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7. 女の戦い ②
そうして始まったお茶会、しばらくは和やかな様子で進行していった。
私はチラッとレオン様に視線を向ける。
彼はお茶やお菓子を堪能しながら、自分からは話さないけど近くに座る令嬢や夫人に話しかけられると一言二言なら返すという過ごし方をしていた。
(……やっぱり強引だったかな)
この場には主催者の伯爵夫人の夫であるサンプラス伯爵や他の参加者の婚約者や夫も参加しているのに、レオン様はその男性陣の輪には加わらず私の傍に居てくれている。
「……」
文句を言いながらの渋々でも、何だかんだでちゃんと付き合ってくれるその姿勢は昔から変わらない───……
(って、この考え方はダメだ)
ついつい過去と比較しそうになったところで我に返る。
ダメだと分かっているのにふとした拍子にどうしても前世のことを考えてしまう。
(私もレオン様も見た目は前世の頃と似ていないことがまだ救いよね……)
もし、これで似ていたらますます惑わされてしまう自信がある。
(……ん?)
そこで“そういえば”と思って顔を上げてアメリア・キャボットの顔を見る。
まじまじと彼女の顔を見て衝撃を受けた。
「────……っ!」
慌ててカップを持っていないもう片方の手で口元を押さえた。
今、気付いた。アメリアの容姿は“彼女”とよく似ている……
そう、前世で新菜と玲音が離婚する原因となったあの時の女性───……
「…………ナ」
(これは偶然……よね?)
ドクンッ、ドクンッと心臓が嫌な音を立てる。
胸が苦しくなってギュッと押さえ込む。
「……ーナ」
そうだ、玲音……レオン様は彼女の顔を見てどう思っているんだろう?
何か感じただろうか?
今のところ特に反応を見せている様子は無かったと思っ……
「ニーナ!」
「……レオ、レオン様!?」
レオン様に肩を揺すぶられてハッと我に返る。
彼はかなり険しい顔で私の肩を揺すっていた。
「えっと? ど、どうしましたの?」
「ニーナ……」
レオン様は小声で私の名前を呼ぶと耳元に顔を近づける。
そしてそっと囁いた。
「────さっきからニーナが動かしているそのお茶のカップ。もうとっくに飲み干していて中身は空だぞ?」
「………!?」
(ひぇっ!?)
その指摘に思わず間抜けな声が出そうになった。
私、ぼんやりし過ぎて中身の入ってないお茶のカップをずっと飲んだり戻したりしていた!?
「ご、ごめんなさい。ちょっと考えごとをしてたから…………あ、ありがとう」
「ならいい。いったい何事かと思った」
慌てて私は手に持っていたカップをソーサーに戻す。
それを見たレオン様は安心したように微笑んだ。
「……っ」
(くっ! 顔がいいとはこのこと……!)
レオン様のその微笑みがめちゃくちゃ美しかったので思わず息を呑んだ。
同時に悔しくもなる。
この世界に於いてニーナの容姿には突出した部分はないに等しいというのになぜレオン様だけがこんなにも恵まれている……!?
この世界が乙女ゲームの世界とかだったら間違いなく攻略対象者と言われても不思議でないくらいには美しい。
ニーナはせいぜいその辺のモブってところ。
(同じ転生なのにこの差はなに……)
「ニーナ……? 突然ムスッとして今度はどうした?」
「はっ! ホホホ……失礼」
怪訝そうな顔をするレオン様に向かって笑って誤魔化した時だった。
「ふふふ────マクラウド伯爵と夫人はとても仲睦まじいご様子なんですのね?」
「!」
(この声は)
カーンッ
私の頭の中で戦いのゴングが鳴り響く。
(出た! ついに来た!!)
「……アメリア様」
「とても羨ましい限りですわ~、ねぇ、皆様?」
そんなアメリアの発言に同調するように周りの女性たちもクスクス笑う。
「お茶会が始まっても伯爵様ったら他の殿方とは違って夫人の傍を片時も離れようとしないんですもの」
アメリアはチラチラとレオン様の顔を見ながら微笑む。
「マクラウド伯爵夫人は余程、愛されているんですのねぇ?」
(ふむ……)
このアメリアの発言の翻訳は、
“妻が何をやらかすか心配で離れられないなんて伯爵様って可哀想~”
という訳で合っているかしら?
「……」
私はじっと無言でアメリアを見つめる。
深窓の令嬢、ニーナ・ドネロンだったならここは、オドオドしてそんなことありません……とでも言って俯くところ。
───でも、今の私はニーナ・マクラウド! オプション装備で新菜の記憶付き!
(売られた喧嘩は買いますとも!)
私はアメリアに向かってにこっと微笑んだ。
「ええ、実はそうなんですのよ」
「……え?」
思っていた反応と違ったからかアメリアの頬がピクッと少しだけ引き攣った。
私は幸せそうな微笑みを浮かべる。
「結婚してから───夫のレオン様ったら片時も私のことを離してくれませんの」
「へ、へぇ……」
「邸の者たちもすっかり呆れていますわ。でも、まだ私たち新婚ですから───」
アメリアの頬がヒクヒクしている。
「大目に見てくださると嬉しいですわ?」
「そ、そうでしたの、ね……」
「ええ!」
私はにこっと笑う。
しかし、アメリアもアメリアでそう簡単に引き下がって負けてはいられないとでも思ったのか更に追及してくる。
「いえ、伯爵様と夫人は結婚まで早かったのにあまり接点が無かったとお聞きしていますので、どのような会話をされているのか気になりますわ~」
「会話?」
「ええ。伯爵様は寡黙な方で有名ですし、今もほとんどお話になられていないでしょう?」
「……」
(寡黙……ねぇ)
たかが政略結婚のくせに!
というアメリアの嫌味を込めた言葉を受けて、チラッとレオン様の顔を見たら私たちの目が合った。
(オーディションでセリフのない木の役を勝ち取るくらいの人だから、寡黙ではあるのかなぁ?)
そんなことを考えながら私は微笑んだ。
「そうですわね……やはり共通の話題でしょうか?」
「え? 共通……の?」
あなたちに共通の話題なんてあるの? アメリアはそんな顔で私を見た。
私は満面の笑顔で頷く。
「私もじっくり話をしてみて驚きましたわ。なんと私たち! 共通の話題がかなり豊富でして」
「……かなり?」
「ええ!」
(────前世、という名の…………ね!)
なんなら、その辺の夫婦や婚約中のカップルよりも共通の話題と趣味があると思っているわよ?
「ですから、この通り! 私たちとっても気が合っていますの」
ねっ? という笑顔の合図をレオン様に向ける。
本当ならここであなたからの言葉も加わると援護射撃として最高だけどそんな高度な要求を求めてはいけない。
(さあ、レオン様! ここは無言で頷くだけでOKよ!)
「……」
レオン様は無言で目をパチパチと瞬かせた後、フッと優しく笑った。
その綺麗な顔に皆が見惚れる。
「ニーナ……」
(え?)
レオン様は優しく私の名前を呼ぶとそっと肩に腕を回して抱きしめた。
その瞬間、キャーという黄色い悲鳴が上がる。
(レオン様!?)
「……彼女の言うとおりで」
しかも、レオン様はなんとここで口を開いて喋りだした。
(え! ちょっ、待って……)
私の動揺を知ってか知らずかレオン様はアメリアに向かって微笑む。
微笑まれたアメリアの頬がほんのり赤くなった。
「ニーナと話していると時間を忘れるくらい楽しいんですよ」
「……っ」
アメリアの眉がピクッとした。
レオン様は私を抱いて微笑んだまま続ける。
「俺と話している時のニーナは嬉しそうに笑ったり、たまに不貞腐れたり、ちょっと声を荒らげて怒ったり……くるくる変わる表情は見ていて飽きることはありません」
(誰! コイツ誰!? 本当にレオン様!?)
そう疑いたくなるようなセリフがポンポンと飛び出している。
寡黙な伯爵、レオン・マクラウドの発言にアメリアだけでなく周囲も唖然としていた。
(どういうこと? 事前練習の時とは違う! 大根役者っぷりは何処へ……?)
───これは自信をもって言えるわ。
多分この時、この場にいた多くの人たちがレオン様の行動と発言に驚いていたと思う。
でも、最も驚いたのは私である、と。
「ま、まあ! そんなに……伯爵様は、ふ、夫人のことを想っていらっしゃるんですの、ね?」
聞き返すアメリアの声もどこか震えている。
レオン様はグッと私の肩に回している腕に力を込めた。
「────そうですね。俺は彼女と結婚出来て幸せなので────彼女にも俺との結婚が幸せだと思って貰えるようにこれから努力しなくてはと思っていますよ?」
(レ、レオン様ーーーー!?)
女の戦いに参戦した大根役者のはずの夫の口撃による破壊力はえげつなかった。
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