君のハートに☆五寸釘!

鯨井イルカ

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取引先にて☆

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 株式会社おみせやさん代表取締役の川瀬祭は、社員二人を引き連れて真木花株式会社を訪れていた。一人は髪を纏め上げパンツスーツに身を包んだ女性、管理部長の信田かずら。もう一人は緩やかにウェーブのかかった髪を一つに結びスカートスーツに身を包んだ人物、管理部人事課長の山口慧だ。
 真木花の正面入り口にたどり着いた三人だったが、不意に慧が楽しそうに目を細めた。

「しっかし、この三人で殴り込みってのも、久しぶりなりね★」

 慧の言葉に、近くを通りかかった真木花の男性社員がギョッとした表情を浮かべ、三人に顔を向けた。

「そうだね!最後に三人で殴り込み的なことをしたのはバブル崩壊直前くらいだったから……三十年くらい前かな?」

 続いて、子供にしか見えない姿の祭がそんなことを呟いたため、通りすがりの社員は再びギョッとした表情を浮かべて三人に振り返った。そんな中、かずらは眉間をおさえて、深いため息を吐いた。

「二人とも、取引先の前で物騒な会話しないの。それに、今日の目的は、あくまでも山本社長との打ち合わせでしょ」

 かずらが呆れながらそう言うと、慧は自分の頭を小突いて舌を出し、祭は頬を膨らませた。

「いっけね★あくまでも、今日は話し合いだったなりね!何事もない限りは」

「むー、でも身の危険を感じたら、実力行使してくれるんでしょ?」

 二人の言葉を受けて、かずらは再び深いため息を吐いた。

「そうね。もしも、山本社長がこれ以上弊社の人間にちょっかいを出すつもりならば、止めを刺さない程度にはね」

 かずらが落ち着いた声で答えると、慧と祭は満足げに微笑んだ。

「ふっふっふ、なんだかんだで、部長も乗り気なりね★」

「よーし!じゃあ、さっそく殴り込みだー!」
 
 慧と祭は声を合わせて、おー、と言うと、駆け足で真木花の社屋へ入っていった。

「二人とも、待ちなさい!殴り込みじゃないって言ってるでしょ!?」

 そして、かずらも叱責の声を上げながら、早足で二人の後を追った。
 その後、かずらが二人に軽い説教をしながら、一同はエレベーターに乗り込み、三階の総合受付へたどり着いた。祭は受付に設置された電話機の受話器を取ると、電話機の隣に置かれた小さな案内板に従って総合受付の番号を押した。

「はい。受付でございます」

 すると、数コールのうちに受話器から、高めの男性の声が聞こえてきた。

「お世話になってます!株式会社おみせやさんの川瀬です!山本社長に会いに来ました!」

「……かしこまりました。ただ今ご案内いたしますので、少々お待ちください」

 祭の声にけおされながらも、男性は淡々とした口調で受け答えた。

「はーい!じゃあ、待ってます!」

 祭はそう言うと受話器を置いて、後ろに控えていたかずらと慧に振り返った。

「案内してくれるって!」

 祭の言葉を聞いて、慧は指を鳴らしながら笑みを浮かべた。

「よーし!腕がなるなり★」

 一方のかずらは、こめかみをおさえながら深くため息を吐いた。

「慧、受付の子に対してまで、手荒なことをしようとしないの。丑の刻参りの件は、これ以上うちの社員を呪わないということで、一応の話がついているんだから。それに、一段落したら、うちにスカウトするつもりなんでしょ?」

 呆れた表情で問いかけるかずらに対して、慧は楽しげに目を細めた。

「もしもに備えてなりよ★まあ、あんまり手荒なことをするとハカセに叱られそうだから、万が一のときもちゃんと手加減はするなり★」

 二人のやり取りを見た祭は、不思議そうに首を傾げた。

「あれ?スカウトを予定してるのって、昨日の一条ちゃんって子じゃないの?」

 祭が問いかけると、今度はかずらと慧が首を傾げた。

「そうだけど、違う子だったの?」

「ありゃ?たしか、一条ちゃんは人事、経理、総務を一人で受け持ってるみたいだったけど……」

 三人が首を傾げていると、受付の扉が開いた。そして、そこから中性的な顔つきの小柄な男性が現れた。

「お待たせいたしました。ただ今ご案内いたしま……」

 男性はそこで言葉を止めると、大きな目を見開いて驚いた。彼の視線の先では、慧が満面の笑みを浮かべている。

「やあ、垂野っち★お腹痛いのは、ちゃんと治ったなりか?」

「……おかげさまで。それより、何故あなたまでいらっしゃってるんですか?」

「ふふん!アタシは、ウルトラミラクルエキセントリックな課長だから、社長にお供するのは当然なりよ★」
 
 勢いに任せた慧の回答に、垂野だけでなくかずらもため息を吐いた。

「えーと、垂野さん?弊社のものが混乱させてしまい、申し訳ございません」

「いえ、お構いなく。ともかく、社長室までご案内いたしますので、こちらに」

 垂野は脱力した表情で、三人を案内するため歩き出した。そのとき、祭が目を輝かせながら、垂野に声をかけた。

「ねーねー、垂野っち!」

「……いかがなさいましたか?」

 垂野が煩わしそうに問い返すと、祭は満面の笑みを浮かべた。

「チワワっぽくて気に入ったから、うちに転職しない!?」

「誰がチワワですか!?それと、急に何を言い出すんですか!?」

 祭の発言に、垂野は眉間にシワを寄せながら抗議の声を上げた。二人のやり取りを受けて、かずらは深くため息を吐き、慧はケラケラと笑い出した。

「祭、似てるからと言って、人をいきなりチワワにたとえないの」

「そうなりよ、社長★それに、いくら垂野っちがチワワに似てるからって、どこの部署に配属する気なりか?」

「えーとね、秘書室を新設して、私のスケジュール管理とかしてもらうの!」

 祭が答えると、かずらはハッとした表情を浮かべて、あら、と声を漏らした。

「だとしたら、私の負担がかなり軽減されるわね……」

「そうなりね★なら、部署新設の稟議を出して、次の役員会で決裁してもらわないと」

「僕の意見を無視して、勝手に話を進めようとしないでください!御社のような、ままごとみたいな名前の会社に転職する気はありません!」

 垂野が激昂しながら声を上げると、祭は残念そうな表情を浮かべた。

「そっかー。なら仕方ないけど……うちは、人を直接傷つけたり、不幸にする技術を持っていないからって、役立たずって蔑んだり、部署のお荷物扱いしたりしないよ?」

 祭の言葉に、垂野はピクリと眉を動かした。そして、呼吸を整えると再び歩き出した。

「……もしその話が本当なら、僕よりも適任の者がいるので、そちらに声をかけてください」

 垂野の言葉を聞き、慧がニヤリと笑った。

「へー、でもそうすると、部署中の蔑みが垂野っちに集まっちゃうんじゃないなりか?」

「……別に、気にしなければ良いだけですから。それよりも、予定の時間を過ぎてしまっているので、早急にご案内いたします」

 垂野はそう言うと、三人に目もくれずスタスタと歩き出した。慧は垂野の後ろ姿を見て、感心したように頷いた。

「ほうほう。ここにも、結構な純情さんがいたなりねー」

 慧がそう言うと、かずらは軽くため息を吐いた。

「慧、茶化すんじゃないの。それよりも、これ以上山本社長をお待たせするわけにもいかないし、二人とも早く行くわよ」

 かずらに声をかけられ、祭はハッとした表情を浮かべた。

「あ、そうだ!今日は山本と話をしに来たんだった!」

「社長は面白そうな人材を見つけると、つい夢中になって勧誘しちゃうからね★」

「慧も祭のことはあまり言えないでしょ……ともかく、行くわよ」

 かずらが脱力した声で再び促すと、二人は声を合わせて、はーい、と返事をした。そして、三人は垂野の後を追って社長室へと向かった。

 一方、社長室では、真木花株式会社代表取締役社長の山本万乗が、革張りの椅子に腰掛けながら三人の到着を待ちかねていた。予定の時間から五分が過ぎているが、山本の表情は上機嫌そのものだった。
 そんな中、扉がノックされる音が室内に響いた。

「社長、失礼いたします。お客様をお連れいたしました」

 ノックに続いて、垂野の声が部屋に響く。その声を聞いた山本は、口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。

「ああ、ありがとう。じゃあ、垂野君は業務に戻りなさい」

「かしこまりました」

 垂野の返事の後、部屋には遠ざかっていく足音が響いた。そして、足音が遠ざかりきる前に、社長室の扉は音を立てながら勢いよく響いた。

「山本!今日こそは直接文句を言わせてもらうんだからね!」

「よう、山ン本★首洗って待ってたなりか!?」

「二人とも!取引先の社長室の扉を蹴破るんじゃありません!」

 社長室の扉を蹴破りながら、祭は頬を膨らませ、慧はケラケラと笑い、かずらは二人を叱りつけた。
 喧噪と共に現れた三人だったが、山本の背後に浮かぶモノが目に入ると、表情を硬くした。そんな三人の表情を見て、山本は笑みを深めた。

「みなさま、ようこそお越しくださいました。おや?随分と硬い表情をなさっていらっしゃいますが、いかがなさいましたか?」

 山本が白々しい口調で尋ねると、慧が深いため息を吐いた。

「いかがなさいましたかも何も、山ン本、それが何か分かってんのか?」

 慧は呆れかえった口調で尋ねながら、山本の背後に浮かぶモノを指さした。慧の指さす先に浮かぶのは……


 乱れた長い髪

 丹色の肌

 金泥色の目

 目と同じ色の鋭い爪

 そして、目と同じ色の小ぶりな角が生えた、白装束の女の姿だった。

 慧の問いかけに、山本は笑い声を漏らした。

「ははは。いやね、昨夜うちの社員と世間話をしていたんですが、その子が何を勘違いしたか、川瀬社長を呪う、という話になってしまいましてね。止めようとは思ったのですが……まさか、これほどのモノになっていたとは知らなかったもので」

 山本はそこで言葉を止めると、口の端を吊り上げたまま鋭い目付きを祭に向けた。

「ここまでのモノだと、私にもちょっと止めようがなくて、困っているのですよ」

 山本は脅迫めいた口ぶりでそう言った。しかし、祭は眉一つ動かさず、そう、と声を漏らした。

「なら、分かってもらえると思うけど……お願いされたとしても、うちでも簡単には止められないよ?」

 祭が大人びた声で問いかけると、かずらと慧も無言で頷いた。三人の反応を受けて、山本はようやく口の端を下げた。そして、眉間にシワを寄せながら、三人を見下すように顎を軽く上げた。

「おや?何故、私が彼女を止めるよう、貴女方に願わないといけないのです……か?」

 山本の問いかけに、三人はほぼ同時に軽くため息を吐いた。

「まさか、山本がここまでおめでたい奴になってるとは思ってなかったよ」

「一時はあやかしの長に手が届く程だったのに、哀れなものね」

「まったく、耄碌しちまったもんだな」

 三人は口々にそう言い、山本に哀れみの目を向けた。

 三人の視線の先では、喉元から金色の爪を突き出した山本が、苦悶と驚愕が入り交じった表情を浮かべていた。
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