任せてもいいですかーあなたとモーニングキスがしたいー

也菜いくみ

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些いささか複雑な気持ちになったが、だからそれがなんなんだと身悶える。
「ここまで云えばわかるだろ?」
(お祝いのパーティ?)
 春臣の様子に嫌な予感だけはしてくるが、残念ながら自分にはピンとこない。唇を尖らせて「……わかりません」と正直に答えると、ドサッとソファーに腰を下ろした春臣が、沈痛な面持ちで額に手をあてた。

「今日、匡彦さんそれを訊いてきたらしくって、すごく気落ちしてるの。そりゃもう見てられなかったよ」
「あっ!」
 あの篠山さんが、落ちこむって……。よっぽど近藤の結婚の話がショックだったのだ。
(遼太郎くんとつきあっていたのに? 今さら近藤さんが結婚することはダメなの? そんなにもいまもあのひとのこと、好きだった?)

 肩を落とす篠山を想像すると、かわいそうで胸が塞ぐ。しかし春臣の「仕事も手につかないくらいに」という言葉を訊くと、追うようにして近藤への悋気りんきも湧いてきた。浅ましい自分を恥じ、春臣から顔を隠すようにして俯く。

「それって、失恋で、ってことですよね?」
「まぁ、そんな感じ? 仕事のほうもグダグダだったらしくって、さっき遼太郎くんに聞いたんだけどさ、えらい失敗やらかして、顧客先で大目玉くらったらしいよ? で、今日はその処理に追われて、お客さんのところと事務所を行ったりきたり。さっきやっと帰宅したから、つまみと酒だけ置いて帰ってきたんだけど……」
 春臣は重い溜息をつくと、手のひらに顔を埋めて隠してしまった。

「もうさ、一瞬しか見てないけど、顔色めちゃくちゃ悪くって。そのお客さんがさ、近所のひとなの。匡彦さんって近所に顧客多いでしょ? 悪い評判たてられなきゃいいけどね。……あぁ、俺、心配だな。仕事のこともだけど、あのひといままで順調に生きてきてるからさ、挫折とかに弱そう……」
「そんなにひどい状態なんですか?」
「もう、うなだれちゃって……。見ていられないから、俺は帰って来たんだけどさ。やっぱりいっしょにいてあげたほうがよかったのかな? どう思う、祐樹? ……匡彦さん、大丈夫かな? 人間思いつめると……、ねぇ?」

 そこで春臣は顔をあげると、意味ありげにこちらをみた。三ヶ月まえに思いつめたばかりの神野はゾッとする。
「でさ、あんなんじゃ明日もまともな仕事ができないと思うし、ちょっと元気づけようと思ってさ。祐樹も手伝ってよ。昼のうちに買い物行って、御馳走つくってあげよう?」
「それは、かまわないんですが……」
 不安でたまらず、下ろしていた両手の指を絡み組みあわせた。

「それよりも、いま、篠山さん、ひとりにしておいて、大丈夫なんですか?」
 自分も失恋のつらさは身をもって知っている。いまだって篠山が近藤のせいで落ち込んでいると聞いて、嫌というくらいにせつなく、そして悲しい。
 自分以外の誰かのために胸を痛める篠山に無性に腹が立ちもする、しかしそれ以上に彼のことが心配だ。

「うーん。やっぱり俺、帰ってきてヤバかったかな? でもお酒の在庫はそんなになかったから、アル中になる心配はないと思うけど」
「ア、アル中⁉」
「あっ。でも外に飲みに出かけるか?」
 そこでまた春臣が悩ましげに肩で息を吐いた。
「やだな。匡彦さんヤケになって、手あたり次第そのへんの男と寝たりしなきゃいいんだけど……」
「手当たり次第って――」
「あのひと好き者だからね」
「そんな、まさか……」
 怖いことを訊かされて、心が騒ぎだす。

「匡彦さん、モテるんだよ。飲みにでも出たら、そりゃあちこちから声かかるでしょ? ああ、やだやだ。声かけてきた相手とかたっぱしから寝たりして、へんな病気もらってくるとか、勘弁だよね」
「かたっぱし……」
 話を聞いているうちに、篠山を憂慮する気持ちを上まわる不快感がこみあげてきた。くらりと眩暈すらしてくる。しかしなんとか持ちこたえると、彼はそんなことはしないはずだ、と自分自身に云いきかせた。

「でも、だって、篠山さん、明日だって仕事あるし、それに今日は外も寒いし――」
「なに云ってるの? ああ、祐樹は知らないか。匡彦さんもともとフットワーク軽いし、ふらっふらとよく遊ぶんだって。ナンパも上手だしさ。案外、いまごろ出かける準備してるかも……、いや、もう出かけたかな?」


 
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