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第8話 姉の誤算と魔性の妹
「シ、シンシアが……?」
───事故にあった。
その言葉を期待したのに、お父様が口にした言葉は思っていたのと違った。
「──予定されていた行程を変更させていただきます」
「え?」
「そんな内容の手紙を寄越した!」
「シンシアからの、て、手紙?」
(どういうこと?)
何で?
シンシアに関する手紙ではなくて? シンシアからの手紙?
……嫌な予感がする。
これは私が思っているのとは違う方向に話が進んでいる……そんな予感。
動揺する心を落ち着かせてお父様の話の続きを聞く。
「そうだ……シンシアからのこの手紙によると、最短距離だが危険な箇所の多いルムメンを進むという行程が、なぜか変わっていなかったそうだ……」
お父様はため息と共に続ける。
「その為にルートの変更をします……そんな内容だ」
「え!?」
これには素で驚いてしまった。
もちろん、お父様と違ってルート変更がされていなかったことに対する驚きではなく……
シンシア自身がそんな手紙を送って来たこと……に対する驚きだった。
(発覚が早すぎる!)
ルート変更がされていなかった───
その事実はもっと後で発覚するはずだったのに。
シンシアが事故に遭う、もしくはルート変更により多大な迷惑を周囲にかけてから発覚することで、皆の気持ちはそちらに向き、ルートに関する進言をしていた私への意識は逸れる計算だった。
(なんでシンシアはわざわざ手紙なんて……!)
発覚ではなく、自ら連絡。
つまり、わざわざ手紙を送って来れたということは、シンシアには何のダメージも与えられなかったことになる。
可愛いだけで考えの足りない妹だと思っていたのに……大誤算!
(失敗した……しかも、これは少し面倒なことに……)
「───どういうことだ! エリシア! シンシアに危険のないようにルートの変更をしたという話はどうしたんだ!?」
「……っ」
お父様はガシッと私の両肩を掴むと、前後に揺さぶりながら問い詰めて来た。
───ああ、やっぱり、こうなったじゃないの!
◇◇◇◇◇
「───殿下、大丈夫ですか?」
「ええ、ですがやはり、揺れは激しいですわね? 他の者たちも大丈夫かしら?」
舗装がされていない道を進み、ガタガタと大きく揺れる馬車。
その中で護衛の言葉にわたくしは微笑みを返す。
「そうですね。あ、でも、王族専用の馬車なだけあって、思っていたよりは揺れていませんよ」
「あら、そうなの?」
「はい。前に庶民用の馬車でこの道を移動したことがありますが、もっと揺れは酷いものだったと記憶しています」
「……もっと酷い」
護衛のその言葉を聞いてわたくしは思った。
それなら、王宮……お父様宛にも手紙を送らせたことは正解だったかもしれない。
国民のためにもこういう整備は速やかに行って欲しいもの。
「お父様に送った、一部ルートを変更しますという手紙の中で、ムスタンの道の整備とルムメンの橋の補強ことも強くお願いしておいたから、どちらも早く話が動くといいのだけれどね」
「殿下……」
「ごめんなさいね、わたくしに出来ることは、これくらいしかなくて」
───わたくしは、舗装されていない道のあるムスタンの街を通るルートへの変更を提案した。
そして、結果としてその提案が通り、道順は一部変更することになった。
護衛たちだって危険な橋を渡るのは極力、避けたい。
そう思うのも当然で反対する者は誰もいなかった。
それから、わたくしはムスタンの街やその先に滞在する街への先触れと共に、王宮のお父様宛にも手紙を出した。
その理由は……
(お姉様……)
お姉様がどんな思いで、わたくしの今回の旅にルムメンの危険なルートを進言したのかは知らない。
けれど、さすがに今回の件は黙ってなどいられない。
もちろん、それを了承したお父様も。
もし、わたくしのことを本当に心配だと思うなら、もっとちゃんと皆の安全についてもきちんと考えて欲しかった。
「殿下……ありがとうございます」
「……? えっと、何が?」
「私は正直に言いますと、エリシア王女殿下のあの進言には……その……」
「……」
護衛は頭を下げながらそこで言い淀む。
不満があったとしても、おいそれと意見を述べることは許されない───彼らは決定に従うのみ。
わたくしは改めて自分の“王族”という身分の重さについて実感させられた。
「……顔をあげて頂戴?」
「え? は……?」
「まだまだ、先は長いのよ?」
「え、ええ……そう、ですね?」
護衛は戸惑いながらも相槌を返す。
そんな護衛に向かってわたくしは微笑んだ。
「だから、そんな辛気臭い顔で眉間に皺を寄せてなんかいないで、せっかくなので移動中のわたくしを楽しませることとか考えてくれないかしら? ね?」
本来の護衛の役目とも違う命令なのは分かっていたけれど、空気を変えるためにわざとそう言ってみた。
「……」
「あら? どうかした?」
「い、いえ……っっっ! しょ、承知しましたっ!」
「?」
光の加減なのか、慌てて返答する護衛の顔が少し赤くなっているように見えた。
気になったわたくしは、横で控えている侍女に小声で訊ねてみる。
「ねぇ? なんか様子が変じゃなかった?」
「…………シンシア王女殿下はなぜか昔から、ご自分の容姿に無頓着……無自覚ですからね」
「何の話?」
「いえ、勿体ないなと思っただけです。使い方によっては魔性の女にだってなれますよ?」
「え?」
それって男の人をたくさん誑かす女性のことでは……?
(うーん……? でも、わたくしは振られ続けた残念な“当て馬姫”だし……全然、違うわよね!)
そんなことを思いながら、プロウライト国への旅は進んで行った。
多少の遅れは発生したものの、街の人は優しかった。そして、国境付近で大勢の護衛とは別れ……後は細々と他国を進んでいく。
その後は大きなトラブルも起きることなく────……
ようやく、プロウライト国へと到着する時がやって来た。
「遂に……」
長かった旅を思い出して、ようやくここまで来たわ! と、感動したものの、何やらプロウライト国は大盛り上がりで国民は熱狂していた。
(……えっと?)
いったい皆、何にそんなに盛り上がっているのかしら?
不思議に思いながらも、わたくしはプロウライト国へと足を踏み入れた。
◆◆◆◆◆
その頃の、プロウライト国の王宮では……
国中が先日、行われた第二王子エミールの結婚式での熱狂が冷めきらない中、ジュラールは少しぼんやりしていた。
(結婚かぁ。エミール幸せそうだったな……羨まし……くなんかないぞ!)
ジュラールは必死に羨ましくないと首を横に振りながら、自分の手のひらを見つめる。
「ビビビッ……か」
エミールは妃となったフィオナ嬢……いや、フィオナ妃と初めて会った時に、彼女に触れたらピリッとした電流が身体に流れたと言っていた。
「てっきり、静電気だと思ったんだけどな……」
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自称“平凡”令嬢は、結婚式の後に「これからの私は平凡妃ですね!」と笑っていた。
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そう突っ込みをせずにはいられなかった……
「…………僕にもそんなビビビッと来る人が現れるのだろうか?」
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密かに落胆するくらいには、自分でもビビビッに期待していたらしい。
(見た目は可憐で可愛いくて性格も純粋なのに、でも、芯の強い女性はいないかな……)
「なんてな……さすがにそれは欲張りすぎか」
そんな女性、もしいたら周りが放っておくはずがないからな。
とっくに他の誰かのものだろう。
「───あぁ、そういえば、予定より到着が遅れるという連絡は届いたが……サスティン王国の王女は遅いな……」
そう呟いた時、部屋の扉がノックされ、とある報せがもたらされた。
───その報せはたった今、頭に思い浮かべていた“サスティン王国の王女”が到着したという知らせだった。
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