任せてもいいですか 03・架空彼氏の疑惑と誘惑。

也菜いくみ

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 家事をしたとてなにかしらの手落ちがあり、絵を描いても遼太郎の足もとにも及ばない。
「はぁ。……俺ってなにだったら完ぺきにできるんだろう?」
 正座したままぱたりと横に倒れると、毛足の長い茶色のラグが身体を柔らかく受け止めてくれた。ふんわりしたそれを頬に感じながら、「はぁ」と息を吐く。

「う・ざ・い。お前、もう、ネッカ行け」
 頭上から低い声が降ってくる。ここは遼太郎の部屋だ。神野は慌てて起きあがると居住まいを正した。背筋をぴんと整えてふたたび白い壁に向かう。

「ふぅ……」
 溜息をつきまたぞろ鬱々と考えだした神野は、ふと遼太郎に返事をしていなかったことに気づいて、すぐそばで仁王立ちする彼をみあげた。

「申し訳ありません。いま持ち合わせがなくて」
 眉を寄せてぺこりとお辞儀をする。着の身着のまま篠山のところを飛び出して帰ってきた神野は財布もアパートの鍵も持っていなかった。寒いなかいつ帰ってくるかわからない春臣を待つのも不毛な気がしたし、それにいまは春臣といっしょにいたくない。

 神野は隣の部屋のチャイムを押すと、中から出てきた遼太郎とドアの隙間に身体をするり滑りこませ、勝手に部屋にあがりこんだ。そしてそのまま緊急避難だと云ってここに居座っている。

「遼太郎さんが居てくれて助かりました。お出かけになるのでしたら留守番しておきますので、お気遣いなく出かけてください」
「寝言は寝て云え。気を遣うのはお前だ」

 もう一度ぺこりと頭を下げた神野に一喝した遼太郎が、スマートフォンを取りだして操作しはじめた。五回ほどコール音がなったあとに聞こえてきたのは春臣の声だ。

「なんでお前がでるんだよ? 匡彦は?」
スマホこれおいて祐樹追いかけて出ていった。もうねぇ、遼太郎くんのせいであれからたいへんなことに――』
 耳を澄ますまでもなく、話はよく聞こえてくる。

「ってか、祐樹が俺の部屋に居座っている。部屋にはいる鍵がないんだってよ。春臣、お前いまから速攻で帰ってこい」
『あぁ。そこにいたの? 俺もいま家に向かっている最中だったんだけどさ。なら安心だ。遼太郎くん暫く祐樹の面倒みてやってよ。さっき俺たち祐樹を怒らせちゃってさ。たぶんへそ曲げて今夜は帰りたがらないと思うんだ』
「いやだよ。こいつ来てからずうっとじめじめしてるんだぞ? 鬱陶しいわ。はやく迎えにこい。ひきずってでも連れて帰れよな」
『あー……。あはは。どうせ祐樹、壁に向かっておとなしく正座してるんでしょ? じゃあじゃない?』

「――っ!」
『あぁ、でも念のために薬剤とかは隠しておいてね。月曜には仕事まえにいったんこっちに帰ってくるはずだし、それまでよろしく』
「なに云ってるっ、はる――」
 話の途中なのに遼太郎を無視して通話は一方的に切れられた。

「よろしくお願いします」
「ばかっ。違うっ」
 床に三つ指をついてお辞儀すると、すかさず頭を叩かれる。
「春臣が帰ってきたら、お前ちゃんと家に帰れ――……、あ」
 隣の部屋のチャイムの音に、ふたり揃って玄関につづくダイニングの扉へと顔を向けた。さらに隣の玄関の扉を叩く音と、篠山が自分を呼ぶ声も聞こえてくる。

「あっ、だめですっ」
「祐樹⁉ おいっ、こらっ」
 神野は玄関に向かおうとする遼太郎に先回りすると、廊下側から扉を閉めて彼をダイニングルームに閉じこめた。ガチャガチャと引っ張られるドアノブをしっかり押さえ、扉に凭れて体重をしっかりかける。

「ばかっ、ふざけんなっ。開けろっ、怒るぞ」
 内から扉がバンバン叩かれる。
「だったら篠山さんをここにいれないって約束してくださいっ」
 
「なに云ってるんだっ。あれだけうるさくしていたら近所迷惑だろ? いま何時だと思ってる?」
 隣のチャイムは連打され、篠山の声もつづいている。

「八時まえです」
「お前、舐めてんのか? 管理人がクレームだすわけにはいかないだろうが? 匡彦もお前もバカだろっ。痴情のもつれなんかで世間に迷惑かけんなっ。ってかお前は家に帰れ!」

 遼太郎とはそれほど身長は変わらないはずなのに、ぐいぐい押されているうちに力負けして、扉は少しづつ開いていく。あまり無茶をして扉を壊すわけにもいかない。もう諦めて手を離したほうがいいのだろうか、と思いはじめたとき、ふいに電話の着信音がして、すっと扉にかかっていた圧がなくなった。

 遼太郎が扉から離れたのだ。それでも警戒してドアノブを離さずにいた神野だったが、「あっ」と叫ぶと扉に耳を押しつけた。

(もしかして彼氏さんからの電話⁉)
 今日は週末だ。春臣だって遼太郎がデートだって云っていたではないか。
(やっぱりでかけるつもりだったのかな? だったら遠慮しないで行って来たらいいのに。むしろ俺もついていきたい)

 さっきの春臣との会話はすぐ近くだったせいで筒抜けだったが、さすがに扉一枚隔ててしまうと、彼がだれとなにを話しているかぼそぼそとしか聞こえてこない。
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