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第50話 元護衛騎士の後悔
しおりを挟む一気にコンラッド様の纏う空気が冷たいものに変わった。
ジャンもそれを感じたようで表情がどんどん青ざめていく。
「うっ」とか「ああ……」とか怯えていて全く言葉が発せていない。
そうして、しばらく無言の時間が過ぎたあと、ジャンが青ざめた顔のままポツリと口にした。
「大切……パーティーでもそうでした。コンラッド殿下はそんなにも王女殿下のことが好き……なのですか?」
「ああ。クラリッサは私の初恋なんだ」
「初恋……?」
ジャンの顔が驚きの表情に変わる。
「だから、私はクラリッサを傷つけようとする者は決して許さないし、許せない」
コンラッド様はお前だ! と言わんばかりの顔でジャンを睨みつける。
睨まれたジャンは「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて慌て出した。
「……っ! ま、待ってください! で、ですが、王女殿下は……その……」
「──私は転落事故の起きたパーティーに参加していた人間の一人だ。それでもクラリッサが無実だとずっと信じていた。クラリッサが犯人だと疑ったことなど一度もない」
「なっ……! 疑ったことが……ない!?」
ジャンはさらに目を大きく見開いた。
その表情は信じられない……と言っている。
「何をそんなに驚く? そんなの当たり前だろう?」
「当たり前……? た…………確かに転落事故の件、王女殿下は無実……でした。それでも! あの場では王女殿下が他にも実際に行っていた酷い行為についても晒されていた……のに……そんな……」
「何が言いたい?」
コンラッド様が焦れったいな……という目でジャンを睨む。
ジャンは慌てた様子で口を開く。
「コ、コンラッド殿下は、あれらの話を聞いて王女殿下に幻滅したりすることは無かったのですか!」
「無い!」
ジャンのその質問にコンラッド様は、躊躇う様子一つ見せずに頷いた。
「私は自身の目を信じている。私が見たクラリッサはそんな子ではない。だが、それらが真実だと言うのなら、きっと何か理由があるはずだ、そう思っていた」
「そんな! どうしてですか! どうしてそこまで王女殿下のことを……」
そんなの有り得ない! と言わんばかりのジャンに対してコンラッド様は何でもないことのように告げる。
「どうして? そんなの自分が愛する人のことは、疑うよりもまずは信じたいじゃないか」
「し、信じ……る?」
「そうだ。たとえ、そんなことはないはずだと自分が信じた結果、裏切られてしまったのだとしても、それは相手が悪いんじゃない。見る目がなかった自分が悪かった、それだけだ」
「じぶん……が……悪い」
ジャンが呆然とした顔でコンラッド様の顔を見つめた。
完全に言葉を失っている。
「だから、他人を責めるのは間違っている。何よりそれは人として最低な──愚かな行為だ」
「────っ!」
コンラッド様のその言葉にジャンは両手で自分の顔を覆う。そして……
「う……うぁぁぁ」
そんな苦しそうな叫び声をあげると、そのままガックリと両膝を地面につけて蹲った。
ジャンの叫びはそのまましばらく続いた。
「コンラッド殿下と違って自分に足りなかったのは、強く相手を想う気持ち……だった、のでしょうか……」
しばらくして、ヨロヨロと起き上がったジャンが小さな声で独り言のように呟く。
そんなジャンの目は真っ赤だった。
(強く相手を想う気持ち……)
「私は……アルマのことを信じることが出来ませんでした……彼女のことを愛している……そう思っていた、はず……なのに」
「……」
「……」
「アルマは私の気持ちを分かってくれた人で……二人で幸せに……なれる、と……」
ジャンの独り言をコンラッド様とわたくしは口を挟まずに静かに聞いていた。
その言葉を聞きながら、わたくしはサマンサ嬢が口にしていた言葉を思い出す。
────仕組まれた出会いだったとしても、偽りの愛を本物の愛に出来なかったのは、その騎士と彼女の問題であって王女殿下のせいではないと思います。
(偽りの愛……)
思い返すと、ジャンはパーティーでアルマの隠しごとが判明していく度にどんどん項垂れていった。そして、最後は連行されていくアルマに対して声もかけなかった。
あの時もわたくしはやるせない思いを抱いた。
ジャンがアルマに対して強く想う気持ちがあったなら、違う未来が待っていたのかしら?
一からやり直したいと言ったアルマを信じて受け入れて二人で歩む別の未来が……
(でも、その未来はもう訪れない)
そんなことを思いながら、ジャンのアルマに対する後悔なのか懺悔なのかよく分からない言葉を黙って聞いていたら、コンラッド様がそっと隣に並びわたくしの手を握った。
(コンラッド様……!)
チラッとコンラッド様の顔を見ると目が合った。
「!」
そして甘くて優しくて蕩けそうな微笑みを浮かべてくれたので、わたくしの胸がキュンとする。
コンラッド様は本当にかっこいい。
今日まで何度も何度も助けられた。
わたくしは、いつもそんなコンラッド様に守られてばかり……
(……わたくしはあなたに何を返せるかしら?)
───でも、そうね。
ジャンの問題が片付いたなら、今度こそ“好き”と言いたい────
❋
「王女殿下、申し訳ございませんでした」
「ジャン……」
「全て、コンラッド殿下が言った通りです」
落ち着いたと言うべきか、ようやく気を取り直したジャンが深々とわたくしに向かって頭を下げている。
「私は、自分の身に起きたことに素直に向き合うことが出来ず、わざとあなたを傷付けてやろうと思いました」
「……」
「あの時、王女殿下が戻ってさえ来なければ……何度もそう思い、私とは対照的に幸せに向かって進もうとしているあなたを……妬ましいとさえ思いました」
「……」
「あなたを傷付ければ……私の気持ちも晴れるはずだと、そう思ったのです…………本当に愚かでした」
ジャンはそこまで言うともう一度頭を下げた。
「それで、あなたの気は晴れた?」
「────いいえ。晴れませんでした」
そう静かに首を横に振るジャンを見て、コンラッド様が言う。
「クラリッサたっての願いで、今回の件は不問とするが……次は無い。もし、またクラリッサを傷付けようとしたその時は───」
「わ、わ、わ、分かっています……! わ、私がもう王女殿下と関わることはありません」
(ジャン……)
「───クラリッサ王女殿下」
「……」
「本当に申し訳ございませんでした。そして、今度こそあなたのこれからの幸せを願っています」
ジャンがそう言った時、コンラッド様が私を抱き寄せて言った。
何だか顔が少し怒っている。
「お前なんかに願われなくてもクラリッサは私が幸せにする!」
「……そのよう……ですね」
ジャンは小さく笑うと最後に頭を上げて、何か言いたそうにわたくしの顔をじっと見た。
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