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 さてこの日の夜の、日付けが変わろうという時間。
 育己はセットしていたアラームをとめると、いっしょの部屋で寝ている壱加と藍里を起こさないようにして布団からでた。

 育己は藍里の寝かしつけのために、毎晩二十時には彼女といっしょに布団に入る。そして深夜バイトの時間まで仮眠をとるのだ。

 早朝にバイトから帰宅したあとは寝ている時間なんてものはなく、あわただしく新しい一日がはじまる。そのせいで育己は、常に睡眠不足だった。だから二十時というはやい時間でも、すぐに寝つくことができる。
 
 間接照明だけの薄暗い部屋。育己は壱加の枕もとにひざまくと、眠っている壱加の頬をやさしくつついてほくそ笑んだ。

 気がついていないふりをつづけているが、育己は自分が眠ったあとすぐに隣にそそくさと布団を敷いて潜りこんでいる壱加のことを知っている。彼が眠る自分にそっと身体を摺り寄せてくることもだ。

 そして壱加は育己がバイトから帰ってくる朝は、健気けなげにもはやくから起きて勉強しながら自分を待っている。

 そんな壱加もどうやら睡眠が足りていないようで、いったん眠ってしまうとすこし触ったくらいじゃ起きることはなかった。
 
 育己は自分に一途いちずな壱加のことがかわいくてしかたない。熟睡する彼の頬を愛おしげにこすった。彼はまだどこもかかしこもすべすべだ。

(かーわーいーいー)
 たまらず彼に顔を寄せる。その頬にぐりぐりと自分の頬を擦りつけて、あたりまえのようにピンクの唇にチュッとキスをした。これだけしても、壱加は絶対に起きないのだ。だから柔らかいすこし薄めの唇を想う存分、自分のそれで突いてんで舐めまわす。

(あー、もう、気持ちよすぎる。愛しすぎる。あぁ、食べちゃいたい)
 育己はふたたび壱加の頬に、自分の頬をぐりぐりとこすりつけた。まさにやりたい放題だ。しかし、この部屋には伏兵が潜んでいた。

「あっちゅん、いまからおしごと?」
 突然、藍里に話しかけられて、育己の心臓が飛び跳ねた。慌てて立てた人差し指を唇にあてると、育己は「しーっ」と幼い彼女にお願いする。

「そうだよ。藍里はひとりで寝られる?」
 これで三日連続寝かしつけ失敗だ。彼女はアラームの音で、こうやって起きてしまうことが多い。

(まぁ、すぐに寝てくれるから助かるんだけど……)

「藍里は大丈夫よ。いっちゃんのことも大丈夫よ。藍里がちゃんと、守っていてあげるからね」
 そんな騎士ないと気取りなことを云って、目を擦りながら膝のうえに乗ってきた妹を、ぎゅっと抱きしめた。

「だっていっちゃんは、あちゅんのお姫さまだからね!」
「藍里ちゃんっ、いつもありがとうねっ。でも、声はもうすこしちいさくして」

 彼女が騎士だとすれば、さしあたり彼女の守るお姫様に害を与える暴漢は、自分であろう。だから育己はこの騎士だけは、常に丸めこんでおかねばならないのだった。

「うん。だから安心しておしごと行ってきてね」
 頬にチュッとキスをすると、彼女もチュッとおなじように返してくれる。云いたいことを云ったら満足したらしく、育己の膝からおりた藍里は「おやすみなさぁい」と、すぐに布団にもぐりこんで目を瞑った。

(ほんと、この子はいい子だな。天使だな)
 こうやって目を瞑る妹の顔を見ているだけで、育己には純粋な愛情が溢れてきて「よしがんばって働くぞ」という意欲まで湧いてくるのだ。気分はすっかりお父さんだ。そして――。

 育己は藍里の隣で眠る壱加の顔に目をむけた。

 こうやってすぅすぅと寝息を立てて眠る壱加を見ていると、漏れだしてしまう邪な愛に、自制が効かなくなってしまう。そんな育己の気分はすっかり痴漢だった。

 彼はほら、瞳を閉じてその唇で自分を誘っているではないか。育己は都合のいい妄想をして、ふふふふとほくそ笑んだ。そしてまだ出かけるにはすこし時間があることを確認すると、ふたたび壱加の唇に自分の唇を寄せていくのだ。

 大好きだよ。なにも知らずに眠り続ける俺の眠り姫。




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