イセカイ召命譚

すいせーむし

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序章 異世界召喚

十四話 戴冠されし王塊

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 轟音と共に、粘液の奔流が押し寄せた。
 ソフィアは咄嗟に剣を振り抜き、迫りくる液体の壁を切り裂く。だが、刃が通っても、分かたれた粘体はすぐに癒着して元に戻ってしまう。

「全然効かない……っ!」

「やっぱり普通のスライムとは違うな!」

 俺は背中を岩壁に預け、息を整える。スライムの体は洞窟全体を満たすほど巨大で、ただの一撃ですら津波のような衝撃を生む。
 その粘液が岩を床を侵食していくのが見て取れた。

「ソフィア!早くコアを!」

「分かってる!けど、刃がコアまで届かない!」

 彼女がいくら"武機"を振るっても、その刃は粘度の高いスライムの身体に阻まれて、一部を周囲に飛び散らすことしか出来ていない。

「まるで油の中を斬ってるみたい……!」

 しかも、飛び散った粘液の塊は地に落ちることなく、ずるりと形を変えながら這い上がってくる。
 その中心にコアは見えない。けれど、それらはまるで意志を持つかのように蠢き、牙を剥くような勢いでこちらへと迫ってきた。

「あれが……さっき俺たちを襲っていたスライムの正体か!」

「分裂してたってこと!?じゃあ今までの小さいのは全部——」

「このスライムの一部だったってことだ!」

 洞窟の空気が震える。
 スライムの巨体が、まるで笑うようにぶくぶくと泡立った。

「くっ……《斬断式:波月》!」

 ソフィアは空に向かって刃を振るう。そうして放たれた飛ぶ斬撃はキングスライムの体を抉った。
 しかし、それでもコアには届かない。

「なんっ、でっ……!」

 ソフィアは何度も波月を放った。
 それは全て、新たなスライムを撒き散らすだけに終わる。
 そうして、スライムが集まりキングスライムの身体は再生した。その度に嘲るように揺らめいている。

「このっ……!」

 ソフィアは地を蹴る。俺からは理性よりも怒りが勝っているように見えた。
 "武機"が蒸気を噴いている。

「ソフィア……!待っ……!」

 俺が全てを言い切る前に、ソフィアの握る刃はスライムの身体に到達……しなかった。

 この空間に、甲高い金属音洞窟の奥まで響き渡る。

 刃を弾いたのは——スライムの頭上で輝く王冠だった。

 スライムの粘体が波打ち、王冠の位置がぬるりと傾き、ソフィアの攻撃を受け流したのだ。

「なっ……!?」

 次の瞬間——"武機"の刃と王冠が激しくぶつかり合い、金属が悲鳴を上げた。
 弾かれた王冠が床へと叩きつけられる。その瞬間、まるで雷鳴のような衝撃波が洞窟を貫いた。
 押し寄せる風圧にソフィアの身体が宙を舞う。

「ぐっ……!」

 彼女はその勢いのまま、岩壁に叩きつけられた。

「ソフィアっ!」

「だいじょ……ぶ、まだ……っ」

 歯を食いしばり、ソフィアは立ち上がり、再度"武機"を握りしめる。
 それを見ていた俺とソフィアは気づいてしまった。

「なっ……」
「え……?」

 俺達の目線の先。彼女の"武機"である、『薄霞銀刀』の刃はボロボロに砕け散っていた。

「……うそ、でしょ……」

 彼女の声が震える。
 『薄霞銀刀』、彼女の相棒。何度も修理を重ね、戦場を共に越えてきたその"武機"が、今、無惨に砕けていた。

         ………

 あの頃、私には何もなかった。

 かけっこをしてもいつもビリ。お料理の手伝いも上手くいかないし、本を読んだら眠ってしまう。
 みんなができることが、私にはできなかった。

 でも、そんな私をデルタさんやお兄ちゃん達はいつも見守ってくれていた。

「ソフィア。アナタにはアナタの速さがあります。だから、焦らなくていいのですよ」

 デルタさんはよくそう言って、私の頭を撫でてくれた。

 あの日はみんなが初めて"武機"に触れた日だった。
 初めて"武機"を持ったみんなは重たくて持ち上げるのもやっとだという風で、私なんかには絶対に出来ないな……なんて思いながら遠くで眺めていた。
 そんな私にお兄ちゃんが近づいてきた。

「ほら、ソフィアもやってみろよ!なぁに、みんな出来ねぇんだ!だからお試しだ!」

 そう言って笑う彼に促されるまま、私は"武機"を握った。

 あの時、みんなびっくりしていたな。

 あのソフィアが簡単に武機を持ち上げた……って。
 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、それがソフィアの才能なんだって、褒めてくれたっけ。

 それから、私は誰よりも早く"武装機式"の技を身につけた。
 波月も旋円も風輪も——誰よりも早く。
 褒められるたびに嬉しくて、夢中で剣を振った。
 何も出来ないと思っていた私の唯一の才能。

 それを試したくて、幼い私は訓練用の"武機"を片手に一人で洞窟へと飛び込んだ。

 スライムなんかは容易に倒せた。だから、誤認してしまった。私は強いんだって。

 そうして、私は洞窟の最奥で眠っていた岩の巨人を起こしてしまった。
 巨人は私の攻撃を容易にいなして、鷲掴みにした。

 巨人の手の中で、私は息ができなかった。
 掴まれた腕が悲鳴を上げ、"武機"が床に転がる音がやけに遠くに聞こえた。

 怖かった。
 怖くて、涙が止まらなかった。
 私は強いって思っていたのに、何もできなかった。

「たすけて……デルタさん……お兄ちゃん……!」

 声にならない声で、必死に叫んだ。
 その瞬間——轟音と共に光が走った。

 巨人の腕が焼き切れるように崩れ、私は宙に放り出された。
 床に叩きつけられた痛みよりも、誰かの腕が私を抱きとめた温もりの方が、ずっと鮮明に覚えている。

「……よく、無事で」

 顔を上げると、デルタさんがいた。
 いつもの優しい笑顔じゃなかった。
 怖いくらいに真剣な、戦う顔をしていた。

 彼の手に握られた"武機"が光を帯び、巨人の身体を一瞬で崩す。
 その光景が、幼い私には夢みたいに見えた。

 巨人が崩れ落ち静寂が戻ると、デルタさんはしゃがみ込んで私を抱きしめた。
 その手は温かいのに、声はひどく震えていた。

「ソフィア……生きていて、本当に……良かった」

 そう言って、ただ私を抱きしめ続けた。

 その日の夕方、私は"カーリスの家"の玄関で正座させられていた。
 全身は泥だらけで、服は破け、腕にはまだ巨人に掴まれた痕が残っていた。

 目の前に立つデルタさんは、しばらく何も言わなかった。

「……どうして、ひとりで洞窟に行ったのですか」

 低く、いつもの穏やかさの欠片もない声だった。
 胸の奥がぎゅっと縮む。

「わ、私……強くなったと思って……だから、デルタさんに、ほめてほしくて……」

 言葉を絞り出すように答えると、デルタさんは目を閉じ、しばらく沈黙した。
 その沈黙が叱責よりもずっと怖かった。

「——慢心に身を委ね、死地に向かうことを強さとは言いません」

 デルタさんの声が、静かに落ちる。
 叩かれたわけでも怒鳴られたわけでもないのに、全身が震えた。

「アナタがいなくなれば、悲しむ人がいます。その人たちの涙を想像できないまま剣を振るうのなら……それはただの傲りです」

 デルタさんはゆっくりと私の前に膝をついた。
 その瞳は怒りではなく、深い悲しみに染まっていた。

「ソフィア。アナタは確かに、"武装機式"の才を持っています」

 デルタさんの声が、静かに続く。

「けれど、それは自分のために振るうものではありません」

 私は顔を上げた。デルタさんは膝をつき、私と目線を合わせていた。

「アナタの剣は、自分を誇るためのものではなく——誰かを守るためのものなのですよ」

 その言葉が、痛いほど胸に響いた。
 私は小さく頷いた。涙で視界が滲んで、デルタさんの顔がぼやける。

 デルタさんは立ち上がると、棚の奥から一本の剣を取り出した。
 銀色の刃。光を受けると、霞のように淡く揺らめく。

「この刃は『薄霞銀刀』といいます。ソフィア、アナタはこの"武機"で大切なものを守るために戦いなさい」

 デルタさんはその刃を、両手で私の前に差し出した。

「自分のためではなく、誰かのために振るうと約束できますか?」

 私は涙をぬぐい、小さく頷いた。

「……約束します」

 デルタさんは、微かに笑って頷いた。

「よろしい。ならば、この剣はあなたのものです。焦らず、誇らず、迷わず——アナタの速さで進みなさい」

 私はその言葉を胸に刻み、銀の剣を両手で受け取った。
 あの日、私は初めて"守るための強さ"を知った。

 ——『薄霞銀刀』。
 それは、私とデルタさんの誓いの"武機"だった。

         ………

「……」

 言葉を失った彼女の肩が小刻みに震えた。
 怒りなのか、悔しさなのか、俺から見ても分からない。
 それでもソフィアは、その柄を離してはいなかった。

 まだ、ソフィアは戦える。
 刃が砕けても、立ち上がる力がある。あの瞳に宿る光は、まだ消えていない。

 ならば、考えねば。

 あの強大な魔物を倒す術を。

 考えろ、考えろ、考えろ!
 脳みそをフル回転させるんだ。なにか、何かないか。

 そうして、思考が形になるより早く、背後からぬるりとした冷たい感触が足元を掴んだ。

「……っ!?」

 振り向くより早く、何かが俺の腰を這い上がる。
 粘液の触手——いや、これはスライムだ。
 キングスライムの本体から飛び散り、分裂していた個体が洞窟の闇を這って背後に回り込んでいたのだ。

「れ、レン!?」

 ソフィアの叫びが聞こえた。
 だが、もう遅い。

 ぐちゃりと音がして、視界が一瞬にしてスライムで埋め尽くされる。

 全身を包む冷たい圧迫。
 息が、できない。

「が……ぼっ……!!」

 身体が、飲まれていく。
 手足の感覚が、溶けていくように遠ざかる。

 息ができない。叫ぼうとしても、声は泡になって消える。

 こちらに駆け寄ろうとするソフィアを薄らと見えた。そうして、その奥にいる"キングスライム"。

 ——あれ、おかしい。
 アイツ、先程よりも小さい。

 濁った視界の向こうで、キングスライムの巨体がわずかに縮んでいる。それは多分、俺を取り込んだ分だけ……。

 まさか……!

 思考が霞む。意識が遠のく。
 それでも、脳の奥底でかすかな閃きが弾けた。
 だが、ソフィアにそれを伝えるための口が動かない。
 
 頼む……気づいてくれ……!

 俺は一縷の望みを持ってスライムの中で、必死に指を伸ばした。
 もはや、身体の輪郭は曖昧だ。視界も徐々に失われていく。
 それでも——ただひとつ、ソフィアの姿だけはずっと見えていた。

「……レン……?」

 ソフィアが、俺の指先の方向に目を向けた。
 その先には、キングスライムの姿。

「……そういうこと、ね」

 ソフィアの瞳が鋭く光る。
 スライムは弾けた体レンを取り込み、コアを守る身体が小さくなっていた。そのため、今なら"マナ・コア"を砕くことが出来そうである。

「なら、今しかない」

 彼女は砕けた『薄霞銀刀』を握りしめる。
 刃は欠け、切っ先などとうに無い。
 それでも彼女は柄を両手で構え、深く息を吸い込んだ。

「行くよ、王様スライム……!」

 そうして、彼女が飛び上がった際、俺の全身を纏っていたスライムが、まるで何かに導かれるように俺の身体から離れ、地を這い、うねりながらキングスライムの本体へと戻っていく。

「ごほっ……がっ…、何で…!?」

 俺がスライムの体から解き放たれた瞬間、ソフィアの刃が——まさにコアの光を捉えていた。

 だが、その刹那。

 スライムの巨体がどろりと脈打ち最初に見たあの大きさへと戻っていた。
 ぬめる音と共に粘体が渦を巻き、光を覆い隠すように厚く重なる。
 コアを守るため、撒き散らしたスライムを元に戻したのだ。
 しかし、ソフィアは止まらない。

「はぁああっ!!」

 叫びと共に放たれた渾身の一撃。
 砕けた『薄霞銀刀』の刃が、スライムの中心を貫いた——ように見えた。

 だが。

 ごぽり、と沈むような音が洞窟に響く。
 刃先は、コアの寸前で止まっていた。

「やっぱり、砕けた刃じゃ……っ!」

 ソフィアは悔しげに歯を食いしばり、踏ん張りきれず体勢を崩す。
 その隙を逃さず、スライムの粘液が生き物のように蠢き、彼女の"武機"に絡みついた。

「くっ……離れてよ!」

 もがく腕を、粘液がずるりと這い上がった。

 このままでは、飲み込まれる——。

 ソフィアは瞬時に判断し、空を蹴飛ばす。そうして、身体が弾かれるように跳んだ。

 直後、彼女のいた場所を、濁流のような粘液が覆い尽くす。
 何もしなければ、ソフィアはスライムに飲まれていたことだろう。

「ふぅ……危ない。でもっ……」

 彼女の"武機"はスライムに奪われた。

「はぁ……はぁ……っ……」

 ソフィアが膝をつく。
 呼吸は荒く、蒸気を上げる“武機”の残骸が、粘液の海の中に沈んでいくのが見えた。

「……もう、ダメかも」

 呟いた声は、あまりにも小さかった。
 その瞳から、戦う光が少しずつ、消えていく。

 キングスライムはコアを露出し、煽るような仕草を見せる。

 勝者の余裕。

 まるで「もう抵抗は無駄だ」と言っているようだった。

          ◇

「ぐ、はぁ……っ!」

 俺は這いながら、ソフィアの元へと近づく。
 身体はまだ重いし、呼吸もままならない。
 けれど、立たなきゃならない。

「ソ、フィア……」

 呼びかける声が震える。
 彼女は俺の方を見ようとしなかった。

「もう、無理だよ……。武機も壊れて、コアにも届かない。私じゃ……私じゃ、守れない……!」

「大丈夫だ」

 洞窟に、俺の声が反響する。その声に、ソフィアが顔を上げた。
 彼女の瞳にまだかすかに残る光が揺れる。

「俺がなんとかする。だから……力を貸してくれ」

「……レン?」

 俺はポーチを開き、ヤガネさんから貰った"爆裂玉"を取り出した。

「これで俺が隙を作る。だから、ソフィアは——」

 腰のナイフに視線を落とす。
 冒険に出る前にエドさんがくれた、命を預けるに値する、ただの刃。

「これでコアを破壊してくれ」

 俺はそのナイフを逆手に持ち替え、柄の部分をソフィアに差し出す。
 ソフィアは驚いたように目を瞬かせた。

「でも……そんな小さな刃で、あのコアを——」

「ソフィア」

 俺は彼女の瞳をまっすぐに見据えた。
 震えそうになる声を押し殺し、静かに、しかし確かに言葉を紡ぐ。

「ソフィアなら、出来る」

 言葉に力を込める。ソフィアは一瞬だけ戸惑い、やがてそっと手を伸ばした。

 俺の手と彼女の手が、ナイフの柄の上で重なる。
 冷たい金属の感触の向こうに、彼女の体温が伝わってくる。

「……分かった。信じる」

 その声には、もう迷いがない。
 俺達は顔を見合わせ、同時に立ち上がる。

 ——勝負は一瞬だ。

「いくぞ、ソフィア!」

「うんっ!」

 俺は"爆裂玉"のピンを引き抜き、手の中で強く握った。
 ガラスから熱が手のひらに食い込むほどの圧を伝えてくる。

 俺はスライムの巨体へ向けて、爆裂玉を全力で投げ放った。
 それは空気を裂き、一直線にスライムの巨体へと接触する。

 瞬間、轟音と閃光。

 洞窟全体が震え、眩い爆炎が粘液を吹き飛ばした。
 飛び散った粘体の隙間から、わずかに見えた——蒼白く輝く王の"マナ・コア"。

「今だ、ソフィアッ!!」

 俺の叫びが響く。
 その声と同時に、ソフィアの身体が光のように跳んだ。
 爆炎の残光を背に、彼女はレンのナイフを逆手に構える。

「これで、終わりにする!」

 決意が彼女の全身を駆け巡り、足元の岩が砕け、空気が弾ける。

 彼女は飛び上がり、壊れた"武機"の代わりに己の腕と意思でその一撃を放った。

「はあああああっ!!!」

 ナイフの刃は元の体に戻ろうとするスライムの破片よりも早く、露出したコアを真っ直ぐに突く。

 甲高い破砕音が、洞窟の奥まで響き渡った。

 蒼白の光が弾け、キングスライムの巨体が崩れ落ちていく。
 その身体は徐々に粘度を失い、ただの水のようにさらりと床へ流れ落ちた。やがてその水は岩の隙間に吸い込まれて、静かに消えていった。

「……終わった、のか?」

 俺は息を荒げながら辺りを見回す。もう、スライムの気配はない。
 そして、その中央に——。

「ソフィアっ!!」

 崩れ落ちるように地面に転がっている彼女の姿を見つけ、慌てて駆け寄る。
 地面には散った"武機"の破片、そして淡く光るコアの欠片。

 ソフィアはうつ伏せのまま、息を整えていた。
 その背中が、ゆっくりと上下しているのを見て、胸の奥の緊張がほどけていく。

「大丈夫か!」

「……いったた……ちょっと、着地失敗したみたい」

 ソフィアは顔をしかめながら、ゆっくりと体を起こした。
 頬には泥がつき、髪は乱れている。
 しかし、彼女は歯を見せて笑っていた。

「レン、やったよ……!」

 こちらにVサインを掲げた彼女は、疲労と汗にまみれていながらもどこか誇らしげだった。

「……ああ。やったな」

 俺がそう口にした瞬間、ソフィアがぐらりと体を傾け、俺の胸へと倒れ込んできた。

「ちょ、ソフィア……?」

「だいじょ……ぶ。ちょっと、力抜けただけ……」

 小さく呟く声が、服越しに伝わってくる。そのまま、彼女は眠りについた。

「……お疲れ様」

 俺はそっと彼女の背を支える。

 こうして、俺達は試練の守護者"キングスライム"を倒した。
 
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