23 / 31
23 竜の王子
しおりを挟む天に届くような大樹の下に原生林が広がっている。
「こんな森の果てに……?」
リーチェはそうつぶやいた。
かつて人が掘り起こした形跡のある場所はとうに過ぎ、森の奥深くに一同は向かっていた。
ロジェスチーヌ伯爵領の中でも魔物ばかり出る危険区域のため、立ち入り禁止になっているところだ。
『うん! もうちょっとだよ!』
そうリューが言ってから間もなく、視界に小さく竜の群れが映った。
リューと同じ黒竜だ。普通の人間なら、それに近付くことは死地に赴くようなものだろう。
しかしリューはそちらに向かって、どんどん近づいて行く。
「オイオイオイオイッ!! 引き返そうぜ!!」
そうダンは叫んだが、リューは『だいじょうぶ! ぼくのカゾクだよ』と、のんびり言って気にした様子もない。
黒竜達の下の森には集落らしき建物がある。
リューよりも巨大な成竜達が眼光鋭く、リーチェ達を睨みつけていた。
しかし黒竜達は間近にきてもリーチェ達に襲いかかってくる気配はない。
(……リューを心配している?)
子竜を気遣うような彼らの眼差しにリーチェは気付いた。
『みんな~、おりるよ~』
リューは大きく旋回し、建物が密集する区域にふんわりと降り立った。広場のような場所だ。
妙にキラキラした母屋が並んでいるように見えたが、よく見たら鉱石を積み上げられて造られた家のようだ。
「これ、王都の連中が見たらよだれの出るような光景だろうな……」
ダンはリューの背から降りると、首笛を鳴らしてそう言った。
ハーベルの手を借りて、リーチェもそっと降り立つ。
周囲を見回すと、家は人間達の住居と言われても違和感がないくらいの戸口の大きさだった。とても竜の棲み処には見えない。
突如、ひときわ大きな建物から男女が駆け出てきた。二人はリューに向かって両手を広げて抱きつく。
『リュー! どこに行っていたんだ!?』
『ずっと心配して捜していたのよ!』
『ごめんなさい。パパ、ママ』
はたから見ると、竜の足にすがりつく人間の男女にしか見えない。
二人は二言三言リューと話したあと、リーチェ達に向き直った。
『リューを助けてくださって、誠にありがとうございます。私はこの里の長で、竜王のダディアと申します。こちらは妻のマミラ』
ダディアは野性味のある風貌の男性だった。黒髪は後ろで乱雑にひとつに束ね、瞳は金色に輝いている。隣に立つ女性は、長い銀髪に青い目のたおやかな女性だった。
聞けば、リューは森の外に出てはいけないという言いつけを破り、鳶を追いかけているうちに迷子になってしまっていたらしい。
そのうち足の爪の隙間に倒れていた木が突き刺さり、痛みにうめいて暴れているうちに人間の世界に踏み込んでしまっていたのだ、と。
『どんなに感謝しても足りませんわ。あの子は我が一族にとって大事な王子なのです』
竜は長寿なためか、繁殖能力が低いとされている。
リューは竜王と妻の間にできた唯一の後継者であり、里に百年ぶりに生まれた子竜だった。そのため皆で大切に育てていたのだという。
『何かお礼をさせてくださいませ。私達にできることなら何でも致しますので、遠慮せずおっしゃって』
ダディアは笑顔で、そう言った。
リーチェはハーベルと視線を合わせて、お互い同じことを考えていることを悟る。
「では、協力して頂きたいことがあるのですが……」
竜に襲われないという確約をもらえたらありがたい。そうリーチェは期待していたが、予想外なことに事情を知ったダディアが全面的に協力すると申し出てくれた。なんと一緒に掘り出す作業を手伝ってくれるという。
「ありがとうございます」
『いえいえ。恩人なのですから、当然のことです』
一行は手厚いもてなしを受け、その晩は竜族の里に泊まることになった。
そして翌日から、リューに魔鉱石がある場所に案内されて、採掘が始まった。
掘る作業を竜族が手伝ってくれたおかげで、作業がスムーズだった。竜の背に魔鉱石を載せてロタの町まで飛んで行くと代官が泡を吹き、町の人々は大騒ぎした。
「信じられない……! あの竜族が言うことを聞くなんて。それに、皆人間にしか見えないわ……」
話を聞きつけた近隣の町の人々が集まり、リューを囲んでいた。
今リューは人型に変化しており、つやつやした黒髪と金の瞳の五歳くらいの幼児の姿になっていた。
自分より大きな人間達に怯えて、リーチェの服をつかんで背後に隠れている。
『リーチェ! なんだか、みんな目がこわいよぅ。竜のすがたに戻ってもいい?』
「リュー、ごめんね。元の姿に戻ったらリューの身体で町が破壊されちゃうから……もう少しだけ我慢できる?」
リーチェは申し訳なさを覚えつつ、屈んでリューに視線を合わせながら言った。
町の人々を刺激しないよう竜族には魔鉱石を城壁の外まで運んでもらっていたのだが、好奇心の旺盛なリューが『中に入ってみたい』と駄々をこねた結果だ。
「大丈夫。絶対にリューや竜族の皆を傷つけさせないから」
リーチェはリューに向かって、そう言った。
魔鉱石の発掘を手伝ってもらう代わりに、ハーベルとリーチェは竜族の暮らしを護ることを約束していた。
リューが怯えていることに気付いた商人の女性が、おもむろに荷物から何かを取り出して彼に与える。
「人間の子供と変わりないじゃないか。あんた達! 驚かせるんじゃないよ!」
リューはきょとんとした顔をしながら、モミジのような手で受け取った。それは棒に刺さった飴だった。
『なぁに? これ、もらってもいいの?』
頭に直接声が届いて女性はびっくりした表情をしていたが、早々に順応してリューに笑顔を向けた。
「そうだよ。食べてごらん」
『っ……おいしい!』
止める間もなくリューは飴を口に含んだ。疑いなど持たないのはリューの美点だが、リーチェは少しハラハラしてしまう。しかし彼女の心配は杞憂だった。
リューのあどけない態度に町の人々の緊張が抜ける。竜の危険な生き物というイメージが払拭された瞬間だった。
その出来事をきっかけに、ロタの町は竜族と交流していくようになる。
竜族から魔鉱石の性能を効率的に引き出すための加工技術を教わり、リーチェはロタの町の職人達にそれを伝授した。
魔鉱石を加工したものは『魔法石』と呼ばれ、ロジェスチーヌ伯爵領の一大産業となっていくのだった。
1
あなたにおすすめの小説
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。
前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます
由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。
だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。
そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。
二度目の人生。
沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。
ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。
「今世は静かに生きられればそれでいい」
そう思っていたのに――
奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。
さらにある日。
皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。
「沈薬は俺の妃だった」
だが沈薬は微笑んで言う。
「殿下、私は静王妃です」
今の関係は――
皇叔母様。
前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。
それを静かに守る静王。
宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
モブ令嬢、当て馬の恋を応援する
みるくコーヒー
恋愛
侯爵令嬢であるレアルチアは、7歳のある日母に連れられたお茶会で前世の記憶を取り戻し、この世界が概要だけ見た少女マンガの世界であることに気づく。元々、当て馬キャラが大好きな彼女の野望はその瞬間から始まった。必ずや私が当て馬な彼の恋を応援し成就させてみせます!!!と、彼女が暴走する裏側で当て馬キャラのジゼルはレアルチアを囲っていく。ただしアプローチには微塵も気づかれない。噛み合わない2人のすれ違いな恋物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる