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第1話 当て馬姫
しおりを挟むサスティン王国。
この国には二人の王女がいる。
特に妹の第二王女シンシアは可愛くて可憐な王女として国民から人気もあり有名な王女だった────……
───その日は、久しぶりに晴れてとてもいい天気だったので、わたくしは気分転換に王宮内を散歩していた。
(ここ数日、雨ばっかりで気分が落ちていたのよね)
そんなルンルンとした気分で歩いていたら、何やら前方から大声で話している人の声が聞こえて来た。
(何かしら? 王宮内で揉めごと? ……ではないといいのだけれど……)
そんなことを思い、そっと様子を窺うと男女が何やら大声で話をしている。
しかも、女性の方にいたってはなにやら泣いている様子。
(こ、これは、俗に言う“痴話喧嘩”というやつかしら!?)
まるで物語のようだわ、なんてついドキドキしてしまい邪魔にならないように物陰に隠れてそっと覗き込む。
いったいどこの男女が、こんな所で昼間から痴情のもつれのような展開を───
そう思ったわたくし、この国の王女シンシアはその二人の男女の顔を見てあら? と思った。
(男性は、つい先日、顔を合わせたばかりのわたくしの婚約者候補……ヤコブ・フェルト侯爵令息ではなくて?)
「───ヤコブ!」
「え? エイミー……?」
「ごめんなさい……でも、でも、私……」
「エイミー? ほ、ほら泣かないで?」
ヤコブは、目の前で泣き出している令嬢をどうにか宥めようとしていた。
そんなエイミーと呼ばれた令嬢はポロポロと涙を流しながら、ヤコブに向かって訴える。
「あ、あなたがシンシア王女殿下とお見合いしたって聞いたの……わ、私……居ても立ってもいられなくて……それで、無我夢中でここに来てしまったわ」
「え? ああ、うん。その話を聞いたんだね……」
(あら?)
わたくしは、二人の会話の中に自分の名前が出て来たことに驚く。
確かに彼、ヤコブ・フェルト侯爵令息とは先日、お見合いという名の顔合わせをしたばかり。
反応も悪くなかったことから、そのままわたくしとの縁談を正式に進めようという話にもなっている。
「わ、私は王女殿下のように可愛くて可憐ではないけれど、ヤコブ……あなたが好き! ずっと好きだったの!」
「エイミー……!?」
そう言ってエイミーはヤコブに抱きついた。
(え、ええーーーー!?)
ヤコブも驚いていたけれど、それ以上にわたくしも驚いた。
「きゅ、急にどうしたんだい? エイミー。君は僕のことなんて全く眼中にないの、と言って振ったじゃないか。それなのに……」
「……ええ、ごめんなさい。あの時はそう思っていたわ……だけど、私もようやく……ようやく本当はあなたのことを好きだったんだと気付いたの」
「ど、どうして?」
「シンシア王女殿下とあなたの話を聞いて……それで……し、嫉妬を」
エイミーが照れながらそう口にすると、ヤコブはさらに驚いていた。
「エイミーが嫉妬!?」
「だって、王女殿下はあんなにも可愛らしくて可憐な方で……ヤコブも絶対に好きになっちゃうと思ったら……」
「エイミー……」
「ヤコブ!」
そうして二人は、ギュッとお互いを強く抱きしめ合う。え? 何これ……
「エイミー! たしかに王女殿下は魅力的な方だった! でも、僕もまだ君のことが好きなんだ! 婚約して欲しい!」
「する! あなたと婚約するわ! ヤコブ……!」
(え、ええーーーー? わたくしとの縁談の話はーー!?)
まさかの縁談相手の王女が、目撃していることも知らない二人は熱い抱擁を交わして互いへの想いを確かめ合っていた。
(ちょっ……え?)
───そうして、すぐにわたくしの元には、ヤコブから縁談を辞退する旨の手紙が届いた。
「ふむ……これは縁がなかったという事だ。仕方がない。では次の候補を……」
国王であるお父様は侯爵家からの辞退の手紙を読むなりあっさりとそう言って次なるわたくしの縁談のお相手探しを開始した。
「よし、次は───」
そうして、次にわたくしの婚約者候補となったとある令息。
───シンシア王女殿下のお相手に自分が選ばれるなんて大変、光栄なお話です。嬉しいです、ありがとうございます!
お見合いの席では、わたくしを見ながら頬を赤く染めて、そう前向きな発言をしてくれていたのに……
「王女殿下、申し訳ございません!!」
「!?」
その令息は本日突然、至急御目通りを願いたいという連絡をして来たので、何事かと思い会ってみれば……
なんと顔を合わせるなり額を床に擦り付ける程の勢いで謝り倒してきた。
「あの? ……ど、どうなさったのです?」
「実は……シンシア王女殿下との縁談の話……白紙に戻していただきたいのです」
「え?」
空耳かしら? それとも聞き間違い?
縁談を白紙に……?
お見合いの席ではあんなにも前向きな発言をしてくれていたのに?
わたくしは、全くもって意味が分からなかった。
「……理由は?」
「実は……私にはずっと好きな相手がおりました……以前に婚約を申し込むも断られてしまった相手なので諦めていたのですが……」
「……」
何だか最近、どこかで聞いた話のようね、と思いながらもわたくしは話の先を促す。
「そんな時にシンシア王女殿下との縁談の話が舞い込み、光栄な話だと前向きに検討しようとしていたところ……そ、その、彼女が…………」
「……」
「王女殿下との話を聞いて自分の本当の気持ちに気付いたのだと言ってくれて……それで……」
(まーたーなーのー?)
先のヤコブの話の時と、あまりにも変わらなすぎてわたくしはクラっと軽い目眩がした。
だけど、こちらの令息とはまだ正式に婚約したわけでもない。
更には他の女性のことを想い、それも互いに思い合っている男女を引き裂いてまで目の前のこの人と結婚したいかと言えば……
──否、だ。
こうして、残念なことに二人目の縁談の話も流れてしまった。
お父様にそう報告すると、頭を抱えて「そうだったのか。そのような相手が……仕方がない。これも縁がなかったのだな」と言われてあっさり終了。
そうして、また次の候補者を探すことに。
だけど、この時はお父様もわたくしも……その他の誰もが予想していなかった。
その後もわたくし、“シンシア王女”のお相手候補として名前があがる男性は、その度に突然、意中の女性と上手くいったり、わたくしではない別の女性と運命的な出会いを果たして恋に落ちたり……と全く話が進まなくなることを。
そうして、お相手探しが始まって半年。
わたくしの縁談は全て流れ続けた。
また、こんなことばかり続けばさすがに世間的でも噂になるというもの。
いつしかわたくしについたあだ名は“当て馬姫”
さすがに王女に面と向かって、そう呼びかける不届き者はいないけれど、影で皆にそう呼ばれていることはすぐに耳に入った。
(ぴったりすぎて笑えない……)
「───王女殿下。先日お見合いをしたクオーレ伯爵家から“至急”の手紙が届いております」
「……!」
至急……というその言葉にわたくしの頬がピクリと引き攣る。
「……そう。そこに置いておいて頂戴」
「承知しました」
(もう、これは何通目かしら?)
わたくしは、テーブルに置いていかれた手紙に視線を向ける。
そして、大きなため息を吐いた。
もう、中身なんて読まなくても分かるわ。これも、婚約を辞退したいというお断りの手紙。
よって今日もわたくしの縁談は進まない。
───サスティン王国、見た目の容姿はとても可憐で可愛いと評判の第二王女シンシア。
けれども、悲しいことに“当て馬姫”と呼ばれているこの王女は今日も元気に当て馬街道を突っ走っていた。
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