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篠山は遼太郎に「助かるよ、ありがとう」と労いの言葉をかけると、「あんまり無理すんなよ?」とつけくわえていた。
「それで勉強が疎かになったら本末転倒だからな。仕事はいざとなったらバイトをいれることもできるんだし」
「うん。ちゃんと考えてやってるから、放っておいて」
「お前、またそういうけどなぁ……」
神野はごしごしやりながら、遼太郎はどうしてそんなにがんばるのだろうか、と考えた。強制されていることもなく、お金に困っているわけでもない。
(うーん。だとしたら、やっぱり篠山さんのため?)
ひょいと首を伸ばして覗いてみれば、遼太郎をみる篠山の顔は、言葉とは裏腹にうれしそうだ。
(まぁ、恋人同士だったんだから、そんなものか)
神野だって、篠山のためになら諸肌を脱ぐことができる。一升瓶を抱えて近藤の代わりに抱かれようとここに乗りこんだのだって、つまりはそういうことだったのだから。
でもおなじ想いと気概があったとしても、遼太郎はきちんと篠山の力になれている。それにくらべて自分はというと、空回りになっている感が否めない。
シンクから引っ張りだした鍋のホコリを拭いながら、「はぁ」と重い溜息を吐く。すると背後で、
「ちょっと! なにやってんの、祐樹っ!? 」
と、素っ頓狂な声があがった。振り向くと風呂から帰ってきた春臣がすぐ後ろで口をあんぐりと開けて立っている。
「えと、飛び散った泡を拭こうと――」
見ればシンク下の扉のなかはいつのまにか空っぽになっていて、膝をついた自分のまわりには、なかから取りだした調理器具がところせましと並んでいた。
「祐樹、いったいいま何時だと思っているの?」
「えと、そろそろ九時です」
「そうじゃないって! こんな時間から大掃除とかやめてよ」
大掃除。そんなことをするつもりはまったくなかったのだが……。
「あれ? いつのまに……」
神野はぞうきんと拭き掃除用洗剤を握りしめていたそれぞれの手に、目をやり首を傾げた。
なんだ、どうしたんだと、こちらに気がついた篠山と遼太郎までもが、
「もうっ、匡彦さんも、遼太郎くんもなんで黙ってさせとくんだよ? 祐樹がヘンなことしだしたら、ちゃんと止めてくれまきゃ!」
と、怒られる。
そうして、腰に手をあて彼らに「ちゃんと祐樹のこと見張っておいてくれなきゃ」と些か失礼なことを口にした春臣に、「邪魔だから退いて」と、その場を強制退場させられてしまったのだ。
春臣と夕食を終えたあとのマンションからの帰りがけ、ネットで服を見繕ってやるから泊っていけと、篠山が云いだした。
確かに自分は服を少ししか持っていない。それで篠山は服が多ければ洗濯も慌てないですむし、せっかく新しいチェストがあるのだから、ここにも服をいくつか置いておけばいいと云ってくれたのだ。
しかし篠山には今夜はまだ仕事が残っているかもしれないし、なんとなくはやく遼太郎とふたりきりにしてあげたほうがいいのじゃないかと思えてしまい、神野はその誘いを断った。
ただ思惑は外れてしまい、マンションをでるときに仕事はもう終わったと云う遼太郎もいっしょにアパートに帰ってきたのだ。
それだったらせっかくの週末、自分が篠山のもとに残ればよかったと残念に思ってしまったのだが、いまさら「やっぱり泊まっていきます」と篠山のところに引き返すと、ふたりにエッチが目的だととられそうでやめておいた。
「遼太郎さんって、ほんとうに恋人いるんでしょうか?」
「そりゃ、いるんでしょ? 祐樹だって本人にそう訊いたんだろ?」
(うーん)
それがあやしいからこうやって遼太郎とつきあいの長い春臣に訊いているのだ。なにしろ、遼太郎は彼氏がいると云っているが、実際に自分はその彼氏の姿を見てはいない。遼太郎はいつも仕事仕事で、それ以外ではひたすら絵を描いているのだから。
彼がそれらしい相手と連絡を取っているところを見たこともないし、ましてや、デートをしただとか、するだとかの話も聞いたことがなかった。
「そりゃ、このシーズンは忙しいからでしょ?」
入浴のあとの春臣は眼鏡姿だ。帰宅してからすぐにラフな部屋着に着替えた彼は、ずっとラップトップパソコンでなにやらしていて、返事をするのにも手をとめてくれない。
「でも、本当に恋人がいるんでしたら、紹介してくれてもおかしくないじゃないですか? とくにあれだけ親しい篠山さんになら、いちどくらい恋人の顔を見せていてもいいはずです。上司なんですから。でも篠山さんも、まだ遼太郎さんの新しい恋人は見たことがないって云っていて――」
「いや、だって匡彦さんは上司であるまえに、遼太郎くんの元カレじゃないか。そんなの紹介されても、相手がひくわ。祐樹、もうちょっとよく考えて?」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
云われてちょっと考えてみるがいまいちぴんとこず首を捻ると、春臣が「あのねぇ」と溜息を吐く。
「実際、祐樹だって遼太郎くんが篠山さんの元カレだって知って、ややこしいこと考えたでしょ? 悩んだでしょ? こうやって遼太郎くんのことずっと気になってるでしょ? それとおんなじだよ。……まぁ、遼太郎くんの場合は、あの性格からして、ふつうとは違った理由で紹介なんてしてくれそうにないけどね」
そう云った春臣はなぜか冷めたふうに鼻で嗤った。
「むぅ」
納得できる回答のつぎに、またよくわからないことを云われて、眉間に皺がよる。そこでやっと春臣はキーを叩く手をとめて、自分に向きあってくれた。
「それで勉強が疎かになったら本末転倒だからな。仕事はいざとなったらバイトをいれることもできるんだし」
「うん。ちゃんと考えてやってるから、放っておいて」
「お前、またそういうけどなぁ……」
神野はごしごしやりながら、遼太郎はどうしてそんなにがんばるのだろうか、と考えた。強制されていることもなく、お金に困っているわけでもない。
(うーん。だとしたら、やっぱり篠山さんのため?)
ひょいと首を伸ばして覗いてみれば、遼太郎をみる篠山の顔は、言葉とは裏腹にうれしそうだ。
(まぁ、恋人同士だったんだから、そんなものか)
神野だって、篠山のためになら諸肌を脱ぐことができる。一升瓶を抱えて近藤の代わりに抱かれようとここに乗りこんだのだって、つまりはそういうことだったのだから。
でもおなじ想いと気概があったとしても、遼太郎はきちんと篠山の力になれている。それにくらべて自分はというと、空回りになっている感が否めない。
シンクから引っ張りだした鍋のホコリを拭いながら、「はぁ」と重い溜息を吐く。すると背後で、
「ちょっと! なにやってんの、祐樹っ!? 」
と、素っ頓狂な声があがった。振り向くと風呂から帰ってきた春臣がすぐ後ろで口をあんぐりと開けて立っている。
「えと、飛び散った泡を拭こうと――」
見ればシンク下の扉のなかはいつのまにか空っぽになっていて、膝をついた自分のまわりには、なかから取りだした調理器具がところせましと並んでいた。
「祐樹、いったいいま何時だと思っているの?」
「えと、そろそろ九時です」
「そうじゃないって! こんな時間から大掃除とかやめてよ」
大掃除。そんなことをするつもりはまったくなかったのだが……。
「あれ? いつのまに……」
神野はぞうきんと拭き掃除用洗剤を握りしめていたそれぞれの手に、目をやり首を傾げた。
なんだ、どうしたんだと、こちらに気がついた篠山と遼太郎までもが、
「もうっ、匡彦さんも、遼太郎くんもなんで黙ってさせとくんだよ? 祐樹がヘンなことしだしたら、ちゃんと止めてくれまきゃ!」
と、怒られる。
そうして、腰に手をあて彼らに「ちゃんと祐樹のこと見張っておいてくれなきゃ」と些か失礼なことを口にした春臣に、「邪魔だから退いて」と、その場を強制退場させられてしまったのだ。
春臣と夕食を終えたあとのマンションからの帰りがけ、ネットで服を見繕ってやるから泊っていけと、篠山が云いだした。
確かに自分は服を少ししか持っていない。それで篠山は服が多ければ洗濯も慌てないですむし、せっかく新しいチェストがあるのだから、ここにも服をいくつか置いておけばいいと云ってくれたのだ。
しかし篠山には今夜はまだ仕事が残っているかもしれないし、なんとなくはやく遼太郎とふたりきりにしてあげたほうがいいのじゃないかと思えてしまい、神野はその誘いを断った。
ただ思惑は外れてしまい、マンションをでるときに仕事はもう終わったと云う遼太郎もいっしょにアパートに帰ってきたのだ。
それだったらせっかくの週末、自分が篠山のもとに残ればよかったと残念に思ってしまったのだが、いまさら「やっぱり泊まっていきます」と篠山のところに引き返すと、ふたりにエッチが目的だととられそうでやめておいた。
「遼太郎さんって、ほんとうに恋人いるんでしょうか?」
「そりゃ、いるんでしょ? 祐樹だって本人にそう訊いたんだろ?」
(うーん)
それがあやしいからこうやって遼太郎とつきあいの長い春臣に訊いているのだ。なにしろ、遼太郎は彼氏がいると云っているが、実際に自分はその彼氏の姿を見てはいない。遼太郎はいつも仕事仕事で、それ以外ではひたすら絵を描いているのだから。
彼がそれらしい相手と連絡を取っているところを見たこともないし、ましてや、デートをしただとか、するだとかの話も聞いたことがなかった。
「そりゃ、このシーズンは忙しいからでしょ?」
入浴のあとの春臣は眼鏡姿だ。帰宅してからすぐにラフな部屋着に着替えた彼は、ずっとラップトップパソコンでなにやらしていて、返事をするのにも手をとめてくれない。
「でも、本当に恋人がいるんでしたら、紹介してくれてもおかしくないじゃないですか? とくにあれだけ親しい篠山さんになら、いちどくらい恋人の顔を見せていてもいいはずです。上司なんですから。でも篠山さんも、まだ遼太郎さんの新しい恋人は見たことがないって云っていて――」
「いや、だって匡彦さんは上司であるまえに、遼太郎くんの元カレじゃないか。そんなの紹介されても、相手がひくわ。祐樹、もうちょっとよく考えて?」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
云われてちょっと考えてみるがいまいちぴんとこず首を捻ると、春臣が「あのねぇ」と溜息を吐く。
「実際、祐樹だって遼太郎くんが篠山さんの元カレだって知って、ややこしいこと考えたでしょ? 悩んだでしょ? こうやって遼太郎くんのことずっと気になってるでしょ? それとおんなじだよ。……まぁ、遼太郎くんの場合は、あの性格からして、ふつうとは違った理由で紹介なんてしてくれそうにないけどね」
そう云った春臣はなぜか冷めたふうに鼻で嗤った。
「むぅ」
納得できる回答のつぎに、またよくわからないことを云われて、眉間に皺がよる。そこでやっと春臣はキーを叩く手をとめて、自分に向きあってくれた。
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