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瞼が落ちる寸前に春臣に『祐樹が逃げた。フォローよろしく』と連絡を入れたことが、あのときの篠山にできる精一杯だった。
目が覚めたのは夕暮れで、手もとに転がっていたスマホには春臣からの着信とLINEが何件か入っており、それらはぜんぶ篠山が連絡をいれたわず十分のあいだに限られていた。
大事になることなくすんだんだとほっとして、電話を折り返してきちんと詫びをいれている。そのあと神野に入れた電話にも彼はちゃんと出てくれたので安心した。
「いや、その節はホント、ありがとうございました」
「匡彦さん、最近イケメン力落ちてきたんじゃない? 祐樹とつきあいはじめてから」
「あぁ、俺もそんな気がする」
おなじ手のかかる恋人でも、遼太郎のときはこんなふうにドタバタすることはなかった。
「いや、年齢のせいか?」
「なに云ってるの、情けない。唆してるんだから、奮起して」
「とにかくだ。悪いけど、もうすこし遼太郎には……」
「駄目だよ。俺、もうこの週末にケリ着けるよ? こんなくだんないことでどれだけ時間を無駄にする気? 匡彦さんらしくもない、いつも云ってるポリシーどうしたんだよ」
『プライベートを充実させないと仕事も効率よく果たせない』とよく自分が口にしている信条を持ちだされ、「まぁ、そうなんだけど……」と篠山は弱気でいた自分にうんざりする。
どうも疲れがメンタルにもきているようだ。今回は仕事量についての自分の限界を知れたことだけが収穫なのかもしれない。
「お前は、ほんとうに頼もしいよな」
それに比べて自分はと云うと、仕事に追われ、遼太郎の怒気に肝を冷やし、祐樹のことだって中途半端ではなくしっかり時間をとって向かい合いたいと思うあまり、なにもできない状態だ。それで二の足を踏んでいる間に春臣に先を越されてしまったと。あぁ、ホント情けない。
でもまぁ、神野にはこまめにフォローはいれてはいれているので、このままにしておいてもおそらく時が解決してくれるはずなのだ。そういう解決方法だってあるのだ。
しかしだ。いかんせん時間にまかせておくという方法をとると、こんどはその解決とやらがいつになるのかと案じてしまい自分のストレスになりかねない。
かくなるうえは――。
「……春臣」
腕を組んだ春臣がえらそうに流し目をこちらに向ける。
「――なに?」
「よろしく、頼む!」
篠山は潔く頭を下げた。
仕事が終わってリビングに戻ると、ソファーに腰かけた神野が真剣な顔つきでスケッチブックに絵を描いていた。そのスケッチブックは遼太郎のもので、はじめ裏紙をつかって絵を描いていた神野に、彼が客間にある自分の収納ケースから出してきて渡したものだった。
篠山もぺらぺら捲ってなかを見せてもらったのだが、はじめの二、三ページにはプロである遼太郎の上手な絵が描かれてあり、そこからさきに神野の世辞にも褒められたものではない絵がたくさん描かいてあった。強いて褒めるとしたら、のびのび描けているな、ユニークだな、笑えるな、といったところだろうか。
四本足の鶏は嘴もなくにっこりした笑顔だし、ウサギにはその特徴である長い耳がない。
そんな神野の手もとを、ひと足さきに仕事をあがっていた遼太郎が帰宅のための身支度をしながら、興味深そうに覗きこんでいた。プロにはなにか刺さるものがあるのだろうか。
篠山は夕飯もそこそこに入浴もしないで帰ろうとする遼太郎に、デートではないかと嗅ぎとる。
「お、今日はなんか用事があるのか? なんなら明日は午後出勤でいいんだぞ?」
わざとらしく云うと、案の定、神野が首を伸ばして遼太郎をみたので苦笑する。
「午後出勤って、なに寝ぼけたこと云ってるんだよ? 俺いなくて匡彦さん、ココまわせんの?」
「……無理です。スミマセン」
ぎろっと睨まれ首を竦めた篠山は、報復のひとことに神妙に頭を下げておく。ツンな彼は決してデートをするだなんて勘づかれたくないのだ。
「さっさと寝たいんだよ。だれが:夜遊び|なんかするか。あぁ、俺、明日も藤野さんとこ寄ってくるから。じゃあ」
遼太郎はデートについてはきっぱり否定して、リビングを出ていった。
「あははは。あんなこといって、あれ、絶対デートだから」
「そうなんですか?」
風呂上がりの濡髪を拭きながら春臣が云うのに、神野が喰いつく。
「だからお前ら、それぜったいアイツの前で云うなよ……」
遼太郎がいなくなってスペースがあいたので、咥えたばこのまま灰皿をもってソファーへ移動する。
「よっし! 祐樹、今夜こそが遼太郎くんの部屋のチャイムを押すときだ」
「だから春臣、お前俺の話聞けよ。ってか、なんの話だ、チャイムって」
「じゃあ、はやく帰りましょう」
こちらもひとの話をまったく聞いていないようだったが、スケッチブックをパタッと閉じて腰をあげかけた神野に、篠山はたばこを口から落とした。
神野も春臣も既に夕食も入浴もすませている。帰ろうと思えばいますぐにでも出ていける。
「おい、こらっ祐樹! お前は今日はここに泊まるんだろうがっ」
篠山は慌てて神野の腕をひっぱってソファーに座り直させた。
「あ、そうでした」
すると今度は玄関のほうから、遼太郎の神野を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ちょっと行ってきます」
「あ、ああ」
篠山が腕を離すと、つれない恋人はさっさとリビングを出ていった。
目が覚めたのは夕暮れで、手もとに転がっていたスマホには春臣からの着信とLINEが何件か入っており、それらはぜんぶ篠山が連絡をいれたわず十分のあいだに限られていた。
大事になることなくすんだんだとほっとして、電話を折り返してきちんと詫びをいれている。そのあと神野に入れた電話にも彼はちゃんと出てくれたので安心した。
「いや、その節はホント、ありがとうございました」
「匡彦さん、最近イケメン力落ちてきたんじゃない? 祐樹とつきあいはじめてから」
「あぁ、俺もそんな気がする」
おなじ手のかかる恋人でも、遼太郎のときはこんなふうにドタバタすることはなかった。
「いや、年齢のせいか?」
「なに云ってるの、情けない。唆してるんだから、奮起して」
「とにかくだ。悪いけど、もうすこし遼太郎には……」
「駄目だよ。俺、もうこの週末にケリ着けるよ? こんなくだんないことでどれだけ時間を無駄にする気? 匡彦さんらしくもない、いつも云ってるポリシーどうしたんだよ」
『プライベートを充実させないと仕事も効率よく果たせない』とよく自分が口にしている信条を持ちだされ、「まぁ、そうなんだけど……」と篠山は弱気でいた自分にうんざりする。
どうも疲れがメンタルにもきているようだ。今回は仕事量についての自分の限界を知れたことだけが収穫なのかもしれない。
「お前は、ほんとうに頼もしいよな」
それに比べて自分はと云うと、仕事に追われ、遼太郎の怒気に肝を冷やし、祐樹のことだって中途半端ではなくしっかり時間をとって向かい合いたいと思うあまり、なにもできない状態だ。それで二の足を踏んでいる間に春臣に先を越されてしまったと。あぁ、ホント情けない。
でもまぁ、神野にはこまめにフォローはいれてはいれているので、このままにしておいてもおそらく時が解決してくれるはずなのだ。そういう解決方法だってあるのだ。
しかしだ。いかんせん時間にまかせておくという方法をとると、こんどはその解決とやらがいつになるのかと案じてしまい自分のストレスになりかねない。
かくなるうえは――。
「……春臣」
腕を組んだ春臣がえらそうに流し目をこちらに向ける。
「――なに?」
「よろしく、頼む!」
篠山は潔く頭を下げた。
仕事が終わってリビングに戻ると、ソファーに腰かけた神野が真剣な顔つきでスケッチブックに絵を描いていた。そのスケッチブックは遼太郎のもので、はじめ裏紙をつかって絵を描いていた神野に、彼が客間にある自分の収納ケースから出してきて渡したものだった。
篠山もぺらぺら捲ってなかを見せてもらったのだが、はじめの二、三ページにはプロである遼太郎の上手な絵が描かれてあり、そこからさきに神野の世辞にも褒められたものではない絵がたくさん描かいてあった。強いて褒めるとしたら、のびのび描けているな、ユニークだな、笑えるな、といったところだろうか。
四本足の鶏は嘴もなくにっこりした笑顔だし、ウサギにはその特徴である長い耳がない。
そんな神野の手もとを、ひと足さきに仕事をあがっていた遼太郎が帰宅のための身支度をしながら、興味深そうに覗きこんでいた。プロにはなにか刺さるものがあるのだろうか。
篠山は夕飯もそこそこに入浴もしないで帰ろうとする遼太郎に、デートではないかと嗅ぎとる。
「お、今日はなんか用事があるのか? なんなら明日は午後出勤でいいんだぞ?」
わざとらしく云うと、案の定、神野が首を伸ばして遼太郎をみたので苦笑する。
「午後出勤って、なに寝ぼけたこと云ってるんだよ? 俺いなくて匡彦さん、ココまわせんの?」
「……無理です。スミマセン」
ぎろっと睨まれ首を竦めた篠山は、報復のひとことに神妙に頭を下げておく。ツンな彼は決してデートをするだなんて勘づかれたくないのだ。
「さっさと寝たいんだよ。だれが:夜遊び|なんかするか。あぁ、俺、明日も藤野さんとこ寄ってくるから。じゃあ」
遼太郎はデートについてはきっぱり否定して、リビングを出ていった。
「あははは。あんなこといって、あれ、絶対デートだから」
「そうなんですか?」
風呂上がりの濡髪を拭きながら春臣が云うのに、神野が喰いつく。
「だからお前ら、それぜったいアイツの前で云うなよ……」
遼太郎がいなくなってスペースがあいたので、咥えたばこのまま灰皿をもってソファーへ移動する。
「よっし! 祐樹、今夜こそが遼太郎くんの部屋のチャイムを押すときだ」
「だから春臣、お前俺の話聞けよ。ってか、なんの話だ、チャイムって」
「じゃあ、はやく帰りましょう」
こちらもひとの話をまったく聞いていないようだったが、スケッチブックをパタッと閉じて腰をあげかけた神野に、篠山はたばこを口から落とした。
神野も春臣も既に夕食も入浴もすませている。帰ろうと思えばいますぐにでも出ていける。
「おい、こらっ祐樹! お前は今日はここに泊まるんだろうがっ」
篠山は慌てて神野の腕をひっぱってソファーに座り直させた。
「あ、そうでした」
すると今度は玄関のほうから、遼太郎の神野を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ちょっと行ってきます」
「あ、ああ」
篠山が腕を離すと、つれない恋人はさっさとリビングを出ていった。
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