D県Y郡七篠町のおみせやさん

鯨井イルカ

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アナグマと、両面に絵が書いてあって両端にひもがついてる円いやつ

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 祖父がクリームチーズの角に頭をぶつけて死んだのは、今からたしか二年か三年くらい前だったと思う。その間、書類手続きやら関係性のよく分からない親戚とのあれこれやら、色々なことがあった。

 今はそんな面倒ごとも落ち着き、相続したこの家でそれなりに平穏な生活を送っている。
 
 D県Y郡七篠町。
 
 以前住んでいた場所から列車を乗り継ぎ四時間ほどの小さな町。
 夏でもうっすらと雪を被る山に囲まれてはいるが、都心行きの特急列車がとまる駅もあるし、大手スーパーマーケットもあるし、商店街もそれなりに栄えているしで不便は特にない。あと、なぜか小さな博物館がいたるところにあるから暇を潰す場所にも困らない。

 そんな町のはずれにある小さな洋館が私の家にして勤め先だ。

 一階の一部が雑貨屋になっていて、店内にはいつからあるのか分からないカップやら、陶器の人形やら、メラミンスポンジやら、モンキーレンチやら、やたら歯にくっつくお菓子やらそんなものが並んでいる。我ながらまったくよく分からない品揃えだが、晩年の祖父が店主だったころからこんな有様だったらしい。
 客足は、まあ、数あるこの手の雑貨屋と同じくらいのものだろう。

 そんな店で日がな一日ぼんやりと店内やら窓の外やらを眺めながら、ごく稀に年代物のレジスターを打ったりしているわけだが。


「すみません、おみせやさん。ヒイラギの葉っぱで買えるものってありますか?」


 ときおり愉快なお客様がやってくることもある。

 カウンターの前でどう見てもアナグマにしか見えない子供が、どう見ても肉球がついている手の上にとげとげした葉を乗せて立っている。

「確認してみるから、ちょっと待ってな」

「うん、ありがとございます」

 丸く小さな耳の生えた頭が深々とおじぎをする。
 この町に来たばかりのころはこういった類の客に驚きもした。それでも、特に悪さをするわけでもないしすぐに慣れた。

 ときおり突拍子がないことを言い出すこともあるが、対応方法はカウンターの引き出しにしまってある引き継ぎノートに残されている。慌てる必要もない。
 とはいっても、ヒイラギの葉と交換できるものはさすがにないだろう。そう思って引き出しから革表紙の分厚いノートを取り出して適当に開いたわけだが。

「えーと、ヒイラギの葉と交換できる商品は、窓際にある棚の引き出しのなか……?」

 あるのかよ、交換できるやつ。

「買えるものあるんですか?」

「あー、うん。なんかあるっぽい」

「わーい」

「ただ、一つ八枚からってなってるから……、あと三枚ある?」

「うん。もってきてます」

 肉球のついた手が半ズボンのポケットを探り、とげとげした葉を三枚取り出した。

「どうぞ」

「はーい、どうもね。それじゃあちょっと待ってて」

 受け取った葉を取り急ぎレジの横に置いて窓辺の棚に向かう。微妙に開けにくい引き出しの中にはカステラの缶が入っていた。持ちあげるとなにやら乾いた音がする。
 まさか某かの干からびた節足動物が入っていたりするのだろうか?
 アナグマって雑食性らしいし。

 これは見つからなかったことにしてしまいたい。

「……!」

 ためしに振り返ると、黒く円らな瞳がめちゃくちゃ輝きながらこっちを見つめている。
 ……子供の期待を裏切るのはよくないか。

「はーい。お待たせー」

 缶を小脇に抱えてカウンターに、戻ると小さな耳が軽く動いた。

「ありがとうございます。えと、これは?」

「よく分からないけど、葉っぱ八枚で中にあるもの一つと交換らしいよ。ということで、開けてみようか」

「はい……!」

 どうか、中身が精神衛生的に安全なものでありますように。

「せーの……?」

 意を決して蓋を開けると、中にはなんだかペラペラしたものが入っていた。えーとこれは、たしか。

「あの、これはなんですか?」

「あー、これは、ほら、あれだ。両面に絵が書いてあって両端にひもがついてる円いやつ」

「えーと、それは見て、わかる、のです、が?」

「それもそうか。ただ、正式名称がなんだったか……」

 ぶんぶんごまは、たしか遊び方は似ていても別物だった気がする。たしか、なんとかホープみたいな名前だったような。
 そうだ、あれだ、ビオトープ……は、たしかザリガニが紛れ込むと大変なことになるあれか。
 
 じゃあ、あれだろうかヨグソトー……

「え、えっと! ひとまず使い方を教えて教えてもらえますか?」

「あ、うん、そうか」

 とりあえず、正式名称はあとで電波のいいところにいって検索でもしよう。

「ちょっと待ってな」

 缶の中から表に金魚、裏に金魚鉢……、いや、裏に金魚鉢、表に金魚か……?
 ともかく金魚関連の絵が描かれた一枚をとりだし、紐を持ってぶんぶんごまの要領で回す。

「あ! 金魚が金魚バチに入りました!」

 黒く円らな瞳がまた輝いた。

「そうそう。回転がとまるとまた別々の絵に戻るよ」

「へー!」

「他にも絵柄があるから好きなの持っていきな」

「ありがとうございます!」

 フカフカの顔がふんふんと鳴らしながら缶の中を覗き込む。そして、ややあってから花と花瓶が裏表になっているものが選ばれた。

「じゃあ、これにします」

「はいよ。紙袋に入れる?」

「ううん。このままで大丈夫です」

 小さな耳の生えた頭がまた深々とおじぎをする。

「今日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそお買い上げありがとうございました」

「それじゃあ、おみせやさん、さようなら」

「おう。気をつけて帰れよー」

 アナグマの子供は足取り軽やかに店を出ていった。
 窓の外には淡く色づきはじめた空と雪の残る険しい山脈が見える。

 今日はこれ以上客も着そうにないし、両面に絵が書いてあって両端にひもがついてる円いやつの在庫でも増やしておくことにしよう。
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