誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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8. 正しい嘘涙の使い方

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 私が二人の元に歩き出したからなのか、会場内がより一層ザワついた。
 その反応を受けてか、笑顔で談笑していた二人が私に視線を向けた。

「……ガーネット嬢?」
「ガーネット……」

 二人は私を見て戸惑いの表情を浮かべた。
 さっき、あんなに公衆の面前で散々こき下ろしたのに何の用だ!
 そう言わんばかりの表情に見えた。

「な、何の用だ?  まだラモーナからあれらを無理やり奪ったのではない、などと嘘くさい言い訳でもする気……なのか?」

 険しい表情をした殿下がラモーナを庇うようにして前に進み出る。

「エルヴィス様……」

 ラモーナは殿下に庇われながら、その後ろで目をウルウルさせていた。

(なるほど……彼の好みはこうやってラモーナみたいに自分が前に出て守ってあげたくなるような女性だったのね?)

 殿下がラモーナを選んだ理由は理解した。
 したけど、二人が私に対してしたことを許すかといったらそれは違う。許さない。

(……まあ、今はいいわ)

 なにより、今は殿下からの慰謝料請求を回避することの方が大事だから。

 殿下はラモーナみたいに目をウルウルさせて、“なんて頼りになるのかしら、素敵!”と持ち上げられることに快感を覚えるチョロ王子らしい……
 つまり、いつもの私みたいに上からの強気な発言をしたらますます意固地になりかねない。

(───ならば今、私がとる態度はこれね!)

「……」

 私は、静かにその場に跪く。
 そして、目からそっと一筋の涙をこぼした。

「なっ!」
「え、ガーネット……?  まさか、泣いて……?」

 エルヴィス殿下とラモーナの二人が驚愕の表情を浮かべた。
 周囲も、あのガーネット・ウェルズリーが泣いている!?  
 といい感じにザワザワしてくれている。

(どうやら皆、驚いているわね?)

 普段から、ぴえぴえ泣いていると説得力が無くなっていき、せいぜい騙されてくれるのはチョロい奴くらいになってしまうでしょうけれど……
 普段、絶対に泣かないだろうと思われている人の流す涙というのはね……

 ───効果抜群なのよ!

(ホーホッホッホ!  “泣き”の練習をして来た甲斐があったわ!)

 ポロポロと涙を流すのは結構簡単。
 でも、こうやって静かに一筋だけ涙を流す……というのは会得するまでは本当に本当に苦労した。

(さあ、行くわよ!)

「殿下……───私にはどう振り返っても今回の件、心当たりがありません……」
「い、いや、ガーネット嬢……そうは言うが」

 涙のせいか、殿下の勢いがシナシナに萎んだ。
 私は目を伏せる。

「……これには何か誤解があるのだと思います。ですが……こういった周囲に誤解を招くような私では、あなたの妃に相応しくないこともまた事実なのでしょう……」

(はい!  ここで追加!  追い涙の投入よ!)

「……」

 ポロッ……
 言葉を発さずに顔を上げて今度は少し大きめの涙を流す。

「……っっ!  ガーネット!!」

 ここでの追い涙は効果抜群だったようで殿下が息を呑んだ。
 私はしおらしく胸の前でキュッと手を組んでお祈りのポーズをとる。

「私は……エルヴィス殿下とラモーナ。いえ、イザード侯爵令嬢、お二人のこれからの幸せを願います。今までありがとう……ございました」

 私はそれだけ言ってスッと立ち上がる。
 とにかく悲しげな雰囲気を放ち、そして表情は見せないのがポイント。

「ガ、ガーネット……」
「殿下……申し訳ございませんが、これ以上、お二人の仲睦まじい様子を見ているのは心が辛く……今日のパーティーはここで失礼させていただきます……」
「そ、そう……か。分かっ……た」

(よっし!  許可が出た!)

 これでさっさとこの場とはさよならして、屋敷に戻ってお酒をガブガブ飲みながら慰謝料の計算をするわよ!

「───ありがとうございます、エルヴィス……様。いえ、エルヴィス殿下……」
「っ!  ガーネッ……」

 私は一瞬だけ顔を上げて泣き笑いの表情をエルヴィス殿下に見せつける。
 そして直ぐに後ろを向いて駆け出した。

「待っ───ガ、ガーネット!」
「え!  ちょっとエルヴィス様!?  な、なんでガーネットを呼び止めているんですか!」
「え……あ、す、すまない。つい……」

 チョロ王子エルヴィスが、すっかり私に騙されて呼び止めようと私の名前を呼ぶ。
 そんな殿下の行動に驚きの声を上げるラモーナ。

(この反応───まあまあ、上出来……かしらね?)

 周囲が戸惑いと共にザワザワしながら私を注視する中、私はお父様の元へと戻った。

(最後まで気を抜くわけにはいかない)

 私は涙を拭いながらお父様に向かって寂しげに口を開く。

「お父様……終わりましたわ。さあ、帰りましょう……」
「あ、ああ……そうだな。ガーネット……だが、その、大丈夫……か?」
「……お父様」

 私は切なく微笑む。

「……」

 こんなにも大人しく、しおれた態度の私を見るのが初めてなお父様がいい感じに戸惑ってくれている。
 実の父親までもが娘の涙に動揺しているというこの姿は、周囲の人たちにより印象が強く残るはず。

(ナイスアシストよ、お父様!)

 こうして私は、お父様と会場を後にした。


────


「……」
「おい、本当に大丈夫なのか。ガーネッ……」
「────あーー、肩こったわぁ」
「ガーネット!?」

 会場を出てからしばらく歩き続け、周囲に人がいないのを確認してから私はいつもの調子に戻り、うーんと腕を伸ばす。
 その変わり身の早さにお父様がギョッとした。

「え!  おま……え?  さ、さっきのしおらしい態度や、な、涙は!?」
「……」

 ふふっと小さく笑ってオロオロするお父様に説明しようとした時だった。

「───ガーネット!」
「あら、ジョルジュ?」

 会場から出て来たと思われるジョルジュが小走りでこっちにやって来る。

「どうしたの?  別にあなたまで会場を出てくる必要はなくってよ?」
「いいんだ。それより、ガーネット!」
「な……何かしら?」

 何だかジョルジュの目がキラキラ輝いているように見える。
 案の定、ジョルジュはガシッと私の肩を掴んだ。

「な、なに?」
「ガーネット!  やはり、君は凄いな!」
「はい?」

 私が目をパチパチさせているとジョルジュは更に語る。

「全てが計算されたあの涙の流し方!  冤罪を主張しながらも、自分が身を引くという方向に話題を持っていくずる賢い話の逸らし方……」
「ちょっ……」
「全てが計算し尽くされた涙仕込みのその演技力、君はどこで学んだんだ!」
「ひっ!?」

 ジョルジュはぐいぐい私に迫りながらそう言った。

(び、びっくりするくらい饒舌……!)

 この人、こんなに喋れたの?
 そして───困ったことに全部演技だって見抜かれているじゃないの。

「───え、演技だと!?  おい、ガーネット。まさか、さっきのは……」
「シッ!  黙ってお父様。声が大きいわよ!  ジョルジュももう少し声のボリュームを落としなさい」
「う……」
「あ、すまない」

 私はピシャリとお父様とジョルジュを黙らせた。
 そして一旦止めていた足を再び進めながら話を続ける。

「ジョルジュ。私、そんなに見抜かれるほど演技が下手だったかしら?」
「いや、このうえなく素晴らしい演技だった!」
「え?」
「ガーネットが出て行った後、会場中が冷たい目で殿下と新しい婚約者を見ていた!」

(へぇ~)

 その言葉に私はニヤリと笑う。
 いい感じに同情を誘うことには成功したようね。

「やっぱり涙って強いのねぇ」
「ああ。それも“ガーネットの涙”だったからだろう」

 ジョルジュは強くそう言った。

「───なあ……ガーネットよ」
「なぁに?  お父様」

 私たちの会話を聞きながらお父様が戸惑っている。

「さっきガーネットの見せていたあのしおらしい態度と言葉は……」
「演技よ?」 
「涙は……」
「演技よ?」
「あの殿下の幸せを願う言葉……」
「演技よ?」
「……」
「なんで私が、これからのあの二人の幸せを願うの?  願うなら不幸一択よ!」

 お父様がぐわぁぁと頭を抱えた。

「ホーホッホッホッ!  そもそも、この私があんなにしおらしくなって、そう易々と本物の涙を流すわけがないでしょう?」

 落ち込んでいるお父様が顔を上げる。

「ガーネット……!」
「ホホホ!  全ては殿下からの婚約破棄に関する慰謝料請求を遅らせるための演技よ、演技!」
「……」
「ふふふ、お父様。元気をだして?」

 私はにっこり笑って落ち込むお父様の肩をポンと叩く。

「名付けて、嘘の涙を使ってチョロ王子に罪悪感をほんのり芽生えさせよう、作戦よ!」
「なんだそのおかしな作戦のネーミングは!」
「いや、さすがガーネットだ。作戦名も素晴らしい」

(ジョルジュ……)

 ジョルジュの絶賛の声に私はふふっと笑う。

「そして───嘘の涙は、上手に……そして正しく使わないと……ね?」
  


✤✤✤✤✤



(な、何よ……この空気……!)

 ザワザワ……
 目障りなガーネットが去っていったパーティー会場内はザワザワした空気がなかなか収まらない。
 しかも……私とエルヴィス様にさっきまでとは違う冷たい目が向けられている。

(こんなの思っていたのと違う!)

 確かにガーネットには泣いて欲しいと思っていた。
 いつも強気ですましたあの顔の泣くところは見たかったから。
 でも……

(違う!  私が見たかったのはあんな涙じゃない!)

 もっと必死に惨めな言い訳を繰り返して無様に泣き叫ぶような……そんな涙を……

「……っ!」

 とにかく、この空気を変えないと!
 このまま、みんなのガーネットへの同情が集まるのはまずい。
 エルヴィス様も最後に呼び止めようとするくらい完全にガーネットに心を奪われていた!

「エ、エルヴィス様!  あの……」
「…………ガーネット、まさか彼女があんな風に泣く……なんて……」
「!」

 放心状態のエルヴィス様がガーネットの名を口にした。
 これはまずい。本当にまずい。

(ガーネットに罪を着せて婚約破棄を仕向けて、殿下が慰謝料をガッポリもらう予定が狂っちゃう……!)

「エルヴィス様!」

 私はエルヴィス様の腕にしがみつく。
 とにかく涙には涙で対抗よ!
 あんなガーネットのちょびっとだけ流した涙なんかに負けるわけにはいかない!

 私は、エルヴィス様に向かって上目遣いでポロポロと涙をこぼす。

(さあ、私を見て!  私の涙の方がガーネットよりも断然、可哀想でしょ……?)

「ん……?  ラモーナ?  ああ、泣いている、のか?」
「!」

(なっ……!)

 いつもなら、ここで泣いている私を見るなり迷わず優しく抱きしめてくれていたエルヴィス様。
 それなのに、今の彼は軽く私の頭をポンポンとしただけで、その目線はガーネットの出ていった扉をずっと追っていた。
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