39 / 57
39. この時を待っていました
しおりを挟む王妃様は部屋全体を見回すと軽くため息を吐く。
「……なんとまぁ、ここまで愚かだったとは」
そう小さく呟くとコツコツと足音を鳴らしながらこちらに向かって来る。
(……愚かって言ったわ)
それは誰に向けた言葉?
シオン様? それとも陛下? どちらの事なの? それともそこに這いつくばっているエイダン様?
私は不安な気持ちで横にいるシオン様の顔を見上げる。
「フレイヤ? そんな不安そうな顔をしてどうした?」
「だって、王妃様が……」
シオン様が優しい手つきで私の頬をそっと撫でた。
その優しい手に安心しながらも私の不安は完全には消えてくれない。
私たちは今日まで王妃様と話せなかった。
だから、陛下が言った“賛同”は得られていない。
私が思っている通りの考え方をする“王妃様”なら賛同いただけると思ってはいるけれど、でも、いざとなるとやっぱり不安で仕方がない。
(だけど、シオン様からは動揺している様子が感じられないわ)
私の頬を優しく撫でるその手は震えている様子も緊張も感じられない。
そうしているうちに、足音はどんどん近付いて来ていて、私たちの目の前で止まる。
シオン様と私は慌てて離れると、その場で腰を落として礼を取った。
「ははは、王妃よ。そうだろう? シオンは愚かな奴だとそなたも思うだろう?」
「……」
陛下は王妃様の発した“愚か”という呟きはシオン様に向けたものだと解釈し、安心したように笑っている。
「たとえ、いくら他の物事が優秀だとしても、やはり魔力の面ではシオンはエイダンには劣るからな」
「……」
「それが仕方なく王太子と認めてやったと同時に私に退位を迫るとは……図々しいにも程があるだろう?」
「……」
陛下のシオン様を馬鹿にするような独り言に対して王妃様は何も答えない。
チラッと陛下の顔を見るだけに留めていた。
内心では色々と思うことがあるはずなのに、一切顔に出さないその姿は私が“王妃教育”で教わった王妃像そのもののようにも思えた。
「シオンがいくらフレイヤ嬢を妃にするのだといっても、シオンの魔力ではおそらく二人から生まれる子の魔力もたかが知れている……王妃もそう思うだろう?」
「……」
「まさか、身分の低い令嬢から生まれる子の魔力がこんなにも極端に少ないとはな……周囲が強く反対するわけだ。私も若かったな……」
陛下のその無神経な言葉に私は苛立つ。
これは若かったで済ませられる話なの? 違うわよね?
(そもそも男爵令嬢だったアーリャ妃を側妃として娶ることに周囲が反対したのはおそらく魔力のことだけが理由では無かったと思うのだけど!?)
今すぐ陛下をエイダン様みたいに殴り飛ばしに行きたくなった。
だけど、そんな私の手を隣にいたシオン様がギュッと握る。
え? と思って顔を上げると、シオン様が静かに首を横に振っている。
(気持ちは分かるけど、今は落ち着いて……か)
そうよね……腹は立つけど今じゃない。
私も無言で頷き返してその手をギュッと握り返した。
「王妃もシオンでは不安だろう? はっきりそう言ってやれ」
「……はっきり? わたくしの気持ちを今、この場ではっきり申し上げてもよろしいのですか?」
これまで陛下の独り言を黙って聞いているだけだった王妃様が、遂に声を発して陛下に訊ねる。
「ああ! 分からずやにガツンと頼むぞ」
「ガツン……そう、ですか」
(───ん?)
気のせいかしら? 今、王妃様の口の端が軽く上がったような……?
そう思って不躾にもじっと見つめてしまっていたら、王妃様と私の目が合った。
「──フレイヤ嬢」
「はい」
「先程、そなたはその細腕でわたくしの息子、エイダンを殴り飛ばしていましたね?」
「は、はい……」
え!
もしかして今、ここでそれを咎めるの?
やっぱりあんなのでも自分の息子が殴られるのは許せなかった!?
「も、申し訳ございません。ですが、どうしてもエイダン様の言動を許すことが出来ませんでした」
「……」
謝罪はしたものの王妃様は怒り出すわけでもなく、ただ黙り込んだ。
「……あ、の?」
「───あそこまでエイダンを吹き飛ばせたのは、そなたの魔力でもある“強化”の力によるものであっている?」
「は、はい。ですが、もちろん力の加減はさせていただきました」
床や壁の時と同じくらいの力にしていたら、エイダン様は確実にお星さまになってしまう。
さすがにそれは色々とよろしくない。
「そうですか……なるほど」
王妃様は納得した様子で頷いた。
怒られるわけでもなく咎められるわけでもないその質問に私は内心で首を傾げる。
「では。そなたのその力は他人の強化も出来ますか?」
「え? は、はい。可能です!」
弱い力しかないはずのシオン様が私の傷を癒せるようになるくらいだ。
他人を強化することも可能。
なので、私は頷いた。
「そう……それなら、わたくしのこの右手をそなたが自分自身に施したように力を強化することは出来ますか?」
「で、出来ます。ただ効果は持続しませんが……」
「そうですか、それで構いません。それならわたくしのこの手にそなたが自分にかけた物と同じ力をかけなさい」
「は、い?」
「───それで、そなたがエイダンを殴った事は不問とすることにしよう」
王妃様がそう言って私に向かって右手を差し出した。
(──ええ? なぜ?)
理由が分からず戸惑いながらも私はその手に強化の力をかけた。
「───か、かけました」
「ふふ、ありがとう」
(あ、笑った!)
王妃様は軽く私に微笑んだ。
私の知っている限り、なかなか微笑みは見せないのでこれはとっても貴重!
「……い、いったい、何をしているのだ? なぜ、王妃がフレイヤ嬢に手の強化をしてもらう必要がある?」
「……」
「そうか! 王妃……なるほど! その手でシオンにエイダンの殴られた仕返しをするつもりなのか?」
「……」
「やはり、情けなくともエイダンは我らの息子。考えが足らない所は多々あるが魔力も豊富で、こんな身の程知らずなシオンよりも───」
「……陛下」
王妃様が陛下の言葉を遮った。
陛下は不審に思いながらも聞き返す。
「……なんだ?」
「わたくしは、あなたの元に嫁いでから……いえ、嫁ぐ前からでしょうか。常々思って来たことがあります」
「ん? そんなにも前から思ってきたことだと?」
「ええ……」
「随分と、今更だな」
嫁ぐ前から───そう言われた陛下は不思議そうに首を傾げた。
確かに。そうなると何十年……かなり長い。
「そうなのです。実は、わたくし……ずっとこの時を待っておりました」
「……は? 待っていた? 王妃は何を言っている? いったい何をだ?」
「───何をって」
(あ、また笑った!)
王妃様は微笑を浮かべると、一旦言葉を切った。
そしてすぐに王妃様の右手がすっと振り上げられた。
(───ん? 王妃様? 何をして……?)
そんな、つい先程どこかで見たような光景に、部屋の空気もあれ? となる。
「もちろん、あなたにこうする事です───!」
「……なっ!?」
その言葉と同時に振り下ろされた王妃様の固く握られた右手の拳は、それはそれは綺麗に陛下の左頬へとめり込んだ。
178
あなたにおすすめの小説
貴方の知る私はもういない
藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」
ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。
表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。
ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる