは、毎日、みんなでゴハン食べられるのかな。

そりゃあ、2人にはドキドキさせられっぱなしで、心臓飛び出しそうになるし、脳みそも沸騰しそうになるし、どうにかなっちゃいそうだけど。

…でも、ずっとずっと心の奥に隠していた『寂しい』が、なくなるの。
2人と居ると。

一緒に暮らすのなんか嫌だって思ってたけど、案外楽しいのかも———…。

ガチャッ

おいしいゴハンを頬張りながら考え事をしていると、玄関のドアが開く音がした。

……えっ…。

楽しかったふわふわした気分が、一気に冷める。
持っていたお箸を、すぐさまテーブルに置いた。

「たっだいま~!!」
玄関から聞こえる、ハイトーンの声。
…ママだ。

え、どうするのコレ。
男の人2人と家でゴハン食べてること何て言えばいいの!?
てか、一緒に暮らしてもいいかもとか、そんな呑気なこと考えてる場合じゃないよね!??

バタバタと玄関から近づいてくる足音に、もうどうすればいいのか分からなくなって、また思考回路がストップした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

「王妃としてあなたができること」を教えてください

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:11

横断歩道

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ようせいテレビ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

重なる世界の物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:16

緑の丘の銀の星

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

七草渚冴はループする

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

【完結】盲目の騎士〜木内君の憂鬱〜

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

鋼翼の七人 ~第二次異世界大戦空戦録 A.D.1944~

SF / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:1

処理中です...