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第20話 王子、失敗する
◇◇◇
「シ……シンシア! えっと、…………き、筋肉……筋肉はどうだ? 今日の筋肉はいい感じか?」
「今日の筋肉?」
お姉様とダラスがこちらに向かっているという話を聞いた翌日。
定例となっているわたくしとのお茶の時間に顔を合わせたジュラールが顔を赤くしながらそう訊ねてきた。
今日の筋肉の様子……などという聞きなれない言葉に戸惑うと、ジュラールはしまった……! という顔をした。
そして、照れ隠しなのかグビッとお茶を一気に飲み干した。
(気のせい? ……今日のジュラール、飲むペースが早いような……)
「す、すまない! エミールとフィオナ妃がよくそういう会話をしているから……」
「え?」
「そういうものなのかと……」
つまり、あのお二人は筋力トレーニングをしながら互いの筋肉の調子を語るのが通常……ということなのね?
「お似合いの二人ですね」
「うん……」
「それに伯爵……フィオナ様のお祖父さまも、こう……生きる伝説! って感じですし」
「生きる伝説って……」
ジュラールが苦笑する。
「だって、フィオナ様から聞きました! 愛娘を傷付けた方をボコボコにしたあとは米俵にしたのだと!」
「こ、米俵!? いやいやいや!」
さすがのジュラールも焦っている。
焦る気持ちも分かるわ。人間がそんなことになったら生きているとは思えない。
でも、フィオナ様の口ぶりはその方……生きていそうだったのよね。
「さすがにそれは尾ひれがつきまくっている話だけど、アクィナス伯爵が伝説なのは間違いないと思うよ」
「ですよね!」
「他にも、愛する妻のために隣国に殴り込みに行って、最終的に王子は廃嫡させて王も退位させたとか……」
「まあ! 公爵家を潰しただけではなかったのですね?」
やはりすごい方なのだと思った。
愛する妻のためにムッキムキになったと言っていたから、奥様がムッキムキが好きなのかしら? すごい! 愛だわ!!
「そんな方の血を引いているフィオナ様がかっこいいはずです……!」
わたくしが感激しながらそう口にすると、ジュラールも頷いた。
「……エミールにはずっと昔から苦痛を強いて来てしまったんだ。だから、フィオナ妃……愛する人と出会えて幸せになってくれたことが僕はすごく嬉しい」
「え……? 苦痛……ですか?」
わたくしが聞き返すと、ジュラールが寂しそうな表情で笑う。
その顔に胸がキュッとなった。
「───シンシアはここに来る前、僕たちの噂は聞いていた?」
「え、あ……はい」
真面目で優秀、なにごとにも完璧なジュラール殿下と、自由奔放でいい加減な性格のエミール殿下……
「あ、あの! 失礼かもしれませんが……わたくしには噂が間違っているように思えます」
「!」
わたくしには、エミール殿下がいい加減とかそんな方にはやっぱり見えない!
そう思って口にしたのだけど、ジュラールは大きく頷いた。
「──そうなんだ。噂の方が本当は違う。エミールはそんな奴じゃない」
「やっぱり……!」
「でも、それはエミールに限っての話じゃない。僕も……なんだ」
「え? ジュラール、も?」
「……」
そこで言葉を切ったジュラールは、またしてもおかわりしたばかりのお茶をグビッと飲み干す。
「噂となっている僕たちの性格は、それぞれわざと作って故意に流させたものなんだ」
「わざと?」
「──だ、だから、僕は決して真面目で優秀で完璧な“ジュラール”なんかじゃない……んだ。本当は……本当の僕は…………っ!」
「ジュラール!」
なんと、ジュラールはそこで再びお茶を……以下略
どうやら、緊張を誤魔化そうとしてこんなことになっているみたいだった。
(───子どもの頃に会った彼と少し違うわ、という違和感の正体はコレだったのね……?)
「シ、シンシア……君も、その僕のことは、噂の、噂どおりの男……」
「え?」
もしかして、ジュラールは噂どおりの男でなくてごめんと言おうとしているのかしら?
「いいえ! ……ま、真面目で優秀で完璧……でなくても構わないとわたくしは思います!」
「……!?」
「だってジュラールは……そ、そのままで充分、す、素敵なんです……」
そう口にするだけで、恥ずかしい。わたくしの顔は今、絶対に赤い。
「すっ!?」
「か、かっこいいです……」
「かっ!?」
「わ、わたくしは、そう思っています」
驚いたジュラールの顔がどんどん赤くなっていく。
そしてまた、もはや何杯目になるかも分からないお茶を……(略)
(お腹、タプタプにならないのかしら?)
「───そ、そ、それでだ、シンシア!」
「は、はい!」
お茶を飲み終えたジュラールが顔が赤いながらも、真剣な目でわたくしを見つめた。
その瞳にドキンッと胸が跳ねる。
「き、聞いて欲しいんだ、が!」
「は、い」
「き……き、き……」
「ジュラール?」
すごく言いにくそうなので、そんなに重要な話なのかとわたくしの方がハラハラする。
(やっぱりお姉様のこと? それとも……)
「───き、今日はとてもいい天気だと、お、思わないか?」
「……え? て、天気?」
「……天気」
「……」
そう言われて思わず空を見上げる。
確かに晴れていて温かくて風も気持ちいい……とっても過ごしやすいいい天気。
──なのだけど。
それが聞いて欲しい話?
「そ、そうですね───……えっ!?」
わたくしがそう答えながら、視線をジュラールに戻したら……
「…………」
「ジュ、ジュラール!?」
なせが、ジュラールはテーブルに突っ伏して頭を抱えていた。しかも唸っている。
わたくしはびっくりして思わず椅子を蹴って立ち上がり、ジュラールのそばに駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「…………だいじょうぶ、だ」
「いいえ! 全然、大丈夫そうに聞こえません!」
「……しんしあ……」
───もしかしたら、今日はずっと具合が悪かったのかもしれないわ。
ガブガブお茶を飲んでいたし、今は顔だってこんなにも赤い……
(それなのに、わたくしとのお茶の時間はきっちり取る……なんて律儀なの)
こんな時に胸をときめかせている場合ではないのに、トクンッと胸がときめいてしまう。
「どこか痛いのですか? 頭? お腹?」
「いや、む、むね……」
「胸!?」
それは聞き捨てならない。今すぐお医者様に診せないと!
わたくしは慌てて護衛にアイコンタクトを送る。
護衛は身体を震わせながらも神妙な顔で頷くと王宮内へと走っていった。
(ふぅ、これで安心かしら)
あとはお医者様を待つだけ。
「ジュラール、大丈夫ですか?」
「うん……ほ、ほんとうに、だいじょうぶだから」
「ジュラール……」
(早くお医者様……来ないかしら?)
そうこうしているうちに、護衛が戻りお医者様が駆けつけて来てくれた。
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「───殿下!」
「!?」
お医者様の声にジュラールがガバッと勢いよく起き上がる。
赤かった顔はようやく落ち着いて……いえ、今度は少し青い?
「え? い、医者!? なんで……」
動揺しているジュラールと目が合った。
わたくしは安心して欲しくて大丈夫ですよ、という意味を込めてそっと微笑んだ。
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