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新しい習慣と苦手な上司
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窓から差し込む朝の陽射しとアラームの音で、紗江子は目を覚ました。
眠い目をこすりながらスマートフォンに手を伸ばすと、時刻は午前七時ちょうどになっている。まだ少し眠っていたいと思っていると、メッセージの通知が表示された。通知をタップすると、送り主は誠だった。
おはようございます
今日は月曜日ですね
今週が紗江子さんにとって
素敵な一週間でありますように
そんなメッセージとともに、なんとも形容しがたい表情をしたウサギのスタンプも送られてきた。
頬を緩めながら、紗江子もメッセージを返した。
おはようございます
神谷さんも
良い一週間を過ごしてくださいね
メッセージを送るやいなや、既読のマークがつき、「ありがとうございます!」というメッセージとウサギのスタンプが帰ってくる。
ふふ、と笑い声が思わず口からこぼれた。
紗江子は、起き上がりベッドを降りると、大きく伸びをした。そして、朝食とり歯磨きと洗顔を済ませると、スーツに着替えて鏡台の前に座った。
婚約破棄をされた直後の月曜ににしては、顔色がいいかもしれない。
鏡に映る自分の姿を見てそんな言葉が頭に浮かび、ほんの少しだけ胸が締め付けられた。
誠のおかげで、失恋の痛手は確実に軽くなった。
それでも、少し軽薄なきがする。
こんなことだから、幸二は去っていったのかもしれない……。
そんな思いを振り払うように、首を横に振って深いため息をついた。それから、化粧道具を取り出そうと引き出しを開けた。すると、またしても香水の箱が目に入った。
普段なら、勤め先に香水をつけていこうなんて思わない。
それでも、今日は少し気分を変えていきたい。
紗江子は箱から香水を取り出すと、控え目に手首へ吹きつけた。
「貴女はとても魅力的で、美しい女性ですから」
モモとイチゴの香りに包まれながら、誠の言葉を思い出す。ほんの少しだけ、気力が湧いてきた気がした。
「……よっし」
紗江子は頬を軽く叩いてから、改めて化粧をはじめた。
化粧を終えて家を出て、通勤ラッシュの電車に揺られ、勤め先にたどり着いた。
周りの社員たちに挨拶をしながら、自分の席についてパソコンの電源を入れる。起動を待つまでの間、ディスプレイの側に置いた卓上カレンダーに目をやった。予定はとくに書き込まれていない。
今週が月の半ばでよかった。そう思うと、安堵のため息がこぼれた。
経理部門に所属している紗江子は、月末と月初の業務でかなりの集中力とスピードを要求される。幸二との別れと、誠との出会いで混乱している状態で取りかかったら、間違いなくなにかのミスが起こるだろう。そんなことになったら、きっとものすごく厄介なことになる。
先ほどとは違う種類のため息を漏らしていると、カツカツという音が近づいてきた。
顔を向けると音の主は、胸元がひらいた派手な柄のワンピースを着た女性、経理課長の白金 美智代だった。
紗江子はこの美智代のことが、少し苦手だった。というのも、美智代はいつもしっかりとしたメイクをして、華やかな服やアクセサリーを身につけている。そんな自分と正反対の彼女を見るたびに、威圧感や言いようのない劣等感を覚えるからだ。それに、地味な自分をバカにしているのじゃないか、という被害妄想もこみ上げてくる。
だから、なるべくなら美智代とは関わりたくないし、ミスをして叱られるなんていう事態は絶対に避けたい。
しかし、そんな思いとは裏腹に、美智代は紗江子のすぐ側で足を止めた。
「岡本さん、ちょっといい?」
よくないです。
そんな言葉をこらえながら、愛想笑いを浮かべた。
「はい、大丈夫です」
「そう。今日ちょっと緊急の会議が入っちゃって、午前中はずっと席を外すんだけど……、急いで承認しないといけないものって、なんかあったっけ?」
「いえ、大丈夫です。ただ、午後には一件、承認していただきたい振り込みがあるんですが……」
「午後ね、分かった。お昼休みが終わったら、すぐ対応するわ。じゃあ、私はこれで」
「ありがとうございます」
よかった、何事もなく必要最低限の会話で済んだ。
そう安心していると、美智代は不意に足を止めた。
「あ、そうそう、岡本さん。ひょっとして今日、香水とかつけてる?」
美智代の問いかけに、紗江子はギクリとした表情を浮かべた。
「すみません、不愉快、でしたか?」
恐る恐る尋ねると、美智代は穏やかに微笑んだ。
「そんなことないわよ。むしろ、ちょっと安心したの」
「え、安……、心?」
「そ。だって、岡本さん、せっかく可愛いのにオシャレもあんまりしないし……、いつも自信なさげにしてるから、ちょっと心配だったのよ」
「それは……、すみません」
「あははは、謝ることじゃないわよ。ただ、この香水を機に、ちょっとオシャレに興味を持つのも楽しいわよ」
「そうですか……」
「そうそう。そうだ、まずは、オススメのコスメを、今度教えてあげるわね。それじゃ」
そう言うと、美智代は手をヒラヒラと振りながら、会議室へ向かっていった。その後ろ姿を眺めながら、勝手に抱いていた苦手意識が、少し薄れていくのを感じた。
そうしていると、香水の甘い香りが、改めて鼻腔をくすぐる。
この香水のおかげで、毎日が少し生きやすくなるかもしれない。
紗江子は甘い香りのする手首を、キュッと握りしめた。
眠い目をこすりながらスマートフォンに手を伸ばすと、時刻は午前七時ちょうどになっている。まだ少し眠っていたいと思っていると、メッセージの通知が表示された。通知をタップすると、送り主は誠だった。
おはようございます
今日は月曜日ですね
今週が紗江子さんにとって
素敵な一週間でありますように
そんなメッセージとともに、なんとも形容しがたい表情をしたウサギのスタンプも送られてきた。
頬を緩めながら、紗江子もメッセージを返した。
おはようございます
神谷さんも
良い一週間を過ごしてくださいね
メッセージを送るやいなや、既読のマークがつき、「ありがとうございます!」というメッセージとウサギのスタンプが帰ってくる。
ふふ、と笑い声が思わず口からこぼれた。
紗江子は、起き上がりベッドを降りると、大きく伸びをした。そして、朝食とり歯磨きと洗顔を済ませると、スーツに着替えて鏡台の前に座った。
婚約破棄をされた直後の月曜ににしては、顔色がいいかもしれない。
鏡に映る自分の姿を見てそんな言葉が頭に浮かび、ほんの少しだけ胸が締め付けられた。
誠のおかげで、失恋の痛手は確実に軽くなった。
それでも、少し軽薄なきがする。
こんなことだから、幸二は去っていったのかもしれない……。
そんな思いを振り払うように、首を横に振って深いため息をついた。それから、化粧道具を取り出そうと引き出しを開けた。すると、またしても香水の箱が目に入った。
普段なら、勤め先に香水をつけていこうなんて思わない。
それでも、今日は少し気分を変えていきたい。
紗江子は箱から香水を取り出すと、控え目に手首へ吹きつけた。
「貴女はとても魅力的で、美しい女性ですから」
モモとイチゴの香りに包まれながら、誠の言葉を思い出す。ほんの少しだけ、気力が湧いてきた気がした。
「……よっし」
紗江子は頬を軽く叩いてから、改めて化粧をはじめた。
化粧を終えて家を出て、通勤ラッシュの電車に揺られ、勤め先にたどり着いた。
周りの社員たちに挨拶をしながら、自分の席についてパソコンの電源を入れる。起動を待つまでの間、ディスプレイの側に置いた卓上カレンダーに目をやった。予定はとくに書き込まれていない。
今週が月の半ばでよかった。そう思うと、安堵のため息がこぼれた。
経理部門に所属している紗江子は、月末と月初の業務でかなりの集中力とスピードを要求される。幸二との別れと、誠との出会いで混乱している状態で取りかかったら、間違いなくなにかのミスが起こるだろう。そんなことになったら、きっとものすごく厄介なことになる。
先ほどとは違う種類のため息を漏らしていると、カツカツという音が近づいてきた。
顔を向けると音の主は、胸元がひらいた派手な柄のワンピースを着た女性、経理課長の白金 美智代だった。
紗江子はこの美智代のことが、少し苦手だった。というのも、美智代はいつもしっかりとしたメイクをして、華やかな服やアクセサリーを身につけている。そんな自分と正反対の彼女を見るたびに、威圧感や言いようのない劣等感を覚えるからだ。それに、地味な自分をバカにしているのじゃないか、という被害妄想もこみ上げてくる。
だから、なるべくなら美智代とは関わりたくないし、ミスをして叱られるなんていう事態は絶対に避けたい。
しかし、そんな思いとは裏腹に、美智代は紗江子のすぐ側で足を止めた。
「岡本さん、ちょっといい?」
よくないです。
そんな言葉をこらえながら、愛想笑いを浮かべた。
「はい、大丈夫です」
「そう。今日ちょっと緊急の会議が入っちゃって、午前中はずっと席を外すんだけど……、急いで承認しないといけないものって、なんかあったっけ?」
「いえ、大丈夫です。ただ、午後には一件、承認していただきたい振り込みがあるんですが……」
「午後ね、分かった。お昼休みが終わったら、すぐ対応するわ。じゃあ、私はこれで」
「ありがとうございます」
よかった、何事もなく必要最低限の会話で済んだ。
そう安心していると、美智代は不意に足を止めた。
「あ、そうそう、岡本さん。ひょっとして今日、香水とかつけてる?」
美智代の問いかけに、紗江子はギクリとした表情を浮かべた。
「すみません、不愉快、でしたか?」
恐る恐る尋ねると、美智代は穏やかに微笑んだ。
「そんなことないわよ。むしろ、ちょっと安心したの」
「え、安……、心?」
「そ。だって、岡本さん、せっかく可愛いのにオシャレもあんまりしないし……、いつも自信なさげにしてるから、ちょっと心配だったのよ」
「それは……、すみません」
「あははは、謝ることじゃないわよ。ただ、この香水を機に、ちょっとオシャレに興味を持つのも楽しいわよ」
「そうですか……」
「そうそう。そうだ、まずは、オススメのコスメを、今度教えてあげるわね。それじゃ」
そう言うと、美智代は手をヒラヒラと振りながら、会議室へ向かっていった。その後ろ姿を眺めながら、勝手に抱いていた苦手意識が、少し薄れていくのを感じた。
そうしていると、香水の甘い香りが、改めて鼻腔をくすぐる。
この香水のおかげで、毎日が少し生きやすくなるかもしれない。
紗江子は甘い香りのする手首を、キュッと握りしめた。
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