【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています

Rohdea

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「マリアンナ……わざとか?」
「何の事ですか?」

  報告に向かう傍ら着いて来たマリアンナにそう問いかけたが、俺の言葉にマリアンナは素知らぬ顔をして首を傾げた。

「……すまない。そして、ありがとう」
「何に謝られて、何にお礼を言われているのか分かりません。私はしたいようにしただけです」
「……そうか」

  俺と目が合ったマリアンナはニッコリと笑う。
  マリアンナには、敵わないな。心からそう思った。

「……ですが。真実ほんとうのことは誰にも話さないおつもりですか?」
「……“嘘の密告に騙された愚かな王太子は罪の無い公爵令嬢を公の場で公爵子息を使って陥れた”……これが“真実”だろう?」
「そこに入れるべき本当に大事な部分が抜けてるじゃないですか……!」

  マリアンナが苦しそうな顔でそう叫ぶ。
  まだ言い足りなかったみたいだが、俺が黙って首を横に振るのを見たマリアンナは「もう!」と小さく怒った。

「バカですね、殿下は。殿下に利用されたフィリオ様もです。でも、もっとバカなのは……」
「それ以上は言うな、マリアンナ!  誰が聞いているか分からない」

  やめてくれ。その言葉の続きを誰かに聞かれたらマリアンナまで……

「……出来ればこうなる前に話して欲しかったです」
「それは俺のセリフでもあるな」

  俺の言葉にマリアンナはバツの悪そうな顔をする。

「……私達、ダメダメですね」
「そうだな」
「ですけど!  もちろん色々言いたい事はありますが、私はエリーシャ様のお顔の件は許しません!」
「……」

  マリアンナは相当、エリーシャの顔が好きらしい。

「……分かってる」

  フィリオの忠告を無駄にした。それは間違いない。
  俺はこの先、エリーシャの顔を見る度に自分の愚かさを何度だって思い出すだろう。
  俺が落ち込んだのが分かったのか、マリアンナはそれ以上の追求をせずに話題を変えた。

「……エリーシャ様とフィリオ様、ちゃんと話出来ていますかね?」
「少なくとも3年前の誤解だけは解けてると信じたい」
「……そうですね」

  あくまでも俺の身勝手な願望にマリアンナも小さく頷いた。

  
  あの日……
  エリーシャが正式に俺の婚約者候補となった事が決定した時のフィリオの絶望した顔が、今でも俺の脳裏に焼き付いて消えてくれない。



─────

───



  俺とフィリオとエリーシャは、幼い頃からの顔馴染みだ。
  王族と公爵家の子供たち。小さい頃から交流は頻繁にあった。

  そんな中、俺はフィリオの様子がエリーシャがいる時だけおかしい事に気付いた。

「なぁ、フィリオはエリーシャが嫌いなのか?」
「えっ!  何で!?」
「なんて言うか……お前、エリーシャの前だと様子がおかしい。エリーシャが近付くと距離をとるし」

  フィリオはエリーシャを前にすると、何故かよく吃るし、また、顔が赤くなったり青くなったりもする。更にはエリーシャが近付くと近付いた分だけ距離をとる事が多々ある。

「ち、違うよっ! それはっっ」
「?」
「嫌いなんじゃなくて……好きなんだよ。意識しすぎて近付けないだけ」
「は?  好き?」
「そう。僕はエリーシャの事が好きなんだ」

  そう話すフィリオの顔は真っ赤だった。

  そうか。フィリオはエリーシャに恋をしていたからあんなおかしな態度だったのか。
  恋とはそんな風になるものなのだな、と幼心に感じた。

  その後、一時2人は離れた時期があったが再会した後、フィリオが想いを告げたと聞いた。エリーシャはそれを受け入れたとも。
  それから約3年近く2人は仲睦まじく過ごしていて、ようやく婚約出来る歳が近づいてきた頃、それは起きた。



「なぁ、フィリオ。俺の婚約者候補名簿のエリーシャの名前が消えてないぞ?」
「は?  まさか、そんなはずー……」

  フィリオは目を丸くしながら、俺の手から名簿をひったくる。

「本当だ……どういう事なんだ?」

  名簿を持った手が震えている事から、フィリオの困惑が伝わって来た。

  成人を目前にして、ついに俺の婚約者を決める時が近付いてきた。
  まずは婚約者候補の選定。
  年齢、身分、家柄、教養などから候補となる令嬢がリストアップされる。

  フィリオの恋人でもあるエリーシャは、マクロイド公爵家の令嬢だ。
  候補となるのは分かりきった事だった。
  だが、フィリオという恋人がいる。
  俺は毎日のようにフィリオから惚気を聞かされていた。
  2人の仲の良さは見ているこっちがお腹いっぱいになるほどだった。

  だから、当然辞退するものと思っていたのだが……何故かエリーシャの名前が載ったままだ。
  つまり辞退していない、という事になる。

「確認して来る!  すまない。時間をくれ!」
「お、おい……!」

  そう言ってフィリオは仕事中にも関わらず、俺の執務室を飛び出して行った。
  主としては咎めるべき事なのかもしれないが、フィリオがどれだけエリーシャに惚れているのかを知っている俺からすれば、今は見送る事しか出来なかった。

  何かの間違いであれば良いのだが──

  しかし、そんな思いは戻って来たフィリオの顔を見て砕け散った。

「エリーシャに会わせてもらえなかった」

  そう嘆くフィリオの顔を見て俺は嫌な予感がした。

  その後も毎日時間を見つけてはフィリオはマクロイド公爵家を訪ね、エリーシャに会わせてくれ、話をさせてくれと頼みこんでいた。
  だけど、一向にその願いは聞き届けられなかった。


  ──そんなある日、



「フィリオ!?  その顔はどうしたんだっ!!」

  その日、フィリオはいつものようにマクロイド公爵家を訪ねたが、酷い顔になって戻って来た。

「……マクロイド公爵に殴られた……」
「は!?  何だって!?  とにかく手当を……」
「……いい。放っておいてくれないか」
「フィリオ?」

  フィリオは、酷く傷付いていた。
  マクロイド公爵に殴られた顔の傷よりも心が。

「……エリーシャは王太子妃になりたいそうだ。僕との関係は遊びだったと」
「はぁ!? そんなはずないだろ?  エリーシャがそう言ったのか!?」
「……公爵がそう言っていた。エリーシャには会ってない。もう僕とは会う気が無いと」

  フィリオは、マクロイド公爵が告げた最初のその言葉が信じられず、エリーシャと話をさせて欲しいと縋りついた所を公爵は殴ったらしい。

  そんなフィリオの心を更に傷つけたのが……

  フィリオが負った傷をローラン公爵夫妻は見て見ぬふりをする事にした事だった。
  だから、フィリオを殴ったマクロイド公爵に対して何もする事が出来なかった。


  マクロイド公爵からの暴力は色んな面でフィリオの心を折った。
  どんなに両親に疎まれていてもフィリオはエリーシャがいたから耐えられていたんだと俺はこの時初めて知った。


  それから、そのままエリーシャの名前は名簿から外れることなく俺の婚約者候補の1人として決定した。


  フィリオからは、エリーシャが王太子妃になる事を望んだと聞いていたが、最初の1年間のエリーシャは、全くその素振りが感じられなかった。
  教育にも身が入っていないし、俺との仲を深めようともしない。
  俺を見る時も別の人間を見ている──そう彼女は間違いなく俺を通してフィリオを見ていた。

  フィリオは表面上はなんて事ない顔をしているが、その傷は相当深い。
  では、エリーシャはどんな顔をしてるのかと思ったがこちらも酷い……

  (何なんだこれは……!)

  2人はどこからどう見ても、本人達の意思なくして無理やり引き裂かれた恋人同士にしか見えなかった。

  しかし、それが分かっても俺にはどうする事も出来ない。
  フィリオは頑なにエリーシャの話はしたくないと拒むし、エリーシャはエリーシャで辞退をしないからいつまでたっても俺の婚約者候補のまま。

  2人は言葉を交わすどころか、殆ど顔を合わせることも無かったようだ。
  正確にはフィリオが会わないように徹底的に避けていたからだったらしいのだが。

  そんな日々を過ごし1年経った頃、ついに2人はばったりと遭遇したらしい。
  らしいと言うのは、その場にいた奴から聞いた話だからだ。

  フィリオはその場で随分辛辣な事をエリーシャに言ったそうだ。
  エリーシャが妃教育に身が入っていない事をフィリオは知っていたらしい。
  俺からは何も話していなかったのだが……自分で調べたんだろうな。

  そのせいなのか、その後のエリーシャの変わり様は凄かった。
  元々、素質もある令嬢だ。
  公爵令嬢として育ってきた基礎もある。
  本気になれば、誰よりも王太子妃に相応しいと言える令嬢になるのは容易い。

  ……そんなエリーシャの変化に、フィリオは荒れた。
  なんてバカなヤツなんだ……と俺は思った。

  あの時、エリーシャに対して辛辣な言葉を投げつけたフィリオの気持ちは想像するしか出来ないが……あれはエリーシャを憎み嫌っていたからの発言では無い。
  それだけは分かる。
  
  だが、もはや不器用なんてレベルの話では無い。
  フィリオの言葉にエリーシャは傷付いたはずだ。フィリオのした事は最低としか言えない。
  そもそも、そんな態度を取ったらエリーシャはフィリオに嫌われてると誤解するに決まってるのに……


  恋をした事の無い俺には、フィリオの気持ちがさっぱり分からなかった。


  そして何故か突然やる気を見せてしまったエリーシャ。
  傍から見れば、王太子妃になりたくて頑張っている令嬢だ。
  しかし、それでも俺から見れば何処か違和感があった。

  (エリーシャは本当に王太子妃になりたいのか……?)

  そんな疑問はずっと俺の中から消えなかった。

  それから、また1年がたってエリーシャが筆頭候補と呼ばれるようになった頃、俺はマリアンナに出会った。
  マリアンナに出会って恋に落ちてようやく気付いた。

  ──エリーシャは今でもフィリオを想っている。

  そしてそれはフィリオも同じで。
  全くエリーシャの事を忘れられていない。
  そして顔には出さないが、筆頭候補にまでのぼり詰めてしまったエリーシャが正式な俺の婚約者として選ばれる事をフィリオはずっと恐れていた。

  だからこそ、俺がマリアンナに惚れているとフィリオに打ち明けた時の、アイツの色んな感情がごちゃ混ぜになったあの表情は今でも鮮明に覚えている。

  エリーシャが何故、急にやる気を見せたのか、ただただ辛辣な言葉を投げつけたフィリオに対する意地なのか……理由は分からないが、エリーシャはきっと王太子妃に選ばれても確実に辞退を口にするだろう。それだけは不思議と確信出来た。

  国の事、貴族のパワーバランス、後ろ盾、身分、教養、何もかもがエリーシャを王太子妃にする事が望ましいのは分かっている。
  両陛下も大臣も皆、エリーシャを選ぶべきだと進言して来た。
  王太子妃は、惚れた腫れたで選ぶものでは無いのだから、と。
  貴族には自由恋愛を推奨して政略結婚を禁止してるくせに、何で俺だけ!  とは思うがそれが王家の宿命なのだから仕方ない。受け入れるしかないと半ば諦めかけていた。

  だけど、俺は願ってしまった。
  心から信頼出来て、寄り添える女性と添いたげたいと。

  俺がそう願うその相手はエリーシャでは無い。

  あの幸せそうだった頃のフィリオとエリーシャのような関係を築きたい。
  そんな2人の関係を壊すきっかけになった俺がそう願うのも滑稽な話だが。

  だから、俺は反対を押し切ってマリアンナを選ぶ事を決めた。

  マリアンナを妃にすると宣言した際、周囲はもちろん反対した。
  エリーシャを選ぶべきだ!  と。

  しかし、まるで図ったかのようにエリーシャがマリアンナに嫌がらせを行っていたという密告書が…………あの日、最も最悪なタイミングで最悪な場所に届いた事により事態は急変した。そして……

 


  罪深い俺が願う事はたった一つ。

  ……俺はあの頃の仲睦まじく過ごしていた時のような2人がまた見たい。

  俺がこぼしたその独り言を聞いたマリアンナは、ちょっと驚いた顔をして「……私と同じですね」と言って寂しそうに笑った。

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