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マンスプレイニングという名の公害(6)
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「マンスプレイニング?」
カウンターの端で香菜さんと高森の言い合いを黙って聞いていたタクさんが、
思わず頭のてっぺんから声を出した。
「あ、ごめん。話に入っちゃって。でも、マンスプレイニングって何?」
「マンは男性の『man』プレインニングは説明するという動詞の『explain』。
この二つをかけ合わせた言葉が『マンスプレイニング』主に男性が女性に知識が豊富であるの
をひけらかす事です」
香菜さんは淡々と説明する。
「そこには『女は何も知らない、自分より知識がない』という見下した考えがあります。
だから私はあなたの話を聞いていて不愉快なんです」
「ちょっと、ちょっと、待ってよ」
高森が笑いながら香菜さんの話を遮る。
「何?ここはフェミニズムを教える大学か何か?女将は上野千鶴子か何かな訳?」
「正論を突きつけられて反論できないから、そんな風に茶化す事で逃げる。
殿方の常套手段ですよね」
「逃げる?こっちは穏便にすまそうとしてるんだよ!」
高森は再び声を荒げた。
「それはこちらもです。本来なら『とっとと出て行け』って塩でも撒きたいところです
から」
高森は絶句する。
タクさんと祐介もはらはらと怯えながら会話の行方を見守っている。
「料理の感想を言う形をとりながら大して面白くもない上に
価値もない自分の知識や経験の自慢話をちょいちょい挟みつつアドバイスして善行気分。
それはさぞ気持ちいい事でしょうねえ。
それであなたの自己顕示欲が満たされ自己肯定感が上がる訳ですから。
こちらとしては聞かされるうちに徐々に体が蝕まれる。
分かりやすいセクハラやパワハラのような暴力性がない事が逆にマンスプレイニングの恐ろしさなんです。
暴力ではなく公害です」
香菜さんの遠慮のない言葉に祐介は膝を叩きたい気分だった。
これは女性だけではない、若い男性もやられがちだ。
オヤジの説教と講釈という名の元に。女性だって男性にマンスプレイニングする。
聞かされた後のモヤモヤと腹立たしさ。
あれは「下に見る」という差別というの名の公害の被害だったのだ。
「私の居酒屋にはマンスプレイニングを聞くというサービスはないし、
メニューの料金に含まれていないんです。こちらで提供するのは、お酒と酒の肴なので。
マンスプレイニングをしたければ、銀座のクラブとか、
カウンセリングとか話を聞く事が料金に含まれているところでお願いします」
香菜さんの言葉に顔を潰された高森の表情は強張り、
かすかにこめかみが震えていたが途端に笑顔になった。
そのめまぐるしい表情の変化を祐介は見逃さず、腹の底が震える思いだった。まさに顔が潰れていた。
高森はゆっくりと大きな拍手をする。
「アッハッハ。これはこれは、居酒屋会の上野千鶴子か小倉千加子といったところかな。
ご大層な弁舌、お疲れ様でした」
高森は席を立った。
「残念だなあ。ウェブスタッフとの仕事の打ち上げや宴会は、ここを貸し切ってやろうと思ったのに。
売り上げに貢献できたのにな」
フッと香菜さんは鼻で笑った。
「ご安心下さい。うちは貸切りお断りなんです。私、疲れてまで働きたくないものですから」
チッと高森は小さく舌打ちをして立ち上がる。
「あ、これ、忘れ物です」
香菜さんは高森が持ってきた大吟醸生チョコが入った和紙の紙袋を差し出した。
「お持ち帰り下さい。私は言ったはずです『甘いものは苦手』だと。
それを知ってて押し付けるのは強制です。
子供の頃、習いませんでしたか?『人の嫌なことはするな』って」
高森は紙袋を奪うようにして受け取った。
「今夜はうちのウェブメディアにこの店を掲載する相談もあったんですけどね」
慇懃無礼な調子で言う高森に、香菜さんは満面の笑みを浮かべてこう返した。
「それは残念です。でも『セレクトした方がベターな選択』なんて同じ意味の言葉を反復するような
進次郎みたいな人間が構成するメディアが、
いつか掲載されて頂けて嬉しいと思えるウェブメディアになる事をお祈り申し上げます」
高森の瞳は一瞬、燃えるような怒りの色を見せ、踵を返して出ていった。
カウンターの端で香菜さんと高森の言い合いを黙って聞いていたタクさんが、
思わず頭のてっぺんから声を出した。
「あ、ごめん。話に入っちゃって。でも、マンスプレイニングって何?」
「マンは男性の『man』プレインニングは説明するという動詞の『explain』。
この二つをかけ合わせた言葉が『マンスプレイニング』主に男性が女性に知識が豊富であるの
をひけらかす事です」
香菜さんは淡々と説明する。
「そこには『女は何も知らない、自分より知識がない』という見下した考えがあります。
だから私はあなたの話を聞いていて不愉快なんです」
「ちょっと、ちょっと、待ってよ」
高森が笑いながら香菜さんの話を遮る。
「何?ここはフェミニズムを教える大学か何か?女将は上野千鶴子か何かな訳?」
「正論を突きつけられて反論できないから、そんな風に茶化す事で逃げる。
殿方の常套手段ですよね」
「逃げる?こっちは穏便にすまそうとしてるんだよ!」
高森は再び声を荒げた。
「それはこちらもです。本来なら『とっとと出て行け』って塩でも撒きたいところです
から」
高森は絶句する。
タクさんと祐介もはらはらと怯えながら会話の行方を見守っている。
「料理の感想を言う形をとりながら大して面白くもない上に
価値もない自分の知識や経験の自慢話をちょいちょい挟みつつアドバイスして善行気分。
それはさぞ気持ちいい事でしょうねえ。
それであなたの自己顕示欲が満たされ自己肯定感が上がる訳ですから。
こちらとしては聞かされるうちに徐々に体が蝕まれる。
分かりやすいセクハラやパワハラのような暴力性がない事が逆にマンスプレイニングの恐ろしさなんです。
暴力ではなく公害です」
香菜さんの遠慮のない言葉に祐介は膝を叩きたい気分だった。
これは女性だけではない、若い男性もやられがちだ。
オヤジの説教と講釈という名の元に。女性だって男性にマンスプレイニングする。
聞かされた後のモヤモヤと腹立たしさ。
あれは「下に見る」という差別というの名の公害の被害だったのだ。
「私の居酒屋にはマンスプレイニングを聞くというサービスはないし、
メニューの料金に含まれていないんです。こちらで提供するのは、お酒と酒の肴なので。
マンスプレイニングをしたければ、銀座のクラブとか、
カウンセリングとか話を聞く事が料金に含まれているところでお願いします」
香菜さんの言葉に顔を潰された高森の表情は強張り、
かすかにこめかみが震えていたが途端に笑顔になった。
そのめまぐるしい表情の変化を祐介は見逃さず、腹の底が震える思いだった。まさに顔が潰れていた。
高森はゆっくりと大きな拍手をする。
「アッハッハ。これはこれは、居酒屋会の上野千鶴子か小倉千加子といったところかな。
ご大層な弁舌、お疲れ様でした」
高森は席を立った。
「残念だなあ。ウェブスタッフとの仕事の打ち上げや宴会は、ここを貸し切ってやろうと思ったのに。
売り上げに貢献できたのにな」
フッと香菜さんは鼻で笑った。
「ご安心下さい。うちは貸切りお断りなんです。私、疲れてまで働きたくないものですから」
チッと高森は小さく舌打ちをして立ち上がる。
「あ、これ、忘れ物です」
香菜さんは高森が持ってきた大吟醸生チョコが入った和紙の紙袋を差し出した。
「お持ち帰り下さい。私は言ったはずです『甘いものは苦手』だと。
それを知ってて押し付けるのは強制です。
子供の頃、習いませんでしたか?『人の嫌なことはするな』って」
高森は紙袋を奪うようにして受け取った。
「今夜はうちのウェブメディアにこの店を掲載する相談もあったんですけどね」
慇懃無礼な調子で言う高森に、香菜さんは満面の笑みを浮かべてこう返した。
「それは残念です。でも『セレクトした方がベターな選択』なんて同じ意味の言葉を反復するような
進次郎みたいな人間が構成するメディアが、
いつか掲載されて頂けて嬉しいと思えるウェブメディアになる事をお祈り申し上げます」
高森の瞳は一瞬、燃えるような怒りの色を見せ、踵を返して出ていった。
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