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九十八話 過去 ⑥
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「はぁーー……………」
ドサッと椅子へ座り込む。ここはアリッジ王国国王の寝室。王の束の間の休息を見守るこの寝室に一人疲れの溜息を漏らす王が居た。
「お疲れですかな? アリッジ国王殿?」
「……いいよね。師匠はいつでも元気で」
そこへ現れたのはいつもと変わらぬ師コウジ。疲れた様子のルーカスとは対照的。一日の終わりだと言うのに一日の始まりの時と同じ感じで常に元気そうなコウジ。
「私だって疲れるさ。しかし、誰かと違って表に出すことはないだけだ」
「それはそれは。まあご立派なことで」
「最近は忙しいと言って修行もしてないから弛んどるな。今からするか?」
「冗談っ」
師から差し出されたカップを受け取る。暖かなミルクの熱が手から口から疲れた身体を温める。優しい味と温度にようやくホッと一息つけたものだ。
「まあ、順調そうで何よりだ。一時はどうなるかと思ったが」
「……順調ねぇ。僕としてはもっと視察に行きたいんだけどね。こうも書類や儀式や式典が多いとは思わなかったよ」
ルーカスが王として生き始めてから半年が過ぎた。元々昔から王の仕事を手伝っていたとは言え、それは所詮ただの手伝い。仕事にかかる責任も量も比べ物にならない。改めて王という立場の重大さを感じ、その重さになんとか耐える日々がこの半年だった。
「伝統は大事……。今日の式典のスピーチで自分で言ってたけど本当にそうなのかなって思ったよ。この式典なければ色々捗ったのになぁなんて」
「伝統は受け継がれるから意味があるのだ。受け継ぐのを拒否されたなら消えるしかあるまい」
「でも、師匠みたいに言う人はほとんど居ないんだよね」
「みな心の中では思っていても、口に出すのは恐れるものだ。リスクが高いからな。その点お前ならリスクは低いだろう? 王様よ」
「いざとなれば口封じすればいいって?」
「ふっ、最強の武人と騎士と暗殺者がいるからな!」
フフッと室内笑いが漏れる。人前では決して言えないこともここなら、この二人なら言い合える。王の責務も重圧も忘れられる心休まる場所と時間。多忙を極める王のささやかな一時。
「まあ、少しずつだね。ようやく反対してた貴族達も僕に対する態度が柔らかくなってきたし」
「最近急にゴマすりしだしたな。もう流石に無理だと諦めたか」
ルーカスが王位を継承することへは大きな反発があった。そう、兄であるマーカスと彼に懇意な大貴族達だ。
先王が亡くなり、遺言があり、かつその対象である本人がそれに従う意を示していても反発は大きかった。弟よりも兄を王位へ付かせるべきだと。民の為、国の為、己の利益の為に。
「しかし、こうも急に来たとなるとあのへたれに何かあったのではないかと思うな」
「……いい加減へたれ呼びは止めなよ師匠」
「ふんっ! へたれにへたれと言って何が悪い? そもそもあいつの場合技量の問題ではない」
ルーカスの剣術指南役であるコウジは過去に兄マーカスの指導も行っていた。しかし、その指導は始めの数回行われただけでそれっきりで終わってしまったが。
「やる前からあいつは諦めていた。自分には剣の才能が無いと。諦めるのは自由だが、それを態度に出すのは教える側に失礼極まりないだろう?」
確かにマーカスに剣の才能はなくそれを自覚しているのもあり、コウジの指導に対して消極的だった。終いには、自分は剣の才能が無いからあなたから教わることはないとはっきり言い切ってしまい、それに怒ったコウジから指導を拒み終わってしまったほどだった。
「意外と師匠って小さいことをずっとネチネチ言ったりするよね」
「記憶力が良いと言い給え」
ああ言えばこう言う。こういう面倒くさい性格も兄が消極的だったのに関係しているんだろうなと思いつつも口には出さない。面倒くさいだろうから。
「……兄上の剣はともかく、確かにここ最近兄上の姿を見ていない。いや、最近と言うには長すぎる時間か」
王位に付き多忙を極めたルーカスは兄マーカスの存在など頭から抜け落ちていた。
それと言うのも副王になったマーカスは露骨にルーカスを避けるようになった。元々仲が良かったとは言えないが、今では王城内ですれ違うことすら無い程に。
「……今何をしているんだろう。……兄上」
「……よく考えるといい。……今五歳だったか?」
小さな灯りが怪しく揺らめく。暗い部屋には男が二人。椅子に腰掛ける男と棒立ちで立つ男。
「可愛い時期だろう。妻も若く美しいそうだな。羨ましいかぎりだ」
灯りがゆらりと揺れ男達の顔を映し出す。呆然と立ち尽くす男の顔を。
「期待してるぞ。……レオニクス」
悪意が動き出していた。
ドサッと椅子へ座り込む。ここはアリッジ王国国王の寝室。王の束の間の休息を見守るこの寝室に一人疲れの溜息を漏らす王が居た。
「お疲れですかな? アリッジ国王殿?」
「……いいよね。師匠はいつでも元気で」
そこへ現れたのはいつもと変わらぬ師コウジ。疲れた様子のルーカスとは対照的。一日の終わりだと言うのに一日の始まりの時と同じ感じで常に元気そうなコウジ。
「私だって疲れるさ。しかし、誰かと違って表に出すことはないだけだ」
「それはそれは。まあご立派なことで」
「最近は忙しいと言って修行もしてないから弛んどるな。今からするか?」
「冗談っ」
師から差し出されたカップを受け取る。暖かなミルクの熱が手から口から疲れた身体を温める。優しい味と温度にようやくホッと一息つけたものだ。
「まあ、順調そうで何よりだ。一時はどうなるかと思ったが」
「……順調ねぇ。僕としてはもっと視察に行きたいんだけどね。こうも書類や儀式や式典が多いとは思わなかったよ」
ルーカスが王として生き始めてから半年が過ぎた。元々昔から王の仕事を手伝っていたとは言え、それは所詮ただの手伝い。仕事にかかる責任も量も比べ物にならない。改めて王という立場の重大さを感じ、その重さになんとか耐える日々がこの半年だった。
「伝統は大事……。今日の式典のスピーチで自分で言ってたけど本当にそうなのかなって思ったよ。この式典なければ色々捗ったのになぁなんて」
「伝統は受け継がれるから意味があるのだ。受け継ぐのを拒否されたなら消えるしかあるまい」
「でも、師匠みたいに言う人はほとんど居ないんだよね」
「みな心の中では思っていても、口に出すのは恐れるものだ。リスクが高いからな。その点お前ならリスクは低いだろう? 王様よ」
「いざとなれば口封じすればいいって?」
「ふっ、最強の武人と騎士と暗殺者がいるからな!」
フフッと室内笑いが漏れる。人前では決して言えないこともここなら、この二人なら言い合える。王の責務も重圧も忘れられる心休まる場所と時間。多忙を極める王のささやかな一時。
「まあ、少しずつだね。ようやく反対してた貴族達も僕に対する態度が柔らかくなってきたし」
「最近急にゴマすりしだしたな。もう流石に無理だと諦めたか」
ルーカスが王位を継承することへは大きな反発があった。そう、兄であるマーカスと彼に懇意な大貴族達だ。
先王が亡くなり、遺言があり、かつその対象である本人がそれに従う意を示していても反発は大きかった。弟よりも兄を王位へ付かせるべきだと。民の為、国の為、己の利益の為に。
「しかし、こうも急に来たとなるとあのへたれに何かあったのではないかと思うな」
「……いい加減へたれ呼びは止めなよ師匠」
「ふんっ! へたれにへたれと言って何が悪い? そもそもあいつの場合技量の問題ではない」
ルーカスの剣術指南役であるコウジは過去に兄マーカスの指導も行っていた。しかし、その指導は始めの数回行われただけでそれっきりで終わってしまったが。
「やる前からあいつは諦めていた。自分には剣の才能が無いと。諦めるのは自由だが、それを態度に出すのは教える側に失礼極まりないだろう?」
確かにマーカスに剣の才能はなくそれを自覚しているのもあり、コウジの指導に対して消極的だった。終いには、自分は剣の才能が無いからあなたから教わることはないとはっきり言い切ってしまい、それに怒ったコウジから指導を拒み終わってしまったほどだった。
「意外と師匠って小さいことをずっとネチネチ言ったりするよね」
「記憶力が良いと言い給え」
ああ言えばこう言う。こういう面倒くさい性格も兄が消極的だったのに関係しているんだろうなと思いつつも口には出さない。面倒くさいだろうから。
「……兄上の剣はともかく、確かにここ最近兄上の姿を見ていない。いや、最近と言うには長すぎる時間か」
王位に付き多忙を極めたルーカスは兄マーカスの存在など頭から抜け落ちていた。
それと言うのも副王になったマーカスは露骨にルーカスを避けるようになった。元々仲が良かったとは言えないが、今では王城内ですれ違うことすら無い程に。
「……今何をしているんだろう。……兄上」
「……よく考えるといい。……今五歳だったか?」
小さな灯りが怪しく揺らめく。暗い部屋には男が二人。椅子に腰掛ける男と棒立ちで立つ男。
「可愛い時期だろう。妻も若く美しいそうだな。羨ましいかぎりだ」
灯りがゆらりと揺れ男達の顔を映し出す。呆然と立ち尽くす男の顔を。
「期待してるぞ。……レオニクス」
悪意が動き出していた。
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