婚約者にブランド香水の匂いが気に入らないと捨てられましたが、そのブランドに勤めるイケメン香水職人に溺愛されることになりました!

鯨井イルカ

文字の大きさ
7 / 18

新しい習慣と苦手な上司

しおりを挟む
 窓から差し込む朝の陽射しとアラームの音で、紗江子は目を覚ました。
 眠い目をこすりながらスマートフォンに手を伸ばすと、時刻は午前七時ちょうどになっている。まだ少し眠っていたいと思っていると、メッセージの通知が表示された。通知をタップすると、送り主は誠だった。

  おはようございます
  今日は月曜日ですね
  今週が紗江子さんにとって
  素敵な一週間でありますように

 そんなメッセージとともに、なんとも形容しがたい表情をしたウサギのスタンプも送られてきた。
 頬を緩めながら、紗江子もメッセージを返した。

  おはようございます
  神谷さんも
  良い一週間を過ごしてくださいね

 メッセージを送るやいなや、既読のマークがつき、「ありがとうございます!」というメッセージとウサギのスタンプが帰ってくる。
 ふふ、と笑い声が思わず口からこぼれた。

 紗江子は、起き上がりベッドを降りると、大きく伸びをした。そして、朝食とり歯磨きと洗顔を済ませると、スーツに着替えて鏡台の前に座った。
 
 婚約破棄をされた直後の月曜ににしては、顔色がいいかもしれない。
 
 鏡に映る自分の姿を見てそんな言葉が頭に浮かび、ほんの少しだけ胸が締め付けられた。

 誠のおかげで、失恋の痛手は確実に軽くなった。
 それでも、少し軽薄なきがする。
 こんなことだから、幸二は去っていったのかもしれない……。

 そんな思いを振り払うように、首を横に振って深いため息をついた。それから、化粧道具を取り出そうと引き出しを開けた。すると、またしても香水の箱が目に入った。

 普段なら、勤め先に香水をつけていこうなんて思わない。
 それでも、今日は少し気分を変えていきたい。
 
 紗江子は箱から香水を取り出すと、控え目に手首へ吹きつけた。

「貴女はとても魅力的で、美しい女性ですから」

 モモとイチゴの香りに包まれながら、誠の言葉を思い出す。ほんの少しだけ、気力が湧いてきた気がした。

「……よっし」

 紗江子は頬を軽く叩いてから、改めて化粧をはじめた。

 化粧を終えて家を出て、通勤ラッシュの電車に揺られ、勤め先にたどり着いた。
 周りの社員たちに挨拶をしながら、自分の席についてパソコンの電源を入れる。起動を待つまでの間、ディスプレイの側に置いた卓上カレンダーに目をやった。予定はとくに書き込まれていない。
 今週が月の半ばでよかった。そう思うと、安堵のため息がこぼれた。

 経理部門に所属している紗江子は、月末と月初の業務でかなりの集中力とスピードを要求される。幸二との別れと、誠との出会いで混乱している状態で取りかかったら、間違いなくなにかのミスが起こるだろう。そんなことになったら、きっとものすごく厄介なことになる。

 先ほどとは違う種類のため息を漏らしていると、カツカツという音が近づいてきた。
 顔を向けると音の主は、胸元がひらいた派手な柄のワンピースを着た女性、経理課長の白金しろがね 美智代みちよだった。

 紗江子はこの美智代のことが、少し苦手だった。というのも、美智代はいつもしっかりとしたメイクをして、華やかな服やアクセサリーを身につけている。そんな自分と正反対の彼女を見るたびに、威圧感や言いようのない劣等感を覚えるからだ。それに、地味な自分をバカにしているのじゃないか、という被害妄想もこみ上げてくる。
 だから、なるべくなら美智代とは関わりたくないし、ミスをして叱られるなんていう事態は絶対に避けたい。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、美智代は紗江子のすぐ側で足を止めた。

「岡本さん、ちょっといい?」

 よくないです。
 そんな言葉をこらえながら、愛想笑いを浮かべた。

「はい、大丈夫です」

「そう。今日ちょっと緊急の会議が入っちゃって、午前中はずっと席を外すんだけど……、急いで承認しないといけないものって、なんかあったっけ?」

「いえ、大丈夫です。ただ、午後には一件、承認していただきたい振り込みがあるんですが……」

「午後ね、分かった。お昼休みが終わったら、すぐ対応するわ。じゃあ、私はこれで」

「ありがとうございます」

 よかった、何事もなく必要最低限の会話で済んだ。
 そう安心していると、美智代は不意に足を止めた。

「あ、そうそう、岡本さん。ひょっとして今日、香水とかつけてる?」

 美智代の問いかけに、紗江子はギクリとした表情を浮かべた。

「すみません、不愉快、でしたか?」

 恐る恐る尋ねると、美智代は穏やかに微笑んだ。

「そんなことないわよ。むしろ、ちょっと安心したの」

「え、安……、心?」

「そ。だって、岡本さん、せっかく可愛いのにオシャレもあんまりしないし……、いつも自信なさげにしてるから、ちょっと心配だったのよ」

「それは……、すみません」
 
「あははは、謝ることじゃないわよ。ただ、この香水を機に、ちょっとオシャレに興味を持つのも楽しいわよ」

「そうですか……」

「そうそう。そうだ、まずは、オススメのコスメを、今度教えてあげるわね。それじゃ」

 そう言うと、美智代は手をヒラヒラと振りながら、会議室へ向かっていった。その後ろ姿を眺めながら、勝手に抱いていた苦手意識が、少し薄れていくのを感じた。
 そうしていると、香水の甘い香りが、改めて鼻腔をくすぐる。

 この香水のおかげで、毎日が少し生きやすくなるかもしれない。

 紗江子は甘い香りのする手首を、キュッと握りしめた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元婚約者が修道院送りになった令嬢を呼び戻すとき

岡暁舟
恋愛
「もう一度やり直そう」 そんなに上手くいくのでしょうか???

替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈
恋愛
ベルン皇国の辺境伯ソラティスが求めたのは、麗しき皇都の子爵令嬢レイアだった。 しかし、彼の元へ届けられたのは、身代わりに仕立て上げられた妹のラシーヌ。 容姿も性格も全く違う姉妹。 ​拒絶を覚悟したラシーヌだったが、ソラティスは緋色の瞳を向けて一つの「契約」を持ち掛けた。 その契約とは──? ソラティスの結婚の理由、街を守る加護の力。そして、芽生える一つの恋。それに怯える拙い拒み。 ※一部加筆修正済みです。

結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

四季
恋愛
結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

捨てられた私は遠くで幸せになります

高坂ナツキ
恋愛
ペルヴィス子爵家の娘であるマリー・ド・ペルヴィスは来る日も来る日もポーションづくりに明け暮れている。 父親であるペルヴィス子爵はマリーの作ったポーションや美容品を王都の貴族に売りつけて大金を稼いでいるからだ。 そんな苦しい生活をしていたマリーは、義家族の企みによって家から追い出されることに。 本当に家から出られるの? だったら、この機会を逃すわけにはいかない! これは強制的にポーションを作らせられていた少女が、家族から逃げて幸せを探す物語。 8/9~11は7:00と17:00の2回投稿。8/12~26は毎日7:00に投稿。全21話予約投稿済みです。

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

処理中です...