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29. あなたには渡さない
しおりを挟む「え……あ、で、殿下? ……えっと、その……」
殿下と私の登場にカリーナ様は、挨拶も出来ずにかなり動揺しているようですわ。
「あれ? もう話を止めてしまうのかな? もっとそちらの二人と話をしてくれて構わないのだけど?」
「そ、それは……」
カリーナ様の視線が後ろの王子と王女に向けられますが、二人は全力で首を横に振っています。
仕方ない様子でカリーナ様は視線を私たちの方に戻しました。
「……」
「……」
沈黙が続きます。
力を使わなくても分かります。
今頃、カリーナ様はどこから話を聞かれていたのかと思っていることでしょう。
最初の方の会話こそ聞けてはいませんが、後半部分だけでもう充分です。
このままでは埒が明かないと思ったのか、沈黙を破って殿下の方から口を開きました。
「──そういえば、聞こえてきた会話の中でリリーベルの名前がたくさん聞こえたけれど?」
「え……?」
「気のせいだろうか? “リリーベル”と呼び捨てにしていたように聞こえた。そのことを説明してくれるかな?」
「っっ!」
明らかに怒っている殿下の表情と声色にカリーナ様が怯えています。
殿下の目が見れないのでしょう。カリーナ様は俯いてしまいました。
「いくら本人が居ない場だと言っても僕の婚約者でもあり、公爵令嬢でもあるリリーベルに対してそういう扱いは感心出来ないなぁ……」
「も、申し訳ございません……つ、つい……」
「つい? へぇ……つまり、それって君は普段からリリーベルのことをそういう呼び方をしているということかな?」
「……え、ち、違っ……」
慌てて顔を上げたカリーナ様が私の顔を見ます。
目が合ったのでニコッと微笑んでおきましたが、ハッとした様子ですぐ逸らされてしまいました。
おそらく真実の瞳を警戒しているのでしょう。
(カリーナ様の場合はもう陰口を聞いてしまったから心を読んでも今さら感はありますわね)
嘘か本当かもその焦る様子を見ていれば分かりますし……
とはいえ、ことの真偽ははっきりさせないと。
そう思って力の制御を解きます。
「違う……ねぇ。まぁ、いいよ。君のマナーがなっていないということは充分に理解出来たからね」
「───っ!」
殿下はにっこり笑顔でそう言いました。
ですが、その目の奥は全く笑っておりません。
「ああ、もしかしてそんなことで怒るの? とか思っている?」
「い、いえ……まさか!」
カリーナ様は口では否定していますが、それは“嘘”です。
私は繋いでいる殿下の手をギュッと握りしめました。
殿下と目が合ったので私は小さく頷きました。
───本人がいないんだから別にそれくらいいいじゃない!
カリーナ様の心の中はそう言っています。
例えばの話となりますが、カリーナ様は同じことを他国の王の前でやらかしてしまってもそう思えるのかしら……?
普段から心の中で見下していると、咄嗟の時にそれが表に出てきてしまいますからね。
「僕はリリーベルのことになると心が狭くなってしまうんだ」
「…………え?」
「当然だろう? 愛しい婚約者のことなのだから」
「愛……しい?」
「僕はリリーベルのことを昔から愛しているからね」
殿下がサラッと告げた私への愛の言葉にカリーナ様の表情が強ばります。
───嘘よ! 有り得ない! やっぱり殿下は洗脳されているわ!
これは何としてもこの私が殿下の目を覚まさせてあげなくちゃ!
完全に余計なお世話なのですが……
思い込みの激しいカリーナ様は信じたくないようです。
「た、確かにリ、リリーベル様はとても素敵な方ですものね……」
どうやら、カリーナ様は真正面から私のことを否定するのは良くないと悟ったようで、まずは話に乗ることにしたようです。
ですが、当然この発言も───嘘。そんなこと欠片も思っておりません。
私はギュッと殿下の手を握りしめます。
「ははは、なんだ。ドゥーム侯爵令嬢も本当は分かっているんじゃないか!」
「~~っ」
嬉しそうに笑う殿下の顔を見てカリーナ様がギリッと悔しそうにご自分の唇を噛みました。
───屈辱だわ! どうしてこの私がリリーベルなんかを素敵と言わなくてはいけないのよ!
相当、屈辱のようですわ。
───やっぱりリリーベルには消えてもらうのが一番……
そして、物騒な考えも改めるつもりは無いようです。
「いやー……ここに着いた時に聞こえた話では、そこでガタガタ震えているアンディ王子とアリーリャ王女をけしかけたこと……」
「え!」
「僕とリリーの不仲説を流した張本人だってことや、嘘をついてリリーの心を揺さぶって婚約破棄させることを目論んでいたように聞こえてしまったからね」
「……っ!」
「あれ? でもおかしいな。リリーが消えてくれれば……とも言っていたような──……」
殿下がこれまた分かりやすく煽っていますわ。
比例してカリーナ様の顔が面白いくらいどんどん悪くなっていきます。
「殿下の、き、聞き間違いです! そんなこと言っていません……!」
「そうかな?」
「ええ! も、もしリリーベル様が消えていなくなってしまったら、殿下がショックで悲しむだろうなと……!」
「へぇ……」
伝える必要はない気もしましたが、これも嘘なので私は手をギュッと握りしめます。
「───そうだね。もしそんなことになったら僕は犯人を絶対に許さない。地の果てまで追ってでもこの手で始末するかな」
「し、まつ……」
「実行犯はもちろん、それに関わった人も全て──……あぁ、そこに他国が絡んでいるならその国を滅ぼしても──」
この脅しを聞きながら、向こうで顔を真っ青にして全力で“自分たちは関係ない”“誰がこれ以上、手を出すものか!”と首を振っている双子がいました。
もちろん、カリーナ様も怯えています。
(ふふ、殿下の脅しったらすごいですわ。国を滅ぼすだなんて脅しとしては効果がばっちり───ん?)
───“本当”
(んえ? ほ、本当ですってーー?)
私は勢いよく殿下の顔を見ます。
「どうかした? リリー」
殿下はそんな黒いことを考えているとは思えないくらい爽やかな顔で私を見つめ返しました。
「……っ! いえ……」
目を見てしまったら、殿下の溢れんばかりの私への想いが伝わってきて胸がいっぱいになってしまいました。
───また、リリーが可愛い顔をして僕を誘惑してくる……
僕の忍耐はあとどれだけ持つのだろうか?
聞こえてくる殿下の心の奥底の深い想いに胸がキュンキュンしてしまいます。
───どうしてなのよ! 洗脳が深すぎるわ!
これはすっごくすっごく不本意だけど、一旦、リリーベルに取り入っておいて隙を見て殿下を奪い取るしかなさそうだわ。
アリーリャ王女は失敗していたけど、私の誘惑ならいけるはずだもの……!
あくまでも洗脳されているが故と信じて疑わないカリーナ様は方向転換を決めたようです。
「リ……リリーベル様! 私たちの会話をどこまで耳にされていたかは分からないですけど……」
「……」
「あれはアリーリャ王女たちの会話に合わせていただけで、本当は私、リリーベル様とは仲良───」
「お断りしますわ」
「……え?」
「───すっごくすっごく不本意だけど、一旦、リリーベルに取り入っておいて隙を見て殿下を奪い取るしかなさそうだわ……などと思っている方と仲良くなんて出来ません」
「なっ!? あ……金……」
ここでようやくカリーナ様は私の瞳が金色になっていることに気付いたようです。
今更、遅いですわ! 私はカリーナ様を睨みながら叫びました。
「──殿下……イライアス様は私の……私の大好きな……大切な人です! 貴女なんかには絶対に渡しません!」
私のこの宣言は部屋の中にとてもよく響きました。
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