君のハートに☆五寸釘!

鯨井イルカ

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今ひとたびの修羅場

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 川瀬社長に手を引かれながら人混みを走り抜け、社屋の入り口まで辿り着いた。息を整えていると、厳しい表情をした信田部長が僕達に追いつき、人混みで走ったことを叱られてしまった。そして、今はエレベーターホールに三人並んで、上りのエレベーターが到着するのを待っている。
 それにしても、川瀬社長達が登場してくれたおかげで、山本社長とのイザコザは最小限に収まってくれたのは良かった。でも、問答無用で会社まで引っ張られてしまったから、一条さんと話せずじまいになってしまった。
 さすがに、社長達との話が終わってから呼び出すのは難しいか……
 葉河瀨部長も送っていくって言ってたから……もう自宅に向かっているよね。
 でも、このままあの子を放っておくわけには……

「つきみん、吽形うんぎょうの金剛力士像みたいな顔になってるけど、何か怒ってる?」

 悩んでいると、不安げな表情の川瀬社長に声をかけられた。あの川瀬社長が不安そうにするということは、相当怖い顔をしてしまっていたみたいだね。

「あ、いいえ、そうじゃないですよ。ただ、今日は一条さんと少し話をする約束をしていたので、予定を変更する連絡を入れないといけないなと思いまして」

 川瀬社長に事情を説明していると、信田部長の眉がピクリと動いた。

「月見野君。それは、例の件についての話ということ?」

「はい。それで、直接話をし……」
「まあ、その件については、今日はハカセに任せとくと良いなりよ★」 

 信田部長の質問に答えていると、背後から聞こえた軽快な声に言葉を遮られた。三人して振り返ると、山伏の格好をした山口課長が楽しげな笑みを浮かべていた。山口課長は僕達の顔を眺めてから、腰に手を当てて頬を膨らませた。

「もう!三人して置いていくなんて酷いなり!」

「すみませんでした、山口課長。急に引っ張られてしまったので」
「悪かったわね。どこかの代表取締役が急に走り出したから、放っておくわけにいかなくて」

 少し言い訳をしながら信田部長と謝罪をすると、今度は川瀬社長が頬を膨らませた。

「あー!部長!そう言う言い方だと、私が悪いみたいじゃない!」

 川瀬社長が抗議すると、みたいじゃなくてそうでしょ、と言いながら、信田部長が深いため息を吐いた。その様子を見て、山口課長はケラケラと笑った。

「相変わらず、子育てが大変そうなりね★」

「返す言葉もないわね……それで、慧、ハカセに任せて大丈夫そうなの?」

 信田部長が不安げに尋ねると、顎の下に指をつけて、うーん、と声を出した。

「とりあえず、姫っちが大変なめに遭うだけだってことは分かってるみたいだし、丑の刻参りを続けさせるように勧めることだけは絶対ないと思うなりが……」

 山口課長はそこで言葉を止めると、深いため息を吐いた。

「……アイツも、ぶっ壊れてるからな。まあ、大丈夫かどうかは、五分五分ってとこだな」

 そして、通常よりも低い声で、脱力気味にそう言った。

「五分五分ですか……」

 思わず言葉を繰り返すと、山口課長は真剣な表情で頷いた。

「葉河瀨なら、感情に流されずに最善の方法を選択できるとは思うんだがな……」

 山口課長はそう言うと、唇に手を当てて思案するような表情を浮かべた。それと同時に、エレベーターが到着し、全員で乗り込んだ。
 山口課長の言う通り、葉河瀨部長なら冷静に適切な対処をしてくれとは思うけど……
 一条さんのことになると、歯止めが利かなくなっている気がするのも、確かなんだよね……
 そんなことを考えているうちに、エレベーターは目的の階に到着し、扉が開いた。
 そして……

「日神課長、すみません……よく確認もせずに、姫ちゃんを帰してしまって……」

「いや、三輪が気にすることではないけれども……葉河瀨め、戻って来たら覚えてろよ……」

 ……フラフラとした足取りで悪態をつく日神君と、蛍光灯を片手に申し訳なさそうな表情で付き添う三輪さんの姿が目に入った。
 えーと、日神君の口ぶりからすると、葉河瀨部長が何かしたってことだよね……

「前言撤回!大丈夫な可能性は二割強くらいなり★」

 落胆していると、山口課長がウインクをしながらそう言い放ち……

「……二割強でも、楽観的過ぎるかもしれないわね」

 ……信田部長はコメカミをおさえながら、深いため息を吐いた。うん、ため息も吐きたくなるよね、この状況だと。信田部長の態度に納得していると、川瀬社長が、ふーん、とかすかな声で呟いた。

「ねーねーひがみん!何があったの!?ハカセとケンカ!?」

 そして、無邪気な表情を浮かべて、日神君と三輪さんに駆け寄った。二人はこちらに気がつくと、姿勢を正し声を揃えて、お帰りなさい、と言ったあと、頭を下げた。

「ケンカというわけでは、ないのですけれども……」

「ちょっとした、アクシデントがあったみたいです……あと、至急応接室の蛍光灯を取り替える必要があります」

 日神君と三輪さんはそう言うと、二人同時に深いため息を吐いた。二人の様子を見て、信田部長はコメカミをおさえたまま、眉間にしわを寄せた。

「ひとまず、ハカセがまた勝手に社内の備品を改造したということは分かったわね」

 信田部長が、また、と口にしているということは、製品開発部の執務室にシャワルームを作った件もバレてるみたいだね。出勤途中にランニングするときには僕も使わせもらっているから、撤去ってことにはならないといいな……

「それで、ひがみん。姫っちはやっぱり、アタシらに呪いをかけた張本人だったの?」

 下らないことを考えていると、山口課長が単刀直入な質問をした。うん、現実逃避をしている場合ではないよね。

「立ち話ですませるわけにもいかないから、会議室で話を聞かせてもらえるかな?」

 僕が尋ねると、日神君はコクリと頷いた。

「かしこまりました。では、そちらでお話しいたします」

「あ、折角なら役員会議室を使おうよ!私が特別に許すから!」

 日神君が返事をすると、川瀬社長が得意げな表情で胸を張った。すると、日神君は気まずそうな表情を浮かべて、どうも、と言いながら頭を下げた。
 たしかに、川瀬社長が不在で他の会議室が使われているときに、こっそり使わせてもらってたから、気まずい表情にもなるよね……
 管理部の三人も同じように、気まずそうな表情を浮かべて川瀬社長から目を反らしている。

「あれ?みんな、表情が硬いけどどうしたの?」

 首を傾げる川瀬社長に向かって、全員で声合わせて、なんでもありません、と返した。すると、川瀬社長は訝しげな表情を浮かべて、そう、と呟いた。うん、今は役員会議室の無許可使用のことよりも、優先すべきことが沢山あるから、この対応がベストだよね!

 それから、内心冷や冷やしながらも、得意げな表情をした川瀬社長を先頭に役員会議室へと移動した。
 三輪さんは、応接室の蛍光灯を取り替えるから、ということで不参加となった。葉河瀨部長、一体蛍光灯に何をしたんだろう?

「では、改めて申し上げますが。先ほど申し上げた通り、丑の刻参りを行っていたのは一条さんで間違いありません。本人の口から、そう聞きましたから」

 本筋と関係ないことに気を取られていたけど、日神君の発言で現実に引き戻された。予想はついていたけど、やっぱり改めて言われると、悲しい気分になるね……
 感慨に耽っていると、信田部長が軽くため息を吐いた。

「そう。なら、ここまでは予想通りね」

「そうですね。それと、これ以上こちらの社員を呪うことはしない、とも言っていました」

 日神君が補足すると、信田部長は表情をやや和らげて、そう、と言いながら頷いた。

「それで、姫っちはなんでアタシ達を呪ったのか、教えてくれたなりか?」

 信田部長の言葉に続いて、山口課長が笑顔を浮かべながら首を傾げた。すると、日神君は軽く目を伏せた。

「はい。私達のことが、から呪った、とのことでした」

 日神君の言葉に、信田部長は眉を動かし、山口課長は顔から笑みを消し去った。

「日神、その言葉は、一条さん本人から聞いたの?」

 信田部長が真剣な目付きで問いかけると、日神君は無言で頷いた。

「それで、その言葉の信憑性はあるのか?」

 続けて山口課長が尋ねると、日神君は再び無言で頷いた。心なしか、肩が震えているような気がする。

「……彼女が嘘を言っているようには、思えませんでした」

 日神君が答えると、山口課長は苦々しい表情で、そうか、と呟いた。
 気に入らないから呪った、か……
 吉田と僕の予想とは少し違う回答だったけど、気に入らないという気持ちの引き金となってしまったのは、僕なのだろう。でも、一条さんが、これ以上丑の刻参りをするつもりはない、と言っていたのなら、不幸中の幸いかな。

「ねーねー、ひがみん、ちょっといい?」

 ほんの少しだけ安堵していると、川瀬社長が頬杖をつきながら首を傾げた。

「何でしょうか?社長」

「理由を話しているときの一条ちゃんって、目の色は何色だった?」

 社長が問いかけると、日神君は目を見開いてビクッと身を震わせた。

 一条さんの目の色……

 丑の刻参りをこれ以上しないと言ってくれたのなら、いつもと変わらず焦げ茶色のはず。
 いや、どうか、そうであって欲しい。

「……金泥の色をしていました」

 願いも虚しく、日神君の口からは、期待した色の名は出なかった。
 その代わり、ヒトとはかけ離れてしまったモノが持つ目の色が告げられた。
 途端に、信田部長と山口課長が落胆した表情でため息を吐いた。対して川瀬社長は、表情を少しも変えなかった。
 川瀬社長は、意外にこういった緊急事態に慣れてるよね……

「つきみん。私の番号教えるから、烏ノ森マネージャーに、電話して欲しいって伝えてくれる?」

 現実逃避気味に感心していると、川瀬社長はこちらを向いて首を傾げていた。

「はい。構いませんが……なぜ、川瀬社長がきょ……いえ、烏ノ森マネージャーにご連絡を?」

 僕が問い返すと、川瀬社長は屈託のない笑みを浮かべた。

「えーとね!このままだと、かなりまずいことになるから、先手を打っておこうと思って!」

 先手を打つ……か。
 その先手というのは、一条さんを止めるための手立て、ということで間違いなければいいな……
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