婚約者にブランド香水の匂いが気に入らないと捨てられましたが、そのブランドに勤めるイケメン香水職人に溺愛されることになりました!

鯨井イルカ

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断る理由もない告白と空恐ろしさ

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「あはははは。つまり、結局は彼の独りよがりだったんですね」

「もう、そんなに笑わないでくださいよ」

 ソファーの隣で笑う誠に向かって、紗江子は口を尖らせた。

 愛菜と別れた後、紗江子は誠の部屋を訪れた。そして、紅茶を飲みながらことのあらましを説明し、今にいたる。

「すみません。ただ、彼があまりにも滑稽で」

 笑いを堪えながら謝られ、脱力しながら小さく頷く。

「本当に、そうですね。滑稽で仕方ないですよ、まったく……」

 力ない声には、勘違いに振り回されて落ち込んだ自分への呆れも含まれていた。 
 落ち込んだり不安に苛まれたりで、無駄な時間を費やしてしまった。そう思っていると、骨張った細い指をした手が、頭をそっとなでた。

「本当に、一週間お疲れさまでした」

「……どうも」

「いえいえ。ところで、一つ聞きたいことがあるんですが」

「聞きたいこと?」

「幸二さんのこと、についてです」

 その言葉とともに頭から手の平が滑り降り、頬に触れる。思わず身をすくめると、誠は穏やかな表情で首を傾げた。

「……幸二さんとの関係をやり直したい、と思いますか? 貴女を酷く傷つけたとはいえ、すべては誤解だったわけですから」

「……」

 同じ質問をした愛菜には、よりを戻すことはない、と答えた。しかし、時間をおいてから改めて問われると、色々なことが自然と思い出されてくる。

 はじめてデートをしたときに感じた胸の高鳴りや、他愛ないことで笑い合った日々。それに、プロポーズをされた日に感じた幸せ。それらは、たしかに紗江子にとって、かけがえのない思い出だった。

 それでも――

「……幸二のところに戻る気は、もうありません」
 
 ――結論は、変わることはなかった。

 答えを受けて、骨張った長い指が、再び頬をなでる。

「本当に、それでいいんですか?」

「ええ。勝手な思い込みで、幸せだった思い出を捨ててしまえる人となんて、一緒にいたくありませんから」

「……そうですか」

「はい。それに、ハッキリと断られた相手、しかも勤め先の後輩にしつこく言い寄る人なんて……、トラブルに巻き込まれるに決まっていますから」

「あははは! たしかに、間違いないですね! それじゃあ……」

 不意に、誠が真剣な表情で紗江子の顔を覗き込んだ。

「……俺を選ぶことをためらう理由も、もう、ありませんよね?」

「それは……」

「俺は、二年前のあの日から、貴女のことだけを考えていました」

「そう、ですか……」

「前にも伝えましたが、挫折を乗り越えられたのは、貴女のおかげなんです。だから、今度は俺が貴女を幸せにしたい」

 誠の言葉に、ここ一週間の出来事が頭の中に蘇る。

 贈られた香水の香り。何気なくても楽しいと感じたメッセージのやり取り。自分を魅力的だと告げる優しい声。肌を重ねたとき感じた、温かさと快感。それらのすべては、紗江子にとって心地の良いものだった。

 だからこそ、恐ろしさがジワジワと胸に込み上がった

「でも、私は神谷さんがいて抱いている理想を、裏切ってしまうかもしれません。そうしたら……」

「些細なことに言いがかりをつけて自分の元を離れてしまうかも、と言いたいのですか?」

「……」

 無言で頷くと、誠は困ったように微笑んだ。

「まあ、男性不信になるのも仕方ないかもしれませんね。でも、俺はあんな男とは違います……」

 困った方に微笑む顔が、さらに近づく。

「……恋人になることで、それを証明させてもらえませんか?」

 穏やかな口調だが、回答の保留はきっと許されない。そう感じながら、目を閉じた。そして、自分の心に今一度問いかけた。

 目の前の男と、このまま終わってしまっていいのかと。

 紗江子は小さく頷くと、ゆっくりと目を開き、誠の目を見つめた。

「……その、よろしく、おねがいします。私で、よければ」

 途切れ途切れの返事に、誠の表情が一気に明るくなる。

「ええ、もちろんです!」

 そう言いながら、誠は紗江子をきつく抱きしめた。紗江子に鼻腔には、リンゴに似た香水の香りが広がる。
 心地良いと感じていると、胸元からゆっくりと顔が放された。

「ああ、このときをどれだけ夢みてきたことか……」

 恍惚とした表情が目に入り、思わず苦笑が浮かんだ。

「そんな、大げさですよ」

「そんなこと、ありませんよ。だって、貴女に触れることができるのは、もう俺だけなんですから」

 そう言いながら、誠は再び頬に手を触れた。

「この柔らかな頬も、唇も、愛らしい表情も全部、独占できるんですね」

 恍惚とした表情のまま言い放たれた言葉に、背筋が軽く粟立つのを感じた。
 愛情を向けられているはずなのに、なぜか恐ろしさを感じる。

「あの、神谷さ……っ!?」

 理由を探ろうと開いた唇は、誠の唇によって塞がれた。そのまま、長い舌が口内を余すところなくなでていく。息が苦しくなり、もがくように腕を掴むと、唇はいったん解放された。誠は頬を紅潮させた紗江子を見つめて、微笑みを浮かべた。

「……もう、放しませんから」

 その言葉とともに、再び唇が塞がれる。

 ……きっと、恐ろしさを感じたのは、自分の元を去ってしまうかもしれないという不安が、ぬぐいきれないからだ。

 そう言い聞かせながら、紗江子は目を閉じて、誠の口づけに身を任せた。
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