婚約者にブランド香水の匂いが気に入らないと捨てられましたが、そのブランドに勤めるイケメン香水職人に溺愛されることになりました!

鯨井イルカ

文字の大きさ
12 / 18

真実と今後の身の振り方

しおりを挟む
 困惑する紗江子の前で、愛菜は苦笑したまま頬をかいた。

「あー、その感じだと、やっぱり誤解があったみたいですね」

「誤解?」

「はい。事情を説明したいんですけど、聞いてもらえますか?」

 首をかしげた表情から、悪意は感じられない。

「……そう、ですね。何があったか、教えてください」

「分かりました。えーと、少し前まで長谷川先輩と同じプロジェクトに参加してたってところまでは、多分、知ってますよね?」

「ええ、そこで貴女と仲良くなった、と聞いていますが……」

 婚約を破棄しても構わないと思うほどね。
 そんなトゲのある言葉が浮かび、すぐに消えていった。どういうわけか、愛菜が苦々しい表情を浮かべているからだ。

「あー……、そんな話になってたんですか……」

「えーと、違うんですか?」

「違うっていうか……、たとえば、先輩と二人で難しいプロジェクトを任されたら、報告連絡相談はこまめにするようにしますよね?」

 その質問に、決算の作業を思い出した。短期間に一円の狂いもなく数字をまとめなくてはならないため、何かあればすぐに美智代に報告をしていた。

「……そう、ですね」

「でしょ? それに、関係が険悪になったら支障がでるから、接するときはそれなりに気を使いますよね?」

「たしかに……、じゃあ、ひょっとして……」

「はい。言葉は悪いんですが、長谷川先輩、それをちょっと勘違いしちゃったみたいで……」

「ああ、そうだったんですか……」

 なんとも言えない脱力感と虚無感が、胸に湧き上がった。それに続いて、そんな勘違いのために傷つけられたのか、という怒りも込みあがってくる。

「そうとは知らずに月曜日出社したら、いきなり『こっちの関係は清算できたから、もう大丈夫だよ』と、言われてしまい……」

「それは……、野村さんも災難でしたね……」

「はい……、最初はなんのことか分からなかったんですが、どうも私が先輩を好きだって話になってたみたいで……、私もう結婚してるのに」

「え!? そうだったんですか!?」

「はい。長谷川先輩も、そのこと知ってるんですよ」

「それなのに、野村さんに交際を迫ったんですか?」

「ええ。何度も冷静になってくださいって言って、最終的には迷惑ですってハッキリ伝えたんですが……、『君も本当は真実の愛に気づいてるはずだ』、の一点張りで……」

「それは……、重ね重ね申し訳ありません……」

「あははは……、岡本さんが謝ることじゃないですよ……」

 愛菜はどこか遠い目で乾いた笑いを漏らしてから、アイスコーヒーを一口飲んだ。

「えーと、そういうわけで、もう仕事にかなりの支障がでてるので、まずは会社の相談窓口に訴えることにしたんですよ」

「それが賢明だと、私も思いますよ」

「ですよね。ただ、うちの会社、セクハラ関係にかなり厳しくて、降格とかもあり得るんですよ。だから、場合によっては、岡本さんにも迷惑がかかるかと思ったんですが……」

 すべてが幸二の勘違いだと分かった今、よりを戻すという選択肢もあるのかもしれない。それでも、話を聞いているうちに、紗江子の気持ちはすっかりと冷めていた。

「いえ、訴えてくださって、一向に構いませんよ。先ほど言ったとおり、よりを戻すなんてことは、もうありませんから」

 そう言いきると、愛菜が安心したように微笑んだ。

「それなら、よかったです。色々と、ご迷惑をおかけして、すみませんでした」

「いえいえ、気にしないでください。野村さんのせいじゃなかったわけですから」

「岡本さんって優しいんですね……、話すら聞いてもらえないまま、引っ叩かれることも覚悟してたのに……」

 その言葉に、良心がほんの少しだけ痛んだ。本当は、幸二だけでなく誠のことも略奪されるかもしれない、などという不安を抱いていたのだから。

「いえ……、別に、優しくはないと思いますよ……」

「そんなこと、ないですよ! それに、すっごく美人だし、ファッションも香水もカッコいいし……、なんで長谷川先輩みたいな人と、婚約なんてしちゃったんですか?」

「えーと、前半の褒め言葉はともかく……、幸二とは学生の頃から付き合ってて、居心地がよかったんだと思います。それに、以前は幸二以外の男性に、告白されたこともありませんでしたし……」

「じゃあ、きっとこれからは、素敵な出会いがありますよ!」

 無邪気な笑みを浮かべる愛菜の顔に、なぜか誠の笑顔が重なった。

「あ……、すみません。ちょっと、無神経な発言でしたね……」

「いえいえ、そんなことないですよ! ただ、ちょっと愛菜さんの顔が、知り合いに似ていたような気がして……」

「え、知り合い?」

 愛菜が首をかしげると同時に、テーブルの上に置かれたスマートフォンがガタガタと震えだした。その途端、愛菜の顔から、血の気が引いていく。

「野村さん、大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫ですよ! ただ、ちょっと急用ができたんで、私はこれで失礼しますね! もう、変な男にひっかかっちゃだめですよ!」

 そう言うやいなや、愛菜はスマートフォンを取って、逃げるように去っていった。
 紗江子が呆然としていると、バッグの中から微かな振動を感じた。中を確認すると、スマートフォンに、誠からのメッセージが通知されている。

  お疲れ様です。
  直接対決の結果はどうでしたか?

 直接対決という、終わってみれば大げさすぎる言葉に、思わず笑みが漏れた。

  お疲れ様です。
  無事に終わりましたよ。

 返信すると、すぐさま笑顔を浮かべたウサギのイラストが返ってきた。

  それなら、なによりです!
  紗江子さんが傷ついていないか
  すごく心配だったんですよ。


  ご心配をおかけしてすみません。
  彼女と直接話したら
  いろんなことがふっきれました。
  あの香水と神谷さんに
  勇気をもらったおかげです。

 
  そう言ってもらえると
  すごく嬉しいです!
  そうだ、よかったら
  これから家に来ませんか?
  色々なことがふっきれた
  お祝いをしましょう。


 そのメッセージに、返事を打つ指が止まった。幸二への想いが冷めた今、誠のもとへ行くのをためらう理由など、もう何もない。

  
  ありがとうございます。
  では、お言葉に甘えて
  今から向かいますね。

 
 メッセージにはすぐに、目を輝かせたウサギのイラストが返ってくる。


  こちらこそ
  ありがとうございます!
  では、お待ちしていますね!


 誠のメッセージに、それでは、と返して、紗江子はスマートフォンをバッグにしまった。
 そして、席を立つと、颯爽とした足取りで店を出た。

 その顔には、清々しい表情が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元婚約者が修道院送りになった令嬢を呼び戻すとき

岡暁舟
恋愛
「もう一度やり直そう」 そんなに上手くいくのでしょうか???

替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈
恋愛
ベルン皇国の辺境伯ソラティスが求めたのは、麗しき皇都の子爵令嬢レイアだった。 しかし、彼の元へ届けられたのは、身代わりに仕立て上げられた妹のラシーヌ。 容姿も性格も全く違う姉妹。 ​拒絶を覚悟したラシーヌだったが、ソラティスは緋色の瞳を向けて一つの「契約」を持ち掛けた。 その契約とは──? ソラティスの結婚の理由、街を守る加護の力。そして、芽生える一つの恋。それに怯える拙い拒み。 ※一部加筆修正済みです。

結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

四季
恋愛
結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

年下の婚約者から年上の婚約者に変わりました

チカフジ ユキ
恋愛
ヴィクトリアには年下の婚約者がいる。すでにお互い成人しているのにも関わらず、結婚する気配もなくずるずると曖昧な関係が引き延ばされていた。 そんなある日、婚約者と出かける約束をしていたヴィクトリアは、待ち合わせの場所に向かう。しかし、相手は来ておらず、当日に約束を反故されてしまった。 そんなヴィクトリアを見ていたのは、ひとりの男性。 彼もまた、婚約者に約束を当日に反故されていたのだ。 ヴィクトリアはなんとなく親近感がわき、彼とともにカフェでお茶をすることになった。 それがまさかの事態になるとは思いもよらずに。

捨てられた私は遠くで幸せになります

高坂ナツキ
恋愛
ペルヴィス子爵家の娘であるマリー・ド・ペルヴィスは来る日も来る日もポーションづくりに明け暮れている。 父親であるペルヴィス子爵はマリーの作ったポーションや美容品を王都の貴族に売りつけて大金を稼いでいるからだ。 そんな苦しい生活をしていたマリーは、義家族の企みによって家から追い出されることに。 本当に家から出られるの? だったら、この機会を逃すわけにはいかない! これは強制的にポーションを作らせられていた少女が、家族から逃げて幸せを探す物語。 8/9~11は7:00と17:00の2回投稿。8/12~26は毎日7:00に投稿。全21話予約投稿済みです。

処理中です...