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31. これからの未来を
しおりを挟む後々思い出しても顔から火が出そうな体勢でレインヴァルト様との時間を過ごし、先生との話を終えた私達は帰宅する事になった。
レインヴァルト様は当たり前のように私を屋敷まで送ると言ってくれた。
もっと触れていたい……そして触れて欲しい。
そんな想いばかりが溢れて来て、自分は随分と欲張りになったものね、と心の中で苦笑する。
──もし、あの時、レインヴァルト様が間に合ってなかったら……
そう思うと身体が震えてしまう。
そんな私の心が伝わったのかレインヴァルト様は馬車の中でもずっと手を繋いでくれていた。
この手を離さずに済んで良かった……心からそう思った。
「そう言えば……」
「どうした?」
私には先程のレインヴァルト様とロイ様の会話の中で気になっていた事があった。
だいたいの予想はついているけれど。
「えっと、レインヴァルト様が旧校舎の事をご存知で、鍵の在り処も知っていたのは過去の記憶からですか?」
「あぁ。どの人生でもあの女はアイツら、それぞれと旧校舎を利用していたからな。ロイが人目につかない所で何かしようとするのなら旧校舎以外思い浮かばなかった」
実際、学園の隅に向かうロイ様を目撃した人がいたわけだから、確信を持って踏み込んだのだろう。
それは分かるの。分かるのだけど……
「……」
「どうした?」
そのまま俯き黙り込んだ私が不思議だったのか、レインヴァルト様は首を傾げている。
だけど私の心の中は、ちょっとモヤモヤしていた。
「レ、レインヴァルト様……もあの場所で……あ、逢い引き……していたんです……か?」
今更、過去をほじくり返しても何にもならない。
あの頃のレインヴァルト様が手を出すような真似をしていない事もちゃんと分かっている。
それでも気になってしまった。
……だって旧校舎の事だけでなく鍵の在り処まで知っていたから。
「フィオーラ」
自分で聞いたくせに、レインヴァルト様の声に思わずビクッと肩が跳ねた。
答えを聞くのが怖いー……なんて情けないんだろう。
私はおそるおそる顔を上げる。
レインヴァルト様と、目が合った。
その目はどこにも疚しさなんて感じさせない程、真っ直ぐに私を見ていた。
「あの頃、確かに誘いは…………あった。鍵の在り処はその時にあの女から聞いた」
「……」
やっぱりそうよね。分かっていても気持ちが沈みそうになる。
「けど、俺は行ってない。旧校舎であの女と2人で会った事は一度も無い」
レインヴァルト様はハッキリそう言った。だけどその後、少しだけ気まずそうな顔をする。
「……信じてくれ、としか言えないのが情けないけどな……」
「……」
まるで浮気がバレた後の夫の言い訳みたいだった。
それが本当の事なのか私を気遣っての嘘なのかは正直分からないけれど、それでも過去を引っ括めて今の私はレインヴァルト様と一緒に居る、居たいのだと……そう決めたから。
だから返す言葉は一つだけ。私は自分からレインヴァルト様に抱き着いて耳元で小さく囁いた。
「!?」
「……分かりました。あなたを信じます」
突然、私に抱き着かれたレインヴァルト様は驚きで固まっていたけど、その後、顔を真っ赤にしていたので、思わず可愛いと思ってしまった。
どうやら、レインヴァルト様は不意打ちに弱いらしい。
今後の為にも、私の心のメモにしっかり刻む事にした。
屋敷に着いた後、レインヴァルト様はそのまま帰らず、お父様と長時間話し込んでいた。
きっと事のあらましを説明する為だろう。
他にもフェンディ公爵の失脚に関しての話もあるのかもしれない。
レインヴァルト様がすでに済ませていたという根回しにお父様もきっと関わっているだろうから。
そしてその後は、お父様が頑として譲らなかったので、私は1週間ほど学園を休んだ。
レインヴァルト様もその間、フェンディ公爵親子の事で帆走していたらしい。
そうして、彼らの処分も決まった。
フェンディ公爵家の取り潰しと、2人の生涯幽閉が決定したと言う。
極刑を望む声もあったそうだけど、刑を実行するとフェンディ公爵の派閥にいた人達が何をしでかすか分からない。そんな危惧もあった事からの処罰らしい。
……ただ、実際は他にも色んな思惑がありそうだったけれど、今の私はそれ以上を知る立場には無かった。
そんな2人が幽閉されるのは、王族専用の特別な幽閉場所。
昔からある場所で、罪を犯した王族が収容されるのだけれど、古くからあり、かつ送り込まれた人達は歴史上、決して少なくは無いのに、何故か使われた形跡があまり無いくらい綺麗なのだと言う。
……生涯幽閉のはずなのに、おそらく長くそこに居る事が無いのだろう。
メイリン男爵令嬢の行く末と同じ匂いがした。
ちなみに、メイリン男爵令嬢に惑わされた残りの2人。ハリクス様とラルゴ先生は、それぞれ退学とクビになり学園をすでに去っている。
ハリクス様は騎士団長の息子で伯爵家の嫡男でもあったけど勘当された。
当然、騎士団からも除名。彼が騎士として復帰する事は……永遠に無い。
ラルゴ先生は、教師をクビになり職を失った。
彼は嫡男ではなかったので、勘当とはならなかったらしいけれど、この先まともな職につくことは難しい。どちらにせよ、茨の道を歩む事になりそうだ。
──こうして過去2度、私の婚約破棄に繋がった一連の冤罪事件は初めて違う形で終わりを迎えた。
(これで私はこの先も生きていける? もう死なずに済むのかな?)
まだこの先の事は分からないけれど、今はその希望を信じたいと思った。
****
「社交界デビュー?」
「そうだ。お前はずっと何だかんだ言い訳して延び延びにしていただろう?」
珍しくお父様から呼び出しを受け、話を聞きに執務室を訪ねると、いい加減に社交界デビューをしろとのお話だった。
……すっかり忘れてたわ。
気付けば私は18歳になっていた。
4度目の人生の今、社交界デビューを渋ってたのは婚約破棄の可能性を考えたからで……
でも、今の私はレインヴァルト様と想いを通じ合わせたから、もう婚約破棄は起こらない。警戒する必要は無くなっていた。
むしろ、レインヴァルト様の隣に立つためにも早く済ませるべきだったと今更ながら気付く。
「卒業したら、すぐ殿下との結婚だ。さすがにその前に済まさなければならないからな」
ん?
今、サラリと爆弾発言しませんでしたか? お父様。
「お父様……? 卒業したら、すぐ結婚……とは?」
「何を言ってる? かなり前に殿下から申し入れがあったぞ? 学園卒業の翌日には結婚式をしたいと」
「へ!?」
「何を間の抜けた顔をしてるんだ。こっちはずっとそのつもりで準備していたではないか!」
お父様は、不思議そうな顔をしている。
私が知っていて当然! と言うような。
お父様からも……もちろん、レインヴァルト様からも……
「聞いていません……」
私の知らない所で、どんどん話は進んでいたらしい。
卒業式の後、すぐ結婚って……
今世のレインヴァルト様は、とことん私を逃がさないつもりだったようだ。
こうして、私の社交界デビューと、結婚式に向けた準備が開始された。
……正確には結婚式の準備はすでに開始されていたけれど。
「……言ったら逃げられると思ったんだよ」
翌日、お妃教育の後、レインヴァルト様の執務室に押しかけて、
何で結婚式の事を言ってくれなかったのか!
と、問いつめた際の返事がこれだ。
「あとは……お前の気持ちがどうであれ……とにかく俺のものにしてしまいたかったってのもある……」
「!?」
その言葉に私の顔が真っ赤に染まる。
な、な、なんて事を言うの、この人は!
「それに万が一の時も、俺の妃になってさえいれば守りやすいからな」
「え?」
「婚約者と妃じゃ、立場が全然違うだろ? ……妃はそう簡単に処刑はされない」
「レインヴァルト様……」
本当にこの方はありとあらゆる方法を考え手を打って私を守ろうと、生かそうとしてくれていたのだ。
「だから、安心して俺の元に嫁いで来い」
「はい!」
そう言ってレインヴァルト様が手を私に差し出す。
私は微笑みながら、その手に自分の手を重ねた。
これからの未来を夢見て。
「デビューのエスコートは譲らねぇぞ」
「はい?」
「フィオーラの社交界デビューのエスコートだよ! 今、デビューの日が決まったと言ったじゃないか!」
「え? ですが……」
私が驚くのも無理は無い。
過去の……最初の人生の社交界デビューのエスコートは、どうしても外せない公務があるという理由で断られてしまったのだから。
最初の人生での社交界デビューをしたのは16歳になってすぐだった。
あの頃のレインヴァルト様は私に優しく接してくれてはいたけれど、それはあくまでも“決められた婚約者”としての態度であったのだと今なら分かる。
(あの頃の私は、それでも充分だと思っていたのに、後に出会ったメイリン男爵令嬢に対する接し方を見て凄くショックを受けたのよ)
「……叶うなら俺は今すぐ過去の自分を殴りに行きたいと思ってる」
「いや、そこまでしなくても……」
「本気だ」
そう言うレインヴァルト様の顔には後悔の色が強く出ていた。
「当時の俺が、フィオーラに対してどんな想いを抱いていたにせよ、婚約者を蔑ろにしていい理由なんて無い」
「でも、あの日はどうしても外せない公務が……」
「だとしても! どうにか出来ないか抗うべきだったんだよ、過去の俺は! だから今度は絶対に譲らねぇ。何があっても俺がエスコートする!」
そう語るレインヴァルト様は、本当に過去の行いを後悔しているようだった。
時を3年戻した事で私のデビューがこれからとなったから「今度こそ!」と強い決意を持っている事が伝わって来た。
「…………」
「あの日、お前ずっと陰口叩かれてたんだろ? 俺にエスコートされない寂しい奴だって」
「……っ! 知って!?」
「お前の日記でな」
「!!」
あの日の嘲笑は忘れられらない。
レインヴァルト殿下の婚約者の筈なのに、エスコートされない令嬢。
ただでさえ、やっかみを受けやすい立場だった私をたくさんの人達が嘲笑っていた。
所詮、愛の無い政略結婚なのだと。
仕方の無い婚約なのだと。だから、公務を理由に蔑ろにされたのだと。
「……本当に俺はどれだけお前を傷つけてきたんだろうな」
レインヴァルト様が苦しそうに言った。
「何度、時を戻しても過去は消えない。だけどフィオーラ。過去に傷つけた分だけ……いや、それ以上に俺はお前を大事にする……愛すると誓う」
「レインヴァルト様……」
「愛してる」
レインヴァルト様は私の手を取り、その手の甲にそっとキスを落とす。
それは愛を乞う儀式のようだった。
「私も……あなたを愛してます……」
私の答えに、それまで苦しそうな顔をしていたレインヴァルト様がとても嬉しそうに笑った。
そして、どちらからともなく私達は、自然と唇を重ね合わせた。
まるで、結婚式の誓いのキスのように。
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