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22. ハッピーエンドに向けて
────
「───え? エドゥイナ様? 今なんて?」
「で! ですから、セオドラ様。わ、わたくしはライオネル様と…………その……この先、を……」
共に生きていくことにした。
そう告げたら、
ガシャーンッ!!
セオドラの手からお茶のカップが離れ、床に落下し粉々に割れてしまった。
(ああっ!)
慌ててメイドを呼んで片付けを頼んだあとは話に戻る。
セオドラはまだ目を丸くしていた。
「えぇぇえぇえ! うっそぉ!? エドゥイナ様とラ……」
「セオドラ様!」
「ぅんぐっ……」
実家から戻った後、私とライオネル様の件をセオドラに報告した。
すると驚かれて更に大声でも叫ばれそうになったので慌ててセオドラの口を塞ぐ。
「セオドラ様! そんな大声で叫ばれては困りますわ」
「んぐっ……」
「殿下との離縁が無事に成立するまでは公には出来ないことなんですのよ」
「んぐっ、んぐっ……」
セオドラは苦しそうに頷く。
「今頃、ライオネル様も殿下に報告をしているとは思うのですけど」
「ん、ぐっ……ぅ……」
「これは、セオドラ様だから話しているのです。ですから今はまだ大人しくして───あら?」
だんだんセオドラの声が小さくなった気がしたので、セオドラの様子を確認してみる。
「ヤバッ……」
少々、強く口を塞ぎ過ぎたのかセオドラがぐったりしていた。
「……お花畑が見えました」
「も、申し訳なかったですわ」
「…………川の向こうで前世で亡くなったおばあちゃんが手を振っている姿が見えました」
「うっ! ですから、ごめんなさ……」
「懐かしかったです!!」
「は……い?」
(それ、喜ぶところじゃないわよ!?)
セオドラが胸の前で手を組んでキラキラした目をしながら、おばあちゃん……と呟いている。
どうにか無事に生還したセオドラは三途の川の一歩手前で引き返して来てくれた。
そのことにホッと安堵する。
(ようやく、ここまで来たのに)
側妃エドゥイナによる正妃セオドラの暗殺事件勃発とかシャレにならない。
「───でも私、二人がそんな関係だったなんて全然、知らなかったです」
「……そ、れは」
「私の知っていたこの世界の物語ですと、ライオネル様は完全に脇役ですよ?」
「脇役……」
まあ、それもそうかと思う。
乙女ゲームのように、ヒロイン一人に対して複数の攻略対象キャラがいる世界の話だと“王子の側近”もメインキャラになりがただけど、ここは小説の世界。
作者が逆ハー目指していなければヒーローは一人。
いても当て馬がいるかどうか、だ。
「ちなみに、作中のライオネル様は、エドゥイナ様とは犬猿の仲です」
「そ、そう……」
私の顔が引き攣る。
そうでしょう、そうでしょう。
そんな予感がバリバリしていたわ。
「堅物なライオネル様はエドゥイナ様のことが苦手なのです」
「でしょうねぇ」
「ちなみに、セオドラも嫌われています」
「あー……」
これも、それもそうかと思った。
「相思相愛になった殿下とエドゥイナ様が手と手を取り合って、最終的にはライオネル様を始めとした皆様を認めさせるんですけど」
「手と手を……」
ジャイルズ殿下と自分が手と手を取り合う姿を想像してみた。
ありえなさすぎて鳥肌が立つ。
「エドゥイナ様はライオネル様と手を取り合ったんですね!」
「そ…………そんなキラキラした目ではっきり言わないで」
私が照れ臭くなって顔を逸らすと、セオドラは嬉しそうに笑った。
「ふっふっふ。エドゥイナ様……ライオネル様のこと大好きなんですねぇ」
「だッ……!?」
大好きなんていうとんでもないワードに反応すると、セオドラはますます嬉しそうに笑った。
「エドゥイナ様。“ここ”は確かに物語の世界かもしれませんけど」
「けど?」
「私たちにはちゃんと私たちの意思があって生きている───“現実”なんですよね」
セオドラのその言葉に私はハッとして目を見開いた。
だから、殿下はセオドラを選んだし私も違う人を選んだ。
セオドラもざまぁされていない。
「そうですわね」
私は元々この世界のストーリーを知らない。
だから多少の不安はあれど、作られた世界という意識は低かった。
でも、セオドラは私と違って知識がある分、色々と不安に思うことも多かったのだろう。
「……このまま、ハッピーエンドとなるのでしょうか?」
俯いて少し不安そうな表情でそんなことを口にするセオドラに向かって私ははっきり告げる。
「セオドラ様。ハッピーエンドはなる……ではなく、わたくしたち自身でハッピーエンドに“する”んですのよ!」
「エドゥイナ様……」
セオドラがパッと顔を上げた。
その顔からはもう不安そうな様子は消えている。
「ですよね! そうそう、エドゥイナ様。聞いてください! 私、ついに必殺カーテシーを会得したんです」
セオドラはそう言ってガタッと椅子から立ち上がる。
「は?」
「カーテシーはカーテシーですよ!」
「もちろん、知っていますわよ!!」
(必殺ってなに!?)
カーテシーは目上の人に行う挨拶。
背筋を伸ばしたまま片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる動作のことだけど……
「実は私、殿下との結婚の後に陛下たちへの挨拶で失敗して転んじゃったんです」
「は!?」
えへへ……と笑うセオドラ。
「それが……今はこうです!!」
そう言ってセオドラはその場で綺麗なカーテシーを披露してくれた。
なんで正妃が側妃の私に向けて行っているのよ! という文句は置いておくとして、それでもセオドラの言いたいことは分かった。
「なるほど。あれですわね? 綺麗なカーテシーを披露してそれを見た皆様がハッとして息を呑むシーン……」
「はい! それです、それです! さすがエドゥイナ様」
「あなた、それ毒されすぎではなくて?」
「ええ!? 絶対あの称賛は気持ちいいと思うんですけど!?」
私は肩を竦めてヤレヤレと呆れる。
貴族の令嬢として育ってきたならあの程度の挨拶は普通のことだと思うけど……?
と思いつつも、前世ではお皿やグラスを粉々にしていたどんくさい様子のセオドラを考えれば……
(これも立派な成長の一つに違いない)
「エドゥイナ様! 安心してくださいね。私、こうやってこれからどんどん立派な妃になってみせますから!」
「ふふ、期待していますわ」
この先、セオドラが化ける時が来るのが楽しみ───
そんな日が来るまで見守るのも私の役目の一つなのかもしれない。
何だか親になったような気持ちで私はセオドラに微笑み返した。
────
「……すっかりセオドラ妃と仲良くなったんですね」
「ええ、そうですわね」
セオドラとの面会を終えたあと、殿下の執務室を訪ねると殿下は不在だった。
代わりに私の応対をしてくれたのはライオネル様。
私の話を聞いたライオネル様が肩を竦める。
「本当になんなんですか」
「何がです?」
私が聞き返すとライオネル様はキッと私を睨む。
でも、その瞳は前と違って優しい。
「こっちは貴女が何が危害を加えるのでは、とあんなにヒヤヒヤしていたと言うのに!」
「ホホホ……」
机の中にあった殿下に使うはずだった“やべぇ物”も処分したし、もう何もないと思う。
「……ねぇ、ライオネル」
「なんですか?」
私はトーンダウンさせてコソッと小声でライオネル様に話しかける。
「あなた、わたくしの望む“幸せ”、無事に願いが成就して自由を手に入れたらまずは何をしたいですか? と聞いてくれたでしょう?」
「はい」
「……考えていますわ風を装っていただけで、実は全然その先のことは考えていなかったのですけど」
「ん?」
ライオネル様は眉間に皺を寄せた後、クワッと目を見開いて何だと!? と言いたそうな顔をした。
その顔が可笑しくてクスクスと笑ってしまう。
「あなたと一緒に、殿下とセオドラ様に仕えるのも悪くない気がして来ましたわ」
「エドゥイナ……?」
「まあ、周りは煩くなるでしょうけど───セオドラ様って鍛えがいがありそうなんですもの」
私がそう言うとライオネル様は、やれやれと微笑んだ。
「反対などしませんよ? 仰せのままに───俺の姫」
「ふふ」
私たちは静かに微笑み合う。
「あ、そうですわ。殿下にはわたくしたちのことお話したのでしょう?」
「はい」
「どんな反応でしたの?」
これだけは聞いてとおかないと。
するとライオネル様は、あー……とかうー……とか言いながら軽く咳払いをした。
「どうしました?」
「…………いや、殿下は」
「殿下は?」
「驚きすぎて─────椅子から転げ落ちておりました」
プッ……
その時の様子を想像してしまい吹き出してしまう。
「ホホホ! それは傑作。わたくしも見てみたかったですわ!」
「俺はそこまで驚かなくても……って気分でした」
「それだけわたくしたちの関係が意外だったということでしょ────」
と、そこまで話していた所で、殿下が執務室に戻って来た。
殿下は部屋の中にいる私の姿を見つけるとおっ? と眉を上げた。
「エドゥイナ! ここに来ていたのか。ちょうど良かった」
「ちょうど良かった?」
私が聞き返すと殿下が頷く。
「今、ちょうど父上たちに“例の話”をして来たところだ」
「!」
例の話──つまり、私との離縁。
一番の障害だったお父様が引っ込んだことでおそらく話は通りやすくなったはず……なのだけど。
「それで、エドゥイナ。この件で父上が君からも話が聞きたいと言っているんだ」
「わたくしからも?」
私はゴクリと唾を飲み込む。
転生した記憶を取り戻してから絶対に離縁するんだと心に誓ってここまで来たけど……
(いよいよ大詰め────……)
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