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第19話 王子様は最強です
しおりを挟む「さて、侯爵様。先程のシグルド殿下への侮辱発言ですけれど」
「!」
ビクッと侯爵の身体が震えている。
「わ、儂は侮辱発言など……」
「そうですか? 私ははっきりとこの耳で聞きました」
「ふ、吹き飛ばされた事に驚いて、つ、つい口から出てしまっただけだ! 決して侮辱したわけではない!」
何とまぁ、調子の良い事を。
「うーん……そうは仰いますが、我が家の使用人も耳にしておりましてよ?」
「ぐっ」
「このままでは、確実に“侮辱罪”が適用になってしまいますわね」
「な、何が言いたい」
「……ですから、私の要求は一つですわ。先程からお願いしているではありませんか。グレメンディ侯爵様?」
私はにっこり微笑んで追い詰める。
「い、いや! 待て。だが、今からそれを陛下に申し出るにしても、儂とルキア嬢の婚約はもうすぐ発表が──」
「いいえ。発表は行われません」
「は、あァ??」
私のその言葉に侯爵の声が裏返る。
「侯爵様もここまで遅いのはおかしいなと思っているでしょう?」
「そ、それは……」
どうして気付かなかったのかしら。
私に触れる人を弾き飛ばしてしまうような術をかける彼が、婚約解消するかもしれないという時に呑気に大人しくしているはずが無いじゃない。
──逃がさないよ、ルキア。
シグルド様の言葉が頭の中に浮かぶ。
ええ、そうよね。シグルド様。
「きっとこの件はシグルド様が動いてくれていますもの」
「な、何?」
「ですから、私とシグルド様は婚約解消しませんので、グレメンディ侯爵様と私の結婚は有り得ませんわ」
「ちょっと待つのだ……ルキア嬢」
「ですが、これ以上は我が家も巻き込んで付け込まれるのは勘弁して欲しいのです! ですから、婚約の申し込みを取り下げてくださいませ?」
私がそう言い切った所で、部屋の入口から声がした。
「───そういう事だよ。さすが私のルキア」
(──ん?)
嫌だわ、困ったわ。
シグルド様の事ばかり考え過ぎてしまったせいか、幻聴が聞こえる。
と、思ったのだけど、
「な、何故ここに!」
グレメンディ侯爵が目に見えて慌て出した。
……という事は?
この声は、幻聴では無い??
「……」
私は怖くて後ろが振り向けない。
本当に本当に? 来てくれた??
「ルキア」
「……」
(駄目……泣きそう)
「私の可愛いルキア、おいで」
「……!」
その言葉に私がおそるおそる振り向くと、やっぱりそこに居たのは──
「シグルド様!」
「ルキア!」
私は真っ直ぐシグルド様の元に駆け寄り、ギュッと抱き着いた。
「え!? ルキアが積極的!?」
「……シグルド様!」
シグルド様はそんな驚きの声をあげながらも笑顔で私を抱きしめ返す。
(この温もり……夢じゃない)
本物のシグルド様だわ……!!
「ルキア」
「シグルド様」
私達は見つめ合うと互いに名前を呼び合いながら、その温もりを確かめ合う。
「怪我は無いか? 大丈夫?」
シグルド様がそっと、私の両頬に手を添えて上を向かせる。
そんな彼に私は精一杯の微笑みを向けて答えた。
「大丈夫です。シグルド様が守ってくれましたから」
「私が?」
「……はい。あなたの“力”が守ってくれました。だから……」
「だから?」
シグルド様は不思議そうな顔をした。
「指一本触れられてません」
私のその言葉にシグルド様は嬉しそうな笑顔を見せた。
だけど、少し間を置いてから考える素振りを見せると言った。
「ん? 私の力に守られた……ルキアがそう言うという事は」
ジロっとシグルド様が侯爵を見る。
侯爵は「ひぃぃ」という顔になり怯え始めた。
「つまり、そこの男は私の可愛い可愛いルキアに汚い手で触れようと……つまり汚そうとした」
「ひっ!?」
侯爵は言葉が発せず、首をブンブンと横に振るばかり。
シグルド様は私を抱いたまま、黒い笑顔を浮かべる。
「グレメンディ侯爵」
「ひっ!」
「私のルキアは可愛いだろう? それはそれは貴殿が求婚したくなる程に」
「ひっ!」
シグルド様の笑顔が黒すぎて、侯爵は悲鳴しかあげれていない。
そんな所へシグルド様はとどめを刺す様に私の髪を一掬いしながら言った。
「貴殿が大好きなこの美しい銀の髪、一本一本から全て私の可愛いルキアなのだよ」
「ひっ!」
「弾き飛ばされただけで済んで良かったな」
「ひっ! え?」
「そうでなかったら、今頃貴殿の命は無かったかもしれない」
「ひっひぃぃ」
(シ、シグルド様の目が本気……! 本気なんだけど!?)
これは、最初の計画を実施しなくても良かったかもしれない。
そっと私は懐に忍ばせた“ナイフ”を見る。
本当は、侯爵が私の要求をのんでくれないのなら、目の前でこの髪の毛を切ってしまうわよ、などと言って脅す予定だった。
(ナイフはその為に忍ばせていたのだけど)
この変態侯爵は、風に吹かれて靡く銀の髪の毛が特に好きらしいので、私のこの髪の毛が短くなるのはかなり耐え難い事となるはずだった。
(そこを突くつもりだったのだけど)
結局、シグルド様への侮辱発言があったからそっちを利用する事にした。
私の髪の毛一本一本から全てを自分のものだと言い切ったシグルド様が髪の毛を切るつもりだったなんて知ったら、これは激怒どころでは済まなかったかもしれない。
「……ルキア、その懐に忍ばせている“物騒な物”については後でゆっくり話を聞くからね?」
「…………え?」
私の耳元でそっと囁くシグルド様。
(あぁ、全部見透かされている気がする)
「さて、侯爵殿、これからどうされますか?」
「ど、ど、どうとは?」
「貴殿が今すぐ父上……陛下の元に赴き、私の可愛いルキアへの婚約の申し込みを取り下げるのならすぐにこの場から解放しよう」
シグルド様は淡々と追い詰めていく。
「と、取り下げなかったら……?」
「……二度と日の目は見れないんじゃないかな?」
サァァと侯爵の顔色が悪くなる。
「と、と、取り下げます! 取り下げますからお命だけは!!」
「そう? なら、この場で誓約書を記入して今すぐ陛下の元に行ってくれるかな?」
シグルド様はニコニコした笑顔でそう言った。
「は、はぃぃ! ただ今……」
腰の抜けた侯爵は間抜けな格好で動き出した。
そこで、私は一つ忘れそうになっていた事を思い出す。
「そうだわ、グレメンディ侯爵様」
「な、な、な、何だろうか、ル、ル、ルキア嬢……」
私がにっこり微笑むと、侯爵はまた身体を震わせた。
「先程お話して下さった事です」
「話?」
侯爵が怪訝そうな顔をする。
「私が魔力を失ったのを知った時の話ですわ」
「あ、あ、あぁ……」
「その“証言”、そのうち必要になるかもしれませんので、その時はちゃんと証言して下さいね?」
私はにっこり笑顔を浮かべてそう口にした。
(ミネルヴァ様を追い詰める時に、必要になるかもしれないからね)
「……!」
コクコクコク!
私は笑顔で話したはずなのに、何故か侯爵は怯えた顔のまま何度も何度も頷いていた。
侯爵が慌てて王宮に向かったので、部屋の中には私とシグルド様が取り残される。
使用人が何故かこっそり退出していくのが見えた。
(え!? 何で出て行くの……!?)
と、驚いていたら、
「ルキア……私を見て?」
「え?」
甘く甘く私の事を呼ぶその声の主……シグルド様に再び抱きしめられた。
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