イセカイ召命譚

すいせーむし

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序章 異世界召喚

十五話 帰還の灯

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 キングスライムを倒してから、どれほど時間が経っただろうか。
 崩れた"マナ・コア"が淡く光を放ちながら消えていく。
 戦場の静寂の中、ソフィアはようやくゆっくりと目を開けた。

「……ん、ここは……?」

 私の視界にまず入ったのは、青空——ではなく、心配そうに覗き込むレンの顔だった。
 そして、自分の頭が柔らかい何かの上にあることに気づく。

「っ……れ、レン!?」

「あ、起きたか。よかった……!」

 安堵の息をつきながら、レンは微笑む。
 その笑みを見て、胸がむず痒くなった。

「ちょ、れ、レン! 膝枕なんて……私、子どもじゃないんだから!」

 思い出すのは、泣き虫だった頃の記憶。
 怪我をして泣きじゃくる私にデルタさんは膝を貸して、頭を優しく撫でてくれた。

 その時感じた安心と温もりが、ふと現状と重なる。
 同じような安堵を今また感じていることに気づいて、途端に顔が熱くなった。

「あぁ、ごめん! 倒れたまま動かないから、仕方なく……。その、地面は冷たかったし」

「し、仕方なくって……!」

 慌てて上体を起こして、私はレンの膝から抜け出した。

 そんな私を心配そうに見つめたまま、レンは口を開く。

「もう、大丈夫か?」

 胸の奥が、少しだけ痛んだ。
 多分それは身体の傷じゃなくて、悔しさの方。
 助けるどころか、助けられた——そんな自分が情けなくて、それでも嬉しかった。

「……うん、大丈夫。ありがとう、レン」

 返事をする私の声は、思ったより小さかった。
 レンが微笑むのを見て、ようやく少しだけ肩の力が抜ける。

 そうして、周囲を見渡せば、『薄霞銀刀』の残骸が映った。

「あー……ソフィアが倒れてる間に集めといたんだけれど、直るかな……これ」

 レンは申し訳なさそうに口にする。きっと、彼がかき集めてくれたのだろう。
 砕けた刃、ひしゃげた金具、折れた柄。
 そのどれもが、あの戦いの激しさを物語っていた。

 私はゆっくりと膝をつき、その欠片に手を伸ばす。

「……」

 私は欠片をそっと拾い上げる。光を失った銀の刃は、まるで死を迎えた戦友のように、静かにそこに横たわっていた。

 胸の奥がじんわりと痛む。
 きっと、もうこの"武機"が直ることはない。

 それでも、デルタさんとした約束が消えてなくなるわけではない。

「……ありがとう、レン」

 私は感謝を述べて、そっと"武機"の柄部分と一部の部品、そして、武機の魂とも呼べる部位を拾い上げた。
 手のひらに乗せると、それはかすかに温かい。

「それ、"機術核"だよな?」

「うん」

 手の上に乗せた光を見つめながら、私は静かに答えた。

「……動いてる。完全には壊れてないみたい」

 思わず息を呑む。
 壊れた『薄霞銀刀』の中で、唯一この"機術核"だけが無事だった。

 "武装機式"の要——人の精神と機構を繋ぐ心臓部。
 それがまだ動いているということは、この"武機"が完全に死んだわけじゃない。

「戻ったら、エドさんに見せようぜ。もしかしたら、なんとかなるかもしれないしさ」

「……そうだね」

 私は小さく頷き、"機術核"を両手で包み込んだ。
 掌に伝わる微かな温もりは、まるで鼓動のようで、どこか安心させてくれる。

 そうして、それを慎重に布で包みカバンの中へとしまった。

「それにしても、簡単に魔物を倒せる"武機"がこんなになるなんて……やっぱコイツ、やばかったんだな……」

 レンはそう言って、粉々になったあのスライムの"マナ・コア"に目を向ける。

「うん。確かに、強かった。でも、違う」

「違う?」

 レンは首を傾げる。

「戦闘中に私を吹き飛ばした衝撃……あれはスライムの力じゃない」

「ん?どういうことだ?」

 私がスライムの頭の上にあった王冠に指を差せば、レンもそちらへと視線を移す。

 泥に半ば沈み、ところどころ黒く焦げたそれは——それでもなお、鈍い光を放っていた。

「これ、ただの飾りか何かじゃないのか?」

 私は首を横に振り、王冠の表面をそっとなぞった。
 金属のようでいて、どこか生き物の骨にも似た質感。武機の一部分によく似ている。

「……多分、これには"武機"にも用いられている古代の技術が詰まってる」

「古代の……技術?」

「うん。私達の使っている"武機"はさ、魔法に対抗するために古代文明由来の機構を用いて作られているの」

 レンが「あぁ」と小さく声を漏らした。

「聞いたことある。本で読んだんだ。確か、魔物という脅威に人が抗うために、"機神マキナ教団"の技術者が"古代の遺物"を利用して作ったんだったっけか」

 私は頷く。

「で、この王冠は多分、遺物の一つだと思う」

「なるほどな。だから、あんな衝撃が走った訳だ」

 レンは腕を組み、王冠をまじまじと見つめた。その瞳に好奇心が宿る。

「なぁ、ソフィア」

「なに?」

「ってことはさ。その王冠があれば、"武機"を作れるんじゃないか?」

「え?」

 私は思わず聞き返す。
 レンの言葉の意味がすぐには理解できなかった。

 彼はしゃがみ込み、泥の中に半ば沈んだ王冠を注意深く掘り出す。

「これをエドさんのとこに持っていけばさ。ソフィアの"武機"、復活するかもしれないじゃん! だからさ、これ、持って帰ろうぜ?」

 そう言って、その王冠を持ち上げる。

「結構、重たいな……これ」

 レンは苦笑いを浮かべた。
 その姿を見て、心の内に安らぎを覚える。
 彼は私を気遣ってくれていた。しかも、彼は無意識でそれをしている。

 ほんと、ずるい。

 そう思いながらも、私は自然と笑みをこぼしていた。

「いいよ、私が持つ」

「え? でも重いぞ?」

「平気! これは私の"武機"を壊した原因でもあるし、もしかしたら復活させる鍵かもしれない。だったら、私が責任を持つよ」

 そう言って、私はレンの手から王冠を受け取る。
 泥に汚れた表面をそっと拭い、慎重にカバンの奥へとしまった。

 ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。
 壊れた『薄霞銀刀』を見た時は、ただの絶望しかなかったのに——今は、小さな希望がある。

「……にしてもさ」

 私が王冠をカバンに入れたのと同時にレンが口を開いた。

「デルタさん、試練は特別な魔物がいるわけでも、そんなに厳しいものでもないって言ってたよな」

「うん。言ってたね」

「特別な魔物はいたし、厳しかったよな?」

「あはは……確かにそう、だね」

 思わず苦笑がこぼれた。
 今まで試練を乗り越えてきた先輩達は、容易にあのような魔物を倒してきたのかもしれない。
 だとしたら、私はもっと強くならなきゃ!
 そう決意を胸に秘める。

「……まあ、終わったからいいけどさ。で、そうだ。宝箱」

 レンが思い出したように言って、大木へと駆け寄った。その根元には、戦闘の衝撃で半ば土に埋もれた古びた宝箱がある。

「鍵……とかはかかってないみたいだな」

 レンは宝箱の金具をガチャガチャと弄りながら、そう口にする。

「開けようか?」

「うん」

 私が頷けば、レンは慎重に蓋を開く。そうして、中から出てきたのは……二枚の光沢がある金色のメダルだった。

「これが、デルタさんの言っていた宝か?」

 レンはメダルの片方をを箱から取り出す。

「ん? なんか書いてる」

「えっ? なになに!」

 彼の手の中で、金のメダルがかすかに光を反射していた。
 気になって、私はそっと身を寄せて覗き込む。

「なにこれ」

 表面には、丸っこい字体でこう彫られていた。

 ——【ごうかく】。

「……合格?」

「そう書いてあるな」

 レンはもう片方のメダルも取り上げて、双方を確認する。どちらも、表には【ごうかく】と書かれており、裏にも小さな文字が刻まれていた。

 ——【よくがんばりました】。

「ぷっ……!」

 私は思わず吹き出した。

「あっはは! なんだよこれ! 記念メダルか!?」

 釣られてレンも腹を抱える。
 笑いながら、私は涙が出そうになった。
 あんなに必死だったのに、こんなオチだなんて。
 けれど、不思議と嫌な気分にはならなかった。

「デルタさん、自作かな?」

 笑いを収めながら、レンはメダルをひらひらと掲げる。

「いや、多分エドさんが手伝ってるよ。デルタさん、手先は器用だけど、金属の加工ならエドさんに任せそうだし」

「確かに。デルタさんってエドさんにはなんつーか、遠慮がないもんな」

「だね」

 頷いたあと、ふと彼の手の中のメダルを見つめる。
 金色に光るそれは確かに眩しいけれど、試練の報酬というには可愛らしすぎた。

「でもさ、お宝って言うならこっちの王冠のほうがそれっぽくない?」

 私はそう言って、カバンに収めた冠を取り出す。

「確かに……どうせ立ち向かうことになる相手だったんだから、これを持ってこいって言われた方が試練らしいかったかもな」

 レンの言葉に私はふっと目を細める。
 手の中の王冠は泥に汚れてもなお、微かな光を放っていた。
 その存在感はどうにもただのおまけとは思えない。

「もしかして、倒す必要……なかった?」

 私の呟きに、レンが目を瞬かせた。
 けれど次の瞬間、彼はゆっくりと笑い出す。

「はは。それ、もし本当だったらすごくない? わざわざ倒さなくてもよかった相手を全力でぶっ倒したってことだろ?」

「……うん、そういうことになる、かも」

「だったら、デルタさんの想定以上ってことだ!」

 レンが笑いながらそう言う。
 その明るさにつられて、私もつい吹き出してしまった。

「想定以上……ふふっ、そうかもね」

 泥に汚れた地面に腰を下ろし、巨木を仰ぐ。
 枝葉の隙間からこぼれる光は眩しいほどに穏やかだった。
 戦いの緊張がようやく解けていくのを感じる。

「……じゃあ、戻ろっか。レン」

 私は立ち上がり、彼に手を差し出す。

「そうだな。帰って、ちゃんと伝えよう。俺達は大丈夫だって」

 泥で汚れた彼の手は温かかった。
 そうして、私達は谷を後にする。

 ぬかるんだ地面に残る足跡を、風がそっと撫でていった。

         ◇◇◇

 二日の短い旅路を終え、俺たちはようやくルミナの街へ帰ってきた。
 その街並みを見て、たった数日離れていただけなのに全部が懐かしく感じる。

「なんつーか、こっちの空気は落ち着くな」

「だねー」

 ソフィアが笑って答える。
 その背中の鞄には、例の王冠が入っていた。
 もしかしたら、それが彼女の"武機"を新たに生み直すための鍵になるかもしれない。
 そんな期待が胸の中で静かに膨らんでいた。

「なぁ、ソフィア」

「ん? どうしたの?」

「"カーリスの家"に戻る前にさ、エドさんの店、寄ってかね? ほら、王冠のこともあるし」

「うん、私もちょうどそう思ってた」

 ソフィアは頷く。その表情には、疲れよりもどこか期待の色が浮かんでいた。
 "武機"を失ったばかりなのに、その瞳は前を向いている。
 彼女の強さに安心して、俺達はエドさんの店へと向かった。


 木でできた門を抜けてすぐ。俺達はエドさんの店の前まで辿り着く。

「エドさーん、ただいまー!」

 ソフィアが店の入り口を叩きながら、そう声をかける。そうして、店内から慌ただしい音が聞こえて来たかと思うとガラガラ! と音を立てて扉が開き、息を切らしたエドさんが姿を現す。

「はぁ、はぁ……おかえり、二人とも! よく、無事に戻ってきたなぁ! ……はぁ、はぁ」

「えっと、ただいまです。……なんか、疲れてます? 何かあったんですか?」

「あぁ、いや、大丈夫だ。久しぶりにちょっくら運動をしてな……はぁ」

 息を切らした彼の姿から何もなかったようには思えなかったが、どうにも触れてほしくないのか、彼は捲し立てるように言葉を続けた。

「で、どうだったんだよ? ちゃんとやり遂げたのか?」

 その問いかけに俺達は頷き、二人であのメダルを取り出してエドさん見せつける。

「エドさんのおかげです。食料に薬草に、ナイフ。本当にありがとうございました」

 頭を下げる俺の姿を見た彼はニッと笑みを浮かべて、そのドワーフ特有であろう大きな手で俺達の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「よぉくやった! テメェら! 流石だ!」

 エドさんの手は容赦がない。
 髪がぐしゃぐしゃになるほど撫で回されて、 ソフィアは「わっ、わっ!」と声を漏らした。

「ちょ、エドさん! 痛いっす!」

「ガハハ! いいじゃねぇか! "合格"したんだろ? これはオレの祝いの気持ちだ!」

 そう言って豪快に笑うエドさんの声は、いつもよりも温かった。
 そうして、数秒されるがままだった俺達だったが、ソフィアが声を発したことでエドさんの手が止まる。

「……あの、それでですね、エドさん」

 彼女は一歩前に出て、背負っていた鞄をそっと下ろす。

「ん、どうしたんだ? ソフィアちゃん」

「実は、試練の最中に……私の『薄霞銀刀』が壊れちゃいまして……」

 その言葉を聞いたエドさんの表情はやけに神妙なものに変わる。

「なるほどな。……"機術核"もダメになったのか?」

 ソフィアは首を横に振る。そうして、鞄から『薄霞銀刀』の"機術核"を取り出して、彼に手渡した。
 エドさんは差し出されたそれを両手で受け取り、じっと目を凝らして指先で表面をなぞり、耳を近づける。
 そうして、「ふぅ……」と小さく息を吐くと、彼の口元に、わずかな笑みが灯る。

「よし、まだ死んじゃいねぇな……! 大丈夫だ、ソフィアちゃん。こいつはちゃんと生きてる」

 彼の瞳にはまるで職人の勘に火がついたような光が宿っていた。しかし、その視線はどこか泳いでいるように見える。
 そうして、俺達の期待の眼差しをチラリと見て、首を横に振った。
 
「だが、すまねぇ。素材が足りねぇ。だから、オレにゃあ直せねぇな……」

 落胆した声のエドさんに俺は問いかける。

「あの……素材ってもしかして、古代の遺物ですか?」

「あぁ、そうだ。こんな田舎じゃあ滅多に手に入らねぇ"武機"の素材だ。それがなきゃあ、核が生きてても"武機"は作れねぇ。"グラントフォル"か"オートルティア"にでも行きゃあ、いくらでも素材はあるんだろうがなぁ……」

 腕を組みながら、そう口にして唸るエドさんを見て、ソフィアが悪戯な笑みを浮かべる。

「ねぇ、エドさん。古代の遺物があったら、私の"武機"作ってくれる?」

「ん? あぁ、そりゃあ勿論だ。だが、無いものねだりは……」
「じゃあ、これで大丈夫ってこと?」

 ソフィアは鞄の中から、泥の拭いきれていない王冠を取り出した。
 それを見た瞬間、エドさんの目が大きく見開かれる。

「なっ……!? おいおい、そりゃあ確かに古代の遺物だろうが……まさかこれを試練の谷で見つけたってのか!?」

 その声には、驚愕と興奮が混ざっていた。
 ソフィアは頷き、エドさんに王冠を手渡す。彼は王冠を受け取ると、表面をなぞり目を凝らした。

「こりゃあ、すげえ……。古代の遺物の中でも滅多に見られない構造だ……。これさえあれば——」

 エドさんは俺達の方へと視線を向けて、こう口にする。

「『薄霞銀刀』の核を使って、"武機"が造れるぞ!!」

「——!」

 その言葉に、ソフィアの胸が高鳴ったのを俺は感じた。

「本当、ですか?」

「勿論だ!こんな上物がありゃあ、『薄霞銀刀』は今まで以上の代物として復活するだろうよ!」

 ソフィアは静かに頷く。

「......お願いします、エドさん。この"機術核"と王冠、預けます。だから、私の"武機"を——もう一度、動かしてあげてください」

「あぁ! この村きっての職人、なんでも屋のエドさんにどーんと任せておけ!」

 彼は自身の胸をドンと叩いて決意を表明する。その姿は職人の誇りに満ちていた。

 そうして、エドさんは差し出された核を慎重に受け取る。

「ありがとうございます」

 そう言って、ソフィアは深々と頭を下げる。
 エドさんは頷き、彼女が手渡した王冠と核を抱えた。

「おう。完成したら、報告してやる。アンタらは早くカーリスの家に戻りな! デルタさんや子どもたちが、オマエさんらの吉報を待ってるぜ!」

「はい!」
「では、失礼しました」

 ソフィアと並んで会釈をして、俺達はエドさんの店を出る。

 外は、すっかり夕暮れに染まっていた。
 金色の光が石畳を照らし、遠くで鐘の音が響いている。

 歩きながら、ふと俺は思い出した。
 ——そういえば、エドさん。あの行商人とは会えたんだろうか。

 聞きそびれていたな。
 次に訪れたときにでも聞いてみようか。

 そう心の中で呟きながら、俺たちは夕暮れの街を歩き出した。

          ◇

 黄金色に染まる街並みの先、"カーリスの家"は俺達の帰りを待っていたかのように窓の明かりを柔らかく灯していた。
 煙突から立ち上る煙が、夕陽の光を受けてゆらゆらと揺れている。
 その光景を見ただけで、胸の奥がじんわりと熱くなった。

「「ただいま!」」

 扉を開いた瞬間、俺とソフィアの声が重なる。そうして、部屋の奥からドタドタと複数の足音が聞こえてきた。

「ソフィア姉ちゃん! レン兄ちゃん!」
「帰ってきたーっ!」

 子ども達が駆け寄り、勢いよくソフィアに抱きつく。
 よろめきながらも、彼女は笑って彼らの頭を撫でた。

「で、どうだったどうだった!?」
「試練、達成したの!?」

「うん。ちゃんと試練、乗り越えたよ」

 その声にみんなの顔がぱっと明るくなった。
 彼等の後ろから遅れて来たリオもソフィアの言葉を耳にして、なんだか誇らしげな顔を浮かべている。
 そんな彼を見て、初めて会った時の狼のような目つきを思い出して、笑ってしまう。

「なんだよ、レンさん」

 そう言って、鋭い目線をこちらに向けるがその瞳もあの時に比べれば数倍柔らかい。

「いや……なんでもないよ。次はリオ、お前だな。来年、頑張れよ」

 俺の言葉に「いや、まだ早いって」なんて口にするリオ。
 彼に「頑張れよ」と俺の真似をして楽しげに小突く子ども達。
 部屋の中が一瞬で賑やかになった。

 そこへ、奥の扉が静かに開き、エプロン姿のデルタさんが現れた。

「おかえりなさい。ソフィア、レン」

「ただいま、戻りました!」
「デルタさん!ただいま!」

 彼女は俺達二人の姿を見て、ふっと微笑む。
 そして、彼女はこう口にした。

「顔を見れば、結果は分かります。試練達成、おめでとうございます。……二人とも、よく頑張りましたね」

 その言葉に、俺とソフィアは同時に頭を下げた。
 デルタさんは軽く頷き、俺達の頭を撫でる。

「さぁ、話は後にしましょう。まずはご飯です。今日はごちそうですから、冷めないうちに」

 それを聞いた子ども達が歓喜に満ちた声を上げて彼女の後を駆けていく。

「じゃ、私達も行こっか」

「そうだな」

 俺たちは穏やかな日常へと帰ってきた。

 食卓には温かなスープの香りが漂い、笑い声が絶えなかった。
 リオが興奮気味に試練ではどんな魔物と対峙したのかと聞いてきて、ソフィアが身振り手振りで語るたびに、子ども達は目を輝かせた。
 デルタさんも、珍しく声を立てて笑っていた。母のような穏やかな顔で。

 それから時間は経ち、夜が更け、部屋の明かりがひとつ、またひとつと消えていく。
 外では虫の声が響き、街の喧騒も遠のいていた。

 なんとなく眠れず、俺は自分の部屋から出る。すると、廊下にはソフィアがいた。
 きっと、彼女も寝付けなかったのだろう。
 部屋から出た瞬間、彼女と目があった。そうして、ソフィアは俺に手招きをする。

「……ねぇ、レン」

「ん?」

「私達、もう少ししたら本当にこの家を出るんだね」

「あぁ。成人の儀を終えたし、"聖環機士団マキナ・サンクタリア"の入団試験の時期に合わせて、旅立ちだな」

「そうだよね……寂しくなるなぁ」

 小さく漏らすその声に、俺は一瞬言葉を失う。
 この家で過ごした日々、笑い合った時間、積み重ねた思い出。

 それらが、もうすぐ"過去"になるのだと思うと、胸の奥が少しだけ締め付けられた。

「私ね。出て行くまでの時間、ちゃんと大切にしようと思うんだ」

 ソフィアは窓の外を見つめたまま、穏やかに続ける。

「家族と過ごせる日々って、永遠じゃないから。だから——」

「——だからさ。今は笑っていたいんだ」

 ソフィアの言葉に、俺は静かに頷く。
 彼女の瞳には、決意と寂しさが宿っていた。

 試練を越えた先にあるのは、きっと新しい旅路。
 それでも、今はまだこの灯りの下で、温もりに包まれていたかった。










 しかし、世界は残酷で束の間の休息も許してはくれない。



 それから、一ヶ月も経たぬうちに序章を締めくくる"悲劇"は幕を開けた。
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