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真実と今後の身の振り方
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困惑する紗江子の前で、愛菜は苦笑したまま頬をかいた。
「あー、その感じだと、やっぱり誤解があったみたいですね」
「誤解?」
「はい。事情を説明したいんですけど、聞いてもらえますか?」
首をかしげた表情から、悪意は感じられない。
「……そう、ですね。何があったか、教えてください」
「分かりました。えーと、少し前まで長谷川先輩と同じプロジェクトに参加してたってところまでは、多分、知ってますよね?」
「ええ、そこで貴女と仲良くなった、と聞いていますが……」
婚約を破棄しても構わないと思うほどね。
そんなトゲのある言葉が浮かび、すぐに消えていった。どういうわけか、愛菜が苦々しい表情を浮かべているからだ。
「あー……、そんな話になってたんですか……」
「えーと、違うんですか?」
「違うっていうか……、たとえば、先輩と二人で難しいプロジェクトを任されたら、報告連絡相談はこまめにするようにしますよね?」
その質問に、決算の作業を思い出した。短期間に一円の狂いもなく数字をまとめなくてはならないため、何かあればすぐに美智代に報告をしていた。
「……そう、ですね」
「でしょ? それに、関係が険悪になったら支障がでるから、接するときはそれなりに気を使いますよね?」
「たしかに……、じゃあ、ひょっとして……」
「はい。言葉は悪いんですが、長谷川先輩、それをちょっと勘違いしちゃったみたいで……」
「ああ、そうだったんですか……」
なんとも言えない脱力感と虚無感が、胸に湧き上がった。それに続いて、そんな勘違いのために傷つけられたのか、という怒りも込みあがってくる。
「そうとは知らずに月曜日出社したら、いきなり『こっちの関係は清算できたから、もう大丈夫だよ』と、言われてしまい……」
「それは……、野村さんも災難でしたね……」
「はい……、最初はなんのことか分からなかったんですが、どうも私が先輩を好きだって話になってたみたいで……、私もう結婚してるのに」
「え!? そうだったんですか!?」
「はい。長谷川先輩も、そのこと知ってるんですよ」
「それなのに、野村さんに交際を迫ったんですか?」
「ええ。何度も冷静になってくださいって言って、最終的には迷惑ですってハッキリ伝えたんですが……、『君も本当は真実の愛に気づいてるはずだ』、の一点張りで……」
「それは……、重ね重ね申し訳ありません……」
「あははは……、岡本さんが謝ることじゃないですよ……」
愛菜はどこか遠い目で乾いた笑いを漏らしてから、アイスコーヒーを一口飲んだ。
「えーと、そういうわけで、もう仕事にかなりの支障がでてるので、まずは会社の相談窓口に訴えることにしたんですよ」
「それが賢明だと、私も思いますよ」
「ですよね。ただ、うちの会社、セクハラ関係にかなり厳しくて、降格とかもあり得るんですよ。だから、場合によっては、岡本さんにも迷惑がかかるかと思ったんですが……」
すべてが幸二の勘違いだと分かった今、よりを戻すという選択肢もあるのかもしれない。それでも、話を聞いているうちに、紗江子の気持ちはすっかりと冷めていた。
「いえ、訴えてくださって、一向に構いませんよ。先ほど言ったとおり、よりを戻すなんてことは、もうありませんから」
そう言いきると、愛菜が安心したように微笑んだ。
「それなら、よかったです。色々と、ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「いえいえ、気にしないでください。野村さんのせいじゃなかったわけですから」
「岡本さんって優しいんですね……、話すら聞いてもらえないまま、引っ叩かれることも覚悟してたのに……」
その言葉に、良心がほんの少しだけ痛んだ。本当は、幸二だけでなく誠のことも略奪されるかもしれない、などという不安を抱いていたのだから。
「いえ……、別に、優しくはないと思いますよ……」
「そんなこと、ないですよ! それに、すっごく美人だし、ファッションも香水もカッコいいし……、なんで長谷川先輩みたいな人と、婚約なんてしちゃったんですか?」
「えーと、前半の褒め言葉はともかく……、幸二とは学生の頃から付き合ってて、居心地がよかったんだと思います。それに、以前は幸二以外の男性に、告白されたこともありませんでしたし……」
「じゃあ、きっとこれからは、素敵な出会いがありますよ!」
無邪気な笑みを浮かべる愛菜の顔に、なぜか誠の笑顔が重なった。
「あ……、すみません。ちょっと、無神経な発言でしたね……」
「いえいえ、そんなことないですよ! ただ、ちょっと愛菜さんの顔が、知り合いに似ていたような気がして……」
「え、知り合い?」
愛菜が首をかしげると同時に、テーブルの上に置かれたスマートフォンがガタガタと震えだした。その途端、愛菜の顔から、血の気が引いていく。
「野村さん、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫ですよ! ただ、ちょっと急用ができたんで、私はこれで失礼しますね! もう、変な男にひっかかっちゃだめですよ!」
そう言うやいなや、愛菜はスマートフォンを取って、逃げるように去っていった。
紗江子が呆然としていると、バッグの中から微かな振動を感じた。中を確認すると、スマートフォンに、誠からのメッセージが通知されている。
お疲れ様です。
直接対決の結果はどうでしたか?
直接対決という、終わってみれば大げさすぎる言葉に、思わず笑みが漏れた。
お疲れ様です。
無事に終わりましたよ。
返信すると、すぐさま笑顔を浮かべたウサギのイラストが返ってきた。
それなら、なによりです!
紗江子さんが傷ついていないか
すごく心配だったんですよ。
ご心配をおかけしてすみません。
彼女と直接話したら
いろんなことがふっきれました。
あの香水と神谷さんに
勇気をもらったおかげです。
そう言ってもらえると
すごく嬉しいです!
そうだ、よかったら
これから家に来ませんか?
色々なことがふっきれた
お祝いをしましょう。
そのメッセージに、返事を打つ指が止まった。幸二への想いが冷めた今、誠のもとへ行くのをためらう理由など、もう何もない。
ありがとうございます。
では、お言葉に甘えて
今から向かいますね。
メッセージにはすぐに、目を輝かせたウサギのイラストが返ってくる。
こちらこそ
ありがとうございます!
では、お待ちしていますね!
誠のメッセージに、それでは、と返して、紗江子はスマートフォンをバッグにしまった。
そして、席を立つと、颯爽とした足取りで店を出た。
その顔には、清々しい表情が浮かんでいた。
「あー、その感じだと、やっぱり誤解があったみたいですね」
「誤解?」
「はい。事情を説明したいんですけど、聞いてもらえますか?」
首をかしげた表情から、悪意は感じられない。
「……そう、ですね。何があったか、教えてください」
「分かりました。えーと、少し前まで長谷川先輩と同じプロジェクトに参加してたってところまでは、多分、知ってますよね?」
「ええ、そこで貴女と仲良くなった、と聞いていますが……」
婚約を破棄しても構わないと思うほどね。
そんなトゲのある言葉が浮かび、すぐに消えていった。どういうわけか、愛菜が苦々しい表情を浮かべているからだ。
「あー……、そんな話になってたんですか……」
「えーと、違うんですか?」
「違うっていうか……、たとえば、先輩と二人で難しいプロジェクトを任されたら、報告連絡相談はこまめにするようにしますよね?」
その質問に、決算の作業を思い出した。短期間に一円の狂いもなく数字をまとめなくてはならないため、何かあればすぐに美智代に報告をしていた。
「……そう、ですね」
「でしょ? それに、関係が険悪になったら支障がでるから、接するときはそれなりに気を使いますよね?」
「たしかに……、じゃあ、ひょっとして……」
「はい。言葉は悪いんですが、長谷川先輩、それをちょっと勘違いしちゃったみたいで……」
「ああ、そうだったんですか……」
なんとも言えない脱力感と虚無感が、胸に湧き上がった。それに続いて、そんな勘違いのために傷つけられたのか、という怒りも込みあがってくる。
「そうとは知らずに月曜日出社したら、いきなり『こっちの関係は清算できたから、もう大丈夫だよ』と、言われてしまい……」
「それは……、野村さんも災難でしたね……」
「はい……、最初はなんのことか分からなかったんですが、どうも私が先輩を好きだって話になってたみたいで……、私もう結婚してるのに」
「え!? そうだったんですか!?」
「はい。長谷川先輩も、そのこと知ってるんですよ」
「それなのに、野村さんに交際を迫ったんですか?」
「ええ。何度も冷静になってくださいって言って、最終的には迷惑ですってハッキリ伝えたんですが……、『君も本当は真実の愛に気づいてるはずだ』、の一点張りで……」
「それは……、重ね重ね申し訳ありません……」
「あははは……、岡本さんが謝ることじゃないですよ……」
愛菜はどこか遠い目で乾いた笑いを漏らしてから、アイスコーヒーを一口飲んだ。
「えーと、そういうわけで、もう仕事にかなりの支障がでてるので、まずは会社の相談窓口に訴えることにしたんですよ」
「それが賢明だと、私も思いますよ」
「ですよね。ただ、うちの会社、セクハラ関係にかなり厳しくて、降格とかもあり得るんですよ。だから、場合によっては、岡本さんにも迷惑がかかるかと思ったんですが……」
すべてが幸二の勘違いだと分かった今、よりを戻すという選択肢もあるのかもしれない。それでも、話を聞いているうちに、紗江子の気持ちはすっかりと冷めていた。
「いえ、訴えてくださって、一向に構いませんよ。先ほど言ったとおり、よりを戻すなんてことは、もうありませんから」
そう言いきると、愛菜が安心したように微笑んだ。
「それなら、よかったです。色々と、ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「いえいえ、気にしないでください。野村さんのせいじゃなかったわけですから」
「岡本さんって優しいんですね……、話すら聞いてもらえないまま、引っ叩かれることも覚悟してたのに……」
その言葉に、良心がほんの少しだけ痛んだ。本当は、幸二だけでなく誠のことも略奪されるかもしれない、などという不安を抱いていたのだから。
「いえ……、別に、優しくはないと思いますよ……」
「そんなこと、ないですよ! それに、すっごく美人だし、ファッションも香水もカッコいいし……、なんで長谷川先輩みたいな人と、婚約なんてしちゃったんですか?」
「えーと、前半の褒め言葉はともかく……、幸二とは学生の頃から付き合ってて、居心地がよかったんだと思います。それに、以前は幸二以外の男性に、告白されたこともありませんでしたし……」
「じゃあ、きっとこれからは、素敵な出会いがありますよ!」
無邪気な笑みを浮かべる愛菜の顔に、なぜか誠の笑顔が重なった。
「あ……、すみません。ちょっと、無神経な発言でしたね……」
「いえいえ、そんなことないですよ! ただ、ちょっと愛菜さんの顔が、知り合いに似ていたような気がして……」
「え、知り合い?」
愛菜が首をかしげると同時に、テーブルの上に置かれたスマートフォンがガタガタと震えだした。その途端、愛菜の顔から、血の気が引いていく。
「野村さん、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫ですよ! ただ、ちょっと急用ができたんで、私はこれで失礼しますね! もう、変な男にひっかかっちゃだめですよ!」
そう言うやいなや、愛菜はスマートフォンを取って、逃げるように去っていった。
紗江子が呆然としていると、バッグの中から微かな振動を感じた。中を確認すると、スマートフォンに、誠からのメッセージが通知されている。
お疲れ様です。
直接対決の結果はどうでしたか?
直接対決という、終わってみれば大げさすぎる言葉に、思わず笑みが漏れた。
お疲れ様です。
無事に終わりましたよ。
返信すると、すぐさま笑顔を浮かべたウサギのイラストが返ってきた。
それなら、なによりです!
紗江子さんが傷ついていないか
すごく心配だったんですよ。
ご心配をおかけしてすみません。
彼女と直接話したら
いろんなことがふっきれました。
あの香水と神谷さんに
勇気をもらったおかげです。
そう言ってもらえると
すごく嬉しいです!
そうだ、よかったら
これから家に来ませんか?
色々なことがふっきれた
お祝いをしましょう。
そのメッセージに、返事を打つ指が止まった。幸二への想いが冷めた今、誠のもとへ行くのをためらう理由など、もう何もない。
ありがとうございます。
では、お言葉に甘えて
今から向かいますね。
メッセージにはすぐに、目を輝かせたウサギのイラストが返ってくる。
こちらこそ
ありがとうございます!
では、お待ちしていますね!
誠のメッセージに、それでは、と返して、紗江子はスマートフォンをバッグにしまった。
そして、席を立つと、颯爽とした足取りで店を出た。
その顔には、清々しい表情が浮かんでいた。
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