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第4章 永遠の愛
33.永遠の愛
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「悲鳴、ですか?」と誰かが聞く。
「ああ、そうだ。普通の悲鳴ではない。もの凄く高い音、人の声とは思えない悲鳴だった。すると、黄金竜の鱗が、首から胴体に向って弾けとんだのだ」
辺りがシーンとなった。驚いた顔をして皆が私を見る。私はいたたまれなくて、下を向いた。レオンが話を続ける。
「竜は生きながら鱗をはがされ、悶え苦しんだ。そこに、ロジーナ殿を始めとする竜に捕まっていた人々が武器をもってファニに打かかったのだ。壁にぶつけられた衝撃から立ち直った私は、剣を取って黄金竜に向った。竜は私を掴もうと腕を伸ばしてきたが、鱗が無くなっていたので、名剣ヴァルサヴァルダはやすやすと竜の腕を切ってのけた。竜が大きくのけぞった所をすかさず心臓に向って剣を突きとおしたのだ。こうして私は竜を倒した」
おおっと歓声があがる。レオンは言葉をついだ。
「しかし、黄金竜にはファニという名前があって、昔、あそこに栄えた湖の国ラメイヤの守り神だったそうだ。これは、洞窟に残っていた日記を調べてわかった。黄金竜が金髪に執着したのは、昔愛した湖の国の王が金髪だったかららしい」
「愛した男の面影を探していたのですね。浪漫ですわ」と、誰かが言った。
「浪漫で人攫いをされては困る」と他の誰かが言う。
「しかし、悲鳴で鱗が破壊できますかな? 歌姫殿が出された悲鳴は、どのような悲鳴だったのですかな? ぜひ、聞かせていただきたい」
オイゲン大公が言った。
「残念ながら、それは出来ません」
「何故ですじゃ?」
「彼女は悲鳴を上げて喉を潰したのです。一時は二度と歌えないと、いえ、話せないのではないかと言われていました。幸い、大した傷ではありませんでしたが。しかし、同じ悲鳴をあげて、また、喉が潰れたら困る」
「……、儂は悲鳴で鱗が弾け飛んだとは思いませんな。その娘は魔物なのではないですかな? 魔力で鱗を破壊した。竜の黄金目当てに」
周りから「恐ろしい」という声が上がった。私は違うと言おうとした。
「何を馬鹿な事を! これだから、科学に疎い人間は困るのよ!」
ロジーナ姫だ。ロジーナ姫が立ち上がって叫んだ。
「いいこと! もし仮にギルが魔物なら、竜が火を吹こうとするずっと前に悲鳴を上げて、鱗を破壊していた筈よ」
ロジーナ姫がオイゲン大公を睨みつけた。
「何故、そうしなかったか。彼女は知らなかった。自分が竜の鱗を破壊するほどの悲鳴を上げられるとは」
大テントの中は静まり返っていた。人々がこの論争の成り行きを固唾をのんで見守っている。
「ギルはレオニード殿下を救おうとして、火を吹こうとした竜の前に飛び出した。そして、恐ろしさのあまり、悲鳴を上げた。悲鳴が鱗を破壊したのは、偶然だったのよ。彼女は魔物なんかじゃないわ」
「しかし、人の声が物を壊すなど、聞いた事がないんじゃが」
オイゲン大公が不快そうに言った。その時、ダニエルが立ち上がった。
「僕、出来ます! ブランデーグラスなら割った事あります。今、割ってご覧にいれます」
みんなが一斉にダニエルを見た。
ダニエルはテーブルに置いてあったブランデーグラスを持って、大テントの中央に立った。
「僕、ダニエル・グライナーといいます。国立劇場でテノール歌手をやってます。宜しくお願いします」
ダニエルがペコリと頭を下げる。
「えーっと、みなさん、危ないので離れていて下さいね」
ダニエルは小さなテーブルを用意させた。ブランデーグラスを横にしてその上に置く。テーブルの前に膝をついた。息を大きく吸い、グラスに向って「アーーーーーーー」っと声を出した。グラスがびりびりと震える。
ピシッ!
グラスにヒビが入った。驚きの声が上がる。
「グラスによっては、粉々に壊れるんですけどね、このグラスではヒビが入っただけでした。ギルも出来るんじゃないかな。やってみる?」
私もダニエルと同じようにやってみた。あの悲鳴は二度と上げられないが、それよりもっと下の音、ダニエルの出した音より数オクターブ上。
「アーーーーーーーー」
パンッ!
グラスが粉々に壊れた。周りからおおっと感心したような声が上がった。ロジーナ姫が説明する。
「みなさん、ご覧になりましたか? グラスが割れる前に震えたでしょう。つまり、物は振動によって壊れるのです。彼女は魔物ではありません。素晴らしい歌姫です。彼女のように一定の高さの音を正確に継続して発っする事が出来たら、みなさんでもグラスを割れるでしょう」
周りから拍手が起きた。
ロジーナ姫が着席すると、レオンが立ち上がった。
「ロジーナ殿、グライナー君、ギルが魔物でないと証明してくれて、ありがとう」
レオンが二人に向けて軽く会釈をする。
「大叔父上、納得して頂けましたかな?」
オイゲン大公が渋々うなずく。レオンが話を続けた。
「私は、黄金竜を倒した経緯を話しました。竜を倒せたのは、一重にギルベルタ・アップフェルト嬢が悲鳴を上げたからです。今、それを証明出来ました。彼女は私と竜の間に入り、私を守ろうとしました。火を吹こうとした竜の前に立ったのです。どんな屈強な男にも出来ない事です。彼女は自分の命をかけて、私を守ろうとしたのです。私は、竜を倒せた一番の功労者を讃えるべきだと、今、気が付きました。ギル、こちらへ」
私は何事かと思って、前に進みでた。レオンが大テントの中央に立つ。
「こちらに。ギル、そこに跪いて」
私は言われた通りにした。何が起こるのだろう。
レオンが名剣ヴァルサヴァルダを抜いた。私の肩に剣の広刃を置く。
「ギルベルタ・アップフェルト、黄金竜討伐にあたり、類稀(たぐいまれ)な悲鳴によって我々を窮地から救い、かつ、討伐のきっかけを作った。また、自らの命を投げ打って私を守ろうとした。その功(いさおし)により、ここに爵位を授ける。これからあなたは、女男爵(バロネス)ギルベルタ・フォン・アップフェルトと名乗るように」
周りから拍手が起こった。
私はまじまじとレオンを見上げた。レオンは剣を鞘にもどした。首にかけていた豪華な首飾りを外し、それを私の首にかける。
「殿下、なんと御礼を申し上げたら良いか……」
「礼を言うのは私の方だ。私は君に命を救われたのだから。あの時、君が身を呈して私を守ろうとしなかったら、生きて帰ってこられなかっただろう。ありがとう、ギル……」
その時、ジェラルディス様が国王に耳打ちするのが見えた。ジェラルディス様の話を聞いた国王が立ち上がった。
「王子、我が息子を救ってくれた礼は儂からするべきだろう。違うか?」
レオンが国王の前にはっとして跪く。
「父上、申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
「いや、良い。戦場にあってはそなたの裁量で爵位を授けておるからな。その者に命を救われたのだ。そなたが、その功に報いるのは当然であろう。私はそなたの父として、その者に報いたいと思う。
バロネス・ギルベルタ・フォン・アップフェルト、そなた、何か願い事はないか? そなたの望みをなんなりと叶えよう」
願い? そんな事、言われても……。
私は迷った。なんと言ったらいいかわからない。断ろうと口を開いた瞬間。
「花嫁になりたいっていいなさい。王子の花嫁にって!」
ロジーナ姫だ! ロジーナ姫が立ち上がって叫んでいる。
「さあ、ギル、花嫁にしてくれっていうのよ。こんな機会(チャンス)、二度とないんだから! さ、言いなさい」
「でも、私は平民です」
「何、馬鹿な事言ってるの。たったいま、貴族になったじゃない!」
「いいえ、それはなりませんぞ! 王子の結婚は国家の重大事! 歌姫などと結婚してはなりません。殿下、あなたが結婚を申込むべきは、ミレーヌ殿ですぞ。勘違いなさいますな」
オイゲン大公がわめいた。
「何を言うの! 帝国がレオニード殿下と皇女の結婚を認める筈ないじゃない。結婚を餌に無理難題を言われるだけよ。今回だって、帝国に攻め込む絶好の機会(チャンス)を皇女との見合いで逃したくせに!」
座が固まった。毒舌ロジーナ様が本領を発揮した。なんていう破壊力だろう。物凄い破壊力だ。建前が一瞬にして崩壊した。ミレーヌ様が扇で顔を隠した。帝国の人達は皆、目をしろくろさせている。
「あら、ごめんあそばせ、帝国の皆様。ほほほ」
ロジーナ様は自身の失言を笑って誤摩化すと、さらに続けた。
「いいこと、彼女は火を吹こうとする竜の前に身を投げ出したのよ。殿下を守る為に。一体どこに、こんなバカな事をする女がいるの。大体彼女一人、竜の前に立ち塞がったって、竜の炎を防ぎきれない。二人とも丸焼けになるのがオチよ。ちょっと、頭のいい女ならそれくらい計算するわ。だけど、この子はしなかった。何故って、殿下が死んだら自分も生きていけないとわかっていたから。それほど深く殿下を、真実、愛しているから」
「愛など、くだらん!」
オイゲン大公が顔を真っ赤にしてわめく。あたりが騒然となった。
「皆、静まれ!」
国王陛下が一喝する。
「もう一度聞く。バロネス・ギルベルタ・フォン・アップフェルト、そなたは何を望む?」
どうしたらいいの? どうしたら、どうしたら……。
「殿下の……、花嫁に。もし、叶えていただけるなら殿下の花嫁になりたいと思います」
レオンが驚いた顔をして私を見つめる。嬉しそうな微笑みが広がった。
「あの、でも……」
レオンの微笑みが固まる。
「将来、私が成人したら……。成人したら、花嫁にしてください。国王陛下、私は歌手としてはまだまだです。もっと、いろいろな歌を歌いたい。
それに、世の中はとても広くて……、いろいろな人がいました。私はファニの洞窟で、私の歌を聞きたいと思わない人達に会いました。私の歌は絶望している人の心には届かなかったんです。それに、地方では、歌手は遊び女として軽く扱われています。
世の中は広くて、いろいろな人がいて、うまくいえないけど、その、もっともっと歌の勉強をしたい。広い世の中を見てみたい。私はまだ十六です。もうすぐ十七になるけど。だからその、成人するまで待って、その時、殿下が私をお望みなら、私を殿下の花嫁にして下さい」
「良かろう。王子、なかなか良い娘ではないか。ギルベルタと申したな。そなたの歌声、覚えておるぞ。素晴らしかった。儂が約束しよう。そなたが成人したら、そなたを我が息子の花嫁にしよう」
「いけません、陛下!」
反対する人達の声をかき消すように、わーっと歓声があがる。同時に音楽が始まった。ワルツだ。私は立ち上がった。レオンが優雅に一礼する。
「踊っていただけますか? バロネス・ギル」
「ええ、喜んで」
私は手を差し出した。音楽が一段と大きく演奏される。レオンが私の手を取った。私達は音楽に乗ってワルツを踊った。レオンの緑の瞳。優しい眼差し。
レオンは危険を省みず、黄金竜の洞窟まで、私を助けに来てくれた。竜を倒し、私の命を救ってくれた。レオンが、どれほど私を愛しているかよくわかる。
黄金竜ファニは長い長い命の間、たった一人の男性を愛し、そして生を終えた。
きっと、永遠の愛なんてないのだろう。でも、永遠の命もない。長命な竜にもいつか寿命が訪れる。私達、人の人生は短い。短い一生の間くらいなら、きっと、一人の人を愛し続けられる。
レオンもきっと……。
「レオン」
「なんだ?」
「愛しているわ」
「俺もだ」
レオンは私を抱き寄せると、熱い口付けをした。
「ああ、そうだ。普通の悲鳴ではない。もの凄く高い音、人の声とは思えない悲鳴だった。すると、黄金竜の鱗が、首から胴体に向って弾けとんだのだ」
辺りがシーンとなった。驚いた顔をして皆が私を見る。私はいたたまれなくて、下を向いた。レオンが話を続ける。
「竜は生きながら鱗をはがされ、悶え苦しんだ。そこに、ロジーナ殿を始めとする竜に捕まっていた人々が武器をもってファニに打かかったのだ。壁にぶつけられた衝撃から立ち直った私は、剣を取って黄金竜に向った。竜は私を掴もうと腕を伸ばしてきたが、鱗が無くなっていたので、名剣ヴァルサヴァルダはやすやすと竜の腕を切ってのけた。竜が大きくのけぞった所をすかさず心臓に向って剣を突きとおしたのだ。こうして私は竜を倒した」
おおっと歓声があがる。レオンは言葉をついだ。
「しかし、黄金竜にはファニという名前があって、昔、あそこに栄えた湖の国ラメイヤの守り神だったそうだ。これは、洞窟に残っていた日記を調べてわかった。黄金竜が金髪に執着したのは、昔愛した湖の国の王が金髪だったかららしい」
「愛した男の面影を探していたのですね。浪漫ですわ」と、誰かが言った。
「浪漫で人攫いをされては困る」と他の誰かが言う。
「しかし、悲鳴で鱗が破壊できますかな? 歌姫殿が出された悲鳴は、どのような悲鳴だったのですかな? ぜひ、聞かせていただきたい」
オイゲン大公が言った。
「残念ながら、それは出来ません」
「何故ですじゃ?」
「彼女は悲鳴を上げて喉を潰したのです。一時は二度と歌えないと、いえ、話せないのではないかと言われていました。幸い、大した傷ではありませんでしたが。しかし、同じ悲鳴をあげて、また、喉が潰れたら困る」
「……、儂は悲鳴で鱗が弾け飛んだとは思いませんな。その娘は魔物なのではないですかな? 魔力で鱗を破壊した。竜の黄金目当てに」
周りから「恐ろしい」という声が上がった。私は違うと言おうとした。
「何を馬鹿な事を! これだから、科学に疎い人間は困るのよ!」
ロジーナ姫だ。ロジーナ姫が立ち上がって叫んだ。
「いいこと! もし仮にギルが魔物なら、竜が火を吹こうとするずっと前に悲鳴を上げて、鱗を破壊していた筈よ」
ロジーナ姫がオイゲン大公を睨みつけた。
「何故、そうしなかったか。彼女は知らなかった。自分が竜の鱗を破壊するほどの悲鳴を上げられるとは」
大テントの中は静まり返っていた。人々がこの論争の成り行きを固唾をのんで見守っている。
「ギルはレオニード殿下を救おうとして、火を吹こうとした竜の前に飛び出した。そして、恐ろしさのあまり、悲鳴を上げた。悲鳴が鱗を破壊したのは、偶然だったのよ。彼女は魔物なんかじゃないわ」
「しかし、人の声が物を壊すなど、聞いた事がないんじゃが」
オイゲン大公が不快そうに言った。その時、ダニエルが立ち上がった。
「僕、出来ます! ブランデーグラスなら割った事あります。今、割ってご覧にいれます」
みんなが一斉にダニエルを見た。
ダニエルはテーブルに置いてあったブランデーグラスを持って、大テントの中央に立った。
「僕、ダニエル・グライナーといいます。国立劇場でテノール歌手をやってます。宜しくお願いします」
ダニエルがペコリと頭を下げる。
「えーっと、みなさん、危ないので離れていて下さいね」
ダニエルは小さなテーブルを用意させた。ブランデーグラスを横にしてその上に置く。テーブルの前に膝をついた。息を大きく吸い、グラスに向って「アーーーーーーー」っと声を出した。グラスがびりびりと震える。
ピシッ!
グラスにヒビが入った。驚きの声が上がる。
「グラスによっては、粉々に壊れるんですけどね、このグラスではヒビが入っただけでした。ギルも出来るんじゃないかな。やってみる?」
私もダニエルと同じようにやってみた。あの悲鳴は二度と上げられないが、それよりもっと下の音、ダニエルの出した音より数オクターブ上。
「アーーーーーーーー」
パンッ!
グラスが粉々に壊れた。周りからおおっと感心したような声が上がった。ロジーナ姫が説明する。
「みなさん、ご覧になりましたか? グラスが割れる前に震えたでしょう。つまり、物は振動によって壊れるのです。彼女は魔物ではありません。素晴らしい歌姫です。彼女のように一定の高さの音を正確に継続して発っする事が出来たら、みなさんでもグラスを割れるでしょう」
周りから拍手が起きた。
ロジーナ姫が着席すると、レオンが立ち上がった。
「ロジーナ殿、グライナー君、ギルが魔物でないと証明してくれて、ありがとう」
レオンが二人に向けて軽く会釈をする。
「大叔父上、納得して頂けましたかな?」
オイゲン大公が渋々うなずく。レオンが話を続けた。
「私は、黄金竜を倒した経緯を話しました。竜を倒せたのは、一重にギルベルタ・アップフェルト嬢が悲鳴を上げたからです。今、それを証明出来ました。彼女は私と竜の間に入り、私を守ろうとしました。火を吹こうとした竜の前に立ったのです。どんな屈強な男にも出来ない事です。彼女は自分の命をかけて、私を守ろうとしたのです。私は、竜を倒せた一番の功労者を讃えるべきだと、今、気が付きました。ギル、こちらへ」
私は何事かと思って、前に進みでた。レオンが大テントの中央に立つ。
「こちらに。ギル、そこに跪いて」
私は言われた通りにした。何が起こるのだろう。
レオンが名剣ヴァルサヴァルダを抜いた。私の肩に剣の広刃を置く。
「ギルベルタ・アップフェルト、黄金竜討伐にあたり、類稀(たぐいまれ)な悲鳴によって我々を窮地から救い、かつ、討伐のきっかけを作った。また、自らの命を投げ打って私を守ろうとした。その功(いさおし)により、ここに爵位を授ける。これからあなたは、女男爵(バロネス)ギルベルタ・フォン・アップフェルトと名乗るように」
周りから拍手が起こった。
私はまじまじとレオンを見上げた。レオンは剣を鞘にもどした。首にかけていた豪華な首飾りを外し、それを私の首にかける。
「殿下、なんと御礼を申し上げたら良いか……」
「礼を言うのは私の方だ。私は君に命を救われたのだから。あの時、君が身を呈して私を守ろうとしなかったら、生きて帰ってこられなかっただろう。ありがとう、ギル……」
その時、ジェラルディス様が国王に耳打ちするのが見えた。ジェラルディス様の話を聞いた国王が立ち上がった。
「王子、我が息子を救ってくれた礼は儂からするべきだろう。違うか?」
レオンが国王の前にはっとして跪く。
「父上、申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
「いや、良い。戦場にあってはそなたの裁量で爵位を授けておるからな。その者に命を救われたのだ。そなたが、その功に報いるのは当然であろう。私はそなたの父として、その者に報いたいと思う。
バロネス・ギルベルタ・フォン・アップフェルト、そなた、何か願い事はないか? そなたの望みをなんなりと叶えよう」
願い? そんな事、言われても……。
私は迷った。なんと言ったらいいかわからない。断ろうと口を開いた瞬間。
「花嫁になりたいっていいなさい。王子の花嫁にって!」
ロジーナ姫だ! ロジーナ姫が立ち上がって叫んでいる。
「さあ、ギル、花嫁にしてくれっていうのよ。こんな機会(チャンス)、二度とないんだから! さ、言いなさい」
「でも、私は平民です」
「何、馬鹿な事言ってるの。たったいま、貴族になったじゃない!」
「いいえ、それはなりませんぞ! 王子の結婚は国家の重大事! 歌姫などと結婚してはなりません。殿下、あなたが結婚を申込むべきは、ミレーヌ殿ですぞ。勘違いなさいますな」
オイゲン大公がわめいた。
「何を言うの! 帝国がレオニード殿下と皇女の結婚を認める筈ないじゃない。結婚を餌に無理難題を言われるだけよ。今回だって、帝国に攻め込む絶好の機会(チャンス)を皇女との見合いで逃したくせに!」
座が固まった。毒舌ロジーナ様が本領を発揮した。なんていう破壊力だろう。物凄い破壊力だ。建前が一瞬にして崩壊した。ミレーヌ様が扇で顔を隠した。帝国の人達は皆、目をしろくろさせている。
「あら、ごめんあそばせ、帝国の皆様。ほほほ」
ロジーナ様は自身の失言を笑って誤摩化すと、さらに続けた。
「いいこと、彼女は火を吹こうとする竜の前に身を投げ出したのよ。殿下を守る為に。一体どこに、こんなバカな事をする女がいるの。大体彼女一人、竜の前に立ち塞がったって、竜の炎を防ぎきれない。二人とも丸焼けになるのがオチよ。ちょっと、頭のいい女ならそれくらい計算するわ。だけど、この子はしなかった。何故って、殿下が死んだら自分も生きていけないとわかっていたから。それほど深く殿下を、真実、愛しているから」
「愛など、くだらん!」
オイゲン大公が顔を真っ赤にしてわめく。あたりが騒然となった。
「皆、静まれ!」
国王陛下が一喝する。
「もう一度聞く。バロネス・ギルベルタ・フォン・アップフェルト、そなたは何を望む?」
どうしたらいいの? どうしたら、どうしたら……。
「殿下の……、花嫁に。もし、叶えていただけるなら殿下の花嫁になりたいと思います」
レオンが驚いた顔をして私を見つめる。嬉しそうな微笑みが広がった。
「あの、でも……」
レオンの微笑みが固まる。
「将来、私が成人したら……。成人したら、花嫁にしてください。国王陛下、私は歌手としてはまだまだです。もっと、いろいろな歌を歌いたい。
それに、世の中はとても広くて……、いろいろな人がいました。私はファニの洞窟で、私の歌を聞きたいと思わない人達に会いました。私の歌は絶望している人の心には届かなかったんです。それに、地方では、歌手は遊び女として軽く扱われています。
世の中は広くて、いろいろな人がいて、うまくいえないけど、その、もっともっと歌の勉強をしたい。広い世の中を見てみたい。私はまだ十六です。もうすぐ十七になるけど。だからその、成人するまで待って、その時、殿下が私をお望みなら、私を殿下の花嫁にして下さい」
「良かろう。王子、なかなか良い娘ではないか。ギルベルタと申したな。そなたの歌声、覚えておるぞ。素晴らしかった。儂が約束しよう。そなたが成人したら、そなたを我が息子の花嫁にしよう」
「いけません、陛下!」
反対する人達の声をかき消すように、わーっと歓声があがる。同時に音楽が始まった。ワルツだ。私は立ち上がった。レオンが優雅に一礼する。
「踊っていただけますか? バロネス・ギル」
「ええ、喜んで」
私は手を差し出した。音楽が一段と大きく演奏される。レオンが私の手を取った。私達は音楽に乗ってワルツを踊った。レオンの緑の瞳。優しい眼差し。
レオンは危険を省みず、黄金竜の洞窟まで、私を助けに来てくれた。竜を倒し、私の命を救ってくれた。レオンが、どれほど私を愛しているかよくわかる。
黄金竜ファニは長い長い命の間、たった一人の男性を愛し、そして生を終えた。
きっと、永遠の愛なんてないのだろう。でも、永遠の命もない。長命な竜にもいつか寿命が訪れる。私達、人の人生は短い。短い一生の間くらいなら、きっと、一人の人を愛し続けられる。
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