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しあわせなけつまつ
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とある水曜日の夜、神谷誠は個室のレストランで食事を楽しんでした。
テーブルの向かいには、女性が食事に手もつけずにうつむいて座っている。
誠は女性に視線を向けると、フォークとナイフを置き、口元を拭いて微笑んだ。
「……どうしたの? せっかく愛菜が好きそうな店を選んだのに」
声をかけられた女性……、野村愛菜は顔を上げると、誠を睨みつけた。
「食事なんてどうでもいいから、早くあの写真のデータを消してよ」
「やれやれ。久しぶりに、兄妹水入らずで食事ができたっていうのに、せわしないんだから」
「いいから、早くして!」
「はいはい、分かりましたよ」
誠はスーツの内ポケットからスマートフォンを取りだし、画像フォルダを開いた。そこには、腕を組んでホテルに向かう男女の写真が、大量に保存されていた。男性の方はそれぞれ違う人物だったが、女性の方はすべて愛菜だ。しかも、中には今よりもずっと若く見える写真もある。
「それじゃあ、全部消すけど、本当に大丈夫かな?」
「当たり前でしょ! さっさとしてよ!」
「分かったから、そんなに怖い顔しないで」
愛菜ににらまれながら、骨張った細い指で写真を削除していく。楽しげな表情を浮かべながら、一枚一枚丁寧に。
しかし、ある写真の上で、指の動きは止まった。
「……なにモタモタしてるのよ?」
「ああ、ごめんごめん。この写真も消しちゃって良いのかなって思って。ほら、これ」
そんな言葉とともに、スマートフォンを見せつける。
そこには、笑顔を浮かべた幸二と愛菜が、ホテルに向かう様子が映し出されていた。
「婚約者がいる男性を寝取った記念だし、取っておきたい?」
「……っ、ふざけないで!」
怒鳴り声とともに、愛菜はテーブルを叩きつけた。しかし、誠は動じることなく、微笑みを浮かべている。
「ははは、ごめんごめん。ちょっとした、冗談だって」
「なにがちょっとした冗談よ!? 私にこんな役をさせておいて!」
「させておいて? 愛菜の方から、協力するって言ってくれたんじゃないか。あの男をたぶらかして社会的に追い込むのも、彼女の家の鍵をこっそり開けておくのも、全部」
「それは、あんたが脅迫してきたからでしょ!!」
「脅迫だなんて、酷いなあ。俺はただ、愛菜が結婚前にしてきたことの写真を持ってるって、言っただけだよ」
「それが脅迫だっていうのよ!」
「まあまあ、そう起こらないでって。ほら、これで全部の写真消したから。確認する?」
「ふん」
愛菜は見せられたスマートフォンを奪い取り、画面を睨みつけた。言葉通り、フォルダの中には一枚の写真も残っていない。
「……本当、みたいね」
「嫌だなあ、大切な妹に向かって、嘘なんて吐かないよ」
「……なにが大切よ。一方的に好きになった相手を手に入れるために、汚れ仕事をさせたくせに」
「だから、それは愛菜が自分から協力したいって言ったことだろ?」
「……」
繰り返された問答に、愛菜は深いため息を吐いた。これ以上、この話題を繰り返す意味はないだろう。
「でも、愛菜が協力してくれて、本当に助かったよ。紗江子さんをあんな下らない男から、救うことができたんだから」
「救う、ね」
恍惚とした表情を浮かべる誠に、愛菜は冷ややかな目を向けた。
「そもそも、あんたが邪魔をしなければ、二人でそれなりに幸せになってたんじゃないの」
「ふふふ、そんなことはないよ。彼女の隣にいるのは俺じゃなきゃだめだし、俺の隣にいるのは彼女じゃなきゃだめなんだ」
言葉を続けるうちに、端正な顔が徐々に歪んでいく。
「時間をかけて調べれば調べるほど、彼女は俺と一緒になる運命としか思えなかった。それなのに、あんな男が側にいて……、まあ、偶然にも愛菜と同じ会社に勤めてたのは幸いだったよ」
「こっちは、不幸以外のなにものでもなかったけど」
「そう、むくれないでくれよ。大変だったのかもしれないけど、正しい結末を迎えられたんだから」
「……どこが正しいんだか」
「正しいに決まってるじゃないか。彼女は毎日幸せそうにしているんだから。それに、彼女がいるおかげで、新作の香水作りも順調だし」
「ああ、そう」
投げやりな相槌をうち、愛菜はグラスの水を一口飲んだ。そして、再び誠を睨みつけた。
「……私が先輩が、あんたのことを全部バラしたら、彼女はどうするんでしょうね」
「べつに、どうもしないよ。彼女は俺の方を信じてくれるから」
「もしも、そうじゃなかったら?」
「まあ、その可能性はゼロだけど、そうだな……」
誠は口元に手を当てて、虚空を見つめた。それから、すぐに口元を歪めて微笑んだ。
「俺のことを信じてくれるまで、閉じ込めておくのもいいかもしれない。自由を奪って、愛情と快楽だけを与え続けて……、ふふふ、きっとすごく可愛らしい表情を見せてくれるんだろうな……」
「……そう」
愛菜は背中を粟立たせながら、悍ましい表情を浮かべる誠から目を反らした。
「虚ろな目をして、『愛してる』以外の言葉が言えなくなって……、そう考えると、バラしてもらうのも悪くないのかもしれないな……」
「……」
個室の中には、誠の幸せそうな声と愛菜が息を飲む音が響く。
勤め先で残業をする紗江子には、その様子を知るよしもない。
それでも、身をもって知る日は、そこまで遠くはないのかもしれない。
テーブルの向かいには、女性が食事に手もつけずにうつむいて座っている。
誠は女性に視線を向けると、フォークとナイフを置き、口元を拭いて微笑んだ。
「……どうしたの? せっかく愛菜が好きそうな店を選んだのに」
声をかけられた女性……、野村愛菜は顔を上げると、誠を睨みつけた。
「食事なんてどうでもいいから、早くあの写真のデータを消してよ」
「やれやれ。久しぶりに、兄妹水入らずで食事ができたっていうのに、せわしないんだから」
「いいから、早くして!」
「はいはい、分かりましたよ」
誠はスーツの内ポケットからスマートフォンを取りだし、画像フォルダを開いた。そこには、腕を組んでホテルに向かう男女の写真が、大量に保存されていた。男性の方はそれぞれ違う人物だったが、女性の方はすべて愛菜だ。しかも、中には今よりもずっと若く見える写真もある。
「それじゃあ、全部消すけど、本当に大丈夫かな?」
「当たり前でしょ! さっさとしてよ!」
「分かったから、そんなに怖い顔しないで」
愛菜ににらまれながら、骨張った細い指で写真を削除していく。楽しげな表情を浮かべながら、一枚一枚丁寧に。
しかし、ある写真の上で、指の動きは止まった。
「……なにモタモタしてるのよ?」
「ああ、ごめんごめん。この写真も消しちゃって良いのかなって思って。ほら、これ」
そんな言葉とともに、スマートフォンを見せつける。
そこには、笑顔を浮かべた幸二と愛菜が、ホテルに向かう様子が映し出されていた。
「婚約者がいる男性を寝取った記念だし、取っておきたい?」
「……っ、ふざけないで!」
怒鳴り声とともに、愛菜はテーブルを叩きつけた。しかし、誠は動じることなく、微笑みを浮かべている。
「ははは、ごめんごめん。ちょっとした、冗談だって」
「なにがちょっとした冗談よ!? 私にこんな役をさせておいて!」
「させておいて? 愛菜の方から、協力するって言ってくれたんじゃないか。あの男をたぶらかして社会的に追い込むのも、彼女の家の鍵をこっそり開けておくのも、全部」
「それは、あんたが脅迫してきたからでしょ!!」
「脅迫だなんて、酷いなあ。俺はただ、愛菜が結婚前にしてきたことの写真を持ってるって、言っただけだよ」
「それが脅迫だっていうのよ!」
「まあまあ、そう起こらないでって。ほら、これで全部の写真消したから。確認する?」
「ふん」
愛菜は見せられたスマートフォンを奪い取り、画面を睨みつけた。言葉通り、フォルダの中には一枚の写真も残っていない。
「……本当、みたいね」
「嫌だなあ、大切な妹に向かって、嘘なんて吐かないよ」
「……なにが大切よ。一方的に好きになった相手を手に入れるために、汚れ仕事をさせたくせに」
「だから、それは愛菜が自分から協力したいって言ったことだろ?」
「……」
繰り返された問答に、愛菜は深いため息を吐いた。これ以上、この話題を繰り返す意味はないだろう。
「でも、愛菜が協力してくれて、本当に助かったよ。紗江子さんをあんな下らない男から、救うことができたんだから」
「救う、ね」
恍惚とした表情を浮かべる誠に、愛菜は冷ややかな目を向けた。
「そもそも、あんたが邪魔をしなければ、二人でそれなりに幸せになってたんじゃないの」
「ふふふ、そんなことはないよ。彼女の隣にいるのは俺じゃなきゃだめだし、俺の隣にいるのは彼女じゃなきゃだめなんだ」
言葉を続けるうちに、端正な顔が徐々に歪んでいく。
「時間をかけて調べれば調べるほど、彼女は俺と一緒になる運命としか思えなかった。それなのに、あんな男が側にいて……、まあ、偶然にも愛菜と同じ会社に勤めてたのは幸いだったよ」
「こっちは、不幸以外のなにものでもなかったけど」
「そう、むくれないでくれよ。大変だったのかもしれないけど、正しい結末を迎えられたんだから」
「……どこが正しいんだか」
「正しいに決まってるじゃないか。彼女は毎日幸せそうにしているんだから。それに、彼女がいるおかげで、新作の香水作りも順調だし」
「ああ、そう」
投げやりな相槌をうち、愛菜はグラスの水を一口飲んだ。そして、再び誠を睨みつけた。
「……私が先輩が、あんたのことを全部バラしたら、彼女はどうするんでしょうね」
「べつに、どうもしないよ。彼女は俺の方を信じてくれるから」
「もしも、そうじゃなかったら?」
「まあ、その可能性はゼロだけど、そうだな……」
誠は口元に手を当てて、虚空を見つめた。それから、すぐに口元を歪めて微笑んだ。
「俺のことを信じてくれるまで、閉じ込めておくのもいいかもしれない。自由を奪って、愛情と快楽だけを与え続けて……、ふふふ、きっとすごく可愛らしい表情を見せてくれるんだろうな……」
「……そう」
愛菜は背中を粟立たせながら、悍ましい表情を浮かべる誠から目を反らした。
「虚ろな目をして、『愛してる』以外の言葉が言えなくなって……、そう考えると、バラしてもらうのも悪くないのかもしれないな……」
「……」
個室の中には、誠の幸せそうな声と愛菜が息を飲む音が響く。
勤め先で残業をする紗江子には、その様子を知るよしもない。
それでも、身をもって知る日は、そこまで遠くはないのかもしれない。
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