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第16話 殿下の想い

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  コンラッド様の温もりを感じていたら涙が自然と溢れて来た。

  (くよくよしない、泣かない……そう決めたはずなのに)

  でも、彼は全てを知っていてわたくしを受け入れようとしてくれている。
  その事が嬉しくてたまらない。そう思ったら涙が……

「クラリッサ……」

  コンラッド様が少しだけ身体を離すと、そっとわたくしの涙を拭う。
  その手つきさえも優しかった。

  (改めてあの時の話をしたのにやっぱり態度は変わらない……)

  信じていい人……
  そう思ったわたくしはコンラッド様の背中に腕を回し自分からも抱きしめ返した。





「クラリッサ……」

  しばらく無言で抱きしめ合っていたらコンラッド様が優しくわたくしの頭を撫でながら名前を呼んだ。
  顔を上げるとコンラッド様は少し遠い目をしていた。

「あの時、気付いたら君の姿が見えなくなっていて」
「……」
「そうしたら、突然バルコニーで騒ぎが起きた」
「……ええ」

  そう聞くと、本当にコンラッド様もあの場所にいたのだな、と実感する。
  それは何だかとても不思議な感じ。
  あの時、あの場でわたくしの事を案じてくれている人もいた。
  そう思うと胸がじわりと温かくなる。

「……そこから先は、何もかもが凄いスピードで進んでしまって正直、何が何だか私にはよく分からなかった……というのが正直な感想だ」
「そうですね、わたくしもです……」

  ギュッ
  コンラッド様は、一旦そこで言葉を切ってわたくしを強く抱きしめる。

「……」
「……」
「今、ここでこんなことを言うのは余計、クラリッサに辛いことを思い出させるうえに、混乱させるだけなのだけど」
「……?」

  コンラッド様がそんな前置きをしてからどこか躊躇いがちに口を開く。

「これは私が他国の……言うなら部外者だったせいもあると思うのだけど」
「はい」
「私には、あの一連の何もかもがクラリッサ……君を陥れる為に用意された舞台だったのではないか、というように感じている」
「何もかも、が?」

  (アルマとジャンも加えた護衛騎士が……というのはわたくしも考えたけれど、何もかも?)

「君は国王陛下に愛されていた。そんな国王陛下だったからこそ事件のショックは大きく、あの場でかなり頭に血が上ってしまっていたように私は思う。そして冷静な判断が出来ずクラリッサの主張に聞く耳を持たず一方的に責めたてた」
「はい……」
「陛下の言葉を受けて、周囲もこれでもかと君への不満を一斉に口にし始めた。それは事件に関係ないことまで含んでいた……」

  その通りだとわたくしは頷く。
  殺人犯──という“国王陛下”からの言葉は重かった。
  あの瞬間、わたくしは皆にとって“何を言ってもいい存在”に成り下がってしまった。

  ──実は、ずっと前から嫌々相手をしていた。王女には逆らえないし。
  ──王女のことだからいつかやると思っていた。
  他にも、あんな事をされた、こんな事をされた、我儘、身勝手、傲慢……

  他に何を言われたかしら……なんであれ、人ってあんなにも簡単に変わるのかと思わされたわ。
 
「そんな周囲の言葉を聞いたお父様はますます激怒しましたわ……」
「うん……」

  頷いた時のコンラッド様の表情は苦しそうだった。
  この方は、自分の事のように胸を痛めてくれるのかと思うとまた涙が出そうになる。

「そういえば、牢屋にいる時にお兄様に言われました」
「なんて?」
「……出来ることならわたくしを信じたかったけれど、これだけ多くの人からわたくしへの日頃の不満の声を聞いてしまい、行っていた悪事が判明したらとてもじゃないが信じることは出来なくなった……と」

  その話をしに来た時のお兄様は、何か資料のようなものを手にしていた。
  あれはおそらくわたくしのこれまでの素行について色々情報を集めたものだったに違いない。

  ───そうして、わたくしは残りの家族にも完全に見限られた。

「私はね、帰国してから何度もあの時のことを思い出しては考えた。そうして思ったのは国王がクラリッサに対してになることすらも計算されていたのでは?  という事だった」
「え?  それも計算?」

  わたくしが顔を上げるとコンラッド様どこか悔しそうな表情を浮かべていた。

「そもそも、最初に伯爵令嬢の悲鳴が聞こえてバルコニーに真っ先に駆け付けた人物は、大声で会場の皆にこう言ったんだ」
「最初に駆けつけた人物……?」

  そう言われて、思った。
  わたくしは突然消えたアルマに気を取られていたので、何て叫ばれたのかちゃんと聞いていない。
  そもそもあれは誰だったのかしら?

「そいつは王女殿下がバルコニーから突き落としたってハッキリ断言したんだよ。普通に考えればそんな一瞬で判断出来ることでは無いだろうにね」
「え?  殴っ……!」

  確かに手を上げようとはした。でも、その前にアルマは転落していた。

「王女殿下の体勢が──って、ご丁寧に君のその時の姿までわざわざ口にしていた……」
「……!」
「そうすることで、国王陛下だけでなく、その声を聞いた皆の頭の中にもクラリッサが“悪”という思いを植え付けたかったんじゃないか?  と思った」

  (そんなのって……)

「だから、最終的にアルマの主張だけが通り、わたくしの声は届かなかった?  すでに皆の頭の中にはそんな先入観があったから……?」
「……おそらく」

  コンラッド様が頷く。
  もともと、わたくしは我儘やら傲慢やらと周囲には思われていたようだから…………それに加えて先入観なんて持たれていたら、それは何をどう主張しても言葉が届かないはずだわ。

「そこまでわたくしは、皆に嫌われていたのですね───」
「クラリッサ!  だからといって殺人犯と言う汚名を着せられてまでの冤罪は許されることではない!」

  コンラッド様がわたくしの両肩をガシッと掴む。
  わたくしを見つめるその目は真剣だった。

「コンラッド様……」
「クラリッサ。私は今回の海外公務のついでに……実はランツォーネにも再びお忍びで行ってきたんだ」

  (───え?)

「私は君の冤罪を晴らしたい」
「な、何を言って……?」

  わたくしは耳を疑った。
  冤罪を晴らしたい?  そんなことをしても今更だし、証拠だって───

  (あ、そっか)

「やっぱりこのままわたくしがコンラッド様に嫁ぐのは問題がありますものね……今は良くてもいつかこの話がこの国にも……そうなったらコンラッド様も当然白い目で……」
「違う!  そうじゃない!」

  コンラッド様が力強い言葉で遮る。

「私の為じゃない!  私はどんな目で見られても一生君を守り続ける覚悟は出来ている!  冤罪を晴らしたいのはクラリッサ、君の為だ!」
「……は、い?」
「この件が暗い影を落とし続ける限り、君はあの昔のようなキラキラした顔では笑えないじゃないか!」
「え?  キラ?  えが……お?」
「それはすなわち、クラリッサが心から幸せではないということ!  それは絶対に駄目だ!」
「ええ!?」

  理解が追いつかない。
  一生、わたくしを守り続ける覚悟……?
  え?  キラキラした笑顔……?  心からの幸せ……?

「───そして、願わくば私もまたクラリッサのあのキラキラ笑顔が見たいんだ!」

  混乱しているわたくしに向かってコンラッド様は堂々と言い切った。
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