婚約者にブランド香水の匂いが気に入らないと捨てられましたが、そのブランドに勤めるイケメン香水職人に溺愛されることになりました!

鯨井イルカ

文字の大きさ
3 / 18

自分のための香りと運命の人

しおりを挟む
 タワーマンションの高層階にある誠の部屋にて。
 紗江子はリビングに案内され、白い革張りのソファーにぼんやりと座っていた。
 
 そこへ、炭酸水の注がれたグラスを手にした誠がやってきた。
 
「お待たせしました。、まずはこれをどうぞ」

「ありがとう、ございます」

 グラスを受け取り中身を飲むと、酔いが少しさめた気がした。

 いっそのこと、酔ったままの方が楽なのに。そんなことを考えていると、誠が穏やかに微笑みかけた。

「気分はどうですか?」

「おかげさまで、楽になりました」

「なら、よかった。それでは、さっそく間違いの訂正を始めましょうか」

 その言葉に、紗江子はビクリと肩を跳ねさせた。しかし、そんな緊張をよそに、誠はリビングを出ていった。

 呆気に取られていると、すぐに誠は戻ってきた。手には木箱が抱えられている。

「あの、神谷さん、それは?」

「香水のサンプルですよ」

「香水の、サンプル?」

「はい」

 問い返す紗江子に向かって、誠は笑顔でうなずいた。

「さっき、言ったでしょう? 香水は、自分が心から気に入ったものを選んだ方がいいって」

「それは、そうですが……」

 どちらかと言えば、魅力的だ、という方を行動で証明してほしかった。そんな思いをよそに、誠は木箱から次々と、ラベルのついた小さなスプレーボトルを取り出した。

「あの香水が苦手、という方が好みそうなものを持ってきましたので、どうぞご自由に試してください」

 そう言いながら、今度は木箱からテスト用の厚紙を取り出す。紗江子はおずおずとスプレーボトルの一つの手に取り、テスト用紙に中身を吹きつけた。その途端、イチゴとモモが混ざったような、甘い香りが広がった。

「いい香り……」

 それだけでなく、前にどこかで嗅いだことがある気がする。しかし、それがいつのことだったかは、思い出せない。多分、それほど昔ではなかったはず。

 記憶を掘り返していると、誠が別のボトルを差し出した。

「それはよかったです。では、他のものもぜひ試してみてください」

「……はい」

 紗江子は思い出すことを諦め、勧められるまま、次々と香水を試していった。
 オレンジのような香りや、バラの香り、線香のような香りまで、様々な香りが広がる。

 ひとしきり試すと、特に気に入った香りがいくつか見つかった。無意識のうちにそれらのボトルを手元に並べていると、誠がコクコクとうなずいた。

「なるほど、この三つが気に入ったんですね?」

「はい」 

「そうですか……、それでは、シャワーを浴びてきてください」

「……え?」

 突然の言葉に紗江子は戸惑った。

 たしかに、何があってもいいという気持ちでここまできた。
 それでも、このタイミングは、唐突すぎじゃない?
 ムードもなにもあったのもじゃないし。

 そんなことを考えていると、誠はニコリと笑った。

「香水はしばらく時間が経つと、香りが変化するんです」

「香りが……、変化する?」

「はい。紗江子さんが選んだものは、すべて三十分くらいで変化するものです」

「へえ……、どんなふうに変わるんですか?」

「それは三十分後のお楽しみです」

「そう、ですか」

「はい。たしかに、なにもせずに待つには長いかもしれませんが……、その間にシャワーを浴びれば、鼻もリフレッシュして、香りの変化をより楽しんでいただけるかと思いますよ」

「でも、着替えが……」

「ああ、それなら安心してください。来客用のパジャマがありますので。さすがに下着まではないですが」

「……ありがとうございます」

 あまりにも色気のない展開に落胆しながらも、紗江子はバスルームへと向かった。

 シャワーを浴びてバスルームを出ると、グレーのシワ一つないパジャマに着替えた。嫌な臭いはもちろんないが、柔軟剤の香りもない。
 シャンプーやボディソープも無香料だったのも、香水職人だからだろうか?
 そんなことを思いながらリビングへ戻ると、誠はソファーに腰掛けていた。

「お帰りなさい。どうぞ、こちらへ」

 笑顔で隣に座るようにうながされ、紗江子は軽く頭を下げてソファーに向かった。腰をかけると、誠はテスト用紙を一枚差し出した。

「さあ、先ほど選んだ香りを、また確かめてみてください」

「分かりました」

 うながされるまま受け取り、鼻先に近づける。

 その途端――

「うぇ……」

 ――えずくような声が漏れた。

 テスト用紙からは、ほのかに生臭い香りが漂っている。シャワーの前までは、たしかにバラの香りがしていたはずだった。

「お気に召しませんでしたか?」

「すみません、ちょっと……」

「では、こちらはどうでしょうか?」

 差し出されたテスト用紙を受け取り、再び鼻先に近づけた。

「うっ……」

 またしても、えずくような声がこぼれた。

 テスト用紙は、古い胃腸薬のような渋い臭いを放っている。さきほどまでは、たしかにオレンジの香りがしていたはずだった。

「これも、ダメみたいですね?」

「……はい。せっかく、用意していただいたのに、すみません」

「いえいえ、謝ることではないですよ! それに、まだ最後の一つがあります」

「そう、ですね……」

 そうは言っても、きっと次もおなじことになるんだろう。
 どんなにいい香りでも、時間が経てば気に入らない臭いに変わってしまう。

 そんな諦めを抱きながら、最後に残ったテスト用紙を受け取った。それは、最初に手に取ったイチゴとモモの香りがする香水を吹きつけたものだった。

 薬臭さや焦げ臭さを想像しながら、テスト用紙を鼻先に近づけた。
 しかし、鼻腔に広がったのは、予想と全く違う香りだった。

 まるでシロップのような甘い香り。

 紗江子は戸惑いながらも、うっとりと目を細めた。

「いい香り……、きゃっ!?」

 不意に肩を抱き寄せられ、短い悲鳴とともに、テスト用紙が手からハラリと落ちた。

「あの……、神谷、さん?」

「やっぱり、これを選んでくれた……、貴女は俺の運命の人だ」

「やっぱりって、いったい……、んむっ!?」

 問いかける紗江子の唇を、誠の口がふさいだ。そのまま、熱を持った舌が唇を割り開き、口内に侵入してくる。

「んーっ……」

 抗議するように、身をよじったが誠は唇を離さなかった。それどころか、さらに深く口づけ、口内の敏感な部分を器用に刺激してくる。

「ん……、うっん……」

 舌をキュッと吸われたり、上顎をねっとりと舐められたりするたびに、紗江子は短いうめき声を漏らし、背筋を走るゾクゾクとした快感に身を震わせた。

「ん……」

 次第にうめき声も小さくなり、舌が絡まる水音だけが響いていった。

 身をよじるわずかな抵抗すらできなくなったころ、唇はようやく離れた。浅い呼吸を繰り返しながら見つめる先では、誠が恍惚とした表情を浮かべていた。

「ふふふ、とても愛らしい表情ですね」

 そんな言葉とともに、骨張った指が半開きの唇をなでる。

「二つ目の間違いも……、これから正していいですか……?」

 艶っぽくささやかれる言葉に小さくうなずくと、指は唇を離れて肩に添えられた。そのまま、ソファーに押し倒され、再び唇を奪われる。

「もう、離してあげませんからね……」

 そんな言葉を耳元でささやかれながら、紗江子はリンゴに似た香水の香りに身を任せた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元婚約者が修道院送りになった令嬢を呼び戻すとき

岡暁舟
恋愛
「もう一度やり直そう」 そんなに上手くいくのでしょうか???

替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈
恋愛
ベルン皇国の辺境伯ソラティスが求めたのは、麗しき皇都の子爵令嬢レイアだった。 しかし、彼の元へ届けられたのは、身代わりに仕立て上げられた妹のラシーヌ。 容姿も性格も全く違う姉妹。 ​拒絶を覚悟したラシーヌだったが、ソラティスは緋色の瞳を向けて一つの「契約」を持ち掛けた。 その契約とは──? ソラティスの結婚の理由、街を守る加護の力。そして、芽生える一つの恋。それに怯える拙い拒み。 ※一部加筆修正済みです。

結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

四季
恋愛
結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

年下の婚約者から年上の婚約者に変わりました

チカフジ ユキ
恋愛
ヴィクトリアには年下の婚約者がいる。すでにお互い成人しているのにも関わらず、結婚する気配もなくずるずると曖昧な関係が引き延ばされていた。 そんなある日、婚約者と出かける約束をしていたヴィクトリアは、待ち合わせの場所に向かう。しかし、相手は来ておらず、当日に約束を反故されてしまった。 そんなヴィクトリアを見ていたのは、ひとりの男性。 彼もまた、婚約者に約束を当日に反故されていたのだ。 ヴィクトリアはなんとなく親近感がわき、彼とともにカフェでお茶をすることになった。 それがまさかの事態になるとは思いもよらずに。

捨てられた私は遠くで幸せになります

高坂ナツキ
恋愛
ペルヴィス子爵家の娘であるマリー・ド・ペルヴィスは来る日も来る日もポーションづくりに明け暮れている。 父親であるペルヴィス子爵はマリーの作ったポーションや美容品を王都の貴族に売りつけて大金を稼いでいるからだ。 そんな苦しい生活をしていたマリーは、義家族の企みによって家から追い出されることに。 本当に家から出られるの? だったら、この機会を逃すわけにはいかない! これは強制的にポーションを作らせられていた少女が、家族から逃げて幸せを探す物語。 8/9~11は7:00と17:00の2回投稿。8/12~26は毎日7:00に投稿。全21話予約投稿済みです。

処理中です...