君のハートに☆五寸釘!

鯨井イルカ

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失敗していたのならば

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 頭が痛い。

 呼吸が苦しい。

 体の節々が鈍く痛む。

 意識を失って倒れたはずなのに、苦しさがずっと続いています。
 せめて、目覚めることができれば、救急車を呼ぶなりできるのでしょうが……

 目の前にあるのは、蝋燭の並んだ小さな台。
 台の中央に置かれた、スマートフォン。
 それ以外の物は、何も無い真っ暗な空間。

 ……これは、間違い無く夢の中ですよね。スマートフォンだけが、やけに現実的で少し拍子抜けしますが。
 そんなことを考えていると、スマートフォンがガタガタと震え出しました。画面を見えると、実家の電話番号が表示されています。
 夢とはいえ、放っておくわけにもいかないですよね……

「はい。姫子です」

「ああ、姫子?久しぶりね」

 通話に出ると、スピーカーから母の声が聞てきました。

「お久しぶりです。急に電話なんて、どうかしたんですか?」

 尋ねてみると、スピーカーから深い溜め息が聞ました。

「どうかしたも何も、あなた、こっちから手紙や生活必需品を送っても、何も連絡をよこさないじゃない。それに、務め始めてから、こっちに全く顔を出していないし」

「それは……」

 耳が痛い言葉を受けて、回答に詰まってしまいました。
 実家に連絡を入れても、次に顔を見せるのはいつなのか、とか、いつになったら家業を継ぐつもりだ、という気が滅入る話になるだけですから……ただ、そんなことを正直に伝えて良いものか分からないですね。
 言葉に詰まっていると、スピーカーから再び溜め息が聞ました。

「それなのに、今朝はあなたの勤め先から、連絡がつかないけど何か知らないか、なんて連絡が来るし……」

 夢にしては、現実的過ぎる発言ですね……
 ああ、でも、早く目覚めて、体調不良で遅れるなり、欠勤するなりという連絡を入れないと……現実でも、始業時間が過ぎていて、烏ノ森マネージャーがご立腹している可能性もありますから。
 不意に、烏ノ森マネージャーの怒りに満ちた声を想像し、胃の辺りが締め付けられるように痛みました。
 いっそのこと、このまま目が覚めない方が幸せなのかもしれません……

「ちょっと、姫子。聞いているの?」

 自堕落なことを考えていると、スピーカーから苛立った母の声が聞ました。

「すみません。ちょっと、体調が悪かったので……会社には、すぐに連絡します」

「体調が悪い?」

「あ、はい。最近、少し寝不足が続いていたので……」

 私が答えると、スピーカーから息を飲む音が聞ました。

「姫子……あなた、まさか、お詣りを続てしているわけじゃないわよね?」

「それは……」

 母の質問に、またしても答えに詰まってしまいました。

「姫子、どうなの?」

「別に……七日続たわけじゃないですから……」

 苦し紛れに答えると、スピーカーからまたしても溜め息が聞て来ました。

「そう。なら、良いのだけど……本当に、七日続てお詣りをするとか、自分の感情にまかせてお詣りをするとかは、やめてちょうだいね?あなたの体にも、負担がかかるのだから」

「そう……ですね……」

 母の言葉に、戸惑いながらも返事をしました。
 母は今まで、私がどうなるか、というよりも、家業をいかに継続させるかに執心していましたから……私の体を気遣うような言葉が出たのは意外です。
 戸惑っていると、スピーカーの向こうから軽く息を吸い込む音が聞ました。

「それに、折角、一夜で呪いを完遂できるような子供を産んだというのに、いつまで経っても家業を継がないうえに、鬼を出したなんて話になったら、家の人たちに何を言われるか……」

 ……まあ、そうですよね。
 この人が考えているのは、私の体がどうなってしまうか、ではなく、私がどうにかなって家業や自分の評価に悪影響が出ないかどうかですから。
 きっと、母も祖父母や親戚の方々から同じような扱いを受けてきたから、こういう発言しか出ないのでしょうけど……少しだけ、虚しくなります。家業を継げないのなら、私には価値がないと言われているようなものですから。
 実際、その通りではあるのですが……

「姫子、聞いているの?」

 少しだけ落胆していましたが、スピーカーから聞る声に我に返りました。

「はい。聞てます」

 煩わしいと思いながらも返事をすると、そう、という声が聞ました。 

「ともかく、家の名を汚すようなことだけはしないようしてちょうだいね?」

 ……夢とは言え、心の通わない人と話をするのは、疲れるものですね。

「そうですね。気をつけます。では、これで」

 そう言いながら、一方的に通話を切りました。スピーカーから、慌てた母の声が聞た気がしましたが、気にしないことにしましょう。
 思わず溜め息を吐きながら、スマートフォンを台の上に戻しました。
 体の痛みは段々と薄れてきましたが、辺りの様子には一向に変化がありません。

 それにしても、そろそろ、目が覚めて欲しいのですが……
 このままだと、本当に会社への連絡が遅れてしまいそうですし……

 そんなことを考えていると、再び台の上に置いたスマートフォンが震え出しました。画面には、葉河瀨さんの電話番号が表示されています。
 
  なら、彼がどんな目に遭ったとしても、君には関係ないよね。

 不意に、昨夜山本社長から告げられた言葉を思い出してしまいました。
 まさか、葉河瀨さんに何かあったのでしょうか?
 でも、山本社長には、お詣りをする旨の返事をしましたし……
 それに、お詣りの対象にしたので、葉河瀨さんに被害が出ていることはないはず……
 でも、もしもお詣りが失敗していたのならば……

「葉河瀨さん!ご無事ですか!?」

 通話に出るとともに、思わず質問したところ……

「え……?あ、はい。日神に叱られてちょっとへこんでますが、無事は無事ですが……」

 ……困惑した葉河瀨さんの声が聞てきました。たしかに、開口一番に、無事かどうか聞かれた、困惑もしますよね。
 夢とはいえ、またしても葉河瀨さんを困らせてしまいました……

「す、すみません、急に変な質問をしてしまって!昨日、気がかりなことがあったので……つい……」

「そうだったんですか。一条さんに心配していただけるなら、光栄ですよ」

 思わず頭を下げていると、スマートフォンから穏やかな声が聞ました。

「それに、俺の方も一条さんが無事かどうか聞こうと思っていましたから。月見野さんから、体調を崩したと聞いたので……」

「そうでしたか……ご心配をおかけしてしまって、申し訳ないです……」

「いえいえ。それよりも、体調の方はどうですか?」

 スピーカー越しの葉河瀨さんの声は、とても不安げに聞ました。正直、もの凄く体調が悪いのですが……これ以上、ご心配をおかけするわけにはいきませんよね。

「えーと……少し、フラフラしますが。なんとか、大丈夫です」

「なら、良かった……」

 ごまかしながら答えると、葉河瀨さんは安心したような声でそう言いました。
 その声に、胸の辺りが締め付けられるように痛みました。

「えーと、これから月見野さんが、そちらに伺う予定なのですが……もしも本調子ではないなら、引き返すように伝えましょうか?」

 突然の痛みに戸惑っていると、更に戸惑うような言葉がスピーカーから聞ました。

「え!?つ、月見野様が!?何故ですか!?」

「あ、はい。体調が悪いということなので、こちらに来てもらうのではなく、そちらに向かった方が負担にならないと考えたようですが……」

「そう……でしたか……」

 えーと……夢、だとは思うのですが……月見野様にも、多大なるご迷惑をおかけしてしまったみたいですね……

「それならば、ちゃんとお話をしますので、引き返すように伝えていただかなくても大丈夫です……」

「そうですか。なら、話し合いが上手くいくことと……一条さんの思いが成就することを願ってます」

「え?」

 意外な言葉に、思わず声を上げてしまいました。

「意外そうな声をしていますが、どうかしましたか?」

 戸惑っていると、訝しげな葉河瀨さんの声が耳に入りました。どうかしましたかも、なにも……

「えーと、その……私が言うのも変な話なのかもしれませんが……それだと、葉河瀨さんの思いは……成就しないということになってしまうのではないでしょうか?」

 恐る恐る尋ねてみると、ああ、という穏やかな声が聞ました。

「たしかに、そうですね。でも、一条さんに幸せでいて欲しいというのが、俺の一番の願いですから」

「幸せ、ですか……」

「はい……まあ、正直に言うと、その隣に俺も居たいとも思っていますが」

 葉河瀨さんは穏やかな、でも少し淋しそうな声でそう言いました。
 
 ……葉河瀨さんの声を聞いていると、勘違いしてしまいそうになります。
 私にも、何か価値があるのだと。

「俺にとって、貴女は特別な人ですから」

 思わず、昨日の決心も忘れて、穏やかな言葉に縋ってしまいたくなります。

 でも……

 家業からは逃げだし、仕事では叱られてばかり。
 呪いで人を傷つけ、反動で動けなくなるくらい体調を崩す。
 おまけに、面倒な実家つき……
 
 ……誰かの隣に居る資格なんて、私にはなさそうです。
 ならば、せめて……

 スマートフォンを強く握りしめると、辺りの景色がぐにゃりと歪んだ気がしました。

「……一条さん?」

 スピーカーからは、葉河瀨さんの不安げな声が聞ます。

「すみません……少し、目眩がして……」

「そうですか……なら、月見野さんがそちらにつくまで、休んでいてください」

「はい……ありがとうございます……それでは……」

 そう言って通話を切ると、辺りはすっかりと明るくなっていました。
 天井を見上げるとシャンデリアを模した照明が目に入り、足下に目を向けると毛足の長い絨毯が敷かれているのが見えます。
 それと……

「やあ、一条君。待っていたよ」

 紫檀の机に頬杖をついて、ニヤけた笑みを浮かべた山本社長が目に入りました。
 
 お詣りをしたわりには、顔色も良く、体調を崩しているようには見えません……

「早速だけど、これから川瀬社長がいらっしゃるから、君は……」

 それだけでなく、ニヤけた笑みのまま、何かベラベラと喋っています。
 お詣りは上手くいかなかったみたいですね……でも、大丈夫。

 お詣りが上手くいかなかったのなら、直接始末すればいいだけの話です。

 そうすれば、葉河瀨さんの身に何かが起こることは、確実に防げるはずですから。
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