23 / 61
マンスプレイニングという名の公害(4)
しおりを挟む
高森はチラッとタクさんに目をやるがスルーして香菜さんに対して言葉を続ける。
「この前、差し入れした黒糖焼酎のマロングラッセはどうだった?」
「ごめんなさい。私、前も言ったんですけど、甘いものが苦手で」
「うん。覚えているよ。でもさ、甘いものが楽しめないって、人生の楽しさの半分を
失っていると僕は思うんだよ。何とか甘いものの美味しいさを君に知って貰いたいから、
こうして差し入れしてるんだ。君は美味しいものを作る仕事だよね。
これを食べてもっと食の世界を勉強した方がいいよ」
目を細めて優しく諭すような声で高森は言った。
「そうですね。ありがとうございます」
死んだ魚の眼をしながら香菜さんは棒読みで答えた。
「えーと、今夜は何にしようかな。まず、海の町のビールを頂こうか」
海の町のビールとは、隣町にある小さな醸造所で作られた地ビールの事である。
この地方では人気のお土産でもあるのだ。
「はーい。今日は4種類ありますけど何がいいですか?ピルスナー、ヴァイツェン、IPAにポーター」
香菜さんは、高森の前にグラスを出しながら聞いた。
「女将が選んでよ。これから出してくれる料理に合うビール」
高森は笑顔で香菜さんに言う。
「でも、好みもありますしねえ」
「大丈夫。僕は食に関しては何でも楽しめるからお手並み拝見といきますよ」
「はあ」
香菜さんは気の無い返事をして高森の前に黒ビールのポーターを出した。
「へえ。食後に飲む黒ビールをあえて食前酒にねえ」
高森はグラスにビールを注いで一口、味わうようにして飲む。
続いて香菜さんは山菜のキッシュを出した。
「へえ、お通しにキッシュとはお洒落だね。あ、これ具が山菜だ」
「はい。ワラビとコゴミなんです。この山の町では今の季節、シーズンなんですよ」
「ふーん。山菜をキッシュにするとは変化球で来たねえ」
高森はフォークで器用にキッシュを切り、口に運んで咀嚼する。
「うん、美味しいんじゃない?」
「ありがとうございます」
高森はポーターを一口飲んで口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。
「うん、面白い組み合わせだね、結構合う。でも、このエグ味のある前菜でビールを出
すならヴァイツェンをセレクトした方がベターな選択だったかな。苦味がないから
ね。まあ、あえてコクのある黒ビールでマリアージュを狙う、その心意気は買うけどね」
「はあ」
高森は更にキッシュを食べ進める。
「以前、僕はフランスに行った時に芽キャベツを使ったキッシュを食べた事があるんだ
けど、それよりはちょっと劣るかな。あのキッシュは本当に『春を頂く』って感じだ
ったな。食べた瞬間、温かな風が吹くっていうの?
あ、ゴメン、ちょっとキザだったね。
このキッシュ、ワラビとコゴミだとちょっとエグ味が強すぎるかな。
あ、タラの芽の方が良かったんじゃない?うん、タラの芽がいいよ」
「はあ」
「でもさ、山菜って下手したらおひたしか天ぷらがテッパンだよね。
シンプル イズ ベストっていうの?
それをキッシュみたいなお洒落な凝ったお惣菜にするのは、
いかにも女性の料理人って感じだよね。僕は悪くないと思うな。
そういう女将のチャレンジングな姿勢、微笑ましいよね」
高森はニコニコしながら穏やかな調子で語り続ける。
「はー」
たまりかねたように香菜さんが大きなため息をついた。
その尋常でない様子にカウンターの奥に座る祐介は体が硬直する。
祐介はHSP体質なので人の感情や周りの空気に影響されてしまう傾向にある。
香菜さんは両手を腰に当てて無表情で二十秒ほど、一点見つめていた。
見つめていたというより、空を見ていてその瞳には何も映っていないようだった。無である。
香菜さんから発せられるオーラは鋭く熱量があった。
何か、マグマのような感じ。何かがおこるのではないか。祐介の鼓動は早くなる。む、胸が苦しい…。
と、香菜さんは顔を上げて高森をまっすぐ見て言った。
「すいません、お引き取り願いますか?」
「この前、差し入れした黒糖焼酎のマロングラッセはどうだった?」
「ごめんなさい。私、前も言ったんですけど、甘いものが苦手で」
「うん。覚えているよ。でもさ、甘いものが楽しめないって、人生の楽しさの半分を
失っていると僕は思うんだよ。何とか甘いものの美味しいさを君に知って貰いたいから、
こうして差し入れしてるんだ。君は美味しいものを作る仕事だよね。
これを食べてもっと食の世界を勉強した方がいいよ」
目を細めて優しく諭すような声で高森は言った。
「そうですね。ありがとうございます」
死んだ魚の眼をしながら香菜さんは棒読みで答えた。
「えーと、今夜は何にしようかな。まず、海の町のビールを頂こうか」
海の町のビールとは、隣町にある小さな醸造所で作られた地ビールの事である。
この地方では人気のお土産でもあるのだ。
「はーい。今日は4種類ありますけど何がいいですか?ピルスナー、ヴァイツェン、IPAにポーター」
香菜さんは、高森の前にグラスを出しながら聞いた。
「女将が選んでよ。これから出してくれる料理に合うビール」
高森は笑顔で香菜さんに言う。
「でも、好みもありますしねえ」
「大丈夫。僕は食に関しては何でも楽しめるからお手並み拝見といきますよ」
「はあ」
香菜さんは気の無い返事をして高森の前に黒ビールのポーターを出した。
「へえ。食後に飲む黒ビールをあえて食前酒にねえ」
高森はグラスにビールを注いで一口、味わうようにして飲む。
続いて香菜さんは山菜のキッシュを出した。
「へえ、お通しにキッシュとはお洒落だね。あ、これ具が山菜だ」
「はい。ワラビとコゴミなんです。この山の町では今の季節、シーズンなんですよ」
「ふーん。山菜をキッシュにするとは変化球で来たねえ」
高森はフォークで器用にキッシュを切り、口に運んで咀嚼する。
「うん、美味しいんじゃない?」
「ありがとうございます」
高森はポーターを一口飲んで口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。
「うん、面白い組み合わせだね、結構合う。でも、このエグ味のある前菜でビールを出
すならヴァイツェンをセレクトした方がベターな選択だったかな。苦味がないから
ね。まあ、あえてコクのある黒ビールでマリアージュを狙う、その心意気は買うけどね」
「はあ」
高森は更にキッシュを食べ進める。
「以前、僕はフランスに行った時に芽キャベツを使ったキッシュを食べた事があるんだ
けど、それよりはちょっと劣るかな。あのキッシュは本当に『春を頂く』って感じだ
ったな。食べた瞬間、温かな風が吹くっていうの?
あ、ゴメン、ちょっとキザだったね。
このキッシュ、ワラビとコゴミだとちょっとエグ味が強すぎるかな。
あ、タラの芽の方が良かったんじゃない?うん、タラの芽がいいよ」
「はあ」
「でもさ、山菜って下手したらおひたしか天ぷらがテッパンだよね。
シンプル イズ ベストっていうの?
それをキッシュみたいなお洒落な凝ったお惣菜にするのは、
いかにも女性の料理人って感じだよね。僕は悪くないと思うな。
そういう女将のチャレンジングな姿勢、微笑ましいよね」
高森はニコニコしながら穏やかな調子で語り続ける。
「はー」
たまりかねたように香菜さんが大きなため息をついた。
その尋常でない様子にカウンターの奥に座る祐介は体が硬直する。
祐介はHSP体質なので人の感情や周りの空気に影響されてしまう傾向にある。
香菜さんは両手を腰に当てて無表情で二十秒ほど、一点見つめていた。
見つめていたというより、空を見ていてその瞳には何も映っていないようだった。無である。
香菜さんから発せられるオーラは鋭く熱量があった。
何か、マグマのような感じ。何かがおこるのではないか。祐介の鼓動は早くなる。む、胸が苦しい…。
と、香菜さんは顔を上げて高森をまっすぐ見て言った。
「すいません、お引き取り願いますか?」
0
あなたにおすすめの小説
明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を
花籠しずく
キャラ文芸
――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。
月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。
帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。
「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」
これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。
※R-15っぽいゆるい性描写があります。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる