悪役王子とラスボス少女(ただしバッドエンドではモブ死します)

高八木レイナ

文字の大きさ
8 / 31

8 婚約

しおりを挟む
 屋敷に帰ってからもハーベルのことを考えていたせいか、晩餐の席で向かいに座る父から怪訝そうに声をかけられた。

「リーチェ、大丈夫か? もうスープは残っていないようだが……」

 リーチェはハッとして手元を見た。
 スープはすでにないのに、いつまでもスプーンでお皿からすくおうとしていたらしい。
 リーチェはナプキンで口をぬぐって「あ、本当ですね」と誤魔化す。
 父は「ふむ……」と何か考えるような様子を見せた。

「食事を終えたらゆっくり話そうか。最近そういう時間も取れていなかったからな」

 メインの子羊のローストを食べ終えると、リーチェは父と一階のテラスに出た。
 夜空を輝く星々と、庭園の薔薇を照らすランタンの明かりが綺麗だった。
 メイドが食後のクッキーと紅茶を持ってきてくれる。
 ベンチに腰掛けているリーチェに、父は背中を向けて立ったまま口を開いた。

「……お前はハーベル王子のことをどう思う?」

「えっ……」

 思ってもいなかったことを問われ、リーチェは狼狽する。

「今日、王子の使者が書状を携えてやってきた。ハーベル王子からの正式な求婚状だ」

(そういえば、ハーベル様は父の返事を待っていると話していたわね……)

 先ほどのリーチェの考え事をしているような態度から、父は彼女が思い悩んでいると考えたのかもしれない。
 リーチェがどう答えるか迷っていると、父は穏やかに言う。

「もしもお前が嫌なら、断っても良い」

「お父様……!?」

 相手は王族だ。断れるはずがない。
 それにどうにか苦しい言い訳をして反故にできたとしても、宰相である父は王宮での立場をなくしてしまうだろうに。

「お前が幸せなら良いんだよ。結婚してもしなくても……望む相手が見つかるまで待っても良いし、一人で魔法の研究を続けたいならそれでも良い。私は仕事ばかりして、妻に寂しい思いをさせてしまったからな。お前は妻の忘れ形見だ。リーチェの幸せを一番に考えよう」

「お父様……」

 貴族の娘の結婚は親が決めるものだ。本来、娘が口出しできるものではない。
 それなのに彼女の意思を尊重してくれようとする父に、リーチェは胸が熱くなる。

「……ありがとうございます、お父様。お気持ちは、とても嬉しいです。……私はハーベル様のことをお慕いしております。喜んで、この求婚をお受けしたいと思っています」

 父はリーチェの言葉に目を剥き、少しだけ寂しそうに微笑して「そうか……」と、何度もうなずき、室内に戻って行った。
 さらりとした夜風が頬を撫でていく。

(推しとの結婚か……)

 重責も感じるが……彼に求められることが嬉しかった。
 昼間のハーベルの行為を思い出し、熱くなった頬を手で覆う。
 ますますハーベルへの気持ちが膨らんでいくのを感じていた。

(マルクの思い通りになんてさせない! ハーベル様とララは私が守る。バッドエンドには絶対にさせないんだから)

 決意を込めて、リーチェは顔を上げた。


◇◆◇


 翌日、父の返事がしたためられた書状を手に、リーチェはハーベルの元を訪ねた。
 本当は従者に任せても良かったのだが、リーチェは直接彼に渡したかったのだ。
 ハーベルは恐れおののくような顔で出迎えてくれて、リーチェは照れくささを感じつつ彼に父から預かった書状を渡す。
 彼は大事そうに書簡を読み終えると破顔した。怖い。

「婚約を受け入れてくれて嬉しいよ」

「……私を選んでくださって光栄です。これから、よろしくお願い致します」

 お互い照れくさそうに笑った。
 これから細々とした手続きはあるが、晴れて二人は正式な婚約者となる。

「ぜひお茶していってくれ……と言いたいところなんだが、じつはこれから王立学園の騎士団の訓練に顔を出す約束をしているんだ。せっかく来てくれたのに申し訳ないが……」

 落胆している様子のハーベルに、リーチェは慌てて首を振る。

「あっ、そうだったんですね。お気になさらないでください。約束があった訳ではありませんし。私はここで失礼致しますわ」

 少し名残惜しく思いつつ彼女がそう言うと、ハーベルが躊躇いがちにリーチェに尋ねた。

「……良かったら見学していくか? むさ苦しい男どもの集まりだから、リーチェには楽しくはないかもしれないが……」

 それは願ってもない申し出だった。
 もしかしたら、ハーベルを裏切った者が騎士団にいるかもしれないのだ。

(絶対に見つけ出してやる……!)

「ぜひっ! お願いします!」

 リーチェはハーベルの言葉に、大きくうなずいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...