27 / 34
27. 好き?
私に熱い愛の告白をしたずるい夫は、「今日はこれ以上、混乱させるわけにはいかないから」と言って帰って行った。
もちろん、また来る……と言い残して。
馬車に乗り込むその後ろ姿を見ているだけで、私の胸はバクバクして顔からも火が出そうだった。
(私が生きているだけで幸せって……)
そんなひたむきな愛情を向けられるなんて思いもしなかった。
「マーゴットさん? 大丈夫?」
受付応対をしているマリィさんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ひゃっ! すごい真っ赤! これ熱があるんじゃ……」
「あ、ち、違っ……そういうのとは違う……と思うわ」
「え? じゃあ──」
そう言ったマリィさんの視線が夫の乗った馬車に向けられる。
「まさか、フィルポット公爵令息様に酷いことを言われたの!?」
「え!」
(酷いことどころか……愛、愛よ……愛しかなかったわ!)
夫からの愛の言葉が頭の中で延々と繰り返されてしまい、ますます顔が赤くなる。
「家族……って言っていたけど、マーゴットさんを探していたのは──……って、待って? 家族? マーゴットさんってフィルポット公爵家の方なの?」
「えっと……」
「あれ、でも……フィルポット公爵家って一人息子だったような……え?」
マリィさんは情報通なのか随分と詳しいようで、あれ? と、首を傾げている。
「……夫なの」
「はい?」
「……今、帰られたフィルポット公爵令息様は私の夫なの」
「お、夫……?」
「そう。私ね? まだ人妻だったのよ! マリィさん」
「ひとっ!?」
驚いたマリィさんは手に持っていた書類の紙の束をその場にバサッと落としてしまった。
────
私はこの施設に住み込みでお世話になっている。
その日の夜は、夕食を終えた私の部屋にマリィさんが訪ねて来て、詳しい話を求められた。
「まさか、マーゴットさんが次期公爵夫人だったとは……」
マリィさんはまだ信じられないわって顔で言った。
「治癒能力が使えるから貴族ということは分かっていたけど」
「そのことは、記憶が無いと分かった時に聞いてはいたの」
「え? そうなの?」
(ただ、離縁は成立していると思っていたけれど……)
「フィルポット公爵家の伝手で、私はここにお世話になることになったから。だけど、ごめんなさい……さすがに言えなくて」
「いや、言えないのは分かるわ。でも驚いたー……」
そこでマリィさんがふと思い出したように言う。
「確か、フィルポット公爵家のナイジェル様って、一年くらい前に突然結婚して……」
「そのお相手が私だったみたいなの」
「なるほど……ではナイジェル様は、行方不明になった妻のマーゴットさんを探してここに辿り着いたのね?」
「ええ……」
「あれ? でも、公爵家の伝手でマーゴットさんはここに来たのに夫であるナイジェル様はそのことを知らなかった……? え? どういうこと?」
「……」
マリィさんが疑問に思うのも分かる。
私だって、どういうこと? って驚いたもの。
「そ、それには色々と事情があったみたいで……」
「……! ははん、そういうこと」
うんうんとマリィさんは頷く。
「そういうこと?」
「───ナイジェル様、浮気したのね? それでマーゴットさんが記憶を失いたくなるほど悲しませて傷つけて……なのに! いざ、妻に逃げられたと知って今更、惜しいとでも思ったのか、女々しくもしつこく追いかけて来たってことね? ……なんて最低なの……!」
「え? え? え?」
「これ、今後は一切の出入り禁止にしないと! 安心して? マーゴットさん! 次にまた来たらこの私がばっちり追い返し──……」
(ひぇぇ!? マリィさんの中でとんでもない誤解が独り歩きしているーーーー!)
私は焦った。
夫はずるい夫だけど浮気者ではなくて、それで……えっと、私は───
「ち、違うの! えっと……わ、私は耐え忍ぶ妻ではなくて…………隠れ愛され妻だったの!!」
「……へ? か、かく?」
マリィさんの浮気者夫への想像力が豊かすぎて、愛と陰謀渦巻くドロドロ小説が好きだったらしい私と同じ匂いを密かに感じた。
「……コホンッ……えぇと、詳しい事情とやらはよく分からないけれど、ナイジェル様は浮気者夫ではなく隠れ溺愛夫だったのね?」
「み、みたいで……す」
隠れ溺愛夫という響に何だか胸がドキドキした。
「なるほど。それで、熱い愛の告白を受けてマーゴットさんの顔はあんなに真っ赤だったのね」
「……お、お恥ずかしながら」
再び、ボンッと顔が赤くなる私を見てマリィさんはボソッと呟いた。
「マーゴットさん、記憶ないのに意識しまくり……」
「だだだだだって! マリィさんも見たでしょ? あの文句を付けようがないくらいのかっこいい顔! 惚れ惚れするくらい美しい立ち姿! そしてそして、ずっと聞いていたいと思えるような少し低くて安心出来る優しい声…………あの人の欠点はどこにあるの!?」
私はずいっとマリィさんに迫る。
「け、欠点…………あ! 愛が伝わってなかったから、へ、ヘタレなとこ……ろ?」
マリィさんは私の勢いに圧倒されながらも答えてくれた。
ヘタレ……?
(うーん。でも、それには事情があったから───……)
「そ、それよりも! マーゴットさんの方も記憶があってもなくても、変わらず好きなのね」
「す、すすす、好き?!」
動揺して声が裏返ってしまう。
「これだけ好みの顔、姿、声! と騒いでいて、むしろ好きじゃないと言われる方が驚くわ。それともかっこいいのは見た目だけ?」
「み、見た目だけじゃないのよ、せ……性格も……紳士、だったわ」
だって、あんなに熱い愛情をぶつけて来ていたのに、無理やり触れて来たり迫ったり……なんて素振りは一切無かった。
そんな所も私のキュンポイントだった。
「マーゴットさん、ナイジェル様は焦らないと言ってくれたのでしょう?」
「ええ……」
「それなら、夫婦ということは一旦置いておいて言われた通り、新しい関係を始めてもいいんじゃない?」
「……」
(───……新しい関係を、始める……)
そして翌日。
休憩時間を過ごしていた私の元にずるい夫がさっそく現れた。
確かに、また来るとは言っていたけど!
「……マーゴット」
「───っ!? おっ……」
思わず、心の声でいつも呼んでいる、夫! と、呼び掛けそうになって慌てて口を押さえる。
どんな関係の夫婦でも、さすがにそんな呼びかけはしない……
(──そういえば、私は彼をなんて呼んでいたのかしら?)
「マーゴット?」
「あ、いえ……こ、こんにちは」
私はドキドキする胸を必死に抑えながらどうにか挨拶をする。
夫はそんな私を見て柔らかく微笑んだ。
「昨日、こっそり帰る前にマーゴットがいつもこれくらいの時間に休憩を取っていると聞いたんだ」
「……え?」
「仕事の邪魔はしたくないから。まあ、休憩の邪魔もするなよって話かもしれないけど」
「あ、お気遣い……あ、ありがとう、ございます……休憩……は別に大丈夫……です」
いつもボンヤリして過ごしているだけだったから。
邪魔よ! なんて思うことはない。
「そっか、良かった」
「……!」
色々と意識してしまって上手く顔が見られない。
何だか分からないけど、夫の全部が輝いて見える……私、記憶だけじゃなくて目もおかしくなったのかもしれない。
「それで、今日はマーゴットにプレゼントを持ってきた」
「え? プレゼント?」
(ま、まさか……!)
そうだった! 夫は貴族の男性……しかも公爵家の令息だもの。金はある!
だから、宝石とかアクセサリーとかいった高価な物を贈って貢いで私を懐柔しようという魂胆かしら?
今の私にはそんなもの不要だし貰っても困るだけなのに!
きっと、その辺は何にも分かっていないに違いな───……
「喜んでくれるといいんだけど────薬草の簡易栽培セット!」
「…………んえ?」
想像と全然違う物が出て来たので、またしてもすごく間抜けな声が出た。
あなたにおすすめの小説
【完結】想い人がいるはずの王太子殿下に求婚されまして ~不憫な王子と勘違い令嬢が幸せになるまで~
Rohdea
恋愛
──私は、私ではない“想い人”がいるはずの王太子殿下に求婚されました。
昔からどうにもこうにも男運の悪い侯爵令嬢のアンジェリカ。
縁談が流れた事は一度や二度では無い。
そんなアンジェリカ、実はずっとこの国の王太子殿下に片想いをしていた。
しかし、殿下の婚約の噂が流れ始めた事であっけなく失恋し、他国への留学を決意する。
しかし、留学期間を終えて帰国してみれば、当の王子様は未だに婚約者がいないという。
帰国後の再会により再び溢れそうになる恋心。
けれど、殿下にはとても大事に思っている“天使”がいるらしい。
更に追い打ちをかけるように、殿下と他国の王女との政略結婚の噂まで世間に流れ始める。
今度こそ諦めよう……そう決めたのに……
「私の天使は君だったらしい」
想い人の“天使”がいるくせに。婚約予定の王女様がいるくせに。
王太子殿下は何故かアンジェリカに求婚して来て───
★★★
『美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~』
に、出て来た不憫な王太子殿下の話になります!
(リクエストくれた方、ありがとうございました)
未読の方は一読された方が、殿下の不憫さがより伝わるような気がしています……
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
いつも隣にいる
はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~
夏笆(なつは)
恋愛
ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。
ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。
『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』
可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。
更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。
『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』
『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』
夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。
それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。
そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。
期間は一年。
厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。
つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。
この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。
あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
小説家になろうでも、掲載しています。
Hotランキング1位、ありがとうございます。
【完結】殿下は私を溺愛してくれますが、あなたの“真実の愛”の相手は私ではありません
Rohdea
恋愛
──私は“彼女”の身代わり。
彼が今も愛しているのは亡くなった元婚約者の王女様だけだから──……
公爵令嬢のユディットは、王太子バーナードの婚約者。
しかし、それは殿下の婚約者だった隣国の王女が亡くなってしまい、
国内の令嬢の中から一番身分が高い……それだけの理由で新たに選ばれただけ。
バーナード殿下はユディットの事をいつも優しく、大切にしてくれる。
だけど、その度にユディットの心は苦しくなっていく。
こんな自分が彼の婚約者でいていいのか。
自分のような理由で互いの気持ちを無視して決められた婚約者は、
バーナードが再び心惹かれる“真実の愛”の相手を見つける邪魔になっているだけなのでは?
そんな心揺れる日々の中、
二人の前に、亡くなった王女とそっくりの女性が現れる。
実は、王女は襲撃の日、こっそり逃がされていて実は生きている……
なんて噂もあって────
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!