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13. 浮かぶ懸念と疑惑
しおりを挟む4度目の人生は、殿下が過去と違いすぎる点を除けば、概ね平穏な日々だった。
肝心の殿下は口は悪いし、突然屋敷にやって来るし……振り回されてばかりで意味がわからない事ばかりだけど。
そんな殿下は、今日も突然驚くような事を言い出した。
「フィオーラ。明日の休みは出掛けるぞ」
「はい?」
突然の話についていけなくて、私は首を傾げる。
この方はいったい今度は何を言い出したの。
「何でそんな呆けた顔してんだよ。明日は何があるか忘れたのか?」
「明日……ですか?」
何かあったかしら?
本気で分からなくて悩んでいたら、殿下はため息を吐きながら呆れた顔で言った。
「明日は5年に1度の祭りの日だぞ?」
「……あ」
すっかり忘れていた。
5年に1度、王都の中央広場で開催されるお祭り。
このお祭りは貴族も平民も関係なく気軽に開催されており、様々なイベントが行われるのだけど、一番人気なのは王都に店を構える飲食店が我こそは! とこぞって参加する飲食店の人気ナンバーワンを決めるイベントらしい。
お店の自慢の料理を提供して人気投票をするのだとか。
……だけど、私はその祭りもイベントもよく知らない。
全て人づてに聞いただけ。
なぜなら、過去の……最初の人生の私はお祭りには行っていない。だから聞いた話しか知らない。
──あの頃の私は、レインヴァルト殿下の隣に立つに相応しい令嬢になる為と言っては必死に勉強ばかりしていた。
娯楽とは無縁な生活で、そういった楽しみは切り捨てて生きていた。
そのお祭りも友人(と思ってた令嬢)達に誘われたけど断ってしまっていた。
そして、レインヴァルト殿下が私を誘う事など当然あるはずも無く──
(後に思ったのよね……楽しそうな周囲の話を聞いて、ちょっと行ってみたかったなって)
そして今、そのお祭りに……私は誘われている?
「行くのか? 行かないのか?」
「え、あ……い、行きます! 行きたいです!!」
私は考える間もなく自然とそう答えていた。
「だろうな。行きたがってたもんな」
殿下がホッとした顔でそう口にした。
その言葉を聞いて私はあれ? と思った。
今、殿下は私がお祭りに行きたがっていたと言った……? どういう事?
「どうした?」
私が怪訝そうな顔をしたのが分かったのか、殿下が不思議そうな顔で訊ねてくる。
「……私がお祭りに行きたがっていた、と、どうして殿下は知っていたのかと思いまして」
「え?」
殿下は一瞬、きょとんとした顔をして、直ぐに何かを思い出したかのように慌てて弁解し始めた。
「いや、フィオーラなら行きたいと思ってるだろうな、と思ったんだよ!」
「……」
間違いでは無いのだけど、そう必死に弁解する殿下の様子はちょっと変だった。
****
翌日、私は殿下に連れられて中央広場にやって来た。
「すごい人ですねー」
「あぁ、さすがだな」
隣にいるはずの殿下とも会話がしにくい。
人の多さに圧倒されてしまう。どうやら、それは殿下も同じだったようだ。
少し離れた所にいるはずの殿下の護衛は見失ったりしないのだろうかと心配になってしまうくらいとにかく人が多かった。
“私には遊んでいる時間なんて無いのよ”
と言ってこんな大勢の人が集まる楽しそうな催しを、切り捨てた過去の自分を恨めしく思ってしまった。
そんな事をぼんやり考えていたら、何故か手を殿下に取られた。
「……っ!?」
そして、そのままとても自然な動きで手を繋がれた。
「あの……!」
「何だ?」
「……っ! 何だ? ではありません! どうして……どうして手を繋いでるんです!?」
必死に抗議するも、殿下の答えはあっさりしたものだった。
「迷子になったら困るだろ?」
「なりませんからっ!!」
勢い任せでそう答えたものの、内心は自信が無い。慣れない場所であり、人もこれだけ多いのだ。万が一はぐれてしまったら捜すのは大変かもしれない。
だけど、だけど手を繋ぐというのはやっぱり……ちょっと……
そんな戸惑いを覚える私に殿下は更に追い打ちをかけて来た。
「……フィオーラ。俺はただお前に触れていたいだけだ」
「えっ!」
突然のセリフにドキンッと心臓が跳ねた。
私は動揺して固まってしまう。
「……と言ったらどうする?」
「っっっっ!? どうもしませんっっ!!」
からかわれたんだわ! 間違いなくからかったんだわ!
さっきの胸の高鳴りを返せ!!
と、言ってやりたい……いや、絶対に言うものですか!!
私が涙目で睨むと、レインヴァルト様はくっくっくっと肩を震わせて笑っていた。
あぁぁ、ますます腹が立つのですが!?
「あー、悪かった、悪かった。嬉しくてちょっと調子に乗った」
「はい?」
全く意味が分からない。もう少し問い質したかったけれど、
「いいから行くぞ!」
と、打ち切るようにそう言って殿下は強引に私を引っ張っていく。
もちろん、その手は繋がれたまま。
──釈然としなかった。からかって来たのは殿下のくせに!
「まずはここにお前と来たかったんだ」
そう言って殿下は1つのお店のスペース前に私を連れて来た。
「え? ここ……」
そこは王都で最も人気の高いスイーツのお店が出店している所だった。
何を隠そう、私は昔からここのスイーツが大好きだ!
何度、時を巡ろうとそれだけは変わらない。
ただし、それを家族にもその他の誰にも話した事は無かった。
私だけがひっそり思っていた事のはずだったのだけど。
「フィオーラはここの菓子が好きなんだろ?」
「!!」
私は驚く。どうして、知ってるの!?
そんな話は1度もした事なんて無いのはずなのに!!
本当にどうして……?
驚きすぎてしばらく呆然としていた。
「ほら、さっさと、並ばねぇと無くなるぞ!!」
殿下の声でハッと思考を元に戻す。
確かにもう既に行列が出来てしまっている。早く並ばないと売り切れてしまうかもしれない。どうせならせっかくの機会を無駄にはしたくなかった。
ちなみに行列に殿下を並ばせていいのかな? と思ったけれど、その殿下が率先して並ぼうとしているのでそのまま素直について行く事にした。
ーー数十分後
私は大好きなお店のスイーツを手に入れる事が出来てご満悦だった。
「良かったな」
「はい! ありがとうございます!!」
私が笑顔でお礼を言うと、殿下はフッと笑った。
「……その顔が見たかったんだ」
「え?」
「本当に好きな物を手にした時のお前はどんな顔をするんだろうとずっと思ってた」
「で、殿下?」
私が殿下、と呼ぶとジロリと睨まれた。
しまった! 今日は“殿下”ではなく名前で呼ぶように言われていたのだったわ!!
「コホン……レ、レインヴァルト様」
私は慌てて言い直す。殿下……レインヴァルト様は満足した顔で頷いた。
それはどこか嬉しそうにも見えて。
……だから。なんでそんな顔をするの。
また自分の心がざわついた気がした。
その後、他のお店のスペースを回って料理を食べたり、人気投票をハラハラ見守ったりしながら、私は思う存分お祭りを楽しんだ。
レインヴァルト様は珍しく文句一つ言う事なく私のしたいようにさせてくれた。
どんなに楽しんでも帰りが遅くなる訳にはいかない。
名残惜しいけど、そろそろ帰らなくてはいけない時間が迫っていた。
「フィオーラ」
「はい?」
帰り際、レインヴァルト様がどこか緊張した面持ちで私の名前を呼んだ。
「……今日、楽しかったか……ちゃんと楽しめたか?」
何でそんな不安そうな顔で聞いてくるのだろう?
やっぱり、今日のレインヴァルト様は少し様子がおかしい。
「楽しかったですよ。ありがとうございました」
「そう、か」
そうお礼を言って顔をあげると、どこか嬉しそうな微笑みを浮かべるレインヴァルト様と目が合った。
ドクンッ!
また、心臓が跳ねた音がした。
何で、そんな……嬉しそうな顔をするの……
その顔は……やめて欲しい。
顔を上げていられず俯いてしまう。
「フィオーラ……」
「!」
レインヴァルト様の手がそっと私の頬に触れる。
その触れ方はとても優しく、ますます胸の鼓動が早くなった。
「それなら、良かったよ」
だから!! その顔と甘い声と態度は何なの……!
この間も思ったけれど、4度目の人生で私はレインヴァルト様の新しい顔ばかり見ている気がする。
意地悪く私を翻弄したかと思えば、こんな風に甘く微笑む。
こんな殿下は知らない。
知りたくなどなかった。
いきなり出掛けるぞ! と、言われた時は何事かと思ったけど、過去の私が残していたちょっとした後悔を思いがけず消化する事になった。
だから、こうして部屋で1人になるとつい考えてしまう。
自分の膝を抱えて座りながら、あぁでもない、こうでもないと私はもがいていた。
本当はずっと心のどこかで思いながらも深く考えないようにして来た事を。
もしかしたら、レインヴァルト様は……
いや、彼も私と同じで過去の記憶を持っていたりするのではないだろうか。
そう思うと今世のレインヴァルト様の行動で色々と不可思議だった事に納得いく点もある。
だけど、同時に疑問も湧く。
もしも、もしも本当にレインヴァルト様もそうなら、私に対する態度はおかしいと思う。
あの甘い笑みは何なのよ。
少なくとも処刑命令を出した女に向ける笑みでは無い……はずだ。
そう思うとまた、チクリと胸の奥が痛んだ気がした。
「だけど、そうとなると今日の事は疑問なのよね……」
私が密かにお祭りに行ってみたいと思っていた事。
あのお店のスイーツが好きな事。
それは誰も知らない事のはず。
つまり過去の記憶があろうと無かろうとレインヴァルト様は知り得ない事のはずーー
「本当は記憶なんて無くて、全てただの偶然……?」
そう口にしてみたものの、いまいち自分でも納得がいかない。
──いつか、真相が分かる時が来るのかしら?
その日はぐるぐる考えすぎて、眠れない夜を過ごした。
応援ありがとうございます!
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