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第3章 王子と皇女
17.皇女様、ケルサの街の出来事を語る
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「皇女様」
セイラさんが、椅子から立ってお辞儀をする。セイラさんは空になったスープの皿をお盆にのせて部屋から出て行った。
「どうですか? 具合は?」
私は石盤にロウで「もう大分いいです」と書いた。
「まあ、それは重畳。あなたは私達を救ってくれた恩人。聞きましたよ、あなたの悲鳴が黄金竜の固い鱗を粉々に砕いたのだと。ゆっくり養生して元通り健康になって下さいね」
皇女様が慈しむような目で私を見つめる。
私は石盤に「ありがとうございます」と書いた。
「そなたが、連れ去られてからケルサで何が起きたか。聞きたいですか?」
私はこくこくと頷いた。
「話を聞くのに疲れたらすぐに言うのですよ。おしゃべりより養生が一番なのですからね」
私は、もう一度、こくこくと頷いた。
「……そなたが、竜に連れ去られて、殿下はすぐにそなたの後を追おうとしたのです」
しかし、国王から止められた。国王は竜に連れ去られた者で生きて帰った者はいないと言って、レオンに私を諦めるように言ったのだそうだ。
あの夜、劇場には多くの商人達が来ていた。彼らは目の前で、黄金竜が劇場から歌姫を攫う所を見た。結果、ブルムランドは安全ではないという噂が駆け巡り、商人達は一斉に逃げ出そうとした。ケルサの港に入ってくる筈の船が、皆回れ右をして、他国へと流れた。入荷される筈の荷が入って来ない。出荷される筈の荷が港にたまる。これでは王国は立ち行かない。そこで国王は、軍隊で竜を退治すると発表。商人達を落ち着かせた。
国王の命を受け、レオンは竜退治に乗り出した。まず、学者達に黄金竜について古文書を調べさせた。同時に竜の洞窟の見える場所に兵を配置、竜の習性を調査した。
最初、レオンは一人で姫君に化け、竜の洞窟に乗り込もうと計画した。しかし、この計画は、世継ぎの君が一人で行くのは危険すぎると言って、バーゼル騎士団長が強く反対した。
「平原で軍を使って竜を倒せばいいではないですか? 何故、竜のねぐらに行く必要があるのです?」
「平原では竜は飛んで逃げる。矢の当たらない上空から火で攻撃されたら、どんなに屈強な軍隊でもひとたまりもないぞ。兵を無駄死にさせるつもりか?」
レオンを説得できないとわかると、バーゼル騎士団長は自分が行くと言い出した。さらに、竜が金髪の姫君と共に侍女を一緒にさらうとわかると、バーゼル騎士団長の部下達が団長と同行すると、我も我もと言い出し、収集がつかなくなった。
「静かにしろ!」
バーゼル騎士団長が一喝した。あたりが静まると、騎士団長は殿下に向き直った。
「殿下、私が部下と行って来ます。殿下の所有物は我ら赤獅子騎士団が守るのが務め。その務めを果たせなかったのです。ぜひ、責任を取らせて下さい」
しかし、レオンはバーゼル騎士団長の意見を却下した。
「俺の方が剣の腕は上だ。優秀な部下を失いたくない。責任を取ると言って、おまえ、死ぬつもりだろう。最初から死ぬつもりの人間に、生きたギルを連れ戻せるか!」
「しかし、殿下!」
「俺が行く! いいな、反対しても無駄だからな」
その話を聞きつけた皇女ミレーヌ=ゾフィー様は、自分から侍女役をかってでた。
「駄目です、あなたはサルワナ帝国からの大切なお客人。危険な目にあわせるわけにはいきません」
「殿下、お願いです。私の剣の腕はご存知でしょう。私は殿下と共に竜を倒す誉れに浴したいのです」
「しかし……」
「それとも、殿下、殿下は私には竜を倒すほどの腕はないと申されるか? こう申してはなんだが、私はバーゼル殿と剣の試合をした」
側にいたバーゼル騎士団長は、「うっ」と言葉を飲み込んだ。皇女が6:4の割合で勝っていたからだ。
「剣の腕というより、あなたは女性でいらっしゃる」
「だからこそ、良いのです。姫君の側には、侍女がついているもの。女装の男性二人では、竜に見抜かれてしまうかもしれません。女性である私がいれば、殿下の変装を竜は疑わないでしょう。どうか、お願いです。私を一緒に連れて行って下さいませ」
三人が議論している最中に、七つ森の東の端の草原で、竜が火を吐いているという報告がもたらされた。さらに、逃げ出した私が、もう一度、竜に連れ去られるのを物見の兵が見ていた。
兵隊達は、私が生きているとわかって、安堵したという。私は竜にさらわれてすぐに殺されたと皆思っていたらしい。兵隊達は、死んでしまった歌姫の為に自国の王子が黄金竜と戦うのは、どこか納得が行かなかったらしい。しかし、生きているなら別だ。類稀な歌声を持つかよわい歌姫を獰猛な竜から助け出す。騎士道この上ない名誉である。ロジーナ姫の指摘した通りだった。兵達は我れ先に、竜退治に志願したのだそうだ。
さらにロジーナ姫の作った手紙付きのチケットが、七つ森の魔女ヤタカによって侯爵夫人を通してレオンの元に届けられ、計画を後押しする。ロジーナ姫が書いた具体的な竜の討伐方法はバーゼル騎士団長を納得させ、偽金髪美姫計画は実行された。
レオンの変装は入念に準備された。竜の洞窟に着いたら、さっとドレスを脱ぎ捨てられるよう国立劇場から早変わり用のドレスが用意された。竜の好きな金髪に匹敵する見事なかつらも調達された。馬もまた大きな馬が用意された。大きな馬であれば、レオンの化けた大女であっても相対的に華奢に見えると国立劇場の演出家から助言があった。
金髪の美姫に化けたレオンは、皇女ミレーヌ=ゾフィー様ら数人の兵士と共に竜の平原で黄金竜がやってくるのを待った。そして、思惑通り竜はレオンと皇女ミレーヌ=ゾフィー様を連れ去ったのである。
こうして、レオンと皇女様は竜の洞窟にやって来たのだった。
「私はブルムランドに来てこのようなわくわくする冒険に関わるようになるとは思ってもいなかったのです。いつもの退屈な表敬訪問だと思っていました」
皇女様は私に向って、ふっと微笑んでみせた。
私は石盤に書いた。「あの、皇女様は竜が恐ろしくなかったのですか?」
「もちろん、恐ろしいですよ。ですが、計画はしっかりした物でしたし、剣士の血が騒いだのです。……さて、林に仕掛けた罠を見て来ましょう。獲物がかかっているかもしれません。よく休むのですよ」
私はこくこくとうなずいた。
皇女様は行ってしまわれ、私はぼんやりと皇女様の座っていた椅子を眺めた。まるで、まだそこにいらっしゃるように、良い香りがする。
私はうとうとと眠りに落ちて行った。
セイラさんが、椅子から立ってお辞儀をする。セイラさんは空になったスープの皿をお盆にのせて部屋から出て行った。
「どうですか? 具合は?」
私は石盤にロウで「もう大分いいです」と書いた。
「まあ、それは重畳。あなたは私達を救ってくれた恩人。聞きましたよ、あなたの悲鳴が黄金竜の固い鱗を粉々に砕いたのだと。ゆっくり養生して元通り健康になって下さいね」
皇女様が慈しむような目で私を見つめる。
私は石盤に「ありがとうございます」と書いた。
「そなたが、連れ去られてからケルサで何が起きたか。聞きたいですか?」
私はこくこくと頷いた。
「話を聞くのに疲れたらすぐに言うのですよ。おしゃべりより養生が一番なのですからね」
私は、もう一度、こくこくと頷いた。
「……そなたが、竜に連れ去られて、殿下はすぐにそなたの後を追おうとしたのです」
しかし、国王から止められた。国王は竜に連れ去られた者で生きて帰った者はいないと言って、レオンに私を諦めるように言ったのだそうだ。
あの夜、劇場には多くの商人達が来ていた。彼らは目の前で、黄金竜が劇場から歌姫を攫う所を見た。結果、ブルムランドは安全ではないという噂が駆け巡り、商人達は一斉に逃げ出そうとした。ケルサの港に入ってくる筈の船が、皆回れ右をして、他国へと流れた。入荷される筈の荷が入って来ない。出荷される筈の荷が港にたまる。これでは王国は立ち行かない。そこで国王は、軍隊で竜を退治すると発表。商人達を落ち着かせた。
国王の命を受け、レオンは竜退治に乗り出した。まず、学者達に黄金竜について古文書を調べさせた。同時に竜の洞窟の見える場所に兵を配置、竜の習性を調査した。
最初、レオンは一人で姫君に化け、竜の洞窟に乗り込もうと計画した。しかし、この計画は、世継ぎの君が一人で行くのは危険すぎると言って、バーゼル騎士団長が強く反対した。
「平原で軍を使って竜を倒せばいいではないですか? 何故、竜のねぐらに行く必要があるのです?」
「平原では竜は飛んで逃げる。矢の当たらない上空から火で攻撃されたら、どんなに屈強な軍隊でもひとたまりもないぞ。兵を無駄死にさせるつもりか?」
レオンを説得できないとわかると、バーゼル騎士団長は自分が行くと言い出した。さらに、竜が金髪の姫君と共に侍女を一緒にさらうとわかると、バーゼル騎士団長の部下達が団長と同行すると、我も我もと言い出し、収集がつかなくなった。
「静かにしろ!」
バーゼル騎士団長が一喝した。あたりが静まると、騎士団長は殿下に向き直った。
「殿下、私が部下と行って来ます。殿下の所有物は我ら赤獅子騎士団が守るのが務め。その務めを果たせなかったのです。ぜひ、責任を取らせて下さい」
しかし、レオンはバーゼル騎士団長の意見を却下した。
「俺の方が剣の腕は上だ。優秀な部下を失いたくない。責任を取ると言って、おまえ、死ぬつもりだろう。最初から死ぬつもりの人間に、生きたギルを連れ戻せるか!」
「しかし、殿下!」
「俺が行く! いいな、反対しても無駄だからな」
その話を聞きつけた皇女ミレーヌ=ゾフィー様は、自分から侍女役をかってでた。
「駄目です、あなたはサルワナ帝国からの大切なお客人。危険な目にあわせるわけにはいきません」
「殿下、お願いです。私の剣の腕はご存知でしょう。私は殿下と共に竜を倒す誉れに浴したいのです」
「しかし……」
「それとも、殿下、殿下は私には竜を倒すほどの腕はないと申されるか? こう申してはなんだが、私はバーゼル殿と剣の試合をした」
側にいたバーゼル騎士団長は、「うっ」と言葉を飲み込んだ。皇女が6:4の割合で勝っていたからだ。
「剣の腕というより、あなたは女性でいらっしゃる」
「だからこそ、良いのです。姫君の側には、侍女がついているもの。女装の男性二人では、竜に見抜かれてしまうかもしれません。女性である私がいれば、殿下の変装を竜は疑わないでしょう。どうか、お願いです。私を一緒に連れて行って下さいませ」
三人が議論している最中に、七つ森の東の端の草原で、竜が火を吐いているという報告がもたらされた。さらに、逃げ出した私が、もう一度、竜に連れ去られるのを物見の兵が見ていた。
兵隊達は、私が生きているとわかって、安堵したという。私は竜にさらわれてすぐに殺されたと皆思っていたらしい。兵隊達は、死んでしまった歌姫の為に自国の王子が黄金竜と戦うのは、どこか納得が行かなかったらしい。しかし、生きているなら別だ。類稀な歌声を持つかよわい歌姫を獰猛な竜から助け出す。騎士道この上ない名誉である。ロジーナ姫の指摘した通りだった。兵達は我れ先に、竜退治に志願したのだそうだ。
さらにロジーナ姫の作った手紙付きのチケットが、七つ森の魔女ヤタカによって侯爵夫人を通してレオンの元に届けられ、計画を後押しする。ロジーナ姫が書いた具体的な竜の討伐方法はバーゼル騎士団長を納得させ、偽金髪美姫計画は実行された。
レオンの変装は入念に準備された。竜の洞窟に着いたら、さっとドレスを脱ぎ捨てられるよう国立劇場から早変わり用のドレスが用意された。竜の好きな金髪に匹敵する見事なかつらも調達された。馬もまた大きな馬が用意された。大きな馬であれば、レオンの化けた大女であっても相対的に華奢に見えると国立劇場の演出家から助言があった。
金髪の美姫に化けたレオンは、皇女ミレーヌ=ゾフィー様ら数人の兵士と共に竜の平原で黄金竜がやってくるのを待った。そして、思惑通り竜はレオンと皇女ミレーヌ=ゾフィー様を連れ去ったのである。
こうして、レオンと皇女様は竜の洞窟にやって来たのだった。
「私はブルムランドに来てこのようなわくわくする冒険に関わるようになるとは思ってもいなかったのです。いつもの退屈な表敬訪問だと思っていました」
皇女様は私に向って、ふっと微笑んでみせた。
私は石盤に書いた。「あの、皇女様は竜が恐ろしくなかったのですか?」
「もちろん、恐ろしいですよ。ですが、計画はしっかりした物でしたし、剣士の血が騒いだのです。……さて、林に仕掛けた罠を見て来ましょう。獲物がかかっているかもしれません。よく休むのですよ」
私はこくこくとうなずいた。
皇女様は行ってしまわれ、私はぼんやりと皇女様の座っていた椅子を眺めた。まるで、まだそこにいらっしゃるように、良い香りがする。
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