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27. 好き?
しおりを挟む私に熱い愛の告白をしたずるい夫は、「今日はこれ以上、混乱させるわけにはいかないから」と言って帰って行った。
もちろん、また来る……と言い残して。
馬車に乗り込むその後ろ姿を見ているだけで、私の胸はバクバクして顔からも火が出そうだった。
(私が生きているだけで幸せって……)
そんなひたむきな愛情を向けられるなんて思いもしなかった。
「マーゴットさん? 大丈夫?」
受付応対をしているマリィさんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ひゃっ! すごい真っ赤! これ熱があるんじゃ……」
「あ、ち、違っ……そういうのとは違う……と思うわ」
「え? じゃあ──」
そう言ったマリィさんの視線が夫の乗った馬車に向けられる。
「まさか、フィルポット公爵令息様に酷いことを言われたの!?」
「え!」
(酷いことどころか……愛、愛よ……愛しかなかったわ!)
夫からの愛の言葉が頭の中で延々と繰り返されてしまい、ますます顔が赤くなる。
「家族……って言っていたけど、マーゴットさんを探していたのは──……って、待って? 家族? マーゴットさんってフィルポット公爵家の方なの?」
「えっと……」
「あれ、でも……フィルポット公爵家って一人息子だったような……え?」
マリィさんは情報通なのか随分と詳しいようで、あれ? と、首を傾げている。
「……夫なの」
「はい?」
「……今、帰られたフィルポット公爵令息様は私の夫なの」
「お、夫……?」
「そう。私ね? まだ人妻だったのよ! マリィさん」
「ひとっ!?」
驚いたマリィさんは手に持っていた書類の紙の束をその場にバサッと落としてしまった。
────
私はこの施設に住み込みでお世話になっている。
その日の夜は、夕食を終えた私の部屋にマリィさんが訪ねて来て、詳しい話を求められた。
「まさか、マーゴットさんが次期公爵夫人だったとは……」
マリィさんはまだ信じられないわって顔で言った。
「治癒能力が使えるから貴族ということは分かっていたけど」
「そのことは、記憶が無いと分かった時に聞いてはいたの」
「え? そうなの?」
(ただ、離縁は成立していると思っていたけれど……)
「フィルポット公爵家の伝手で、私はここにお世話になることになったから。だけど、ごめんなさい……さすがに言えなくて」
「いや、言えないのは分かるわ。でも驚いたー……」
そこでマリィさんがふと思い出したように言う。
「確か、フィルポット公爵家のナイジェル様って、一年くらい前に突然結婚して……」
「そのお相手が私だったみたいなの」
「なるほど……ではナイジェル様は、行方不明になった妻のマーゴットさんを探してここに辿り着いたのね?」
「ええ……」
「あれ? でも、公爵家の伝手でマーゴットさんはここに来たのに夫であるナイジェル様はそのことを知らなかった……? え? どういうこと?」
「……」
マリィさんが疑問に思うのも分かる。
私だって、どういうこと? って驚いたもの。
「そ、それには色々と事情があったみたいで……」
「……! ははん、そういうこと」
うんうんとマリィさんは頷く。
「そういうこと?」
「───ナイジェル様、浮気したのね? それでマーゴットさんが記憶を失いたくなるほど悲しませて傷つけて……なのに! いざ、妻に逃げられたと知って今更、惜しいとでも思ったのか、女々しくもしつこく追いかけて来たってことね? ……なんて最低なの……!」
「え? え? え?」
「これ、今後は一切の出入り禁止にしないと! 安心して? マーゴットさん! 次にまた来たらこの私がばっちり追い返し──……」
(ひぇぇ!? マリィさんの中でとんでもない誤解が独り歩きしているーーーー!)
私は焦った。
夫はずるい夫だけど浮気者ではなくて、それで……えっと、私は───
「ち、違うの! えっと……わ、私は耐え忍ぶ妻ではなくて…………隠れ愛され妻だったの!!」
「……へ? か、かく?」
マリィさんの浮気者夫への想像力が豊かすぎて、愛と陰謀渦巻くドロドロ小説が好きだったらしい私と同じ匂いを密かに感じた。
「……コホンッ……えぇと、詳しい事情とやらはよく分からないけれど、ナイジェル様は浮気者夫ではなく隠れ溺愛夫だったのね?」
「み、みたいで……す」
隠れ溺愛夫という響に何だか胸がドキドキした。
「なるほど。それで、熱い愛の告白を受けてマーゴットさんの顔はあんなに真っ赤だったのね」
「……お、お恥ずかしながら」
再び、ボンッと顔が赤くなる私を見てマリィさんはボソッと呟いた。
「マーゴットさん、記憶ないのに意識しまくり……」
「だだだだだって! マリィさんも見たでしょ? あの文句を付けようがないくらいのかっこいい顔! 惚れ惚れするくらい美しい立ち姿! そしてそして、ずっと聞いていたいと思えるような少し低くて安心出来る優しい声…………あの人の欠点はどこにあるの!?」
私はずいっとマリィさんに迫る。
「け、欠点…………あ! 愛が伝わってなかったから、へ、ヘタレなとこ……ろ?」
マリィさんは私の勢いに圧倒されながらも答えてくれた。
ヘタレ……?
(うーん。でも、それには事情があったから───……)
「そ、それよりも! マーゴットさんの方も記憶があってもなくても、変わらず好きなのね」
「す、すすす、好き?!」
動揺して声が裏返ってしまう。
「これだけ好みの顔、姿、声! と騒いでいて、むしろ好きじゃないと言われる方が驚くわ。それともかっこいいのは見た目だけ?」
「み、見た目だけじゃないのよ、せ……性格も……紳士、だったわ」
だって、あんなに熱い愛情をぶつけて来ていたのに、無理やり触れて来たり迫ったり……なんて素振りは一切無かった。
そんな所も私のキュンポイントだった。
「マーゴットさん、ナイジェル様は焦らないと言ってくれたのでしょう?」
「ええ……」
「それなら、夫婦ということは一旦置いておいて言われた通り、新しい関係を始めてもいいんじゃない?」
「……」
(───……新しい関係を、始める……)
そして翌日。
休憩時間を過ごしていた私の元にずるい夫がさっそく現れた。
確かに、また来るとは言っていたけど!
「……マーゴット」
「───っ!? おっ……」
思わず、心の声でいつも呼んでいる、夫! と、呼び掛けそうになって慌てて口を押さえる。
どんな関係の夫婦でも、さすがにそんな呼びかけはしない……
(──そういえば、私は彼をなんて呼んでいたのかしら?)
「マーゴット?」
「あ、いえ……こ、こんにちは」
私はドキドキする胸を必死に抑えながらどうにか挨拶をする。
夫はそんな私を見て柔らかく微笑んだ。
「昨日、こっそり帰る前にマーゴットがいつもこれくらいの時間に休憩を取っていると聞いたんだ」
「……え?」
「仕事の邪魔はしたくないから。まあ、休憩の邪魔もするなよって話かもしれないけど」
「あ、お気遣い……あ、ありがとう、ございます……休憩……は別に大丈夫……です」
いつもボンヤリして過ごしているだけだったから。
邪魔よ! なんて思うことはない。
「そっか、良かった」
「……!」
色々と意識してしまって上手く顔が見られない。
何だか分からないけど、夫の全部が輝いて見える……私、記憶だけじゃなくて目もおかしくなったのかもしれない。
「それで、今日はマーゴットにプレゼントを持ってきた」
「え? プレゼント?」
(ま、まさか……!)
そうだった! 夫は貴族の男性……しかも公爵家の令息だもの。金はある!
だから、宝石とかアクセサリーとかいった高価な物を贈って貢いで私を懐柔しようという魂胆かしら?
今の私にはそんなもの不要だし貰っても困るだけなのに!
きっと、その辺は何にも分かっていないに違いな───……
「喜んでくれるといいんだけど────薬草の簡易栽培セット!」
「…………んえ?」
想像と全然違う物が出て来たので、またしてもすごく間抜けな声が出た。
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