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本編
day -77
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「せ、潜水艦……?」
定員5名の小型潜水艇。コンク上階にある商業施設に行くためには一度、下階の研究所から完全に出る必要があとは聞いていたけど、まさかそんなものが用意されてるとは。
「ああ、ここに来る時は目隠しされていたんだな」
「あの時もこれに乗せられてたんですか?」
「違うとだけ答えておこう。これ以上は答えられない」
「さすが鳴海先生はお堅いね~。俊くんはもうおれらとおんなじくらい後ろ暗い人間だから多少話しても大丈夫なんじゃないの?」
後ろ暗い人間。まったくもってその通り。世の中に混乱をもたらすであろう第二の性の転換技術はどの国であっても禁止されている。そもそも、第二の性を従来の実験動物は持たないためすべての実験が人体実験みたいなものだ。そんな研究の被験者だと周りに知られたらいろいろとまずいことになる。
結局、ロブに促されても鳴海先生は来た時のルートを明かさなかった。別に知ったところで何か得があるわけじゃないからいいけど。
その後乗り込んだ潜水艇では、視界を防がれる必要はなかった。そもそも船体に窓すら存在しないからだ。身を縮こまらせて小さな入り口から乗船した後、ロブの軽口をしばらく聞いていたら、浮上が止まった。
潜水艇の発着口から降りてしばらく歩くと、久しく見ていなかった人々の賑わいが目に入った。
「グズグズするな。3時間で帰るぞ」
「は~い、ってかなんで鳴海先生も?」
「今度接待でここのレストランを使うことになったから下見だ」
「こいつ今不機嫌だからあんまり聞かない方がいいよ~。上司に押しつけられたんだってさ」
研究者も大変だ。一般社会と同じように社内政治があるらしい。
商業施設は、海に浮いているとは思えない程に普通だった。家族連れの賑やかな声が聞こえるフードコートに、立ち並ぶ見知ったブランドの数々。
目につく店に片っ端からは入り、本日の目的を忘れかけていたころ、ちょっと先に何やら人だかりが出来ているのが目に入る。途端に香る、強烈な甘い匂い。頭痛に、体温の上昇。
「フェロモンの暴走だな」
鳴海先生は眉ひとつ動かさずに呟いた。となりのロブも涼しい顔。ロブもαじゃないのか?
疑問がそのまま顔に出ていたらしい俺の目の前に、ロブが白いカプセルをちらつかせた。
「言ったろ、研究員は飲んでるってさ」
前に言ってた簡易抑制剤か。差し出されたと思った俺がありがたく手を伸ばすと、無情にもその薬は引っ込められた。
「え」
「忘れるなよ。 君はただ買い物しに来たのか? 報告書を仕上げるまで絶対に服薬するな」
抑揚のない声。Ωのフェロモンに思い切り当てられて吐き気までするのに、すぐそこにある薬を飲むなって? 冷血漢を通り越してただの鬼だ、この男。
幸いにも、フェロモン異常外来が近くにあったので、暴走した人はすぐさまそこに運び込まれていった。
そのあとはαやΩに鉢合わせるたびに動悸や発汗、吐き気に頭痛など散々な目にあった。俺が苦しみ百面相をする一方、隣で何やらメモをとっている鳴海先生はどこか楽しげ。いつもの白衣を脱いでスウェットに白いデニムを履く彼は下手したら高校生にも見える。逆にロブはポロシャツなんか着て、休日のお父さんみたいだ。じゃあ俺は大学生の兄ってところかな?
鳴海先生の下見に付き合わされて訪れたレストランは本当に眺めが良かった。どこまでも広がる広い海は水上から楽しめるし、水中エリアにある席からは群れを作って泳ぐ魚が、差し込む太陽光を跳ね返しキラキラと輝くのを見物できる。
圭ちゃんともここに来たいな。マグロが美味しいから絶対気に入るはず。
あと、デザートを席に運んできた店員さんに、俺の弟に間違えられた時の鳴海先生が傑作だった。思わず吹き出したらテーブルの下で思い切り足を踏まれた。やっぱりこんな弟は絶対にいらない。
兄弟なら、優しくて頼りになる圭ちゃんみたいなお兄ちゃんがいい。
定員5名の小型潜水艇。コンク上階にある商業施設に行くためには一度、下階の研究所から完全に出る必要があとは聞いていたけど、まさかそんなものが用意されてるとは。
「ああ、ここに来る時は目隠しされていたんだな」
「あの時もこれに乗せられてたんですか?」
「違うとだけ答えておこう。これ以上は答えられない」
「さすが鳴海先生はお堅いね~。俊くんはもうおれらとおんなじくらい後ろ暗い人間だから多少話しても大丈夫なんじゃないの?」
後ろ暗い人間。まったくもってその通り。世の中に混乱をもたらすであろう第二の性の転換技術はどの国であっても禁止されている。そもそも、第二の性を従来の実験動物は持たないためすべての実験が人体実験みたいなものだ。そんな研究の被験者だと周りに知られたらいろいろとまずいことになる。
結局、ロブに促されても鳴海先生は来た時のルートを明かさなかった。別に知ったところで何か得があるわけじゃないからいいけど。
その後乗り込んだ潜水艇では、視界を防がれる必要はなかった。そもそも船体に窓すら存在しないからだ。身を縮こまらせて小さな入り口から乗船した後、ロブの軽口をしばらく聞いていたら、浮上が止まった。
潜水艇の発着口から降りてしばらく歩くと、久しく見ていなかった人々の賑わいが目に入った。
「グズグズするな。3時間で帰るぞ」
「は~い、ってかなんで鳴海先生も?」
「今度接待でここのレストランを使うことになったから下見だ」
「こいつ今不機嫌だからあんまり聞かない方がいいよ~。上司に押しつけられたんだってさ」
研究者も大変だ。一般社会と同じように社内政治があるらしい。
商業施設は、海に浮いているとは思えない程に普通だった。家族連れの賑やかな声が聞こえるフードコートに、立ち並ぶ見知ったブランドの数々。
目につく店に片っ端からは入り、本日の目的を忘れかけていたころ、ちょっと先に何やら人だかりが出来ているのが目に入る。途端に香る、強烈な甘い匂い。頭痛に、体温の上昇。
「フェロモンの暴走だな」
鳴海先生は眉ひとつ動かさずに呟いた。となりのロブも涼しい顔。ロブもαじゃないのか?
疑問がそのまま顔に出ていたらしい俺の目の前に、ロブが白いカプセルをちらつかせた。
「言ったろ、研究員は飲んでるってさ」
前に言ってた簡易抑制剤か。差し出されたと思った俺がありがたく手を伸ばすと、無情にもその薬は引っ込められた。
「え」
「忘れるなよ。 君はただ買い物しに来たのか? 報告書を仕上げるまで絶対に服薬するな」
抑揚のない声。Ωのフェロモンに思い切り当てられて吐き気までするのに、すぐそこにある薬を飲むなって? 冷血漢を通り越してただの鬼だ、この男。
幸いにも、フェロモン異常外来が近くにあったので、暴走した人はすぐさまそこに運び込まれていった。
そのあとはαやΩに鉢合わせるたびに動悸や発汗、吐き気に頭痛など散々な目にあった。俺が苦しみ百面相をする一方、隣で何やらメモをとっている鳴海先生はどこか楽しげ。いつもの白衣を脱いでスウェットに白いデニムを履く彼は下手したら高校生にも見える。逆にロブはポロシャツなんか着て、休日のお父さんみたいだ。じゃあ俺は大学生の兄ってところかな?
鳴海先生の下見に付き合わされて訪れたレストランは本当に眺めが良かった。どこまでも広がる広い海は水上から楽しめるし、水中エリアにある席からは群れを作って泳ぐ魚が、差し込む太陽光を跳ね返しキラキラと輝くのを見物できる。
圭ちゃんともここに来たいな。マグロが美味しいから絶対気に入るはず。
あと、デザートを席に運んできた店員さんに、俺の弟に間違えられた時の鳴海先生が傑作だった。思わず吹き出したらテーブルの下で思い切り足を踏まれた。やっぱりこんな弟は絶対にいらない。
兄弟なら、優しくて頼りになる圭ちゃんみたいなお兄ちゃんがいい。
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