1 / 4
どうやら私も攻略要員らしいです
しおりを挟む
薄暗い森の中、ストロベリーブロンドの髪が揺れる。背中を丸めて薬草を摘む少女の名前はアンナ・モリス。だが、彼女には誰にも言えない秘密があった。実は彼女は前世の記憶を持つ転生者なのだ。
その事を自覚したのは五歳の頃。片田舎で暮らしていた普通の少女の脳内に濁流となって流れ込んだ記憶。
早朝の出社、深夜の帰宅。残業手当は無いに等しく休まることはない。彼氏もおらず、唯一の楽しみは通勤時間に読むネット小説。そんな社畜ロールモデルそのままだった加隈杏奈の一生は二十三歳の誕生日で終わった。
奇跡的に普段より早めの退勤。世間はまだ起きている時間。足は重いが心は軽く、誕生日とあってコンビニでケーキを買って帰宅する途中だった。
「え?」
青になった横断歩道を渡っていたら、地面を擦る甲高いブレーキ音に目を眩みたくなるほどの光が、杏奈にまっすぐ襲ってきた。
居眠りによるトラックの暴走。
人間に止めることも出来ない巨大なトラックは無慈悲に杏奈の体をふっ飛ばした。
過ぎた痛みは火傷のように熱く、投げ捨てられたコンクリートは冷たい。目の前に広がっていく赤い血が、ぼんやりと杏奈に死を告げる。
(あーぁ。ケーキ食べたかったなあ)
グシャグシャになっているショートケーキが最期の記憶。
こうして加隈杏奈の一生は終わった。
「う~ん。我ながら報われない死だった」
あまりにも哀れでホロリと涙が出そうだ。
現在の加隈杏奈は、アンナ・モリスという少女になって十七年経っていた。生前では大人の庇護下に置かれるはずの歳だが、この世界では立派な大人の一員だ。現在はオズ王国の首都で小さなハーブ店を営んでいる。露店から始まり今では店を持つなんて、生前には考えられなかった。
「十七歳で働くなんて考えられなかったなぁ」
その理由はアンナが記憶を取り戻した十二年前に戻る。
記憶を取り戻した五歳のアンナは、転生したことを大いに喜んだ。何せ趣味であったライトノベルの設定そのままの世界なのだから。
一体自分はどんな小説の中に転生したのだろう。
バッドエンドを回避する悪役令嬢もの?
珍しい光魔法に目覚めた聖女?
はたまた王族の庶子だったり?
「きゃ~! 楽しみ!」
ベッドの上でピョンピョンと跳ね回った。前世の記憶を受け継ぎ、精神年齢がアップグレードされたとしても、子供のように浮き足立つ出来事だったのだ。
加隈杏奈の頃の記憶がアンナに夢を抱かせた。しかし、アンナが生を受けたのは貴族の令嬢でも聖女でもない。ただの、いたって普通の家庭。そうアンナはただ前世の記憶を受け継いだ普通の五才児だった。
しかしチャンスは他にもある。
中身は二十三歳。前世の記憶を使って国を発展させれば、それなりの名誉は得られるだろうと、欲望にまみれた考えで行動したが、この世界は中世ヨーロッパのような生活様式でも、医療、ビジネス、生活水準共に不便など探してもなかったのだ。
(これって異世界転生した意味あるの!?)
仕方なく女性向け異世界転生のストーリーを諦めたアンナは、冒険者になるために腕を磨くことにした。しかし結果は散々であり、家庭魔法と多少の回復魔法が使えるくらいの能力だった。
(なによこれ……冒険者になることすら怪しいじゃない……)
落胆に溜息を吐き、うなだれるアンナを何度も見ていた父と母の心情は察するに余りある。
勉強もまあまあ。運動も普通。秀でた才能もない。
ここまで来ると、もう諦めて生まれ育った田舎でのんびり暮らそうという気になっていた。
結局転生してから更に五年が過ぎ、十歳になったアンナは普通の女の子として生きていた。
その人生が一転したのは、エブ国に大きな竜巻が横断した時だ。竜巻は田畑や作物を巻き上げ、街を飲み込み、数多の命を奪っていった。
その中にはアンナの両親もいた。アンナが助かったのは、遠く深い森で暮らす祖母の家に遊びに行っていたからだ。当時の年齢は十歳。前世の記憶が蘇って五年経っていた。
祖母の家に身を寄せたアンナは、祖母からあらゆる薬草学と魔法、そして生きる術を学んだ。
特に祖母は薬草学に秀でており、深い森に暮らしていたのもそのためだった。
こうして森で過ごしたアンナは、十六歳になる頃に祖母が亡くなったのを機に、オズ国の王都へと移住することにした。
(いや、待って、オズ……?)
ずっとエブ国の森で暮らしていたアンナは、オズ国にやってきて不思議なデジャヴを感じた。
待て待て。どっかで聞いたことある……。オズ国、オズ……オズ……?
王都の門の前で考え込んでいるアンナを、門番は訝しげに見ている。
――そして
(まさか「普通の俺は異世界でも普通でした」!?)
加隈杏奈が読んだ数あるライトノベルの内容に、普通ながらも鍛錬を積み冒険者として成功する異世界トリップ物があり、その舞台がオズ王国だった。
(女性向け異世界転生ものだと勝手に思い込んでた……)
そう、ここは男性向け異世界物語の中だったのだ。
(あの話って努力を重ねていく内にヒロインたちが主人公を好きになっていく、実質ハーレムものだよね?)
眉根にシワを寄せながら、ヒロインたちと出会うシーンを思い出す。確か初めて出会うのは白魔法を使うアンナだったはずだ。
(アンナ……?)
思わず首から下げていた通行証を見つめた。そこには前世から慣れ親しんだアンナという名前が書かれている。
「いやいや。そんな、よくある名前だし」
自分がヒロインの一人なわけないと首を振ってみるが、アンナの唯一使える魔法は回復や強化に特化した白魔法だ。
「貴方はアンナ・モリスですね?」
手渡した通行証をしげしげと見ていた門番がアンナの名前を確認する。
「……あ、はい」
(確かアンナは竜巻で両親を亡くして、薬草学に詳しくて……)
考えれば考えるほど、登場人物としてのアンナと今生のアンナの生い立ちは同じだった。
何度否定しても、事実は覆らない。
(ウソ、ウソよ、絶対ウソよ! お願いだから誰か嘘と言ってぇぇぇぇ!)
こうしてアンナは男性向け異世界転移の世界へと転生した事実を知るのだった。
その事を自覚したのは五歳の頃。片田舎で暮らしていた普通の少女の脳内に濁流となって流れ込んだ記憶。
早朝の出社、深夜の帰宅。残業手当は無いに等しく休まることはない。彼氏もおらず、唯一の楽しみは通勤時間に読むネット小説。そんな社畜ロールモデルそのままだった加隈杏奈の一生は二十三歳の誕生日で終わった。
奇跡的に普段より早めの退勤。世間はまだ起きている時間。足は重いが心は軽く、誕生日とあってコンビニでケーキを買って帰宅する途中だった。
「え?」
青になった横断歩道を渡っていたら、地面を擦る甲高いブレーキ音に目を眩みたくなるほどの光が、杏奈にまっすぐ襲ってきた。
居眠りによるトラックの暴走。
人間に止めることも出来ない巨大なトラックは無慈悲に杏奈の体をふっ飛ばした。
過ぎた痛みは火傷のように熱く、投げ捨てられたコンクリートは冷たい。目の前に広がっていく赤い血が、ぼんやりと杏奈に死を告げる。
(あーぁ。ケーキ食べたかったなあ)
グシャグシャになっているショートケーキが最期の記憶。
こうして加隈杏奈の一生は終わった。
「う~ん。我ながら報われない死だった」
あまりにも哀れでホロリと涙が出そうだ。
現在の加隈杏奈は、アンナ・モリスという少女になって十七年経っていた。生前では大人の庇護下に置かれるはずの歳だが、この世界では立派な大人の一員だ。現在はオズ王国の首都で小さなハーブ店を営んでいる。露店から始まり今では店を持つなんて、生前には考えられなかった。
「十七歳で働くなんて考えられなかったなぁ」
その理由はアンナが記憶を取り戻した十二年前に戻る。
記憶を取り戻した五歳のアンナは、転生したことを大いに喜んだ。何せ趣味であったライトノベルの設定そのままの世界なのだから。
一体自分はどんな小説の中に転生したのだろう。
バッドエンドを回避する悪役令嬢もの?
珍しい光魔法に目覚めた聖女?
はたまた王族の庶子だったり?
「きゃ~! 楽しみ!」
ベッドの上でピョンピョンと跳ね回った。前世の記憶を受け継ぎ、精神年齢がアップグレードされたとしても、子供のように浮き足立つ出来事だったのだ。
加隈杏奈の頃の記憶がアンナに夢を抱かせた。しかし、アンナが生を受けたのは貴族の令嬢でも聖女でもない。ただの、いたって普通の家庭。そうアンナはただ前世の記憶を受け継いだ普通の五才児だった。
しかしチャンスは他にもある。
中身は二十三歳。前世の記憶を使って国を発展させれば、それなりの名誉は得られるだろうと、欲望にまみれた考えで行動したが、この世界は中世ヨーロッパのような生活様式でも、医療、ビジネス、生活水準共に不便など探してもなかったのだ。
(これって異世界転生した意味あるの!?)
仕方なく女性向け異世界転生のストーリーを諦めたアンナは、冒険者になるために腕を磨くことにした。しかし結果は散々であり、家庭魔法と多少の回復魔法が使えるくらいの能力だった。
(なによこれ……冒険者になることすら怪しいじゃない……)
落胆に溜息を吐き、うなだれるアンナを何度も見ていた父と母の心情は察するに余りある。
勉強もまあまあ。運動も普通。秀でた才能もない。
ここまで来ると、もう諦めて生まれ育った田舎でのんびり暮らそうという気になっていた。
結局転生してから更に五年が過ぎ、十歳になったアンナは普通の女の子として生きていた。
その人生が一転したのは、エブ国に大きな竜巻が横断した時だ。竜巻は田畑や作物を巻き上げ、街を飲み込み、数多の命を奪っていった。
その中にはアンナの両親もいた。アンナが助かったのは、遠く深い森で暮らす祖母の家に遊びに行っていたからだ。当時の年齢は十歳。前世の記憶が蘇って五年経っていた。
祖母の家に身を寄せたアンナは、祖母からあらゆる薬草学と魔法、そして生きる術を学んだ。
特に祖母は薬草学に秀でており、深い森に暮らしていたのもそのためだった。
こうして森で過ごしたアンナは、十六歳になる頃に祖母が亡くなったのを機に、オズ国の王都へと移住することにした。
(いや、待って、オズ……?)
ずっとエブ国の森で暮らしていたアンナは、オズ国にやってきて不思議なデジャヴを感じた。
待て待て。どっかで聞いたことある……。オズ国、オズ……オズ……?
王都の門の前で考え込んでいるアンナを、門番は訝しげに見ている。
――そして
(まさか「普通の俺は異世界でも普通でした」!?)
加隈杏奈が読んだ数あるライトノベルの内容に、普通ながらも鍛錬を積み冒険者として成功する異世界トリップ物があり、その舞台がオズ王国だった。
(女性向け異世界転生ものだと勝手に思い込んでた……)
そう、ここは男性向け異世界物語の中だったのだ。
(あの話って努力を重ねていく内にヒロインたちが主人公を好きになっていく、実質ハーレムものだよね?)
眉根にシワを寄せながら、ヒロインたちと出会うシーンを思い出す。確か初めて出会うのは白魔法を使うアンナだったはずだ。
(アンナ……?)
思わず首から下げていた通行証を見つめた。そこには前世から慣れ親しんだアンナという名前が書かれている。
「いやいや。そんな、よくある名前だし」
自分がヒロインの一人なわけないと首を振ってみるが、アンナの唯一使える魔法は回復や強化に特化した白魔法だ。
「貴方はアンナ・モリスですね?」
手渡した通行証をしげしげと見ていた門番がアンナの名前を確認する。
「……あ、はい」
(確かアンナは竜巻で両親を亡くして、薬草学に詳しくて……)
考えれば考えるほど、登場人物としてのアンナと今生のアンナの生い立ちは同じだった。
何度否定しても、事実は覆らない。
(ウソ、ウソよ、絶対ウソよ! お願いだから誰か嘘と言ってぇぇぇぇ!)
こうしてアンナは男性向け異世界転移の世界へと転生した事実を知るのだった。
0
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
悪役令嬢が王太子に掛けられた魅了の呪いを解いて、そのせいで幼児化した結果
下菊みこと
恋愛
愛する人のために頑張った結果、バブちゃんになったお話。
ご都合主義のハッピーエンドのSS。
アルファポリス様でも投稿しています。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる