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1. 春

chapter4②

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 涙を流した気持ちになっていた後には、多分いつも通りお昼ご飯を食べ、なんでもない1日を過ごして、夜ご飯を食べていたのだろう。
 そしてまた眠る時間になってしまった。彼女は昨日と同じように眠りにつき始めた。彼女の首元に残っている傷元が少し見えてしまった。朝の反省が贖罪が意味を無くしたかのように私の欲求は昨日と同じものになり始めていた。彼女の首の傷は少し小さくなっており昨日つけたはずのバツ印はほとんど見えなくなっていた。切り傷のみが残っている優香の首元に唇を近づけた。何もバレないようにそっと口付けただけだが、私は愛を感じずにはいられなかった。彼女の首から口元が離れた後には昨日と同じように爪を近づけていた。もう時間が経ち過ぎてしまったのか、爪を食い込ませても少しの力では血は出なくなっていた。そんな中私は彼女の血が見たいがためだけに爪を素早く食い込ませ、切り傷を同じ場所につけてしまった。首からは少しずつ血が流れてきており、昨日より大きな傷をつけてしまったことに気づき始めた。彼女の切り傷から少しずつ血は流れていき胸元の方へ垂れ流れていった。彼女の血は何かに向けて進み続けているようだった。
 正直ここで止まればよかったのだと今になって思ってしまっている。もしここで私が止めていたら、今このようには生きていないのだろう。しかし、私はここで止まることはなかった。
 彼女の内臓を見てしまいたくて仕方がなかったのだ。いや内臓まで愛したかったという表現の方がここでは正しいのだろう。私は彼女の全てを愛していたし、彼女のことは全て知りたかったのだ。とまた思ってしまった。次の瞬間には、私はキッチンから包丁を持ってきてしまった。アドレナリンが出ている私を止める術はこの時点でなくなっていたのかもしれない。彼女の喉から約10cm離れたところには包丁が向けられている。そんな状態であることを優香は知らずに眠り続けている。彼女の吐息はとても愛らしかった。私はこの時これから殺人をしてしまうことに気づいてはいた。しかし殺人者になるつもりはなかった。だから私は喉の近くから包丁を離し、元の欲求であった、内臓を見ようと思ってしまった。美術や歴史の授業で見た浅い知識しかない人体内面図を思い浮かべると肋骨の間に包丁を入れて魚を下ろすように切っていくのがいいと思った。しかし私は能無しではない。いくら欲求に駆り出されていても、優香に包丁を振り下ろした瞬間抵抗することなどはわかっていた。だから私は先に絶命または生きた上で抵抗できなくさせることが大事だと考えた。
 最後にもう一度記載しておくと私は彼女を愛している。強く強く愛していた。だからこそ私は彼女の内面を見てみたいのだと、いまだにそう思っている。
 包丁を振り下ろす場所は鳩尾の近くにすることにした。一番包丁が入りやすいと思った。深く包丁が入れば彼女は抵抗することができなくなるのだろうと。
 「優香、愛してるよ、これからも大好きだよ」その一言と共に包丁を力強く振り下ろしてしまった。彼女の腹部から赤い液体が出るより前に彼女の甲高い声が一瞬だけ聞こえた。それと共に目を大きく開き、痛みに耐えかねた涙を含んだ目を合わせてきた。何が起こったのか分からなかったのだろう。次の瞬間には腹部を同じように強く2、3回刺してしまった。その時には小さなフシューといった息しか聞こえてこなかったが、少しずつ彼女の目は遠ざかり、優しい目をし始めていた。その状態になった時私は初めて我に帰った。我に帰ったといっても、殺人を犯した罪に対してではなく、内臓を見るがためだけに、ナイフを突き刺すことに決めたが、抵抗を恐れ相手を絶命するに近い状態にさせるという任務を終わらせたということだ。腹部は血だらけになっていた。少し時間を経って気づいたが、私の手は血まみれになっており体温より少し暖かい気もしていた。
 そんな中、息だけをし続けている彼女であったが、何か言おうとしていることに気づいた。少し耳を近づけると、「わた・・で・・かった・ね。」としきりに言っていた。口を見ると「私でよかったね」と言っていることに気づいた。何によかったと思っているのか分からないが、最後の気力を振り絞り先ほどより大きな声で私に対して一言言ってくれた。「なんとなく知ってい・・ょ。でも私で最・・にし・・・」途切れ途切れではあったが、私は彼女の言ったことが深く心に染みついた。彼女からは息が聞こえなくなった。そしてついにはどこも動かなくなったのだ。私は彼女を殺したことは分かっていたが、彼女を殺すことが、彼女を失くすことと同義であるということを理解していなかったのだ。どれくらいの時間かは分からないが彼女を抱き抱えたまま泣きじゃくっていた。彼女の温もりが消えた時には涙も枯れ果てていたが、彼女の内臓を見たい、彼女の血が綺麗だ、なんて感情はとっくに無くなってしまっていた。
 彼女から最後に伝えられた「私で最後にしてね」という言葉に私は今更何も思えなくなってしまっていたし、何よりこのまま彼女と居続けると、警察に捕まることくらいは分かっていた。この時点でサイコパスとして生きているのだと気づいてしまった私は彼女の側を立ち去ることに決めた。最後に少しだけ首元にキスをした、そして唇にキスをした。手を握り締め少し小さな手を撫でていた。口元には鉄の味が少ししていたが全く気にしていなかった。お風呂に張られていたお湯に彼女を連れて行き、そこに彼女を入れて、蓋を閉めた。
 これからは私の2度目の人生が始まる。
大きな思い過去を抱えながら、サイコパスとして失うばかりじゃなく何かを得ることを目標にすることにした。

 ピンクのカーテンは風に揺られている。そのカーテンに背をむけ家を出ると、そこはいつもより大きな景色と桜の匂いの優しい香りがあった。
私は優香を抱えて生きていく   
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