【完結】“元”旦那様、今世は白い結婚を所望します ~結婚式で前世を思い出したら~

Rohdea

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8. 女の戦い ③


 アメリアの顔が更にピキッと引き攣った。

「けっ!  結婚出来て幸せ……」
「そうですよ?  何か問題でも?」

 それまで微笑んでいたレオン様からスッと笑みが消え、一瞬で彼の纏う空気が変わった。
 冷気を感じたアメリアが今度はビクッと震える。
 アメリアに同調し、周りでクスクスしていた令嬢たちも青白い顔で言葉を発せずにその場で硬直していた。

(レオン様……よね?)

 まさかの神がかったような新婚妻を溺愛する夫の演技……
 きっと、愛され妻としてはここで満面の笑みで、
「嬉しいわ、ダーリン☆」
 とか返すのが正解なんだと思う。
 けれど残念ながら今の私は動揺が大きすぎて言葉が出ない。
 しかも、追い討ちをかけるかのように、そんな内心でアワアワしている私にだけ向かってレオン様は優しく微笑む。

「ニーナ?」
「……っっっ」

 なんなら声も甘くて耳まで蕩けそう……
 レオン様は、これを自分の顔面偏差値と声が誰よりも抜きん出ていることを分かった上でやっているとしか思えない。

(い、いったいレオン様に何があって覚醒しちゃったの!?)

「……俺は大切な妻を守るためなら、どんなことだって出来るんですよ?  ────アメリア・キャボット侯爵令嬢?」
「っ!」

 アメリアがハッと息を呑むと、気まずそうにレオン様から目を逸らした。
 その際に唇をギリギリ噛んでいるのが見えたので相当悔しそう。

「───ああ、いけない。これではせっかくのお茶が冷めてしまう。ニーナお代わりは?」
「あ、い、いただきます……」

 レオン様はアメリアをそれ以上挑発することはやめて、放っていた冷気もしまい込んだ。
 私の肩を抱いていた手も離す。
 そのまま、にこっと微笑んだレオン様は慣れた手つきでポットから私のカップにお茶を注いだ。
 そしてこれまた慣れた手つきで、さも当たり前のように砂糖を1杯だけ入れた。

「どうぞ?」
「あ、ありがとうございます……」

 カップを受け取った私はそのまま口元に近づけて一口飲む。

「!」

 それは、ドンピシャすぎる私の好みの甘さに仕上がっていた。

「……美味しい」
「だろう?  実はさっきのニーナは2杯分入れていたから甘すぎるんじゃないかと密かに思っていたんだ」
「え!」

 私が驚きの声をあげるとレオン様は優しく微笑んだ。
 確かに一杯目に飲んだお茶は砂糖を入れすぎたかもと思ってはいた。
 思ってはいたけど顔にも口にも出していないのに。

「君は甘すぎるのが苦手だから、このお茶には砂糖1杯くらいがちょうどいいと思う」
「レオン様……」

 レオン様の醸し出す、妻のことは“分かっています”風な空気に皆が唖然とする。
 私も驚いた。

(妻の好みを把握……という更に高難度な技まで繰り出してきた!?)

 結婚してから味の好みの話なんてレオン様と一度もした記憶がない。
 ないけれど……

(“新菜”の時の好みを覚えていてくれた……の?)

 そう思ったら何だか胸の奥がムズムズした。
 気恥ずかしさと胸のムズムズをどうにかしたくて私はレオン様からポットを奪う。
 そしてレオン様のカップにお茶を注ぐ。

「ん?  ニーナ?」
「わ……私の好みの味が1杯なら───あなたはこうでしょう?」
「え?」

 そう言って私はドポドポと砂糖4杯分を投入した。
 それを見たレオン様の片眉がピクッと上がる。
 他の人たちは砂糖4杯にギョッとしていた。

「ニーナ……?」
「……」

(この量で間違っていないはずよ。あなたは甘党だったんだから!)

 玲音に何度入れすぎじゃない?  って注意したことか。
 そしてレオン様は一杯目で3杯分の砂糖を入れていた。
 ……絶対に物足りないなと思っていたはず!

「どうぞ?」
「……あ、ありがとう」

 レオン様がそっと私からカップを受け取る。
 そして、少しじっとカップの中身を見つめた後、ゴクリと一口飲んだ。
 私はその様子を静かに見守る。
 他の人たちはレオン様が甘ったるそうなそれを飲んだこと事態にギョッとしていた。

「……ははは」
「レオン様?」

 何故かレオン様はカップを持ったまま笑い出す。
 そしてクイッと一気に勢いよく残りを飲み干した。

「ありがとう、ニーナ」
「え?」
「これ、間違いなく俺の一番好きな甘さだ───」

 レオン様がカップを手にしたまま本当に嬉しそうに笑ったものだから私もつられて笑う。

「でしょう?」
「ありがとう」

 ふふんっと得意そうに胸を張ると優しく頭を撫でられた。

「あ!  でも、摂りすぎはダメよ?」
「…………分かってる」

 レオン様は私の頭からパッと手を離すと葛藤した様子で頷く。
 身体に悪いのは分かっているけど我慢するのも難しい……そう言いたそうな表情だった。
 思わずクスッと笑ってしまう。
 その時だった。
 バンッとテーブルを強く叩く音がした。

(え?  なに……?)

 皆や私の視線が一斉に音がした方へと向かう。
 その先は……
 明らかに不満そうな顔でアメリアがテーブルを叩いて椅子から立ち上がっていた。

「ア、アメリア……様?」
「…………んで」
「どうなさいましたの!?」
「こ…………よ」

 アメリアは唇をギリッと噛みながら身体を震わせている。
 そんなアメリアに向かって夫人や令嬢たちが心配そうに声をかける。

「アメリア様、大丈────」
「ホ、ホホホ……皆様、失礼しましたわ。テーブルに大きな虫がいたようで驚いてしまいましたわ!」

 アメリアは誰がどう聞いても明らかに嘘と分かる苦しい言い訳を口にして必死に誤魔化そうとしていた。
 顔も青いし目も泳いでいる。

「ま、まあ!  それは大変ですわ~!  きゃぁ!」
「虫!?  ど……どこにいるのかしら」
「怖いですわぁ」

 夫人や令嬢たちも慌ててアメリアの話に乗っかろうとする。
 しかし、彼女たちも見事なまでの棒読みで場がどんどん白けていく。
 この地獄のような空気は、まさに私が新婚初夜明けの朝に作った空気と同じ。

(な、なんてこと……信じられない)

 私の身体がブルブルと震える。
 まさかレオン様がこの部屋にいる人たちの中で一番最高の演技をするなんて……想像もしていなかった────……
 カンカンカンカン!
 私の頭の中で戦いのゴングが終了の音を鳴らす。


 こうして、売られた喧嘩……女の戦いは元夫婦の絆?  で無事に勝利を収めた。




 そうして邸に戻るための帰りの馬車の中で本日の戦いを振り返ることにした。

「───もう!  何が木の役、よ!」
「え?」
「すっかり騙された……!  本当は木の役でもセリフあったんじゃないの!?」

 大根役者を卒業したレオン様に詰め寄るもレオン様は不思議そうに首を傾げている。

「いいや?  俺は最初から最後までずっと無言で舞台の端に立っていただけだが?」
「嘘よ」

 何の劇だったのかは知らないけど、それ主役より舞台に立っていたのでは?

「嘘よと言われても……」
「それにしても、あの新婚妻を溺愛する夫の演技…………見事だったわ。本当にありがとう」
「え?  演技?」

 何故かここできょとんとした顔をするレオン様。

「え?」 

 そんな反応をされたこっちも驚いて目を丸くする。

「演技よ演技。事前練習した時のあなたは散々で酷かったじゃない?」

 ───オレハ、ツマ、ニーナヲアイシテルンダァ!

 こっちは今でも練習時のあの棒読みが耳にこびりついて離れないというのに。

「……そりゃ、俺は演技が出来ないからな」
「そう言いながらもレオン様はさっき、ものすごく自然な演……」
「待て。俺はあの場で演技なんてしていないが?」

 コホンッとレオン様は咳払いをしながらそう言った。

「……え?」
「よく考えてくれ。演じるタイミングなんか全然無かっただろう?」
「…………え?」

 私はその場でカチンと固まった。
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