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30. 誘惑?
しおりを挟む「いったーーい!」
階段下に座り込んで僕の目の前で甘ったるい声を出す女。目線はチラッチラと何か言いたげにこっちを見てくる。
しかも、ご丁寧に今日のドレスは露出が激しい。
ため息しか出なかった。
「───いい加減、目障りなんだが?」
「……まぁ! 酷いです……そんな風に言わなくてもいいではありませんか」
「……」
「あの~殿下。私、足を挫いてしまったみたいなんです……とても痛くて」
女狐ことベリンダ・ドゥランゴ男爵令嬢は目にうるうると涙を溜めて上目遣いで僕を見ながらそう言った。
(だ か ら な ん だ ?)
この顔を見ていると心の底から思う。
エイダンはどこを可愛いと思うんだ? と。
天使とか言っていたが、僕の知っている天使とエイダンの思う天使は別物だとしか思えない。
「くすん、どうしてシオン殿下は一度も私のことを心配してくれないのですか? 寂しいです……」
そう言って女狐は泣き真似をしながら僕に向かって手を伸ばして来た。
僕はその手を叩き落としながら答える。
「触れるな! なぜ、僕がどうでもいい女性の心配をしなくてはいけない?」
これがフレイヤだったら、僕は落下した時点ですぐ抱きかかえて医者の元に走るだろう。
なんなら身体に傷一つ残さず治療するようにと、ちょっぴり医者を脅すことぐらいするかもしれない。
もし、足を挫いたのなら、ずっと抱っこしていたって構わない!
でも……
(この女はどうでもいいな……)
僕はエイダンではないから、この女の顔や身体に傷が残ろうが正直、どうでもいい。
足が痛い? そもそも自業自得だろうに。
「ふぅ……本当に冷たいのですね。兄弟なのにエイダン殿下とは大違い……ふふ、でもシオン殿下はそこが……」
うっすら微笑みながら何かを呟くその姿ははっきり言って不気味だ。
「慰めて欲しいなら、エイダンの元に行けばいいだろう? 喜んで慰めてくれるはずだ」
「エイダン殿下は今、視察から戻って来たばかりでお忙しそうなのです……迷惑なんてかけられません」
女狐はそう口にしながら寂しそうに目を伏せる。
これもどうせ、忙しい男を気遣う優しい私……を演出しているつもりなのだろう。
どこまでも薄っぺらい女だ。
「それなら、エイダン以外の男の元に行けばいいだろう?」
「───え?」
「エイダンは全く気付いていないようだが、君には他にも“そういう相手”がいるはずだ。そこに僕を巻き込まないでもらおうか?」
「っっっ!」
女狐の顔色が変わった。半分はカマをかけたけど当たりだったようだ。
ずっと怪しいなとは思っていたが……やはり、という気持ちの方が強い。
特にエイダンのいなかったこの数日間はお盛んだったに違いない。
(これのどこが天使なのか……)
「──な、なんでっ! ど、どうして……!」
女狐が取り乱した。青い顔で身体を震わせている。
「───どうして? エイダン殿下も他の男の人も、ちょっと微笑むだけで簡単に私に靡いてくれるのに……! なんでシオン殿下はそんなに冷たいのですか!」
「なんでって」
何を言っているんだろう、この女は。
僕は盛大に呆れた目を向けた。
「──心から愛しく想い、大切にしたいと思える存在がいるのに何故、その人を放って他の女性に目を向けないといけない?」
「……は?」
「どうして大事な人を悲しませる様な事をわざわざする必要があるんだ?」
「な、何、言って! 愛しい……大切? 大事……? まさか、フレイヤ様の事を言っているんですか……?」
女狐が驚いた目で僕の顔を見る。
何でそんなに驚かれなくてはいけないのか。
「私の方がすっごく可愛いじゃないですか……! フレイヤ様なんてちょっと皆から人気があるからって調子に乗ってるだけの……」
……あぁ、本当に中身の無い空っぽな女だな。
なぜ、フレイヤが皆から人気なのかも分からないのか。
「フレイヤをバカにするような事を言うな! 僕は、彼女のことを心から尊敬している。だからフレイヤが悲しむ顔は絶対に見たくないんだ!」
エイダンの前で口にした“フレイヤの笑顔が好き”あれは本当だ。
だって悲しい顔よりやっぱり笑顔の方が見たいじゃないか!
「尊敬? フレイヤ様の価値なんてどうせ身分だけじゃないですか!」
「なに?」
「お二人の婚約もどうせエイダン様に捨てられて悔しかったフレイヤ様が権力を使って無理やり結ばせたに違いありません!」
「……」
(フレイヤの価値……だと?)
フレイヤは前に自分のことを“利用価値が……”と、口にしていた。
おそらく僕が求婚した理由は“国の為”だけだと思っている。
……最初にそんな気持ちがあった事は否定しない。
エイダンにいいように使われようとしているフレイヤを助けたい……側妃なんていう決して幸せになれない立場に追いやられそうになっている彼女を助けたい。
そんな気持ちの裏で“公爵令嬢の彼女さえいてくれれば”と思った事は本当だ。
だが……
(もうそんな事は関係ない)
僕はリュドヴィク公爵令嬢……ではなく、ただのフレイヤを愛しいと思っている。
……きっとフレイヤは分かっていないだろうけど。
フレイヤはエイダンの妃となる事が決まっていたから、誰かに恋愛感情というものを持たないようにと厳しく教育を受けて来たはずだ。
だから色恋沙汰は苦手だろうと僕は思っている。
(でも、僕は嫌われてはいない、と思うんだ……)
髪や額にキスをしても嫌がられなかった。
顔が赤くなるのは照れているから……
そうして僕は少しずつフレイヤに埋め込まれた感情を解きほぐしていきたい!
(そして、最後に僕を好きになってくれたら幸せだ───)
だから、これ以上邪魔はしないでもらおう。
僕は女狐に鋭い目を向ける。
「いい加減にしろ! さっきも言ったはずだ。僕は誰よりもフレイヤを愛しく思っている!」
「うっそ……ま、まさか……本当、に?」
「だから君がこの先、何度僕を誘惑しようとして来ても無駄だ」
「む、無駄……!?」
僕の言葉に女狐はギリッと悔しそうに唇を噛んだ。
◆
一方、その頃のエイダンは……
「畜生! なんで私が父上に怒られないといけないんだ! フレイヤの奴……余計な事を言いやがって!」
父上の元になぜ、シオンとフレイヤの婚約を許可したのですか!
と、詰め寄りに行ったらなぜか逆に叱られた。
「お前の手紙のせいだ……なんだあれは! 謝罪しろと言っただろ……って、あの手紙の何がいけない? おかしな父上だ」
それに父上はフレイヤの名前を出したら顔色を変えてガタガタ震え出した。
穴が開く……とか言っていたが全く意味が分からない。
そして、二人の婚約はやはり父上が認めたらしい。解せぬ。父上だってフレイヤを私の側妃にすることにノリノリだったじゃないか! それなのに!
「……そう言えば、ベリンダは本当に二人を別れさせる気なのだろうか?」
それもどうやって?
と、聞いたら簡単ですよ~と笑っていたが。
そんなにいい考えがあるなら、やってみるといいと後押しはしたが……
「シオンとベリンダを急接近させるのも考えものだ……」
ベリンダのあの可愛さだ。
フレイヤなんかをどうこう言っていたあの男もベリンダのことを知れば、あの可愛さにコロッと靡くのでは……?
そして無理やり自分の女にしようとベリンダを口説き……
「~~~いやいやいや、ベリンダに限って浮気などあり得ん!」
そう思って顔を上げた時だった。
視線の先には、何故か階段下で座り込んでいる最愛のベリンダ。
そして彼女の目の前に立っている男───シオンの後ろ姿が見えた。
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