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「お前のような貧乏人は、俺みたいな金持ちと釣り合わない。お前との婚約をなかったことにする」

 と、言い渡してきたのは半年ほど前に婚約したばかりのレイド様。彼は伯爵家の次期当主であり、確かに子爵家の生まれである私とは身分が違う。
 だけど、貧乏人とはどういうことだろう? 私の実家は特別裕福すぎるわけではないけれど、貧乏ではない。

「あの、どういうことでしょうか?」

 心当たりがまるでない私は、どうして貧乏人だと思ったのかを問うてみた。もし、これで真っ当な理由があれば、婚約破棄を……受け入れてもいい。
 これからも貧乏人だと思われ続けて、仮にこのまま結婚して夫婦仲が悪かったら、居心地悪くなるし。

 そう思っていたのだが……。

「俺は前々から思っていたんだ。何でわざわざ自炊なんて面倒なことをするのかと。
 そして、わかったんだ。お前は貧乏人だから、自炊なんて貧乏人しかやらないことをするんだってな」

「つ、つまり……自炊するのが貧乏臭いから、婚約破棄すると……そういうことですか?」

「そうだ」

 ……ありえない。そんな理由で婚約を破棄するだなんて……。これではとても受け入れる理由にはならない。
 だって、これって自炊しているから婚約破棄するってわけで、そんな暴論がまかり通るはずがない。
 だけど、貴族社会は階級がすべてで、階級が低い者は逆らうことができない。

「わ、わかりました。それなら、自炊はやめます。だから、婚約を破棄するのは、どうか……」

「無理だ。貧乏人だとわかったお前と生涯を添い遂げるつもりは、俺にはない。
 出て行け。お前のような人間は、俺と同じ空気を吸うだけでも罪だ」

「ど、どうして……? 私はあなたに尽くしてきたのに……」

 そうだ、私はレイド様に尽くしてきた。
 自炊していたのは、好き嫌いが多く好きな物ばかり食べる彼のためを思ってのこと。
 そのお陰で出ていたお腹も引っ込んだし、見た目もよりカッコよくなった。

 でも、お腹が出るだけで済んでいたのは若かったからで、歳を取り始めたらそうはいかなくなる。
 私はレイド様を大事に思っていたから、健康に気を遣って食事を用意していたのに……。
 私のその想いは彼に伝わらなかったのね……。

「ハッ。尽くすぐらい、誰でもできる。それに、今の俺は今まで以上にモテモテだ。選び放題なんだよ、女を。
 だから、貧乏人のお前を選ぶなんてあり得ない。ナンセンスなんだよ、残念だったな」

「……そう、ですか」

 もういいや。レイド様は女性を選び放題だと言っていましたが、私もそれは同じ。
 結婚する相手を選ぶ権利は私にもある。こんな自分勝手な男、こっちから願い下げです。
 
 せいぜい太らないように気をつけることですね。
 私はもう知りませんから。



 ――婚約破棄を受け入れて、もう半年が経過しようとしているだろうか。
 私は元気です。自炊をする私のことを好きでいてくれる人にも出会うことができました。
 その人は私と同じ子爵家の方で、とても優しく……大事にしてくれる方です。

 この方とは両親からのすすめで知り合ったのですが、運命の相手だと思っています。

「……そういえば、聞いたかい? エリス」

「何をですか? ルイド」

「レイド様が婚約を破棄されたって話」

「ああ……その話ですか。知っていますよ。ぶくぶく太った末に、婚約を破棄されたのですよね?」

 後、まだ自分はイケメンだと思っているようで、複数の女性にアプローチしているのだとか……。

「うん、その通りだよ。でも、彼はもったいないことをしたよね」

「何で?」

「だって、君みたいな素敵な人を捨てるなんて、僕にはとてもできないから」

「そうかな。あの人は私みたいな貧乏人は嫌だったみたいだし、そういう人は多いんじゃない?」

「まさかそんなはずはない。少なからず、僕は君のそういうところが好きだからね」

 そう言って、ルイドは私の作った料理を口に運んで、美味しそうに食べた。

 それを見て、私は微笑みを浮かべた。

 ああ、そうだった。私は健康を気遣って料理を作り始めたんじゃなくて、美味しいと言ってもらいたかったんだ。
 それだけで、私は満足だったから。
 そのことを思い出させてくれたこの人は、よりもっと大事にしていきたいな。

 そんなことを思いながら、私は自作の料理を口に運ぶのだった。

 うん、70点。

                   ~完~


 
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