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王都炎上篇

第9話 《サイハテの荒野》

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『罠だ!』

 そう聞いた直後、イブキの手が光へ触れた。弾けた光に、視界が眩む。

 ———転移先は、すべてが赤砂岩でできたような、真っ赤な荒野だった。大地は荒れ、草木の一つも見えやしない。巨大ななにかの骨が、ところどころに転がっている。

 イブキは周囲を見渡し、絶句した。

 第2部隊のメンバーの二人が、体から血を流して倒れていた。その周りには、残りの第2部隊メンバーがいる。彼らの視線は正面を向いていた。

 その先には、シャルとドナーがいた。彼女らもまた一方を向いている。
 目で追うと、そこには十人ほどの、気味の悪い仮面を被った集団がいた。みんな緑のローブを着ている。
 さらにその奥。一際高い崖に、二人の人物がいた。一人は仮面を被っていて、もう一人は褐色肌に赤い目をした、背の高い成人の男だった。髪は白色で、体はがっちりとしている。綺麗な刺繍の施された服を着ていた。

 状況を飲み込めていないイブキは、後ずさってしまう。戦いになるかもしれないとは聞いていた。けれど、こんなに、血が……。

 と、ドナーが荒野全体に響く声で、

「やつらが、いきなり襲ってきたのだ! 正体はわからない! 俺たちの仲間もやられてしまった!」

 続けてシャルが、立ち尽くす第2部隊メンバー3人の名前を呼んだ。

「あなたたちは、怪我人を連れて戻ってください。私たちが、食い止めます」

 隊長の指示は絶対だ。その三人は、怪我人を連れてポータルの中へ引き返していく。

 イブキがその様子を眺めていると、シャルが肩越しに告げた。

「イブキさん、あなたも」

(ああ。逃げてもいいのか。そりゃ、痛いのは嫌だしな)

 そんな思いとは裏腹に、イブキは強がりを見せた。

「定時退社なんかノーサンキューよ。わたしを、誰だと思ってるの」

 こんな状況でも、イブキの答えにシャルとドナーは笑った。
 
 崖の上にいる赤い目の男が、ゆっくりと腕を振り上げる。それが合図だったかのように、仮面の集団が一斉に唱え始めた。なにを言っているかはわからないが、危険な雰囲気が漂い始める。

「来るぞ!」

 ドナーが声を張り上げた直後、詠唱が止んだ。
 
 シャルとドナーが身構える。その後方で、イブキも体勢を整えた。

 奴らの頭上から、巨大な竜の顔が3つ現れた。本物の竜ではない。紅蓮の業火が象る、擬似的な竜だ。あれも、炎魔法なのだろう。
 そしてそれぞれが、大きく口を開きながら、イブキ、シャル、ドナーへと降りかかるように襲う。

ドナーが、拳を握った。その拳に業火が宿る。

「同じ属性同士! 力比べだ! マッスル……ブロー!」

 技名は置いておいて、襲いくる竜の顔を、正面から殴る――。たったそれだけなのに、炎が象る竜の顔が、一瞬で弾け飛んだ。

 残り、二つ。

 その横では、もう一つの竜がシャルを飲み込もうとしていた。ドナーは助ける素振りすら見せない。

 イブキは自分にも竜が襲いかかってきているというのに、声を上げそうになった。しかし、それは杞憂に終わった。

 ――突然、青い雷撃が竜を貫いたのだ。
 ズバァァン! という鋭い雷鳴が、遅れて轟く。竜も消え去り、雷撃が落ちた地面は砕けていた。
 シャルがやったのだ、と遅れながらに理解し、イブキは「おお」と声を漏らした。

(すご……っ)


 残り、一つ。

 次はイブキの番だ。
 竜の牙が近づいてくる。イブキを頭から飲み込む気だ。

(早く、魔術を使わないと! あの時はどうやったっけ!?)

 雑念が津波のように押し寄せてくる。
 失敗したら終わりだ。二人の足手まといになる、と――。

 あの時と同じ様に、竜の炎を睨みつける。しかし、いくら念じてもダメだった。

(やばっ!)

 竜の顎門がイブキへ食らいつく、その直前。

「なにをやっているんだ! 《災禍の魔女》!」

 突然、ドナーがイブキと竜の顔の間に割り入って、炎を纏わせた拳を地面へ叩きつけて爆風を引き起こした。
石砂が舞い、爆風の衝撃によって竜の顔を僅かに押し返す。イブキはというと、爆風
の衝撃に耐えきれずに尻餅をついてしまった。 

 ひるんだ竜の顔が、もう一度襲い掛かろうとする。が、その頭上にシャルが跳躍していた。シャルの手元で、バチっと雷撃が弾ける——。
 またしても、空から雷撃が叩きつけられ、炎が象った竜の顔を跡形もなく消し去った。

 器用に着地したシャルが、転んでいるイブキへ手を貸してくれる。

「大丈夫ですか? イブキさん」

「ご、ごめん……」

 イブキは立ち上がると、ローブについた砂を手で払い、前を向き直った。自分が情けない。あの時となにが違うというのか。
 

 竜の攻撃を防いだが、相手に動揺の色も見えやしない。変わりに、仮面の集団が、膝をついた。なにかを崇めるように。
 すると、崖の上にいた赤い目の男が、驚異的な跳躍力でイブキたちの前方へ飛び降りた。そして、羽根のように軽やかに着地すると、男はイブキたちを睨みつけ、口を開いた。距離が離れているとはいえ、刺すような殺気をイブキも感じ取っている。

「ようこそ、氷花騎士団。ここはサイハテの荒野。迫害された、俺たち竜人族の終着点だ」

「竜人族だと!?」

 ドナーが大声を上げる。シャルも、彼らが竜人族だと知った途端、目を見開いていた。
 イブキだけが、わけがわからず困惑していた。あの《転移ポータル》が竜人族の仕業だとしたら、彼らはいったい、なんのために……?

 赤目の男は、引き締まった腕をストレッチしながら、余裕そうにしている。戦う気満々の様子だ。

「俺たちのことは知っておろう。俺たちの目的はただ一つ。俺たち一族を根絶やしにしようとした、魔法七星への復讐だ。まずは手始めに、貴様らの団長から始末してやろう。貴様らの命が惜しくば、ここへノクタ=グレスレアを連れてこい」

(一族を根絶やしに? なんで……?)

 この状況で、二人へ説明を求めるわけにもいかない。

「……嫌だ、と言ったら?」

 透き通った声で探るシャル。すると、赤目の男が、にやりと笑った。

「では、貴様らも殺すしかあるまい」

 吐き気を催す程の威圧感。シャルとドナーが今までになく真剣に構える。イブキは、恐怖で体が動かなかった。ポータルで逃る選択肢もあった。だが、奴の力が未知数な以上、少しでも隙を見せるわけにはいかない。それは、シャルもドナーも一緒だった。

 赤目の男が、体を半身にして構える。他の仲間は、手を出す気はないらしい。いや、出す必要がないということか――。
 

「竜人族王家、ハーレッド=ブレイズ。貴様らを地獄へ叩き落とす者の名前だ」

 そして、戦いの火蓋が切られた――。


 

 

 
 
 

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