任せてもいいですかーあなたとモーニングキスがしたいー

也菜いくみ

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 それがいいと、彼に風呂を勧めると、上着を脱いでいた春臣が「あのさぁ」と、呆れた口調で云った。
「祐樹。いったいいつまでその不機嫌つづくの?」
「――っ」
 いけないと、思わず顔に手をあてがう。あの日、篠山とすごく長いキスをしていた春臣の顔を見ていると、ついついむっとなってしまうのだ。

「大好きな祐樹に毎日毎日睨まれちゃって、俺は悲しいよ。俺なんかした?」
「……ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
(なんかした? じゃないよ。……していたじゃないかっ! 思いっきり!) 
 それでも細心の注意を払って、顔に出さないように気をつけていたのに、ついにクレームがついてしまった。それならいっそのこと云わせてもらおうと、口を開く。
「……春臣くんが嘘つくからでしょ。このあいだ『わざわざちょっかいかけない』とか云っていたくせに……」
「あ。……あ、……あぁあ。あれか……」
 なんのことを云われたのかすぐに見当がついたらしい春臣は、「それで怒っているのね」と、頬を掻きながら視線をあらぬほうにやった。
「いえ、別に私に気を遣わずに好きにしてください。それに私は怒っていませんから。そもそも怒る権利とかないですし」
 ちょっとおもしろくないだけですと、いい年齢をして拗ねている自分に羞恥しながらぼやく。

「そっかそっか。なるほどね。それで祐樹はまた匡彦さんのところに行きたがらないのね」
「ちょっと頭を冷やしているだけです。来週からはまたちゃんと帰りに立ち寄って、掃除くらいさせてもらいます」
 神野だっていつまでもいじけているつもりはない。篠山の顔は見たいし、はやく忙しい彼の手伝いだってしてあげたい。実は春臣にばかり任せているのは、ちょっと悔しかったりする。

「じゃあ、明日とかどう? 匡彦さんのとこ行かない? 週末だしさ、ちょっとひとも呼んでパーッと騒ごうかと思っているんだけど?」
「? 明日って、土曜日ですよね? 土曜って篠山さん、半日は仕事じゃないですか。お仕事で疲れているんじゃないですか?」
 それなのに春臣はいったいなにをしようと云いだすのだ。
「そういうのは連休に入ってからとか、それか事務所が暇になってからでいいんじゃないですか?」
 ようはパーティでも開こうかと云っている春臣だが、それに意見すると彼は思案顔で黙りこんでしまった。

「……あの、なにかあるんですか?」
「……うん、確かにそうなんだけどね。それがちょっとね。匡彦さんいま、仕事どころじゃなさそうで……」
 眉間に深く皺を刻んでいる春臣に、篠山になにかあったんだとはっとした。
 コンセントを差しかえるために手にしていた掃除機を放りだすと、春臣に向きなおる。

「篠山さん、どうかしたんですか?」
 ずっと彼には助けてもらっているのだ、彼になにかあったというのなら今度は自分が助ける番だ。もしも自分になにかできるのでばあれば、力を貸したいと、やや前のめりに春臣に詰め寄った。
「大きな失敗でもしたんですか? それとも怪我でもしたんですか?」
「うん。……実はね」
 云ってもいいのだろうかというふうに、視線をさ迷わせてから春臣はちらっと神野の顔をみる。その様子は彼らしくなくて、まどろっこしい。

(いったいなんなの?)
 パーッと騒がないといけない理由に、どんな深刻な問題が潜んでいるのだろうか。神野は唾を飲みこんだ。
「祐樹、近藤さんのこと、知ってるって云ったよな?」
「……はい」
 思わぬ名まえに、どきっとする。神野は九月に会ったきりの近藤のハンサムな顔を思い浮かべた。記憶の中の彼はいつも魅力的な微笑みを浮かべているのだ。

(彼がどうかしたのだろうか? 事故にあったとか? まさか、死――)
 縁起でもないことを過らせ、血の気が引いて行く。胸に手をあて、「春臣くんっ、近藤さんがどうかしたの⁉」と声を荒らげた。心臓が痛いくらいに高鳴っている。 
(それで篠山さんがショックをうけているの⁉ ……いや、でも、それでパーティはないだろう……あれ?)

「あのひと、結婚が決まったんだって」
「…………け、結婚?」
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