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なんとお詫びをすれば
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地下鉄の駅付近で山本社長の襲来を受け、不穏な空気になっていたのですが……
「いい歳したお爺ちゃんなんだから、一々若い子達に因縁つけないでよ!」
おみせやさんの川瀬社長が登場したことによって、空気が少し変わったように思えます。
ただ、命を狙われているというお話だったのに、本人が出てきてしまって大丈夫なのでしょうか?
「社長、仕方ないなりよ。山ン本は昔っから、美少年を怖がらせて楽しむ高度な変態さんなんだから★」
心配していると、川瀬社長の左隣に立った山伏姿の人物が楽しそうにそう言いました。声と口調からすると、山口課長みたいですね。先日お会いしたときとかなり印象が違ったため、はじめは誰だかか分かりませんでした。葉河瀨さんが言っていた、年齢性別共に不詳のエキセントリックな人物というのは、本当だったみたいですね……
「アンタも昔は老若男女に対して見境なく、同じようなことしてたでしょ」
若干失礼な感想を抱いていると、川瀬社長の右隣に立ったスーツ姿の女性が、呆れた表情でため息を吐きました。えーと、この方とはお会いしたことがなかったのですが、おみせやさんの社員さんということで間違いないですよね?
疑問に思っていると、女性は私の方に目を向けました。
「申し遅れました。私は株式会社おみせやさん管理部部長の、信田 かずら、と申します」
信田さんということは、先ほどの打ち合わせに、出席予定だった方ですよね……
「ご、ご丁寧に、ありがとうございます。私は、真木花株式会社の、一条 姫子と申します」
緊張しながら信田部長に自己紹介を返すと、ああ貴女が、という呟きが聞こえました。そう呟かれるということは、この方も私が何をしたかをご存知なのですね……
無表情で落ち着いた口調ですが、弊社の技術者達とは比べものにならないほどの威圧感がある気がします。この方にお叱りを受けたら、さぞ恐ろしい目に遭ってしまいそうです……
「ちなみに、彼女が弊社の最高権力者です」
自業自得とはいえ不安に思っていると、葉河瀨さんの声が聞こえました。たしかに、正直なところ川瀬社長よりも、なんというか威厳のある雰囲気がしますね……
葉河瀨さんの説明に納得していると、川瀬社長が頬を膨らませて、ムッとした表情を浮かべました。
「そんなことないもん!おみせやさんの代表取締役は私だもん!」
「そうだよ、葉河瀨君。たしかに、ちょっと信田部長は川瀬社長のお母さん、みたいなところはあるけど……」
「そうなりよ、ハカセ!代表取締役は社長で、部長は代表取締役を取り締まる役なり★」
ふくれっ面の川瀬社長に、月見野様と山口課長が声を合わせて、フォローのような止めの言葉を投げかけました。その途端、川瀬社長は頬を紅潮させながら腕をブンブンと振って、信田部長はこめかみを押さえながらため息を吐きました。
「つきみんも課長も酷い!私、ちゃんと代表取締役してるもん!」
「月見野君の発言には、返す言葉もないわね。それに、いっそのこと……慧の言うとおり、次の取締役会で役職を追加して、役員報酬でももらおうかしら」
今度は、川瀬社長と信田部長が声を合わせて、正反対とも取れるような発言をしました。
さきほど少しご一緒しただけの私が言えることでは、ないのかもしれませんが……川瀬社長を取り締まるとなると、さぞかし大変なのでしょうね……
「お・や・お・や、ま・さ・か・川・瀬・社・長・が・来・て・下・さ・る・と・は」
信田部長の心労を心配していると、やけに滑舌の良い山本社長の声が耳に入りました。そういえば、山本社長の襲来があって、お三方が登場したんでしたね……
山本社長が引きつりぎみの笑顔で声をかけると、川瀬社長は、しまった、と言いたげな表情を浮かべました。そして、小さく咳払いをすると、山本社長に向かって苦笑いを向けました。
「ごめん、山本。無視してたわけじゃないよ?」
川瀬社長が上目遣いで首を傾げると、山本社長はわざとらしい咳払いをしました。
「別に、そんなことで気分を害してはいませんよ?」
そうおっしゃっていますけど、あからさまに不機嫌な表情をなさってますよね……
「……一条君、何かな?」
失礼なことを考えながら見つめていると、山本社長が引きつった笑みをこちらに向けました。
「い、いえ!何でもございません!」
「こら、山本!女の子をいじめないの!そんなことより、私の命を狙ってたんでしょ?」
慌てふためいていると、川瀬社長が山本社長を叱責するように声を上げました。そうすると、山本社長は真顔に戻り、川瀬社長に向き直りました。
「その件でさ、明日そっちに言って直接話がしたいと思ってたけど、予定空けてもらえる?」
川瀬社長は落ち着いた声でそう言うと、無表情に首を傾げました。
「まあ、今ここでじっくり話させてもらっても、良いけどな?」
川瀬社長に続いて、山口課長が、先ほどよりずっと低い声で尋ねました。
信田部長は、無言でスーツの懐に手を入れています。
まさか、拳銃を取り出したりしないですよね?
でも、信田部長からは、かなりの殺気を感じますし……
張り詰めた空気に戸惑っていると、山本社長のため息が耳に入りました。
「命を狙っていると思われているのは、いささか心外ではありますが、この状況で山口課長と信田部長のお相手をするのは、多少分が悪いですね」
山本社長はそう言うと、川瀬社長に笑顔を向けました。
「それでは、明日の午前十時に弊社へお越しください。社員一同、心より歓迎いたしますので」
山本社長あからさまな脅し文句を口にすると、川瀬社長はにこりと微笑みました。
「ありがとう。じゃあ、楽しみにしてるから」
微笑む川瀬社長に対して、山本社長は軽く会釈をして踵を返しました。そして、少し歩みを進めると、不意に足を止めました。
「そうそう、一条君。今朝お願いした件、頼んだからね」
山本社長は振り返らずにそう言うと、いつの間にか復活していた人混みの中に紛れていきました。川瀬社長をお詣りの対象にしろ、という件のことなのでしょうが……承諾した覚えはないんですけどね……
「どうやら、今日はこれで一段落したようね」
不服に思っていると、ため息の混じった信田部長の声が聞こえました。
「三人とも、ありがとうございます。今回ばかりは、肝が冷えました……」
続いて、月見野様が額の汗を拭きながら、軽く頭を下げました。月見野様に、こんなに負担をかけてしまったなんて……
「あの……弊社の社長が、大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。本当に、なんとお詫びをすれば……」
「いやいやいや!一条さんが謝ることではないですよ!」
「そうですね。社長が引き起こしたトラブルの責任を社員が取る必要もないすから。もしそうなら俺は今頃、方々の関係者の元に土下座をする旅に出ているはずですし」
頭を下げていると、頭上から慌てた月見野様の声と、穏やかな葉河瀨さんの声が聞こえました。
「まあ、私や月見野君や日神あたりは、似たような挨拶回りをしたりするんだけどね……」
続いて、ため息が混じった信田部長の声も聞こえました。
「みんな酷いよ!そんなこと言うと、私が行く先々でトラブル起こしてるみたいじゃない!」
「まあ、あながち間違いではないなりね★」
恐る恐る顔を上げると、頬を膨らませた川瀬社長とケラケラと笑う山口課長の姿が目に入りました。なんというか……おみせやさんはの皆さんは、弊社と違ってフランクな関係なんですね。上下関係が厳しくて、社内の空気がギスギスしていることが多い弊社とは大違いですね……
「もういいもん!それより、つきみん!今後のことについて、相談しておきたいからちょっと時間ちょうだい!」
少し羨ましく思っていると、川瀬社長が月見野様の手を取って、おみせやさんの方向に走り出しました。
「わっ!?しゃ、社長!僕はこれから、いちじょ……」
「社長。一条さんは俺が送っていくので、月見野部長のことをよろしくお願いします」
月見野様の言葉を遮るように、葉河瀨さんが声をかけました。そうすると、川瀬社長のは、分かったー、と声を上げながら、月見野様を連れて走り去っていってしまいました。
「こら!二人とも!人混みで走ったら危ないでしょ!」
信田部長は二人に向かって叱責の言葉をかけながら、早足でその後を追っていきます。
「んー、まいったなりねー。本当はこの機会に姫っちに色々聞きたかったんだけど、社長の言う相談にはアタシもいないとまずそうだしー」
山口課長はそう言うと、頭を掻きながら私に視線を向けました。心なしか、目付きが先ほどよりも、鋭くなっている気がします。山口課長の目には、山本社長よりも私の方が危険だと写っているのかもしれませんね。たしかに、まったくもって、反論することはできないのですが……
「……朝のミーティングの件なら、先ほどの打ち合わせで事情を聞いたので、社に戻り次第俺から報告しますよ」
自己嫌悪に陥っていると、葉河瀨さんがあくび混じりの声を山口課長に投げかけました。そうすると、山口課長は鋭い視線を葉河瀨さんに向け、ふぅん、と呟きました。
「ま、それなら、そっちは任せることにするさ。お前は昔の月見野と違って、守るべきものを間違えたりしてないみたいだからな。ただ……」
山口課長はそこで言葉を止めると、深く息を吸い込みました。
「守り方、間違えんなよ?」
「……別に、貴方に言われなくても、そのつもりです」
鋭い目付きをした山口課長の言葉に、葉河瀨さんは少し間を置いてから答えました。
葉河瀨さんの守りたいもの、というのは……話の流れからすると、私のことなのでしょうか?
でも、葉河瀨さんがなぜ私を守りたいと思うのか、その理由がやっぱり分かりません……
悩んでいると、山口課長は、そうか、と呟いて、踵を返しました。
「それじゃ、アタシは一足先に社に戻るなり。あ、そうそう、ハカセ。送り狼になっちゃだめなりよ★」
「余計なお世話です!」
珍しく葉河瀨さんが大きな声を上げると、山口課長は振り返ることなく、はいはい、と呟いて人混みの中に消えていきました。これで、残ったのは私と葉河瀨さんだけになりました。
月見野様とのお話ができずじまいになってしまったので、後で予定変更の連絡をしないといけませんね……
「……色々と、お疲れ様でした」
都合の良い時間はいつ頃かと悩んでいると、どこか脱力した葉河瀨さんの声が耳に入りました。
「あ、いえ。こちらこそ、山本共々、大変ご迷惑をおかけしました……」
慌てて頭を下げると、気にしないでください、という優しい声が聞こえました。顔を上げると、葉河瀨さんは声に違わず、優しい表情で微笑んでいます。
「それより、どこまで送っていきましょうか?色々とあって不安でしょうから、一条さんの望むところまでは送っていきますよ」
えーと……たしかに、山本社長がまた接触してこないか、不安ではありますし……日神さんとの打ち合わせも逃げるように、出てきてしまったので不安ではありますね……
それに、葉河瀨さんには、色々とお聞きしたいこともあります。
昨日の発言の真意だとか
なぜ、私なんかに親切にしてくださるのか、だとか
なぜ、私なんかの味方で居ると言ってくださるのか、だとか
山本社長が言っていた、右目の思い出とは何なのかとか……
最後の疑問は、私が踏み込んで良いことではないのかもしれませんが……
「すみません。差し出がましかったですね」
逡巡していると、葉河瀨さんは淋しそうに笑いながらそう言いました。
いけません。優しくしてくださる方に、こんな淋しそうな表情をさせてしまうなんて!
「す、すみません!そうじゃないんです!ただ、少し気になることがあったので……」
「気になること?」
慌てて否定すると、葉河瀨さんは軽く首を傾げました。
えーと、少しというか、とても沢山の気になることがあるのですが……
ひとまず、誤解を解くために、一番無難そうなことを聞いてみなくては……
「はい。えーと……先ほど、山口課長が言っていた、送り狼、というのは、どういう意味なのでしょうか?」
聞き慣れない言葉を尋ねてみると、葉河瀨さんは首を傾げたまま動きを止めてしまいました。
えーと……あまり、良い意味の言葉ではなかったのでしょうか……?
「あー……まあ、なんというか……今は気にしないでいただけると、ありがたいと言いますか……」
葉河瀨さんは言葉を詰まらせながらそう言うと、気まずそうに頬を掻きました。
「す、すみません!答えづらいことを聞いてしまったみたいで……」
慌てて謝ると、いえ、という力ない呟きが耳に入りました。
こういうときに、選択肢を間違えない判断力を身につけないといけないみたいですね……
「いい歳したお爺ちゃんなんだから、一々若い子達に因縁つけないでよ!」
おみせやさんの川瀬社長が登場したことによって、空気が少し変わったように思えます。
ただ、命を狙われているというお話だったのに、本人が出てきてしまって大丈夫なのでしょうか?
「社長、仕方ないなりよ。山ン本は昔っから、美少年を怖がらせて楽しむ高度な変態さんなんだから★」
心配していると、川瀬社長の左隣に立った山伏姿の人物が楽しそうにそう言いました。声と口調からすると、山口課長みたいですね。先日お会いしたときとかなり印象が違ったため、はじめは誰だかか分かりませんでした。葉河瀨さんが言っていた、年齢性別共に不詳のエキセントリックな人物というのは、本当だったみたいですね……
「アンタも昔は老若男女に対して見境なく、同じようなことしてたでしょ」
若干失礼な感想を抱いていると、川瀬社長の右隣に立ったスーツ姿の女性が、呆れた表情でため息を吐きました。えーと、この方とはお会いしたことがなかったのですが、おみせやさんの社員さんということで間違いないですよね?
疑問に思っていると、女性は私の方に目を向けました。
「申し遅れました。私は株式会社おみせやさん管理部部長の、信田 かずら、と申します」
信田さんということは、先ほどの打ち合わせに、出席予定だった方ですよね……
「ご、ご丁寧に、ありがとうございます。私は、真木花株式会社の、一条 姫子と申します」
緊張しながら信田部長に自己紹介を返すと、ああ貴女が、という呟きが聞こえました。そう呟かれるということは、この方も私が何をしたかをご存知なのですね……
無表情で落ち着いた口調ですが、弊社の技術者達とは比べものにならないほどの威圧感がある気がします。この方にお叱りを受けたら、さぞ恐ろしい目に遭ってしまいそうです……
「ちなみに、彼女が弊社の最高権力者です」
自業自得とはいえ不安に思っていると、葉河瀨さんの声が聞こえました。たしかに、正直なところ川瀬社長よりも、なんというか威厳のある雰囲気がしますね……
葉河瀨さんの説明に納得していると、川瀬社長が頬を膨らませて、ムッとした表情を浮かべました。
「そんなことないもん!おみせやさんの代表取締役は私だもん!」
「そうだよ、葉河瀨君。たしかに、ちょっと信田部長は川瀬社長のお母さん、みたいなところはあるけど……」
「そうなりよ、ハカセ!代表取締役は社長で、部長は代表取締役を取り締まる役なり★」
ふくれっ面の川瀬社長に、月見野様と山口課長が声を合わせて、フォローのような止めの言葉を投げかけました。その途端、川瀬社長は頬を紅潮させながら腕をブンブンと振って、信田部長はこめかみを押さえながらため息を吐きました。
「つきみんも課長も酷い!私、ちゃんと代表取締役してるもん!」
「月見野君の発言には、返す言葉もないわね。それに、いっそのこと……慧の言うとおり、次の取締役会で役職を追加して、役員報酬でももらおうかしら」
今度は、川瀬社長と信田部長が声を合わせて、正反対とも取れるような発言をしました。
さきほど少しご一緒しただけの私が言えることでは、ないのかもしれませんが……川瀬社長を取り締まるとなると、さぞかし大変なのでしょうね……
「お・や・お・や、ま・さ・か・川・瀬・社・長・が・来・て・下・さ・る・と・は」
信田部長の心労を心配していると、やけに滑舌の良い山本社長の声が耳に入りました。そういえば、山本社長の襲来があって、お三方が登場したんでしたね……
山本社長が引きつりぎみの笑顔で声をかけると、川瀬社長は、しまった、と言いたげな表情を浮かべました。そして、小さく咳払いをすると、山本社長に向かって苦笑いを向けました。
「ごめん、山本。無視してたわけじゃないよ?」
川瀬社長が上目遣いで首を傾げると、山本社長はわざとらしい咳払いをしました。
「別に、そんなことで気分を害してはいませんよ?」
そうおっしゃっていますけど、あからさまに不機嫌な表情をなさってますよね……
「……一条君、何かな?」
失礼なことを考えながら見つめていると、山本社長が引きつった笑みをこちらに向けました。
「い、いえ!何でもございません!」
「こら、山本!女の子をいじめないの!そんなことより、私の命を狙ってたんでしょ?」
慌てふためいていると、川瀬社長が山本社長を叱責するように声を上げました。そうすると、山本社長は真顔に戻り、川瀬社長に向き直りました。
「その件でさ、明日そっちに言って直接話がしたいと思ってたけど、予定空けてもらえる?」
川瀬社長は落ち着いた声でそう言うと、無表情に首を傾げました。
「まあ、今ここでじっくり話させてもらっても、良いけどな?」
川瀬社長に続いて、山口課長が、先ほどよりずっと低い声で尋ねました。
信田部長は、無言でスーツの懐に手を入れています。
まさか、拳銃を取り出したりしないですよね?
でも、信田部長からは、かなりの殺気を感じますし……
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「命を狙っていると思われているのは、いささか心外ではありますが、この状況で山口課長と信田部長のお相手をするのは、多少分が悪いですね」
山本社長はそう言うと、川瀬社長に笑顔を向けました。
「それでは、明日の午前十時に弊社へお越しください。社員一同、心より歓迎いたしますので」
山本社長あからさまな脅し文句を口にすると、川瀬社長はにこりと微笑みました。
「ありがとう。じゃあ、楽しみにしてるから」
微笑む川瀬社長に対して、山本社長は軽く会釈をして踵を返しました。そして、少し歩みを進めると、不意に足を止めました。
「そうそう、一条君。今朝お願いした件、頼んだからね」
山本社長は振り返らずにそう言うと、いつの間にか復活していた人混みの中に紛れていきました。川瀬社長をお詣りの対象にしろ、という件のことなのでしょうが……承諾した覚えはないんですけどね……
「どうやら、今日はこれで一段落したようね」
不服に思っていると、ため息の混じった信田部長の声が聞こえました。
「三人とも、ありがとうございます。今回ばかりは、肝が冷えました……」
続いて、月見野様が額の汗を拭きながら、軽く頭を下げました。月見野様に、こんなに負担をかけてしまったなんて……
「あの……弊社の社長が、大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。本当に、なんとお詫びをすれば……」
「いやいやいや!一条さんが謝ることではないですよ!」
「そうですね。社長が引き起こしたトラブルの責任を社員が取る必要もないすから。もしそうなら俺は今頃、方々の関係者の元に土下座をする旅に出ているはずですし」
頭を下げていると、頭上から慌てた月見野様の声と、穏やかな葉河瀨さんの声が聞こえました。
「まあ、私や月見野君や日神あたりは、似たような挨拶回りをしたりするんだけどね……」
続いて、ため息が混じった信田部長の声も聞こえました。
「みんな酷いよ!そんなこと言うと、私が行く先々でトラブル起こしてるみたいじゃない!」
「まあ、あながち間違いではないなりね★」
恐る恐る顔を上げると、頬を膨らませた川瀬社長とケラケラと笑う山口課長の姿が目に入りました。なんというか……おみせやさんはの皆さんは、弊社と違ってフランクな関係なんですね。上下関係が厳しくて、社内の空気がギスギスしていることが多い弊社とは大違いですね……
「もういいもん!それより、つきみん!今後のことについて、相談しておきたいからちょっと時間ちょうだい!」
少し羨ましく思っていると、川瀬社長が月見野様の手を取って、おみせやさんの方向に走り出しました。
「わっ!?しゃ、社長!僕はこれから、いちじょ……」
「社長。一条さんは俺が送っていくので、月見野部長のことをよろしくお願いします」
月見野様の言葉を遮るように、葉河瀨さんが声をかけました。そうすると、川瀬社長のは、分かったー、と声を上げながら、月見野様を連れて走り去っていってしまいました。
「こら!二人とも!人混みで走ったら危ないでしょ!」
信田部長は二人に向かって叱責の言葉をかけながら、早足でその後を追っていきます。
「んー、まいったなりねー。本当はこの機会に姫っちに色々聞きたかったんだけど、社長の言う相談にはアタシもいないとまずそうだしー」
山口課長はそう言うと、頭を掻きながら私に視線を向けました。心なしか、目付きが先ほどよりも、鋭くなっている気がします。山口課長の目には、山本社長よりも私の方が危険だと写っているのかもしれませんね。たしかに、まったくもって、反論することはできないのですが……
「……朝のミーティングの件なら、先ほどの打ち合わせで事情を聞いたので、社に戻り次第俺から報告しますよ」
自己嫌悪に陥っていると、葉河瀨さんがあくび混じりの声を山口課長に投げかけました。そうすると、山口課長は鋭い視線を葉河瀨さんに向け、ふぅん、と呟きました。
「ま、それなら、そっちは任せることにするさ。お前は昔の月見野と違って、守るべきものを間違えたりしてないみたいだからな。ただ……」
山口課長はそこで言葉を止めると、深く息を吸い込みました。
「守り方、間違えんなよ?」
「……別に、貴方に言われなくても、そのつもりです」
鋭い目付きをした山口課長の言葉に、葉河瀨さんは少し間を置いてから答えました。
葉河瀨さんの守りたいもの、というのは……話の流れからすると、私のことなのでしょうか?
でも、葉河瀨さんがなぜ私を守りたいと思うのか、その理由がやっぱり分かりません……
悩んでいると、山口課長は、そうか、と呟いて、踵を返しました。
「それじゃ、アタシは一足先に社に戻るなり。あ、そうそう、ハカセ。送り狼になっちゃだめなりよ★」
「余計なお世話です!」
珍しく葉河瀨さんが大きな声を上げると、山口課長は振り返ることなく、はいはい、と呟いて人混みの中に消えていきました。これで、残ったのは私と葉河瀨さんだけになりました。
月見野様とのお話ができずじまいになってしまったので、後で予定変更の連絡をしないといけませんね……
「……色々と、お疲れ様でした」
都合の良い時間はいつ頃かと悩んでいると、どこか脱力した葉河瀨さんの声が耳に入りました。
「あ、いえ。こちらこそ、山本共々、大変ご迷惑をおかけしました……」
慌てて頭を下げると、気にしないでください、という優しい声が聞こえました。顔を上げると、葉河瀨さんは声に違わず、優しい表情で微笑んでいます。
「それより、どこまで送っていきましょうか?色々とあって不安でしょうから、一条さんの望むところまでは送っていきますよ」
えーと……たしかに、山本社長がまた接触してこないか、不安ではありますし……日神さんとの打ち合わせも逃げるように、出てきてしまったので不安ではありますね……
それに、葉河瀨さんには、色々とお聞きしたいこともあります。
昨日の発言の真意だとか
なぜ、私なんかに親切にしてくださるのか、だとか
なぜ、私なんかの味方で居ると言ってくださるのか、だとか
山本社長が言っていた、右目の思い出とは何なのかとか……
最後の疑問は、私が踏み込んで良いことではないのかもしれませんが……
「すみません。差し出がましかったですね」
逡巡していると、葉河瀨さんは淋しそうに笑いながらそう言いました。
いけません。優しくしてくださる方に、こんな淋しそうな表情をさせてしまうなんて!
「す、すみません!そうじゃないんです!ただ、少し気になることがあったので……」
「気になること?」
慌てて否定すると、葉河瀨さんは軽く首を傾げました。
えーと、少しというか、とても沢山の気になることがあるのですが……
ひとまず、誤解を解くために、一番無難そうなことを聞いてみなくては……
「はい。えーと……先ほど、山口課長が言っていた、送り狼、というのは、どういう意味なのでしょうか?」
聞き慣れない言葉を尋ねてみると、葉河瀨さんは首を傾げたまま動きを止めてしまいました。
えーと……あまり、良い意味の言葉ではなかったのでしょうか……?
「あー……まあ、なんというか……今は気にしないでいただけると、ありがたいと言いますか……」
葉河瀨さんは言葉を詰まらせながらそう言うと、気まずそうに頬を掻きました。
「す、すみません!答えづらいことを聞いてしまったみたいで……」
慌てて謝ると、いえ、という力ない呟きが耳に入りました。
こういうときに、選択肢を間違えない判断力を身につけないといけないみたいですね……
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