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第15話 お妃候補生活
お妃候補として到着してから数日が経った。
到着した翌日に、まさかの海に連れて行ってもらえて大はしゃぎして楽しんだわたくしだけど、当然、その後は厳しい“お妃候補”としての生活が始まるとばかり思っていた……のに。
「なぜ……?」
結局、海に行った日以降も、何か課題を出されたり試験が行われたり……といったこともなく、わたくしはのんびりと王宮で自由に過ごしていた。
未来の王妃には、マナーはもちろん、語学に教養に……求められることは多いはずなのに……それを確かめなくてもいいのかしら、と不思議に思う。
そして悲しいことに、わたくしはその中で何一つ誇れるものがない。
「……本来、こういうのはお姉様の方が向いているのよね……」
昔から世渡りが上手くて気付くといつもわたくしはお姉様のペースに乗せられてしまっている。
もしも、お姉様に婚約者がいなかったら……きっと今回の話は満場一致でお姉様を送り出していたに違いない。
「なんて……そんな暗いことを考えるのはダメよね!」
この先、いつお妃候補から失格になって帰国しろと言われるかは分からないけれど、その時まではここにいたい。
(もう少しだけ……思い出が欲しい……ジュラール殿下の側にいたいの)
────
「……シンシア姫?」
「……」
「おーい、シンシア姫?」
「……」
「────シンシア!」
名前を呼ばれた気がして、わたくしはハッと顔を上げた。
顔を上げると、向かい側に座っているジュラール殿下と目が合った。
「え……と」
「どうかした? 何度呼んでも心ここに在らずだったけど?」
「あ……」
そう言われてしまったわたくしは、ポッと頬を染めながら、慌てて説明する。
「す、少し……か、考えごとをしていました」
「考えごと?」
「はい……」
わたくしは微笑みながら頷いたけれど、本当は少し違う。
(ジュラール殿下に見惚れてしまっていたの……)
だって、ジュラール殿下とこうして向かい合ってお茶を飲む日が来るなんて思ってもみなかったんだもの────
お妃候補としての生活は、自由に過ごしていると言っても、やはりジュラール殿下との交流を深めることは必須。
なので、必ず一日に一度は殿下とのお茶の時間が設けられている。
そして今は、そのお茶の時間だった。
「……そっか」
殿下は少し照れくさそうに下を向いた。
そして、少ししてから顔を上げると言った。
「君を───シ、シンシア! と、呼んでもいいだろうか?」
「……え?」
わたくしもびっくりして殿下を見つめ返した。
「今は、お、お忍び中ではない……ですよね?」
「と、当然だ!」
頬を赤らめながら殿下は続ける。
「ぼ、僕らはお見合い中だ。だからこそ今はもっとお互いのことをよく知る必要……があるだろう?」
「は、はい……」
「そこで、君をシンシア姫と呼ぶのは……ちょっと余所余所しいと言うか……その……」
「……!」
わたくしの胸が高鳴る。
これは、もっとわたくしと仲良くなりたい……そう受け取ってもいいのかしら?
「で、出来れば海の時みたいに僕のこともジュラール……と呼んで……欲しい」
「ジュラール……」
「───シンシア!」
「っっっっ!」
嬉しそうに笑ってわたくしの名前を呼ぶ殿下の顔を直視出来ない!
(お茶会は何度繰り返しても恥ずかしいけれど……)
今日が一番恥ずかしいわ!
わたくしは照れているのを隠したくて持っていたカップのお茶を一気飲みした。
(あ……ら?)
色々恥ずかしくてお茶の味は正直、よく分からなかったけれど不思議と甘く感じた。
────
「今日も、は、恥ずかしかったわ……!」
お茶会を終えて部屋に戻ったわたくしは、ヘナヘナと床にへたり込む。
緊張が解けて力が抜けてしまったせいだった。
お茶会で殿下はたくさんの話題を振ってくれるので、共に過ごしていて飽きることがない。
わたくしのつまらない話もしっかり聞こうとしてくれて本当に優しい。
とにかく殿下が素敵で目が会う度に胸がキュンキュンしてしまっている。
「……」
(でも……これまでのお妃候補の方ともそうして長く一緒に過ごして来たのかしら?)
そう思うと少し胸がチクッとする。
そして、どうして国外からお妃候補を打診しているかの理由も聞けていないな、ということも思い出した。
ただ、こうして王宮に滞在していて思ったのは、自分と近い歳頃の令嬢が余りいないということ。
何だか、同年代の令嬢がごっそりどこかに行ってしまったかのようにいない。
(それが、国外に打診している理由……?)
「───でも、弟のエミール殿下のお妃様はわたくしと歳が変わらないと聞いたわ」
国を出発する時は、婚約されたという話だけを耳にしていたけれど、エミール殿下はわたくしが到着する数日前に結婚式を挙げていたのだという。
あの妙に国民が熱狂した様子だったのはこれが理由だったのね、と納得した。
「素敵だわ……婚約から結婚までスピードが早いのはやっぱり…………愛なのかしら?」
だって、こうして、のんびり過ごしているだけのわたくしの耳にも二人の仲睦まじい様子の話は聞こえて来る。
あと、エミール殿下のお妃様は可愛い顔して“かっこいい”らしい。
「愛のある結婚───……いつかわたくしも……なんてね」
───だって、わたくしは“当て馬”だから。
たくさんの縁談話が流れすぎて、もう自分が幸せになれる未来が全く描けない。
「いいの。わたくしはもう一人で生きていくんだもの……」
初恋の人ともう一度会えた。言葉を交わせてわたくしを見て笑ってくれた。
それだけで、もう充分幸せを貰ったわ───……
そして、そんな翌日のことだった。
今日も殿下とお茶を飲んでいたら、殿下が少し真面目な顔をしてわたくしに問いかけた。
「え……? すみません、もう一度お願いします」
「うん。シンシアが嫌でなければ……なんだけど」
「……」
「この僕とのお茶の後、エミールの妃でもある“フィオナ妃”に会ってみないか?」
「わ、わたくしが、ですか!?」
可愛くてかっこいいという噂のお妃様と!?
「うん、歳も近いし……ほら、あまり王宮にはシンシアと歳の近そうな令嬢はいないだろう?」
「え、ええ」
それは確かにそう思っていたけれど。
「どうかな? ちょっと変わっていて面白いんだ」
「え! お、面白い……ですか?」
可愛くてかっこよくて面白い……?
何者なの……! すごく気になるじゃないの!
「どう……だろうか?」
「あ、会ってみたい……です!」
わたくしがそう口にしたら、殿下……ジュラールは嬉しそうに笑った。
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