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第1話 可愛げのない女
しおりを挟む「ご主人様とリーファ(奥)様は、控え室でイチャイチャしているのであと五分は遅れると思われますー」
あまりにも新郎新婦の到着が遅いので、我先にと様子を見に行ってくれた彼はニカッといい笑顔と筋肉で戻って来るなりそう言った。
(イチャイチャ……!)
今日は大事な大事な愛娘の結婚式。
色々あってお相手と無事に婚約してからというもの、二人の熱々っぷり……主に娘の夫となるマーギュリー侯爵からの溺愛は社交界でたびたび噂になっていたものの……
まさか、自分たちの結婚式の直前までイチャイチャしているなんて!
(誰に似たの! リーファ!)
「うぅ……リーファァァ……」
「旦那様……」
私の横で夫が号泣している。
大変! どことなく、旦那様の筋肉が悲しそう……!
「旦那様……いえ、レイ様、そんなに泣いたら、(筋肉が)萎れてしまいます」
「うぅ……リア……オフィーリア……しかし、私達のリーファが……嫁、嫁に……」
「マーギュリー侯爵はとても素敵な方ではありませんか。何より心からリーファを大事にしてくれていますし」
彼は傷付いた娘を助けてくれた。身動きの取れなかった私達の代わりに守ってくれた。
(ムキムキになってくれなかったのが、少し残念だけれど)
「それは、知っている……知っているがぁぁぁ……」
私の旦那様は相変わらず惚れ惚れするくらいの素晴らしいお顔と、長い年月をかけて育て上げてくれた筋肉全開で号泣している。
「リーファは、私と旦那様の可愛い娘です」
「……」
「だから、絶対幸せになりますわ」
「……」
「私が旦那様……レイ様と出会えて今も幸せなように」
「……オフィーリア……」
ようやく旦那様が顔を上げてくれた。
その涙を我慢する時に厳つくなるお顔と筋肉に胸がキュンとする。
(やっぱりこの人は世界一素敵な旦那様よ)
私は静かに微笑みを浮かべた。
愛しのレイ様……いえ、レイノルド様。
私はあんな人達と国から逃げ出して、あなたに出会えてからずっとずっと幸せなのです。
だって、あなたに会うまで私は“幸せ”を知らなかったから。
……あなたと出会う前の私は可愛げがない能面令嬢と呼ばれていて──────……
───────
───……
「オフィーリア、相変わらず君は可愛げがない女だね」
「……申し訳ございません」
「仮にも我が国の未来の王妃になろうというのに、ニコリとも微笑まないってこの先、どうするつもりなのかな?」
「……申し訳ございません」
果たして、婚約者である彼にこう言われるのは何回目かしら?
「少しは、妹のコーディリア嬢を見習ったらどうかな? 彼女はいつだって愛らしく微笑む……まるで天使のようだよ」
「……申し訳ございません」
私と違って天使と呼ばれる妹と比べられるのも……以下略。
「殿下、お話は以上でよろしいでしょうか?」
「え?」
「私は王太子妃教育の続きがありますので、これで失礼します」
「オ、オフィーリア!? 待て、まだ話が……」
私は軽く頭を下げてその場を失礼してスタスタと歩き出した。
そして、角を曲がり彼から自分の姿が見えなくなった所で、ふぅ……とため息を吐く。
(また、上手く話せなかった……)
私はオフィーリア・タクティケル。
タクティケル公爵家の長女。
基本的に何事にも無表情のまま淡々と日々を過ごしているせいで、家族からもそして婚約者からも“可愛げがない”“能面のような令嬢”と呼ばれている。
婚約者でもあるこの国の王太子、ウィル様は特にそんな私の事が昔から気に入らないようで顔を合わせる度に文句を付けてくる。
そして、そんな時必ずと言っていいほど、彼の口から話題に上がるのが───……
「お・ね・え・さ・ま! そんな所でぼぅっとしてどうかしたの?」
「……コーディリア」
この妹のコーディリアだ。
私たちは姉妹なのに全く似ていない。おそらくは私が父親似で、コーディリアがかつて社交界の華と呼ばれた美貌を誇る母親似だからなのだとは思うけれど。
突然、目の前に現れたコーディリアはふわふわした髪を揺らしながら私に笑いかける。
「……何でもないわ。コーディリアこそ王宮に何の用なの? 来るなんて聞いてないけれど?」
「えへへ~実はウィル様が美味しい茶葉が手に入ったから、未来の義妹の私も一緒にお茶でもどうかい? って誘ってくれていたの!」
コーディリアが満面の笑みでそう話す。
「…………殿下が?」
「そうよ! お姉様たちはこれからお茶をするのでしょう?」
「…………」
そうだったかしら?
と、私は内心で首を傾げた。そこで、やっと思い至る。
(殿下はお茶の時間だったから声をかけて来てくれていたのね?)
突然、声を掛けてきたので珍しいわ……と思ってぼんやりしていたら……そのままいつもの口撃が始まってて……逃げるように打ち切ってしまっていた。
どうしましょう……
いつもの事だけど殿下に思いっきりそっぽ向いたような態度だったわ。
「お姉様を驚かそうと思って黙っていたんだけど~ダメだったかしら?」
「……殿下がいいと言ったなら私からは何も」
「もう! お姉様ったらいつもそればっかり~~」
「……」
ぷぅ……と頬を膨らませるコーディリアを見て思う。
(本当に私たちって似ていないわ)
歳は二歳しか離れていないはずなのに、末っ子のコーディリアは甘え上手で誰からも愛されて……素直に自己表現出来る事が羨ましい。
私は、昔から人を前にするとすぐに身体が強ばって無表情になってしまうから。
「さ、お姉様! お茶会に行きましょ~」
「え、ちょっと……コーディリア?」
コーディリアは、やや強引に私の腕を引っ張っるとそのまま殿下とのお茶会の席に私を連れて行った。
❋❋❋
「ウィル様! これ、すっごく美味しいです!」
「そうかい? 私が自信を持って選んだ茶葉なんだ」
「はい、さすがですね! これ、絶対に流行りますよ~」
「ありがとう、コーディリア」
私の目の前で仲良く見つめ合ってそんな会話をする二人を見ながら、コーディリアがべた褒めしている紅茶を私も一口飲む。
だけど、一口飲んであれ……? と思った。
(これ……美味しい……かしら?)
私は内心で首を傾げる。
殿下が言っていたように茶葉は確かにいい素材の物を使っている。
だけど、すごく味がイマイチ……
(これ、淹れ方を失敗したのでは?)
そう思ったけれど、二人は「美味いな」「美味しいです」と言っている。
私の味覚がおかしいのかしら?
などと、考えていたら、コーディリアと話していたはずの殿下が私の顔を見て言った。
「……相変わらず、オフィーリアは無表情のまま何も言わないのだね」
「あ、ウィル様、そんな言い方ダメですよ~?」
「え? そうかな?」
「そうですよ~? お姉様は誰かと会話する事が苦手なんですから、話しかけないであげましょう? ね、その方が嬉しいでしょう? お姉様!」
「……」
何だかコーディリアの言い方に棘を感じた気がしたけれど、二人はすぐに私を無視してまた会話を始めたので口を挟めなかった。
そして、もう一度飲んでみた紅茶はやっぱり美味しくなかった。
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